第42号:環境・エネルギー特集Part 3-地球環境保護の取り組み
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中国の温暖化政策:二酸化炭素排出削減数値コミットメントを中心に

2010年 3月25日

明日香 壽川

明日香 壽川(アスカ ジュセン):
東北大学東北アジア研究センター教授、
(財)地球環境戦略研究機関気候変動グループ・ディレクター

1959年生まれ。 東北大学東北アジア研究センター教授(環境科学研究科教授兼任)。 (財)地球環境戦略研究機関気候変動グループ・ディレクター(2010年4月〜)。

 東京大学大学院農学系研究科農芸化学専攻で農学修士号、欧州経営大学院(INSEAD)で経営学修士号、東京大学大学院工学系研究科先端学際工学専攻で博士号を取得。 スイス実験外科医学研究所研究員、( 株)ファルマシアバイオシステムズ管理部プロジェクトマネージャー、(財)電力中央研究所経済社会研究所研究員などを経て現職。ほかに京都大学経済研究所客員助教授、朝 日新聞アジアネットワーク客員研究員などを歴任。専門は、環境科学政策論。 著書に、『地球温暖化:ほぼすべての質問に答えます!』(岩波書店、 2009年)、『中国環境ハンドブック2009-2010年版』( 中国環境研究会編、蒼蒼社、2009年、共著)、『地球温暖化懐疑論批判』(東京大学サステイナビリティ学連携研究機構(IR3S)、2009年、共著)。論文に、「日本政府によるカーボン・ク レジット活用策の比較評価および発展経路」『環境経済・政策研究』(第2巻第1号、 2009年、岩波書店)、「中国の意味ある参加とは?:中国政府が掲げる温暖化対策の目標と「低炭素発展」の シナリオを読み解く」『世界』(2010年1月号、岩波書店)、「温暖化交渉サミットの成果と今後の展望」『世界』(2008年9月号、岩波書店)など多数。 第32回山崎賞受賞(2006年)。& #160;

 ポスト2013年において中国の"参加"が、日本政府のコミットメントの前提条件となっている。しかし、この"参加"の中身について具体的なイメージを持っている、あるいは「中国はこういう理由で、こ のようなコミットメントを行うべきだ」と論理的かつ定量的に語れる日本の関係者は皆無に近い。

 この不可思議な状況がつづく中、昨年9月に、国家発展改革委員会エネルギー研究所タスクフォースが報告書『中国2050年低炭素発展への道:エネルギー需給及びCO2排出シナリオ分析』( 以下ではシナリオ分析報告書)および国務院発展研究センター・国家発展改革委員会エネルギー研究所・清華大学が報告書『中国2050年エネルギーとCO2排出報告』 [i] (以下ではエネルギーとCO2排出報告書)が発表された。

 本稿では、このシナリオ分析報告書の要点、特に具体的な数値コミットメントの大きさを示唆している二酸化炭素排出シナリオの内容について紹介する。

1.4つのシナリオ

 シナリオ分析報告書では、以下の4つのシナリオを想定して分析を行っている。

a. レファレンスシナリオ

 いわゆるベースラインあるいはBAU(Business as usual)となるシナリオであり、前提として、2050年に、1)一人あたりGDP:中進国レベル、2)一人あたりエネルギー消費量:4 tce、3)エネルギー効率:現在の世界トップ水準より10%低い、4)エネルギー消費量:78億tce、などをおいている

b. 省エネシナリオ [ii]

 すでに取り組んでいる省エネ優先の対策を追求する。炭素隔離貯留(CCS)などの高コストな気候変動対策は実施されない。

c. 低炭素シナリオ

 低炭素社会追求シナリオで、炭素税や2020年-2030年におけるCCSや石炭ガス化複合発電(IGCC)の導入が前提となる。

d. 強化低炭素シナリオ

 先進国からの技術・資本援助および中国の国際貢献を考慮したシナリオで、炭素税の導入やCCSやIGCCの早期における高い普及率などが前提となる。

 次の表1および表2は、各シナリオの前提や必要となる政策措置をより具体的に示したものである。

表1 各シナリオの内容および前提(要約)
シナリオ 内容
レファレンスシナリオ 2050年に、一人あたりエネルギー消費量は現在の中進国と同じレベル。同じく2050年に、2005年時点のエネルギー効率世界トップ水準より10%低い。工業化は進展し、技 術進歩がエネルギー利用効率を若干向上させるものの、エネルギーの消費量は78億tceに達する。
省エネシナリオ 省エネと排出量削減を充分に考慮するものの、気候変動対策だけのための施策は実施しない。経済成長の方式は変化し、短中期的に高効率製品の生産は増大し、省エネ設備製造業、原子力発電、再 生可能エネも一定程度は発展する。しかし、1)速さや快適性を重視するため公共交通システムは十分に発達せず、2)革新的な省エネと排出量削減に関する技術は開発されずCCSも未普及、3)省 エネ型のライフスタイルは普及せず、「先に汚染、後に整備」という意識が存在する、などの状況が続く。
低炭素シナリオ 持続可能な発展、エネルギー安全保障、国際競争力、省エネ、排出削減ポテンシャルなどが総合的に考慮される。生産と消費のパターンも転換し、技術進歩によって低炭素化が進む。省エネ設備製造業、原 子力発電、再生可能エネ産業の発展が加速・増大。CCSが電力部門で普及。低炭素経済発展のための投資が拡大し、省エネ型の生産とライフスタイルが普及。
強化低炭素シナリオ 国際協調のもと、高いレベルの低炭素化が実現。先進国と途上国の協力が進展し、新たな技術開発や既存技術のコスト削減がなされ、低炭素技術の普及度が高まる。研究開発や資金投資が低炭素化を支え、エ ネルギー多様化も進む。中国政府の低炭素経済への投資も拡大し、クリーンコール技術やCCSが大幅に普及。
出典:シナリオ分析報告書 p.44 表3-2
表2 各シナリオの内容および前提の詳細
項目 省エネシナリオ 低炭素シナリオ 強化低炭素シナリオ
GDP成長率 国家「三段階」目標を実現:2005-20年平均増加率:8.8%、2020-35年:6%、2035-50年:4.4%

 

省エネシナリオと同じ 省エネシナリオと同じ
人口成長率 2030-40年に約14.7億でピーク。2050年に14.6億 省エネシナリオと同じ 省エネシナリオと同じ
一人あたりGDP

 

2050年、20万元(2.5万USドル:2005年の固定価格) 省エネシナリオと同じ 省エネシナリオと同じ
産業構造 2030年以降、第三次産業が躍進。しかし、重工業も依然重要な位置を占める。 先進国の現在の産業構造とほぼ同じになり、工業化と第三次産業の発展が加速し、情報産業が重要な位置を占める。 先進国の現在の産業構造とほぼ同じになり、工業化と第三次産業の発展が加速し、情報産業が重要な位置を占める。
都市化率 2030年:72%、2050年:79%

 

省エネシナリオと同じ 省エネシナリオと同じ
輸入・輸出 2030年に一次産業産品が国際競争力を徐々に失い、エネルギー多消費製品の主な市場は国内のみ。 2020年に一次産業産品が国際競争力を徐々に失い、エネルギー多消費製品の主な市場は国内のみ。高付加価値産業とサービス業の輸出が著しく増加。 2020年に一次産業産品が国際競争力を徐々に失い、エネルギー多消費製品の主な市場は国内のみ。高付加価値産業とサービス業の輸出が著しく増加。
国内の自然環境 改善するものの、「先に汚染、後で改善」の意識は変わらない。クズネッツ曲線の初期段階。 改善が見られ、クズネッツ曲線のピーク値が下がっている。 改善が見られ、クズネッツ曲線のピーク値が下がっている。
エネルギー技術 2040年に先端的なエネルギー技術が普及し、中国が世界の技術レベルをリードする。技術効率は現在より40%高い。 2030年に先端的なエネルギー技術が普及し、中国が世界の技術レベルをリードする。技術効率は現在より40%高い。 2030年に先端的なエネルギー技術が普及し、中国が世界の技術レベルをリードする。技術効率は現在より40%高い。
非通常的な
エネルギー資源
2040年以後、非在来型(unconventional)なガスや石油の採掘が必要。 2040年以後、非在来型(unconventional)なガスや石油の採掘が必要。 非在来型(unconventional)なガスや石油の採掘は不要。
太陽光発電、
風力発電
2050年に太陽光発電の発電単価は0.39元/kWh、陸上風力発電が普及。 2050年に太陽光発電の発電単価は0.27元/kWh、陸上風力発電が普及し、洋上風力発電も大規模に開発。 2050年に太陽光発電の発電単価は0.27元/kWh、陸上風力発電が普及し、洋上風力発電も大規模に開発。

原子力発電

2050年原子力発電総容量3億kW、発電単価が2005年の0.33元/kWh から2050年には0.24元/kWh まで低下。

2050年原子力発電総容量3.5億kW、発電単価が2005年の0.33元/kWh から2050年には0.22元/kWh まで低下。2030年から第4世代原子発電所の大規模的開発段階に移行。& lt; /p>

2050年原子力発電総容量4億kW、発電単価が2005年の0.33元/kWh から2050年には0.20元/kWh まで低下。2030年から第4世代原子発電所の大規模的開発段階に移行。

石炭火力発電

超臨界発電と超々臨界発電が主流技術。

2030年まで超臨界発電と超々臨界発電が主流技術で、その後IGCCが主流になる。

2020年からIGCCが主流技術になる。

CCS

導入されない。

2020年からパイロットプロジェクトが開始。2050年には、すべての新規IGCC発電所に導入。

すべての新規IGCC発電所にCCSを導入。同時に鉄鋼、セメント、アルミニウム、アンモニア、エチレンなどの産業部門にもCCSを導入、2030年には普及。

水力発電

2050年に発電容量4億kW、発電量が13,200億kWhを超える。

2050年に発電容量4.5億kW、発電量が14,850億kWhを超える。

2050年に発電容量4.7億kW、発電量が15,510億kWhを超える。

バイオマス

2050年に1億tceのバイオマスを利用。平均費用は430元/tce以下になる。

2050年に2.6億tceのバイオマスを利用。平均費用は370元/tce以下になる。

2050年2.7億tceのバイオマスを利用。平均費用は370元/tce以下になる。

民生分野

省エネ家電が普及し、再生可能エネルギー(例:バイオマス)を利用した農村でのエネ供給が商品化される。

省エネ断熱住宅が普及

省エネ断熱住宅が普及

運輸・交通

公共交通が普及。大都市での軌道交通が整備。

環境に配慮した軌道交通が整備。

100万人以上の都市に公共交通が発達。中小都市から農村へのアクセスが自動車なしで可能に。

自動車

燃費効率が30%上昇。

燃料効率が60%上昇。

燃料効率が60%上昇。

出典:シナリオ分析報告書 p.44 表3-3

図1は、低炭素シナリオの場合の2020年までのエネルギー消費削減量およびCO2排出削減量を示している。

図1 低炭素シナリオにおける2020年までの対策別エネルギー消費削減量とCO2排出削減量

図1 低炭素シナリオにおける2020年までの対策別エネルギー消費削減量とCO2排出削減量

出典:シナリオ分析報告書 p.131 図4-55

 これより、2020年までは、鉄鋼生産量の生産調整や電力供給システム改革(電源ミックスの改革および発電技術効率の改善)の2つが排出削減に大きく寄与することがわかる。また、冒頭で紹介した『 エネルギーとCO2排出報告書』では、これらを実現するために、すでに進めている政策(非効率生産施設の閉鎖、補助金、エネルギー税など)の強化と同時に、目 標達成費用の最小化という意味でより効率的な炭素税や排出量取引制度などの施策の導入を検討すべきという議論を展開している。

2.CO2原単位

 図2は、CO2原単位(GDP一万元あたりの炭素排出量)の変化を示している。

図2 各シナリオのCO2排出量の推移

図2 各シナリオのCO2排出量の推移

出典:シナリオ分析報告書 p.86 図3-30

 表3は、図2をもとに筆者らが作成した各シナリオのCO2原単位の変化割合を示している。

表3 各シナリオの化石燃料由来CO2原単位(GDP一万元あたりCO2排出量)
シナリオ 2005年 2010 年 2020年 2035年 2050年
省エネ 0.77 0.65 0.43(44%削減) 0.20 0.12
低炭素 0.77 0.62 0.33(57%削減) 0.16 0.09
強化低炭素 0.77 0.61 0.31(60%削減) 0.15 0.05
注:図3からの目視での読み取り値なのでプラスマイナス0.01程度の誤差あり。

 図2および表3は、省エネシナリオでは、2020年に2005年比でCO2原単位44% 以上の削減、低炭素シナリオでは57%以上の削減が、それぞれ実現されることを示している。こ れらの数値のレベル感というのは、中国国内における他の研究や過去の政府高官発言と整合的である。

3.CO2排出量

 図3は、各シナリオのCO2排出量の推移を示している。

図3 各シナリオのCO2排出量の推移

図3 各シナリオのCO2排出量の推移

出典:シナリオ分析報告書 p.86 図3-29

 表4は、図3をもとに筆者らが作成した各シナリオのCO2排出量の変化割合を示している。

表4 各シナリオの化石燃料由来CO2排出量(億tC)
シナリオ 2005年 2010 年 2020年 2035年 2050年
省エネ 14.09 20.00 27.50 32.50 33.15
低炭素 14.09 18.76 22.00 23.98 22.90
強化低炭素 14.09 18.75 20.60 22.37 13.95
注:図3からの目視での読み取り値なのでプラスマイナス0.1程度の誤差あり

 この図3および表4から明らかなのは、低炭素シナリオではCO2排出量が2035年頃からピークアウトすると予想していることである。ピークアウトは、短 中期削減目標の一つとして国際社会において議論されており、中国への実質的な"要求項目"の一つであった。したがって、たとえ報告書という形であっても、ピ ークアウトの時期が明示的なシナリオが公式に発表されたことの意味は大きいと思われる。

主要参考文献:

  1. 明日香壽川(2009a)「中国の意味ある参加とは?:中国政府が掲げる温暖化対策の目標と「低炭素発展」のシナリオを読み解く」『世界』(2010年1月号,岩波書店)
  2. 明日香壽川(2009b)「先進国削減目標(努力)の比較可能性について」WWFジャパンスクール「コペンハーゲン2009」2013年以降の気候変動新枠組交渉合意に向けたシリーズ勉強会 ( 2009年4月24日開催)発表論文. http://www.cneas.tohoku.ac.jp/labs/china/asuka/
  3. 明日香壽川(2008)「中国の温暖化対策国際枠組み「参加」問題を考える」『環境研究』, 2008年, No.150, p.26-37.
  4. 姜克隽・胡秀莲・庄幸・刘強(2009)「中国2050年低碳情景和低碳发展之路」『中外能源』2009年第6期, p1-7. http://www.eri.org.cn/manage/upload/uploadimages/eri2009630132954.pdf
  5. 国家発展改革委員会エネルギー研究所タスクフォース(2009)『中国2050年低炭素発展への道:エネルギー需給及びCO2排出シナリオ分析』
  6. 国務院発展研究センター・国家発展改革委員会エネルギー研究所・清華大学(2009)『中国2050年エネルギーとCO2排出報告』
  7. 李志東(2009a)「「論」よりも「実」を狙う中国」朝日新聞HP: http://www.asahi.com/eco/forum2009/news/j/TKY200909140076.html、2009/9/14.
  8. 李志東(2009b)「議会も動き出した中国の温暖化対策の動向」日本エネルギー経済研究所 http://eneken.ieej.or.jp/ 2009/9/16.

[i]この2冊は同時に公表され、作成者も重なっている。約900ページという大著である『 中国2050年エネルギーとCO2排出報告』から、国家発展改革委員会エネルギー研究所が主に担当したシナリオ分析部門を抽出したものが『シナリオ分析報告書』シナリオ分析報告書と位置づけられる。なお、中 国参加問題に関しては、明日香(2009a、2000b)、明日香(2008)、李(2009a、2009b)などを参照されたい。

[ii]この省エネシナリオとレファレンスシナリオとの関係が、シナリオ分析報告書では曖昧である。数値や、同じ著者( 国家発展改革委員会エネルギー研究所の研究員)の他の文献(胡ら2009)などを見ると、実質的には、省エネシナリオがレファレンスシナリオにかなり近いものだと推察される。