砂漠化防止および緑化保全技術の発展
2010年 3月31日
井上 光弘(いのうえ みつひろ):
鳥取大学乾燥地研究センター緑化保全部門 教授
1946年11月生まれ。1986年農学博士(九州大学)
中国との研究交流は、蘭州沙漠研究所との共同研究以来25年。日本学術振興会の海外学術研究で農業水利関係の仕事に6年間従事。その後、農林水産省の日中交流事業や、中国科学院水土保持研究所との拠点大学交流など40回以上の訪中。最近では、「水土の知」を語る、Vol.12 海外技術交流を考える その1(第2章3 農業水利の課題 51-56、第3章4 乾燥地域における節水灌漑 94-97、第5章1 河套灌区大規模灌漑 155-158、第5章2 景泰川灌区大規模灌漑 159-161、中国の農業水利、JIID BOOKS、東京、224 (2007)を執筆。主な著書:乾燥地科学シリーズ1(21世紀の乾燥地科学、―人と自然の持続性―)、乾燥地科学シリーズ3(乾燥地の土地劣化とその対策)、乾燥地科学シリーズ5(黄土高原の砂漠化とその対策)、古今書院、東京、(2008)、「沙漠の事典」、丸善、東京、(2009)などの分担執筆。
1.はじめに
世界の人口は2009年に68億に達し、2050年には90億を越えると予想されています(世界人口白書2009)。この人口増加に伴い安定した食糧確保が必要で、食糧増産のため、世界各地で、原野の開墾・開拓による農地面積の拡大、あるいは高収量で病害虫に強い品種の開発と改良、化学肥料と農薬の投与、灌漑排水の導入などの農業技術による単位収量の増大が図られてきました。しかしながら、過剰な放牧、過剰な伐採、過剰な開墾に伴う植被率の低下、過剰な耕作に伴う土壌劣化は土壌侵食を助長し、過剰な灌漑は湛水湿害と地下水上昇に伴う塩類集積を起こして農地が荒廃し、砂漠化が進行しています。この砂漠化は深刻な問題で、放牧地の砂漠化を含めると、砂漠化の影響を受けている面積と人口は、それぞれ世界の陸地面積の4分の1、世界人口の6分の1まで達しています。食糧と水資源を確保し、砂漠化を防止するためには、緑化と適切な灌漑排水が必要です。乾燥地は太陽エネルギーが豊富で、湿潤地と比較して病害虫が少ないという利点があるため、適切な遮光と温度制御、適切な灌漑と施肥技術を導入すれば、作物生産に好ましい環境を作り出すことも可能です。しかし、乾燥地は水資源が乏しく、土壌の発達が未熟で有機物も少ないので、水資源の枯渇と土壌劣化の危険性を含んでいます。そこで、わずかな降水量を効率的に集水する、牧畜で産した糞尿を有効に利用する、防風林で農地の風食を防ぐ、河川水や地下水などの水資源を開発し灌漑施設を導入する、灌漑排水の動力源として水力、波力、風力、太陽などの自然エネルギーを利用する、などの伝統的な農業技術と近代的な技術を駆使して、経済的で持続的な農業を行う必要があります。また、いったん圃場内に塩類集積が生じると、これを回復するために莫大な時間と費用を要します。そこで、塩類集積を防止するため、灌漑水の量と質を把握する、圃場の除塩と地下水位の制御を行う、用水と排水を分離して排水を浄化する、そして節水が必要であるという農民の意識改革を行う、などの多くの砂漠化防止対策があります。ここでは、砂漠化防止と緑化保全技術を発展させるための経済的持続的な技術情報を紹介します。
2.砂漠化防止技術
砂漠化は、乾燥地、半乾燥地、乾性半湿潤地で起きていて、サハラ砂漠南方のサヘル地域、中東諸国、中国の西北部などで砂漠化が進行しています。北アメリカやオーストラリア大陸でも見受けられますが、人口増加が著しいアフリカで、最も砂漠化が大きな問題になっています。砂漠化とは、人が住んでいた所や植物の生えていた所が、気候変動や人間の活動によって、土地が荒れ、自然の営みが破壊して、不毛の大地に変化することです。これを防止することは容易なことではありません。
砂漠化の進行度合を理解する方法に、「リモートセンシング技術」があります。この方法は、ランドサット、スポットなどの画像データを解析し、土地利用区分図を作成する基礎的な技術です。最近では、Google Earth IKONOS Onlineを用いて植生図を作成した例もあります。対象地域の数十年前の状況と比較することによって、砂漠化がどの程度、進行したかを理解することが目的で、図化精度を高めるためには、現地の土地被覆グラウンドトゥルースデータとの比較判別作業が重要になります。
UNEPによると、耕作可能な乾燥地の土地面積(51.6億ha)は、放牧地(45.6億ha)、降雨依存地(4.5億ha)、灌漑農地(1.5億ha)に分けられ、砂漠化の影響を受けている割合は全体の70%、約36億haで、日本の面積の95倍に相当します。耕作可能な乾燥地における砂漠化地域の割合を大陸別にみると、アフリカとアジアで66%を占め、放牧地が砂漠化の割合も73%と大きな面積(33.3億ha)を占めています。放牧地の砂漠化は、強い季節風による砂の移動、干ばつ(降水量の減少)、ヤギやヒツジなどの家畜の過剰な飼育(過剰な放牧)が原因で草原の植被率低下が進行しています。過剰な放牧に対する砂漠化防止技術として、草原を牧柵で区切って順番に家畜を放牧させる「輪番放牧」が有効な方法で、土地の牧畜キャパシティに見合った飼育技術が必要です。
砂漠化を防止する対象領域が広いので、砂漠化防止は困難な問題です。その中でも効果が認められた防止技術として、緑化による砂丘固定技術があります。例えば、中国のトンゴリ砂漠の東南に位置する沙坡頭では包蘭鉄道が砂で埋まることを防止するために、砂丘に麦わらを1mの格子状に押し込んで砂の移動を止める「草方格」という方法があります。築50年以上の今日では砂丘は固定され、細菌や藻類、地衣類、苔で覆われてない糸状菌や苔植物類などが組み合って構成された生物結皮(バイオクラスト)が形成され、アルテメシアやカラガナなどの耐乾性潅木が生育しています。地下水が利用できる場合には、砂丘の風上側にヤナギを防風林として植えて、「植林による砂丘固定」に成功した例もあります。サヘル地域のグリーンベルト構想、中国における緑の万里の長城構想など、世界的に緑化事業は進められていますが、技術的な問題も多く散在しています。広大な地域の緑化に有効な「飛行機播種」は、ヨモギ、マツ、マメなどの種子と、保水材、肥料などを粘土で包んだ土ダンゴを空から散布するもので、土ダンゴの作成、種子の選択、地形と気象条件などを考慮した適切な散布時期と散布量の決定が成功の鍵を握っています。また、郷土種を選択することが重要で、利用可能な水資源量を無視した過剰な植林事業は成功していません。
人口増加に伴って、燃料用の薪や住居用の木材を過剰に伐採する傾向にあり、砂漠化が拡大しています。特にアフリカ、アジアの砂漠化は、開発途上国を中心に急激な人口増加が背景にあり、食事に使用する燃料用薪炭材の需要は急速に増しています。これに伴って潅木なども伐採され、ますます植被率が低下し、風食や水食などの作用で土地が劣化し、砂漠化が進行しています。植林も重要ですが、消費を減少させる対策も重要です。例えば、食事に使用する燃料用薪炭材の消費を抑える方法として、「改良かまど」の使用が挙げられます。鍋の周りに3つの石を置いて薪を燃焼させる従来法(三石かまど)と比較して、鍋の周りに現地の粘土を固まらせてドーナツ状のかまどを作り、その上に鍋を置いて、燃焼中の炎を外に出さないで燃焼効率をあげようと考えた安価な方法です。その他に、ドラム缶を加工したもの、煙突をつけたものなど、多くの改良かまどが考案されています。中国では、「ヤオトン」という横穴式住居があり、燃焼時の熱を暖房に利用しています。このように、燃料用の薪の消費量を抑えることが、砂漠化防止の重要なポイントになります。初期投資は高くなりますが、天然ガスを利用したガスコンロ、太陽光発電や風力発電を利用した電気クッカー、反射板を有する太陽光集光装置を利用したソーラークッカーも普及しつつあり、天然資源や自然エネルギーを有効利用する方法が今後、期待されています。
世界の人口は、この100年間に4倍も増加しています。今後の人口増加に伴って安定した食糧を確保することが急務で、農地面積を拡大する「水平拡大」と単位面積当たりの収量を増加する「垂直拡大」の大規模な事業が行われてきました。また、後者の事例に、緑の革命があります。肥料の施用、農薬の投与、品種改良、灌漑の導入によって、単位収量は2倍以上も増加し、USDAの報告によると現在の段階で穀物の需要と供給はバランスを保っています。しかしながら、過酷な耕作によって環境問題や土壌劣化が深刻です。過剰な施肥によって地下水中の硝酸態窒素の濃度が増加し、乳児が地下水を飲んでブルーベビー症候群の病気で死亡するという事件の原因と密接な関係がありました。数年以上という長期の栽培は連作障害を発生させ、作物に病害が発生し、これを防止するために、さらに農薬の投与が増加し、食の安全の問題が発生しています。また、乾燥地では灌漑によって2倍から3倍もの単位収量の増加を可能にしました。しかし、安価な表面灌漑を採用し過剰な灌漑を行ったために、水資源の枯渇が問題になっています。河川灌漑では、上流側の過剰取水によって下流まで水が流れないという「黄河の断流」や「アラル海の縮小」が有名です。また、地下水灌漑では、センターピボットという半径400mの散水装置で長期間地下から揚水して、アメリカのカンザス州を中心としたオガラガ帯水層の地下水枯渇問題も有名です。同様に、過剰な灌漑によって、土壌表面に塩類が集積し、作物の収量が減少する問題も多くの国で拡大しています。砂漠化防止技術の発展は重要な課題です。
3.緑化保全技術
以上、述べてきた過剰な放牧、過剰な伐採、過剰な開墾、過剰な耕作、過剰な灌漑は人為的な砂漠化の主な要因です。砂漠化防止技術を確立させ普及させるためには、それが経済的で持続的でないと成功しません。伐採や開墾に対しては、代替エネルギーへの転換、植林やアグロフォレストなどの持続的緑化技術があり、環境保全が可能です。しかし、過剰な灌漑による塩類集積の問題は簡単ではありません。
不適切な水管理、つまり過剰な灌漑によって圃場が湛水し、過湿害が生じ、排水不良と強い蒸発によって土壌面に塩類が集積して、農地を放棄している場合も多く見られます。その問題解決の手段として、土壌中の可溶性塩類(ナトリウムイオンなど)を吸着する物質を開発して散布し塩類を除去するアイデアがあったと仮定してみます。そこで、この方法が経済的で持続的であるか評価します。例えば、黄河中流部の灌漑水のように、電気伝導度が水道水の塩濃度(0.2dS/m)の5倍の1dS/m(塩0.5g/Lに相当)、年間灌漑水量が1000mm(日灌漑水量3mm以下)、塩の密度が2g/cm3であれば、50年間に1.25cmの白い塩が一面に堆積する計算になります。長期的に考えると、用水路から灌漑水によって塩が圃場に入り、さらに肥料も塩なので、施肥も考慮すると相当量の塩が圃場に供給されることになります。圃場から系外に排出される塩は、排水路から排水される塩、作物に吸収消費される栄養塩、リーチング(溶脱あるいは洗脱)によって根群域から下方に流出する塩です。地下水へ輸送された塩は、下流の地下水の塩分濃度を高め、「二次的塩類化」という人為的砂漠化問題として深刻な問題を引き起こしています。乾燥地では水資源が乏しいので、できるだけリーチング水量を減らすことが肝要です。もし、土壌中で塩を吸着する物質(塩吸着材)が開発され、これを散布したら、最初は塩が吸着されます。しかし、塩吸着材が飽和状態になれば、さらに塩吸着材を散布することになり、数年後には、土壌中に塩吸着材が多く含まれる状態になります。同様な現象が、1980年代に砂丘圃場で使用した保水材の研究結果からも見てとれます。つまり、砂は保水性がないので高吸水性ポリマーを砂に混入して保水性を高めた結果、野菜栽培の収量増加が得られました。しかし、この保水材は太陽の光で保水能力が極端に劣化すること、塩を含む灌漑水で保水能力が低下することが明らかになりました。保水材は耕耘によって土壌表面に現われ太陽の光をまともに受けて劣化します。つまり、砂に高い保水性を維持させるためには、肥料のように栽培ごとに保水材を追加しなければ効果がありません。数年の実験で、砂丘圃場は灌漑後にゼリー状になり、人工的な土壌改良材に限界があることを認識しました。
塩類土壌の改良には費用が嵩みますが、ナトリウムを多く含むソーダ質土壌には、石膏などのカルシウムを施用して、土壌に吸着したナトリウムとカルシウムを置換させ、透水性を良くしてリーチングを行う方法があります。この方法は水資源の確保が問題視される現状では持続的ではないでしょう。それでは、どのような解決方法があるのでしょうか?真っ白になった塩類集積地で放棄された農地は、表層の土壌を剥ぎ取る土木的な方法(表層剥取除去法)で、その圃場から系外に塩を除去しなければなりません。莫大な費用と時間が必要です。通常の栽培圃場では、灌漑し施肥した期間に、与えた塩を根群域から系外に取り出す方法です。つまり、作物の吸収量に相当する肥料を施用する。緩効肥料の採用や少量頻繁施用による節肥方法が塩類集積を増加させない効果が認められています。また、中度の塩類集積が認められる圃場では、耐塩性の樹木、例えば、グレートソルトブッシュやタマリクスなどを植えて土壌から塩を吸収する方法(ファイトレメデーション)、ポプラなどの樹木を植えて、根の吸水によって地下水位を低下させ、地表面への毛管上昇による塩の移動を少なくする方法(バイオドレーネージ)などの緑化保全技術が有効です。興味のある方は、乾燥地科学シリーズ3「乾燥地の土地劣化とその対策」古今書院が参考になると思います。
4.まとめ
砂漠化防止対策の多くは持続的な緑化保全事業で解決でき、緑化は低炭素社会に貢献することは自明です。しかしながら、使用できる水資源の量や土壌の性質を知らないで過剰に植林すると生態系バランスが崩れて緑化事業は成功しません。重要なことは、自然と人類の共存を背景に、21世紀の食糧と水資源を確保するための持続的な緑化保全技術を発展させることです。「持続性」には、水資源や土壌などの保全を考慮した「環境的な持続性」と、対象地の継続的な技術導入が可能であることを考慮した「経済的な持続性」が含まれます。これらの環境的持続性と経済的持続性の両者を満足するとともに、近代的技術と伝統的技術を利用し、経済的持続的なバランスを保つこと、そして、世界各地で、すでに行われた種々の緑化保全事業の事例を参照すること、が肝要です。砂漠化防止のためには、生態環境と農村社会構造をよく理解し、新たな開発によって環境が破壊しないように、対象地域に対する最適な持続的開発が必要です。さらに、植物・樹木の栽培技術の改良、生活改善技術、社会経済向上技術など、総合的に考えることが重要です。基本的に、住民参加型の技術支援が大切です。乾燥地の緑化保全事業は、住民参加のボトムアップ型の開発で、身の回りの小さなことから改良することが重要です。砂漠化防止を実践するためには、住民の砂漠化の現状把握、植林の必要性の認識、女性や子供の意見の反映など、議論が必要です。すべての事が経済優先で進められている今日ですが、自然と人間の関わりを相互に理解し、グローバルな立場から持続的な砂漠化防止問題の議論を深めることが重要です。
最後に、ひとりでも多くの人が砂漠化の問題と持続的緑化保全技術の発展について理解を深めることができたら幸いです。さらに興味のある方は、Googleで「乾燥地とは」と検索して、WEB情報を見るのも良いでしょう。