第28号:日中の超伝導研究
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超伝導材料研究開発の概要と金属系超伝導線材

2009年1月20日

太刀川 恭治

太刀川 恭治(たちがわ きょうじ):
東京大学工学部卒業、工学博士

1927年1月生。
東京大学助教授、金属材料技術研究所研究部長、同筑波支所長等を経て1987年東海大学工学部教授、現在同大学非常勤教授、物質・材料研究機構特別名誉研究員。 米国ウィスコンシン大学客員教授、核 融合科学研究所客員教授、(財)電力中央研究所研究顧問、VAMAS超伝導・低温構造材料部会議長、文科省マルチコア超伝導プロジェクト研究推進委員長、(社)未踏科学技術協会・超 伝導科学技術研究会会長等を歴任。 (社)発明協会恩賜発明賞、紫綬褒章、IEEE超伝導部会賞、国際低温材料会議功績賞等受賞多数。
1962年より超伝導材料の研究に従事し、発表論文400編。

1.超伝導材料研究開発の概要

1.1 はじめに

 超伝導体には純金属の第1種超伝導体と合金や酸化物等の第2種超伝導体があり、このレポートで扱われる材料は後者に属する。超伝導状態には臨界温度T c, 上部臨界磁界 H c2, 臨界電流密度 J cの3つの臨界値があり、実用上はこれらの値がいずれも高い必要がある。T cは材料の結晶構造に依存し、電気抵抗ゼロをもたらす電子対の形成される機構は合金系と酸化物系では異なる。H c2はT cの他に正常状態の電気抵抗ρ nに関係するので添加元素や材料の処理にも関係する。第2種超伝導体では磁界中で大きい電流を流す場合、い わゆるフラックスフローやジャンプによる損失を防ぐ磁束線のピン止めセンターが必要となる。従ってJ cは材料の組織に強く依存し、第2種超伝導線材はピンニングにより救われている。そのため、合金系、酸化物系ともにピン止めセンターの研究が熱心に行われている。
線材の超伝導状態を安定に保つためには、極細多芯化やツイスト、またCuやAlなどの被覆が必要となる。さらに交流使用のためには芯間の結合を防止することも求められる。なお、B CS機構による超伝導体が金属系とされることもあり、MgB 2はこの見地からは金属系であるが、本レポートでは後の先進超伝導体に分類して解説される。

1.2 超伝導材料研究開発の経過

 1950年代半ばに多くの金属系高磁界超伝導体が発見され、その応用に関心がもたれた。1960年代にはNb線を用いたコイルで約0.4Tの磁界が発生され、つ いでNb基やV基の合金や化合物の線材化が図られた。1965年にはNb-Ti合金線の高Jc化がえられ、続いて1970年から安定性のよい極細多芯線に加工され、以来超伝導応用の主流となった。Nb 3Snについては1965-70年には、現在のY系coated conductorのようなテープが物性研究用マグネットや送電試験ケーブルに用いられた。1 970年にブロンズ法による化合物極細多芯線が発明され、1980年代にはその広い高磁界応用技術が確立された。丁度その頃、液体窒素中でも超伝導性がえられる銅酸化物高温超伝導体が見出され、引 続きその線材化と応用の研究が進みつつある。さらに2001年にはMgB 2超伝導体、2008年には鉄-砒素系高温超伝導体が見出され、新しい可能性がクローズアップされた。現在、T c(K)は室温の約1/2まで上昇し、発生磁界はスタート時より2桁高められている。

 この間わが国は、筆者によるブロンズ法の発明、前田博士によるBi系高温超伝導体の発見、秋光教授によるMgB 2の発見、細野教授による鉄-砒素系高温超伝導体の発見など世界をリードする業績をあげて来た。

2.金属系超伝導線材研究開発の現状

 金属系線材は超伝導線材の売上げの95%以上を占め、応用の主流となっている。合金と金属間化合物に大別され、4.2Kで10T以上の高磁界発生には後者を用いる必要がある。本 稿では主としてわが国における現状について紹介する。

2.1 Nb-Ti合金線材

 Nb-Ti系では約35at%TiでT cが最高となるが、実用線材にはH c2の最も高い65at%Ti(47-50wt%Ti)合金が用いられる。β相の単相状態で加工率10 4以上の強加工が施され、ついで350-400℃で熱処理後、さらに10 2程度の再加工を行う。加工により30-50nm巾のサブバンドが形成され、熱処理ではω中間相を経て3-20nmのαTi相が析出する。再加工後は、サブバンド、析出相、転 位網が分布する組織となる。

 熱処理による析出は4.2Kで3T程度の低磁界側で、一方加工による転位網は8T程度の高磁界側で有効なピン止めセンターとなる。熱処理後の再加工で全磁界にわたりJcが向上し、6 T付近で最高のピン止め力を示す。従って線材の処理によって目的の磁界でのピン止め力を最大にすることが出来る。また、Nb-Ti芯内にNbなどの人工ピンを導入した線材も研究されている。

 次に実用線材の一例として、わが国が分担したLHC(Large Hadron Collider)用Nb-Tiケーブルについてのべる。LHCは円周27kmのトンネル内に設置された大型加速器で、双 極および四極超伝導マグネットに必要な巻線の全長は約7000kmに達する。巻線はラザフォード型ケーブルで、36本の素線からなる。素線径は0.825mmで、直 径6μmの8500本のNb-Ti芯から構成される。

図1、2

 素線の作製法は、まずNb-Ti棒を六角のCu管に挿入した単芯のNb-Ti/Cu複合体をCu管に組み込んだ図1に示すようなビレットを作製する。このビレットを押し出し加工後、線 引き加工により単長約50kmの長尺素線とする。2300A/mm 2の大きいnon-Cu J c(Cu面積を除いた臨界電流密度)が4.2Kで6T, 1.9Kで9Tで得られる。この素線は図2に示すようなラザフォード型ケーブルに成形撚線され、その1.9K, 9T における臨界電流I cは約13kAとなる。

 また、Cuの代わりに磁気抵抗の小さいAlで安定化したNb-Ti線もわが国で開発され、例えば上述のLHCの粒子検出器(ATLAS)用大型超伝導マグネットに使用された。さ らに電気機器に有用な交流用のNb-Ti線の開発も行われた。交流用線材では、Nb-Ti芯径の0.1μm程度の超極細芯化と、Cu-Niなどの高抵抗マトリックスが必要となる。交流履歴損失Q hが、4.2K, ±0.5Tで17J/m3にすぎないNb-Ti線材が作製されている。

 Nb-Ti合金線は広くMRI医療診断装置や高磁界マグネットのバックアップコイルに用いられる。産業分野では、半導体引上げ装置や電力貯蔵装置(SMES)等で実績をあげている。ま たわが国ではJR東海のリニアモーターカーに用いられ、山梨実験線ですでに60万km以上の走行実績を積んで、2025年の営業路線開業を目指している。前述の大型加速器のほか、核 融合分野では核融合科学研究所(NIFS)の大型ヘリカルコイル(プラズマ主半径3.9m)が、完成後11年間に52,000時間以上にわたり運転され成果をあげている。また、日 本原子力研究開発機構(JAEA)のJT60の超伝導化も進められている。

2.2 Nb 3Sn化合物線材

図3

 機械的性質が極めて硬く脆いA15型金属間化合物の極細多芯線を作製するためにブロンズ法が開発された。Nb 3Snれる。Nb 3Sn結晶内には析出や転位がなく、主要なピン止め点は結晶粒界となるため、Nb 3Snの特性は主にNb/Snの組成比(結晶規則度)と結晶粒径に支配される。また、Nb 3SnにTa, Ti, Hf等を添加するとρnが増してH c2が高められる。線材としてのJcは、Nb 3Sn層自体のJcとその面積比を増すことにより高められる。

 実用Nb 3Sn線材では歪特性が重要な問題となり、多くの研究がなされている。内部拡散法線材はブロンズ法よりSn量を増してNb 3Sn層の面積比を大きく出来るためJcを高められる。しかし、Snの拡散でボイドが発生し、均一性、歪特性、交流損失の点でブロンズ法線材の方が優れ、わ が国では主としてブロンズ法線材が工業的に生産されている。ブロンズ中のSnの固溶限は15.8wt%で、現在Sn量を15.5wt%または16wt%とし、0 .3wt%程度のTiを加えたブロンズが多く用いられている。TiはNb 3Sn層に効率的に拡散し、ブロンズには殆んど残留しない。また、Nb芯に数wt%のTaを添加した線材も多く作製されている。

 図3にブロンズ法線材の例として、ITERトロイダルコイル用導体として開発された素線とその仕様を示した。導 体はこの素線900本を522本のCu線とともにツイストしてSUS316LNのジャケット管に挿入した強制冷却型で、68kA(@11.8T)を通電する。内部拡散法では12Tで2000A/mm 2程度のnon-Cu J cを示す線材も作製されるが、交流損失は大きくなる。また、高磁界NMR分析装置の内挿マグネット等に用いるNb 3Sn線材は、Cu比を0.2-0.5として線材断面積当りのJcを高める。さらにブロンズ法では、交流用に芯径0.2μmの超極細芯線材も作製され、5 0Hzマグネットの運転に成功している。このような超極細芯線材では、3%程度の曲げ歪までJcが低下しない。

図4

 ブロンズ法、内部拡散法の他にも、Nb-Sn系中間化合物粉末に10wt%程度のCu粉末を混合してNb管に充填したものをCuマトリックスに多数本複合して加工後熱処理する粉末法Nb 3Sn線材が欧州で工業化されている。わが国でもTa-Sn系粉末をNb管に充填し加工する粉末法で多芯の長尺線が加工され、良好な均一性とブロンズ法線材を上回る高磁界特性をえている。

Nb 3Sn線材の新しい製法としては、Sn-Ta系合金シートとNbシートを重ねて巻き込んだ複合体をNbシースに挿入して加工するジェリーロール(JR)法で線材が作製されている。こ の線材の熱処理では、NbとSnの相互拡散によりNb 3Sn層が生成されボイドの発生がない。その結果Sn量が化学量論組成で濃度勾配のない厚いNb 3Sn層が生成され、線材は4.2Kで26.9T(中点)の高いH c2と、22T(2Kでは24T)でも使用可能なnon-Cu J cを示す。図4にわが国で開発された種々のNb 3Sn線材の高磁界におけるnon-Cu J cと磁界の関係を示した。最近20T以上の高磁界でのnon-Cu J cが改善され、今後も製法と特性の向上がえられる可能性がある。

 Nb 3Sn線材は10T以上の高磁界マグネットに広く用いられている。ITERではトロイダルコイルとセントラルソレノイドに合計540tonのNb 3Sn線材が用いられ、わが国でもそのかなりの部分を製作中である。500MHz以上のNMR分析装置にもわが国のNb 3Sn線材が内外で使用され、物質・材料研究機構(NIMS)では920及び930MHz高分解能NMR装置を開発した。後者のマグネットは21.9T(@1.5K)の磁界を発生した。さ らにNb 3Sn線材を用いた便利な無冷媒超伝導マグネットがわが国で多数生産され、利用されている。一例としては、171mmの室温ボアに15Tの磁界を発生するマグネット(JASTEC社製, JAEA納入)がある。

2.3 Nb 3Al及びV 3Ga化合物線材

 Nb 3Alは耐歪特性がNb 3Snより優れているため、高磁界加速器用等に注目されているが、化学量論比組成の相が2000℃付近の高温でしか存在せず、またその線材化にブロンズ法が適用出来ない問題点がある。N IMSでは、Nb-Al素線を連続的に2000℃に急熱、急冷後、800℃付近で変態させてA15相をうる製法を開発した。急冷後のbcc相は若干の加工性があり、この段階でCuを被覆することが出来る。1 km級の長尺線が加工され、内径30mmのコイルにまかれて15TのNb 3Snマグネットに挿入し、4.2Kで19.5Tの発生に成功している。Nb 3Al線材は改良されたNb 3Sn線材と同程度の高磁界特性をもつが、製作コストが高いため工業化には達していない。

 V 3GaはNb 3Snより前にブロンズ法により多芯線が工業的に作製された。さらにテープ状線材が1975年に当時のNb 3Snの15Tをしのぐ17.5Tの磁界を発生するマグネットに用いられた。また、極細芯の線材が4.2K, 17Tで1000A/mm 2の高いnon-Cu J cを示したが、Ti添加Nb 3Sn線材が開発されてからは省みられなくなった。しかし、誘導放射能の減衰がNb系化合物線材に比べてはるかに短いため注目され、最近NIFSで小規模の研究が再開されている。

3.おわりに - 超伝導材料開発の一面

 材料の研究開発はいわば海洋の開発に類似した面をもっている。広い大洋で価値あるものを見出すには広範囲の探索が必要で、地道な基礎研究がもとになって新しい芽が生まれている。氷 山の一角というたとえもあるように無から有は生まれないので、表に現れない土台があって新物質が見出され、その過程で予期しない宝物にめぐり会うこともある。  さらに画期的な物質が見出されてもすぐ実用に結びつくわけでなく、新しいプロセスの開発や応用技術の確立を経て実用化に達する。大海原の波浪をいくつも乗り越えて行くようなもので、材 料にも長所と短所がありこれに対応して短所を克服して長所を伸ばすことが求められる。  このようにして新材料により新しい応用分野が開かれ、一方、大 型応用プロジェクトからの要求を目標として材料やその生産ラインの改善が得られる。従って材料と応用は良い循環関係を保って進歩し、さらにその成果によるレベルアップが広い波及効果を生んでいる。また、材 料もプロセスもシンプルなことが大切で、工業化への道のりが短縮される。