第43号:光触媒技術
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光エネルギー変換を目指した光触媒技術の開発

2010年 4月 2日

工藤昭彦

工藤昭彦(くどうあきひこ):東京理科大学理学部教授

1961年3月生まれ。
1988年東京工業大学大学院総合理工学研究科電子化学専攻(理学博士)、1988年University of Texas at Austin・博士研究、1989年東京工業大学大学院総合理工学研究科・助手、1995年東京理科大学理学部応用化学科・講師、1998年同助教授、2003年同教授。水分解を目指した新規粉末光触媒材料の開発に従事。これによって、化学の力でエネルギー・環境問題の解決を目指す。受賞歴:1990年度井上研究奨励賞、2000年度触媒学会奨励賞、2009年度光化学協会賞


Jia Qingxin

Jia Qingxin(ジア チンシン):
東京理科大学院総合化学研究科修士課程2年

1982年8月生まれ。
2009年東京理科大学理学部卒業。理学学士。

1. はじめに

 18-19世紀に起こった産業革命以来、現代社会は急速に発展し、人々の暮らしは豊かになった。その反面、自然界が長年かけて蓄積してきた化石燃料が大量に消費されたため、その化石燃料の枯渇と地球環境破壊が深刻な問題となっている。これらの問題解決のために、化石燃料に替わる新たなクリーンエネルギーの開発が重要かつ早急な課題となっている。

 現在、太陽光エネルギーを使って水素などの燃料を合成する科学技術の開発が世界中で盛んに行われている。このようなプロセスで得られた燃料は、「ソーラーフュエル」と呼ばれている。この代表的な科学技術として、光触媒を用いた水分解による水素製造が注目されている。この光触媒を用いた水分解の研究の発端となったのが、本多・藤嶋効果である1)。二酸化チタン半導体電極に紫外光を照射すると、その電極表面から酸素が、対極から水素が発生する。この現象が発表されて以来、世界中で水分解光触媒や光電極の研究が行われてきた。そして、近年になって、この研究分野が再び脚光を浴びるようになってきた。粉末光触媒を用いた水分解による水素製造技術の特徴は、シンプルさである。たとえば、水が入った反応槽に光触媒粉末を敷き詰めておけば、太陽光が当たることにより水素が自然と生成してくる。ソーラー水素製造の大面積化において、この簡便さが有利に働く。

図1 光触媒を用いた人工光合成

図1 光触媒を用いた人工光合成

 図1に示したように、水分解反応においては、光エネルギーが水素という化学エネルギーに変換される。これは、緑色植物が行っている光合成と同じ光エネルギー変換反応である。そのため、光触媒を用いた水分解反応は、人工光合成と呼ばれている。この人工光合成を実現することは、学問的にも価値のあることである。

 本稿では、粉末光触媒を用いた水分解の原理について述べた後、筆者らのグループで開発した水分解および水素生成のためのユニークな光触媒を紹介する2)。

2. 粉末光触媒による水分解のメカニズム

図2 光触媒による水の分解反応のメカニズム

図2 光触媒による水の分解反応のメカニズム

 図2に粉末光触媒を用いた水分解反応が進行するために必要な過程を示す。第一の過程(i)では、半導体光触媒にバンドギャップより大きなエネルギーを持つ光を照射することにより、電子が価電子帯から伝導帯に励起され、価電子帯に正孔が生じる。ここで、水分解反応が進行するためには、伝導帯に励起された電子が水の還元電位よりも卑側のポテンシャルを、価電子帯に生成した正孔が水の酸化電位よりも貴側のポテンシャルを持っていることが不可欠である。また、可視光を利用するためには、3 eVより狭いバンドギャップを持つ光触媒の開発が要求される。第二の過程(ii)では、光照射により生成した電子および正孔が粒子表面へ移動する。ここで、光触媒粒子の結晶性などが、光生成したキャリアの寿命などを支配する。より良い結晶性を有する粒子では、再結合中心として働く欠陥が少ないため、電子および正孔が表面へたどり着く確率が高くなり、光触媒反応効率が増大する。第三の過程(iii)では、光触媒粒子の表面に到達した電子が水を還元して水素、正孔が水を酸化して酸素を生成する。光触媒粒子の表面特性としては、それらの酸化還元反応活性点の存在が不可欠である。また、表面積も重要な因子となる。これらの過程が完結することにより、初めて水分解活性が発現する。

3. 水分解に活性な半導体粉末光触媒の紹介

表1 光触媒ライブラリー

表1 光触媒ライブラリー

 表1に示すように、これまでに筆者のグループは数多くの新規水分解光触媒材料を開発してきた3)。次に、これらの中から代表的な光触媒を紹介する。

3-1. 水分解に高活性なNiO/NaTaO3:La光触媒

 ペロブスカイト構造を有するタンタル酸ナトリウム(NaTaO3)は高活性な水分解光触媒である。さらに、Laを数%をドーピングすることにより、その活性が十数倍向上する。図3に示した走査型電子顕微鏡観察からわかるように、このNaTaO3:La光触媒は、特徴的な表面ナノステップ構造を持つ数百ナノメートルの微結晶である。このナノステップ構造の形成により、水の酸化および還元のための高活性な反応場が構築されている。実際に、ガラス基板に塗布されたNiO/NaTaO3:La光触媒に紫外光を照射することにより、目視でも確認できる水素と酸素の泡が発生する(図3)。ここに存在するものは、水と粉(光触媒)と光だけである。このように、非常にシンプルな系で水から水素を作り出すことができるのである。このNiO/NaTaO3:La光触媒の開発により、粉末光触媒を用いても高効率な水分解が可能であることがはじめで実証できた。しかし、NaTaO3:La光触媒のバンドギャップは4。1 eVであり紫外光しか使えないことが、大きな欠点である。地球に届いた太陽光の有効利用の観点から、可視光で応答する光触媒の開発が重要である。

図3 NiO/NaTaO3:La光触媒による水の分解反応

図3 NiO/NaTaO3:La光触媒による水の分解反応

3-2. ソーラー水分解に活性なZスキーム型光触媒

図4 Z-スキーム系光触媒による水の可視光完全分解

図4 Z-スキーム系光触媒による水の可視光完全分解

図4に示すように、水素および酸素生成に活性を示す2つの可視光応答性光触媒を組み合わせることにより、水の可視光分解が可能となる。この系では、2つの光触媒間で電子のやり取りをする電子伝達剤が必要である。この電子伝達剤は、酸化還元を繰り返すだけで、それ自身は消費されない。この系は、緑色植物の光合成に見られるような2段階の光励起で働くことから、 Zスキーム型光触媒と呼ばれている。

 Ru/SrTiO3:RhとBiVO4を組み合わせた系が、Zスキーム型光触媒として働く。ここで、SrTiO3:Rhは、ワイドバンドギャップ光触媒であるSrTiO3への遷移金属ドーピングによって開発された可視光応答型光触媒である。これは、可視光照射下で水素を生成することができる数少ない金属酸化物光触媒である。また、BiVO4は、Bi(III)の性質を利用した酸素生成可能な可視光応答型光触媒である。Ru助触媒を担持したSrTiO3:Rh粉末とBiVO4粉末を鉄イオンが溶けた水溶液に懸濁させて可視光照射すると、水が分解して水素と酸素が2:1で生成する。この光触媒系は、520nmまでの可視光を利用できるという特徴を持っている。さらに、太陽光を用いても反応が進行することが確認されている。これで、効率が低いながらも粉末光触媒を用いた水からのソーラー水素生成が実証できたわけである。しかし、粉末光触媒を用いた水分解では、水素と酸素が混合気体(爆鳴気)で得られるという大きな欠点がある。ここで、このZスキーム型光触媒では、水素と酸素が異なる粉末上で生成する。したがって、粉末を分離し、電子メディエーターだけが、それらの光触媒粒子間を行き来できるようにすれば、水素と酸素を分離して生成することが可能となる。実際に図5に示すように、適当な穴のサイズを持つフィルターで仕切ることにより、水素と酸素が別々の反応槽から得られることも実証できている。一方で、図4に示したZスキーム型光触媒において、電子伝達剤を用いなくても、光触媒粒子間の電子移動により可視光水分解が進行する系の開発にも成功している。

図5 Z-スキーム型粉末光触媒を用いた水の分解反応における水素および酸素の分離生成

図5 Z-スキーム型粉末光触媒を用いた水の分解反応における水素および酸素の分離生成

3-3. 太陽光と水と廃硫黄化合物から水素を作り出す金属硫化物光触媒

 硫化水素や亜硫酸ガスは還元力が強いため、光触媒的水素生成反応における還元剤に使うことができる。これらの還元剤を用いた光触媒反応では、酸素が生成しない。これは、図2中に示された酸素生成反応の代わりに、これらの還元剤の酸化反応が進行するためである。これらの硫黄化合物は化学工業における副生成物や自然界から多量に得ることができるため、この光触媒反応によって常温常圧下における二酸化炭素を排出しない新たな水素製造プロセスを開発できる可能性がある。筆者らは、この光触媒的水素生成反応に高活性を示すCuInS2-AgInS2-ZnS固溶体光触媒を開発してきた。図6の写真は、亜硫酸カリウムと硫化ナトリウムが溶けた水溶液中にこの光触媒を沈め、疑似太陽光(AM-1。5)を照射している実験の様子を示したものである。このように、水素の細かい泡が激しく発生することがわかる。この光触媒は、700nmまでの可視光を利用することができる。この実験条件下で8L/h•m2の速さで水素が発生している。この光触媒系の特徴は、その固溶比を変えることにより、バンドギャップを自由にコントロールできることである。このことを利用して、近赤外光を使える黒色の光触媒も開発されている。このように、犠牲試薬存在下においては、幅広い可視光を使える高効率な水素生成光触媒が開発されている。

図6 擬似太陽光を利用した固溶体金属硫化物光触媒による水素発生

図6 擬似太陽光を利用した固溶体金属硫化物光触媒による水素発生

4. 今後の展望

 水素はクリーンエネルギーとしてだけではなく、化学工業においても重要な基幹原料である。特に、多量の水素が、農業に不可欠なアンモニア合成に使われている。今後、光触媒を用いた水分解による水素の製造法が確立すれば、エネルギー・環境問題のみならず、食料問題においても、クリーンに解決できる可能性がある。このように、光触媒を用いた水の分解反応は、人類にとっての究極的な化学反応である。現在、光触媒による水分解の効率はまだ不十分であり、実用化するためには数十倍の高活性化が必要である。しかし、エネルギー戦略にける世界各国のロードマップでも示されているように、人工光合成によるソーラーフュエル製造は、クリーンエネルギーシステムを構築する上での最終的な科学技術として位置づけられている。したがって、さらなる継続的な研究が必要である。一方、光触媒を用いた二酸化炭素の還元反応の研究も行われている4)。太陽光と水と光触媒を用いて二酸化炭素を工業的に有用な物質に変換できれば、さらなるクリーン技術が展開できると期待される。

主要参考文献:

  1. A. Fujishima and K. Honda, Nature, 1972, 238, 37.
  2. 工藤昭彦、現代化学、2009, 30
  3. A. Kudo and Y. Misek, Chem. Soc. Rev. 2009, 38, 253.
  4. 飯塚光祐、小島有紀、工藤昭彦、触媒、2009, 51, 228.