地震の揺れの前に警報を―緊急地震速報―
2008年12月
干場 充之(ほしば みつゆき):気象庁気象研究所地震火山研究部第4研究室長
1986年 京都大学理学部卒業
1986年 気象庁入庁
1987年 気象研究所研究官
1993年 南カリフォルニア大学研究員(6か月)
1996年 ミュンヘン大学客員研究員(1年)
2000年 気象庁精密地震観測室主任研究官
2003年 気象庁地震火山部地震予知情報課課長補佐
2006年 気象庁地震火山部地震予知情報課評価解析官
2008年 気象研究所室長
共著:松森 敏幸(気象庁地震火山部管理課即時地震情報調整官)
1.揺れの前の警報
地震による強い揺れが始まるその直前に警報が出され、その警報を受けた鉄道は緊急に停止し、また、建物の中では、エレベーターは自動的に最寄りの階に停止しドアを開き、そして、病院では外科医は手術を中断し危険を回避する。
このような革新的な新しい警報が日本で2007年10月から本格的に始まった。この警報は、「緊急地震速報」と呼ばれ、いわゆる地震予知とは根本的に異なるものである。震源の近くの地震計で観測した信号を迅速に解析し、地震の発生した時刻と震源の場所(以下、震源要素)と地震の規模(以下、マグニチュード)を即座に推定し、それに基づいて各地の揺れの大きさ(震度)と主要動の到達時刻を予測する。そして、震源からやや離れた場所にいる人に、地震の発生と予測した震度と到達時刻を伝えるものである。地震の発生を事前に知ること、つまり、地震予知、は現代でも困難であるが、震源からやや離れた場所にいる人に、強い揺れがもう直ぐ始まることを伝えることは可能である。警報から強い揺れが始まるまでは、数秒からせいぜい数10秒と極めて短い時間であるが、この時間があれば、強い揺れの前に危険を回避する行動を起こせるだろう。このように、緊急地震速報は、地震の減災にとって極めて有効で強力な方法だと期待されている。
2.方法
地震が発生すると、震源から2種類の地震波が広がる。1つは、P波と呼ばれるもので、おおよそ1秒間に7km進む。もう1つは、S波と呼ばれ、おおよそ1秒間に4km進むものである。この地震波のスピードは、地球の裏側にもほとんど瞬時に届く現在の通信のスピードに比べれば、極めて遅い。緊急地震速報では、この地震波の“遅さ”と、P波とS波のスピードの差を利用している。P波の揺れが先に来てそのあとにS波が来るが、S波の揺れはP波の揺れの3倍から10倍程度の大きさがあり、強い揺れは通常S波により起こるため、S波は主要動と呼ばれる。地震発生後、震源の近くの数点の地震計で捉えたP波を用いて、震源要素とマグニチュードを推定する。これらに基づいて、各地のS波の到達時刻とゆれの大きさ、つまり震度、を予測する。そして、予測震度が基準を超えていれば、警報を発表し各地に伝達するのである。
これらの解析、発表、伝達では迅速性が重要なので、すべて自動で処理される。地震発生直後の震源要素の推定の方法は、気象庁と(財)鉄道総合研究所の共同研究や、(独)防災科学技術研究所(以下、防災科技研)の研究によって開発された。従来の方法では、多数の場所の地震計で記録されたP波、S波を解析することにより、震源要素を推定していたが、これでは、多数の地震計に地震波が到達するまで待たねばならず、時間を要する。そこで、極めて少ない観測点で、それもP波部分のみを用いて推定する方法が開発されたのである。さらに、マグニチュードの推定も、従来の方法では、地震の揺れが収まるまでの波形全体の最大振幅から推定していた。これでは、やはり、最大振幅が現れるまで待たねばならず、時間を要する。そこで、P波部分の振幅から推定する手法が考案された。
一方、観測網では、地震計を狭い間隔で設置することが重要である。上記のように、震源に近い数点の観測データで震源要素とマグニチュードを推定するが、地震自体はどこで発生するかは事前にはわからないので、より狭い間隔で地震計を設置することが迅速性のカギとなる。現在、気象庁の約200点、防災科技研の約800点の地震計を用いている。これらの地震計は、おおよそ20km間隔(島しょ部を除く)で設置されており、世界的に見ても極めて狭いものである。緊急地震速報では、この極めて密な地震観測網を有効に利用し、迅速な速報の発表に結びつけている。
次に、震度の予測である。予測地点での震度は、主に、マグニチュード、予測地点の震源からの距離、そして地盤の状態によって左右される。一般に、マグニチュードが大きいほど、距離が近くなるほど、揺れが大きくなる。また、地盤の状態が良い場所ではあまり揺れないが、軟弱な地盤では大きく揺れる。推定した震源要素とマグニチュードに基づき、さらに、各地の地盤の状態を考慮に入れて、震度や到達時刻を予測する。地盤の状態に関しては、現在、微地形区分から求めたものを用いている。
最も速く発表する緊急地震速報は、1点の地震計でP波が到達した時点で解析し、震度等を予測したものである。しかし、この段階ではあまり精度は高くない。しばらく時間が経過すると、2点目、3点目の地震計にも地震波が到達する。この時点で予測すると、やや精度が高くなる。さらに、時間が経過すると、地震波が到達する地点が増えるだけでなく、既にP波を観測した地点ではS波も観測し始めるため、もっと精度は高くなる。しかし、時間の経過とともに迅速性が損なわれ、緊急地震速報が強い揺れに間に合わなくなる。このように、緊急地震速報では迅速性と精度がトレードオフの関係にある。そこで、1つの地震に対して、緊急地震速報の第1報を迅速に発表した後も、即座に時間の経過とともに予測精度を高めながら、繰り返し、震源要素とマグニチュードの推定と震度の予測を行い、続報を発表している。
緊急地震速報は、震源に近い観測点で観測された地震波を解析して、
強い揺れが予測される地域を、強い揺れが来る前にお知らせするものである。
3.緊急地震速報の発表 ―高度利用者向けの情報と一般利用者向けの情報―
緊急地震速報は大きく2通りに分類される。1つは高度利用者向けで、もう1つは一般利用者向けである。高度利用者向けの緊急地震速報は、緊急地震速報の特性や技術的な限界をよく理解した上で、自らの目的に見合った基準により、報知や自動的な制御等への活用を希望する利用者に対して、時間とともに精度が高くなる緊急地震速報を、オンラインで伝達する。一般利用者向けの緊急地震速報は、広く国民が利活用できるよう、TV、ラジオなどで伝達する。
高度利用者向けは、震源要素やマグニチュード、予測される最大の揺れ(最大震度)に加えて、震度4以上が予測される地域ごとに、その地域名と予想される最大震度、S波の到達時刻を発表する。高度利用者向けの第1報は、いずれかの観測点で基準以上の揺れ(現在は、100cm/s2に設定)を観測した時、あるいは、マグニチュードが3.5以上、または予測震度が3以上の場合に発表する。そして、地震を検知してから数秒~1分程度の間に複数回(5~10回程度)発表し、ほぼ精度が安定したと考えられる時点で最終報を発し、その地震に対する緊急地震速報の提供を終了する。なお、ここで震度とは気象庁震度を指している。
一般利用者向けは、震源要素、震央の地名(都道府県名または海域の名前)、さらに、震度4以上が予測される地域名を発表するが、具体的な予測される震度と到達時刻は含まれない。地震波が2点以上の観測点で観測され、最大震度が5弱以上と予測された場合に発表する。2点以上で観測された場合とした理由は、落雷等による誤報を避けるためである。また、震度5弱以上になると顕著な被害が生じ始めるため、事前に身構える必要があることから、発表基準として予測震度5弱以上とし、予測震度の精度を考慮して、発表する地域は予測震度4以上とした。また、高度利用者向けが複数回発表されるのとは異なり、一般向けは原則1回限りの発表である(ただし、後の解析により、一般向けを発表していない地域(予測震度3以下)で発表基準を超える(予測震度5弱以上)場合には、一般向けの続報を発表する)。一般向けの発表を、“原則1回限り”としているのは、TV、ラジオ、携帯電話などを通じて広く国民に伝達する際、短い時間で次々と内容が更新されることによる受けて側の混乱を避けるためである。
一般利用者向けの緊急地震速報は、2007年10月に気象業務法の一部改正により地震動警報に位置付けられた。これにより、気象庁が責任をもって発表した警報は、NHKを通じて国民に伝達される法的な根拠が整った。なお、警報以外の緊急地震速報は地震動予報と位置付けられている。
緊急地震速報には、大きく分けて2通りある。
1つは予報である高度利用者向けで、もう1つは警報である一般向けである。
4.緊急地震速報の応用例
緊急地震速報は、地震の強い揺れが来ることを事前に知らせることで、地震による被害を減らすことができる有効で強力な方法である。緊急地震速報は、交通やライフラインの制御、あるいは、危険回避に効果的である。
冒頭に述べた、鉄道の制御、エレベーターの自動停止、外科医の手術中断、の他にも、コンピュータのデータ転送とシャットダウン、熱機器の自動停止や、さらには、たとえば、机の下に避難する、ガラス窓から離れるといった家庭や学校、職場、商店街における緊急行動への利用が期待される。 気象庁自身では、館内放送のほか、緊急地震速報の技術を応用し、津波警報の迅速化に適用した。これにより、津波警報が発するまでの経過時間は、条件が良ければ2分以内となるなど、かなり短縮された。
5.緊急地震速報の限界
緊急地震速報は、地震に対する被害を軽減する新しい方法であるが、万能ではない。以下に述べる技術的な限界がある。これらの事柄は、高度利用者向けの情報提供が2006年8月に、また、一般利用者向けの2007年10月に開始されて以降、改めて指摘されている課題である。
まず、緊急地震速報が間に合わない地域があることが挙げられる。そもそも、震源に近い地震計でいち早く検知し、震源からやや離れた所にいる人に伝える、という仕組みであるため、震源に近いところには警報が間に合わないという限界がある。特に、いわゆる直下型地震の場合には、震源の直上の場所ではP波とS波の到達時刻の差もほとんどないため、地震の検知後、発表までの一連の処理をいかに迅速に行っても、警報がS波の到達以降になってしまう。現状では、震源からおおよそ20~30km以内の場所では警報が間に合わない。実際に警報を発表した地震について、「震源近くの震度○○のところで緊急地震速報が間に合わなかった」と報道されたことがしばしばあったが、これは、このような技術的な限界によるものである。
次に、震度予測の誤差が挙げられる。より早期に緊急地震速報を発表するため、少ない観測データから震源要素とマグニチュードを推定しなければならず、多くの観測点を用いる従来の方法よりも精度が劣る。また、震源要素とマグニチュードが正確に推定できたとしても、震度の予測手法にも限界があり誤差が生じる。現状では、震度階級にしておおよそ±1階級の誤差がある。予測震度に基づいて緊急地震速報を発表しているため、発表基準ぎりぎりの地震だと、この震度予測の誤差により、早い時点で発表できなかったり、最後まで基準に達せずに発表しなかったりという事例も起こっている。
さらには、
- 地震が短い間隔で連発した場合には、全自動で行っている処理でそれらの地震を分離することは難しく、震源要素やマグニチュードを正確に推定できない
- マグニチュード7を超えるような大地震の場合には、最初の発表時点では、まだ、地震の断層運動が続いている段階なので、マグニチュードや震度を過小評価してしまう
- マグニチュード8クラスの地震の場合は、震源を領域として考慮していない影響がより大きくなり、震度予測が不適切になる
などの課題がある。
6.実際の発表例 ―岩手宮城内陸地震―
2008年6月14日に発生した岩手宮城内陸地震(M7.2)は、一般利用者向けの緊急地震速報が開始されてから、大きな被害を伴った最初の地震である。この地震では、地震発生後6秒後に地震を検知し、地震検知の約4秒後に一般利用者向けの警報を発している。警報を発したタイミングは、震度6強を観測した岩手県奥州市ではS波の到達した後であり、宮城県の栗原市(震度6強)と大崎市(震度6弱)ではS波の到達とほぼ同時となったものの、震度5強を観測した仙台市では15秒前である。実際、宮城県内の工場では事前にガスの遮断を行った、仙台市などでは猶予時間を活用して適切な行動がとれた、との報告が多く寄せられている。その一方で、猶予時間が十分あると思われる場所でも、緊急地震速報を見聞きしたが、揺れ始めていたとか、ほぼ同時だったとの報告もあった。この原因ははっきりしないが、放送された内容を緊急地震速報と認識するまでに時間がかかったからかもしれない。
2008年6月14日の岩手宮城内陸地震(M7.2)での一般向け緊急地震速報からS波到達までの猶予時間。
7.今後にむけて
緊急地震速報の一般利用者向けの運用が始まってから1年が経過したところであるが、これまで発表を通して、「震源近くの震度○○のところで警報が間に合わなかった」などと評価されることが度重なり、役に立たないのではないか、との印象を与えているかも知れない。しかし、緊急地震速報は、地震減災にとってこれまでにない新しい概念であり、利用の仕方によってたくさんの利点がある。もっと迅速にかつ精度よく、を目指して技術向上を図るとともに、緊急地震速報そのものの認知度を上げていくことにも取り組んでいるところである。また、猶予時間が十分ある場合でも、放送された内容が緊急地震速報であるといち早く認識し、素早く適切な回避行動を取らなければ、有効活用はできない。このため、利用の心得とともに、訓練の重要性についても、周知・広報に努めているところである。
参考:気象庁の緊急地震速報関連のHP:
http://www.seisvol.kishou.go.jp/eq/EEW/kaisetsu/index.html