第53号:動物科学
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疾患モデル動物作成と機能解析

2011年 2月23日

木村穣

木村穣(きむらみのる):
東海大学医学部基礎医学系分子生命科学 教授、
研究推進部長、実験動物センター長

1954年1月生まれ。1981年京都大学大学院理学研究科修了。生物物理学専攻。理学博士。 分子生物学、発生工学を主体として、1980年代後半から日本では比較的早くにトランスジェニックマウス開発に取り組む。劣性遺伝様式を示す無髄の震えるマウスに欠損する遺伝子のcDNAを導入し、髄鞘形成が回復すると共に震えを止める事に成功。またこの遺伝子のアンチセンスRNAを発現する遺伝子を正常マウスに導入し、震えが生じる事を見いだした。その後、免疫系、神経系あるいはがんに関係するトランスジェニクマウス、あるいは遺伝子ノックアウトマウスを多数開発。ヒト疾患モデル動物の開発や個体レベルでの遺伝子発現解析・遺伝子機能解析に興味を持つ。

要約

 筆者等の研究グループは、マウスの遺伝子操作技術を駆使して、ヒト疾患モデル動物を作成、解析している。ヒトの病態に基づいた疾患モデル動物は、病気発症の原因と分子メカニズム解明の糸口となり、さらには、疾病治療の進歩に有用な情報をもたらすに違いない。

 ヒトゲノム解析によりゲノム塩基配列情報が明らかになってから、病気と遺伝子型の関係に大きな関心がよせられている。また、個体レベルで個々の遺伝子機能を知る為にも、遺伝子操作マウスを対象とした高次機能解析が不可欠である。本項では、疾患モデル動物作成と機能解析を紹介して、さまざまな遺伝子の機能解析やヒト疾患モデル動物の重要性を知って頂きたいと思う。

1 はじめに

 今日、生命科学の基礎研究や、病気の理解、克服に資する研究を遂行するなかで、動物を用いた基礎研究は大変重要な意義をもっている。すなわち、人を対象として実験研究を行うことは、人道的、倫理的に許されない行為である。そこで、代わりに実験動物を対象として病気の研究を行い、得られた知見、成果を人に外挿することにより、疾病治療の進歩に役立つ基礎研究が進展するからである。

また、ヒトやマウスをはじめとする哺乳動物のゲノム塩基配列情報が明らかになってから、個々の遺伝子が、生体においてどのような機能を有するのか、あるいはそれらの機能がもたらす高次生命現象を個体レベルで解析することが重要になってきた。

 実験動物として多く利用されているマウスは、生殖工学、発生工学の技術開発が近年飛躍的に進み、技術が確立したことから、数多く利用されている。また、人為的に特定遺伝子を操作して欠損、改変する技術も確立していることから、生体レベルの遺伝子機能解析や疾患モデル動物としてもマウスは有用である。

2 疾患モデル動物

 ヒトの疾患は、その発症要因が遺伝的要素と環境要素に区別することができる。遺伝的要因が大きい疾患のうち、特定の遺伝子変異が原因で病気を発症する場合は、人為的にヒトの遺伝子変異を導入した、疾患モデル動物が非常に有用な研究対象となる。

 古典的には、自然発症による突然変異マウスの表現型を指標として、ヒト疾患モデル動物を選別して、病気のメカニズム解析や原因となる遺伝子のクローニングが行われてきた。しかし、今や、患者さんから分離同定された新規遺伝子や特定の遺伝子変異について、高次レベルの生理機能を知る方法が確立されている。ひとつは、遺伝子導入マウス(トランスジェニックマウス)であり[1、2]、もう一方は遺伝子欠損マウス(ノックアウトマウス)である[3−6]。特に、欠失変異は遺伝子の機能解析に有効であり、マウスES細胞を用いたジーンターゲッティング法がよく用いられている。

3 ジーンターゲッティング

 生体における遺伝子の機能解析を目的として、ジーンターゲッティング法を用いた研究が大きく発展してきた。ジーンターゲッティングとは、相同組換えにより特定の内在性遺伝子を変異させる方法である[7−9]。この方法により、生体内の特定遺伝子に対して自由に様々な変異を導入することが可能になった。ジーンターゲッティングの開発は、相同組換えを利用した遺伝子変異導入法の確立とES細胞(Embryonic stem cell:胚性幹細胞)の樹立[10]による成果である。

 ES細胞は、初期胚内に戻した場合、正常な胚発生過程に寄与して個体を形成する多能性を保持した幹細胞(stem cell)である。また、ES細胞は多能性を失うことなく、人工的に継代と培養により維持することができる。さらに、他の一般的な培養細胞株と同様に細胞培養中に遺伝子導入が可能である。この様に、画期的な性質を持ったES細胞はジーンターゲッティングにとどまらず、今日では、細胞の分化や組織の構築メカニズムを解明するために幹細胞研究や再生研究にも利用されている。

 ES細胞は、正常な胚発生を行う初期胚の環境に置かれた場合、宿主の細胞と同調して、生体すべての細胞に分化、増殖し一つの個体を形成する。この性質を利用して、ES細胞を胚盤胞に注入するとキメラマウスが生まれる[11]。キメラマウスは、すべての組織や細胞がES細胞と宿主の細胞からなる個体である。キメラマウスの生殖系列つまり卵子や精子系列の細胞にも、ES細胞由来の生殖細胞が含まれる。よって、キメラマウスを交配すれば、次世代でES細胞由来のマウスを得ることができる。

 シャーレで培養中のES細胞は、人工的に様々な遺伝子操作を行なうことが可能である。遺伝子操作を施したES細胞は、キメラマウスの生殖系列を通して、遺伝子変異マウスを作成することができる。さらに、遺伝子変異マウスの表現型から、個体レベルでの遺伝子の機能解析が大きく進展した。

4 疾患モデル動物の作成方法

 遺伝子ターゲッティング法は、主に生体における遺伝子が欠損した影響を解析する方法である。そこで、遺伝子の欠失変異を原因とする疾患は、遺伝子欠損マウスを作成して、解析することにより、疾病治療の進歩に役立つ疾患モデル動物となり得る。

一方、ヒトの病気の原因となる遺伝子変異は、遺伝子欠失だけでなく、点突然変異やアミノ酸置換、特定の反復塩基配列の伸長等、様々な遺伝子変異があることが解明されている。また、従来は機能が良く分かっていなかった遺伝子以外の領域にも、病気と密接に関わりがあるDNA塩基配列の変異が多く発見されている。さらに、ヒトとマウスには種差がある為、同じタンパク質でも生理活性が異なったり、薬物等に対する応答性が異なる場合がある。この為、実際の病態に基づいたヒト疾患モデル動物を作成するには、単なる遺伝子の欠失ではなく点突然変異や反復配列の導入、ヒト遺伝子との置換が重要となってくる。いわゆる“ヒト化”モデル動物が必要となる。

 遺伝子ターゲッティング法の、改変できる遺伝子構造に制限があるという問題を、数多くの研究者が改善して、新規の技術を確立してきた[12、13]。ノックイン法やCRE-loxPシステム等を用いたコンディショナルノックアウト法が、その一例である[14、15]。筆者等も、当初よりこれらの問題を克服して、自在に遺伝子を置換する方法を考えてきた。そして、2段階の遺伝子ターゲッティングからなるGene Replacement法(標的遺伝子置換法)を開発した[16]。標的遺伝子置換法は、第1段階の遺伝子ターゲッティングで遺伝子欠損マウスを、第2段階の遺伝子置換では、自由な遺伝子と置き換えた個体を作成することができる。遺伝子ターゲッティング法と比較して、どの様な遺伝子にも自在に置換できることが、標的遺伝子置換法の優れている点であり、今後さまざまな遺伝子の機能解析や、実際の病態に基づいたヒト疾患モデル動物を作成するためには、必須の方法であると思われる。

5 疾患モデルマウスの機能解析

 これまでに、数多くのヒト疾患モデルマウス作成は、比較的に遺伝的要因の大きい病気を対象として進められてきた。筆者等の研究グループも、トランスジェニックマウスやノックアウトマウス等の個体レベルでの遺伝子操作技術を駆使して、個々の遺伝子機能を知ると共に、神経系疾患、免疫系疾患・難治疾患等のヒト疾患モデル動物を作成、解析している。

 ヒトの疾患は、遺伝的要因と環境的要因が総合的に起因して、発症する病気がほとんどである。しかし、特に環境的要因が大きい病気に関しては、遺伝子改変動物を対象とした研究が少なかった。そこで、比較的に環境的要因が大きい病気に関しても、各種の遺伝子操作マウスを駆使して、人によって感受性が異なる機構を解明する研究を進めている。具体的には、シックハウス症候群を対象とした研究であり、高感受性の遺伝子を選定して、発症メカニズムを分子生物学的に明らかにする目的である。

 シックハウス症候群は、ホルムアルデヒドや有機リンが発症起因とされる神経症状を伴う疾患である。しかし、同一の環境においても、発症する人と発症しない人が存在することから、各人の遺伝的要素も関与すると考えた。その結果、Neuropathy target esterase(NTE)という酵素は、シックハウス症候群の患者と健常者の間で酵素活性に違いがあり、患者の血液では酵素活性が高い傾向があることを見いだした。この酵素の遺伝子ノックアウトマウスはすでに作成されているが、ホモ型欠損マウスは、胎性致死であり、ヘテロ型遺伝子欠損マウスは、NTE酵素活性が低下して多動であることが認められている[17]。一方、ニワトリは高いNTE酵素活性を示すことから、シックハウス症候群の原因物質を検定する解析系として有効である。実際に、胎生期のニワトリ卵に有機リンを投与すると、非投与群と比較してNTE酵素活性の急激な低下や出血が認められた。現在、トランスジェニックマウス作成とニワトリの系を用いてNTE遺伝子発現と暴露時の神経症状との関連を調べる計画である。

 環境的要因が大きい疾患において、その感受性遺伝子の発現量を変えた遺伝子改変マウスの作成と研究は、近年始まったばかりであり、各変異遺伝子型との相互作用によって環境要因を検討、同定できることは、社会的にも学術的にも望まれる成果であると期待している。

おわりに

 遺伝子改変マウスの作成方法は、ENUによる遺伝子変異導入やレトロトランスポゾンによる挿入変異、Zinc Finger Nuclease(ZFN)等、全てを紹介しきれないほど多様になってきた。そのような中でも、導入遺伝子の効率的な組換えと導入遺伝子の安定した発現を保証するRMCE法(Recombination-mediated Cassette Exchange)は、非常に優れたマウスゲノム操作技術であるといえる[18]。従来のトランスジェニックマウスは、導入遺伝子の構造以外に、外来遺伝子の導入部位とコピー数を考慮する必要があった。しかし、RMCE法は、この様な欠点を克服して、自在に過剰発現系やRNAiによる発現抑制系を作成することの出来る画期的な方法である。今後も、アイデアを駆使して理想的なマウスゲノム操作技術を開発すると共に、ヒト疾患モデル動物を用いた研究から、疾患の原因と分子メカニズムを解明して、疾病治療の進歩につながるように努力したい。

主要参考文献:

  1. Brinster RL, Chen HY, Trumbauer M, Senear AW, Warren R, Palmiter RD. Somatic expression of herpes thymidine kinase in mice following injection of a fusion gene into eggs. Cell. 1981 Nov;27(1 Pt 2):223-31.
  2. 野村達次監修、勝木元也編(1987) 発生工学実験マニュアル トランスジェニックマウスの作り方 講談社サイエンティフィック、東京
  3. Robertson EJ. (1987). Teratocarcinomas and Embryonic Stem Cells: A Practical Approach. Robertson EJ (ed). IRL Press: London, pp.71-112.
  4. Alexandra L. Joyner (1993). Gene Targeting. A Practical Approach. Alexandra L. Joyner (ed). IRL Press: London
  5. Hogan, B. et al. (1994). Manipulating the mouse embryo, a laboratory manual, second edition, Cold Spring Harbor Press, New York
  6. 八木健編 (2000) ザ・プロトコールシリーズ、ジーンターゲッティングの最新技術効率よく確実なマウスの遺伝子組換えとクローン作成法羊土社、東京
  7. Thomas KR, Capecchi MR. Site-directed mutagenesis by gene targeting in mouse embryo-derived stem cells. Cell. 1987 Nov 6;51(3):503-12.
  8. Mansour SL, Thomas KR, Capecchi MR. Disruption of the proto-oncogene int-2 in mouse embryo-derived stem cells: a general strategy for targeting mutations to non-selectable genes. Nature. 1988 Nov 24;336(6197):348-52.
  9. Capecchi MR. Altering the genome by homologous recombination. Science. 1989 Jun 16;244(4910):1288-92.
  10. Evans MJ, Kaufman MH. Establishment in culture of pluripotential cells from mouse embryos. Nature. 1981 Jul 9;292(5819):154-6.
  11. Bradley A, Evans M, Kaufman MH, Robertson E. Formation of germ-line chimaeras from embryo-derived teratocarcinoma cell lines. Nature. 1984 May 17-23;309(5965):255-6.
  12. Hasty P, Ramírez-Solis R, Krumlauf R, Bradley A. Introduction of a subtle mutation into the Hox-2.6 locus in embryonic stem cells. Nature. 1991 Mar 21;350(6315):243-6. Erratum in: Nature 1991 Sep 5;353(6339):94.
  13. Valancius V, Smithies O. Testing an "in-out" targeting procedure for making subtle genomic modifications in mouse embryonic stem cells. Mol Cell Biol. 1991 Mar;11(3):1402-8.
  14. Gu H, Zou YR, Rajewsky K. Independent control of immunoglobulin switch recombination at individual switch regions evidenced through Cre-loxP-mediated gene targeting. Cell. 1993 Jun 18;73(6):1155-64.
  15. Gu H, Marth JD, Orban PC, Mossmann H, Rajewsky K. Deletion of a DNA polymerase beta gene segment in T cells using cell type-specific gene targeting. Science. 1994 Jul 1;265(5168):103-6.
  16. Gondo Y, Nakamura K, Nakao K, Sasaoka T, Ito K, Kimura M, Katsuki M. Gene replacement of the p53 gene with the lacZ gene in mouse embryonic stem cells and mice by using two steps of homologous recombination. Biochem Biophys Res Commun. 1994 Jul 29;202(2):830-7.
  17. Winrow CJ, Hemming ML, Allen DM, Quistad GB, Casida JE, Barlow C. Loss of neuropathy target esterase in mice links organophosphate exposure to hyperactivity. Nat Genet. 2003 Apr;33(4):477-85. Epub 2003 Mar 17.
  18. Ohtsuka M, Ogiwara S, Miura H, Mizutani A, Warita T, Sato M, Imai K, Hozumi K, Sato T, Tanaka M, Kimura M, Inoko H. Pronuclear injection-based mouse targeted transgenesis for reproducible and highly efficient transgene expression. Nucleic Acids Res. 2010 Dec 1;38(22):e198. Epub 2010 Sep 29.