第53号:動物科学
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マウス発生工学技術の開発

2011年 2月21日

山村 研一

山村 研一(やまむら けんいち):熊本大学薬学部教授

948年10月生まれ。1978年 大阪大学医学研究科内科学専攻医学博士。
研究分野は遺伝子改変マウスを用いた疾患発症と発生機構の解析。

はじめに

 ポストゲノムシークエンス時代と言われて久しい。これらには、ゲノム機能解析、ゲノム医学、ゲノム創薬が含まれているが、どこまで達成できているのかと言えば、まだまだ不十分である。なぜなら、遺伝子構造は思ったより複雑で、同じ領域から複数の転写産物はできるし、逆向きに転写されることもあり、non-coding RNAも産生されているからである。つまりあるゲノム領域は決して単一の機能を担っているわけではなく、複数の機能を持っているからである。また、組織・臓器によって、異なる機能をもつこともある。ゲノム機能医学的側面からいえば、遺伝子と病気は1対1に対応せず、環境要因も含め多くの要因が関与するので、遺伝子の変異だけでは病気を説明できず、病気の発症過程の解析も困難である。さらに、ゲノム創薬の問題点は単に創薬ターゲットの発見の効率化が求められているだけではなく、上市確率の向上や開発期間の短縮こそが本命であり、ターゲット分子の増大だけでは、むしろ創薬における下流での脱落率が上昇し、即効的な効果はないからである。そこで、上記の問題点を解決できる発生工学技術の開発が求められている。ただ、発生工学技術で以て、個体レベルでのモデル動物を作製したとしても、その有用性が検証されなければ意味がないので、有用なモデルのための発生工学技術の開発が必須であろう。本稿では、マウスの発生工学技術に焦点を当てたい。

1.発生工学技術の定義と分類

(1)定義

 発生工学という呼び方はあいまいであるが、もともとは胚操作技術を意味したものであった。つまり、受精卵や胚盤胞を体外に取り出す技術、それらを培養する技術、それらの胚を操作する技術、操作した胚を再び仮親の卵管や子宮に移植する技術である。これに加え、ES細胞が樹立されてからは、ノックアウトのための相同組換えベクターや遺伝子トラップベクターの作製技術、ES細胞の樹立と培養技術、ES細胞を用いたキメラマウス作製技術も含まれるようになった。さらには、相同組換えベクターの作製に極めて便利な、Red/ET法やgateway systemなども含まれ、最近ではZFN (Zinc finger nuclease)技術による遺伝子破壊技術も含まれるようになった。このように近年は遺伝子操作技術の観点が強いが、次世代技術を論ずるのであれば、必ずしも遺伝子操作だけにこだわることなく、個体をどう改変できるのかという視点からの操作技術も含めて概説したい。

(2)分類

 上記のように広い概念を含むこととして、発生工学を分類すると以下のようになる。

  1. 遺伝子レベルでの個体操作技術:初期胚やES細胞を用いて遺伝子改変を行う技術
  2. 細胞レベルでの個体操作技術:遺伝子改変したかどうかにはこだわらず細胞移植等の技術によって、新たな個体を作製する技術
  3. 組織・臓器レベルの個体操作技術:組織や臓器レベルで個体改変を行う技術

2.遺伝子レベルでの個体操作技術

 初期胚やES細胞を用いてマウスの遺伝子あるいはゲノムを操作した個体を作製する技術である。最近のシンポについては、以下のように3つのレベルに分けて紹介したい。

(1)遺伝子操作技術

 ES細胞を用いたノックアウト技術は、便宜的に第1世代、第2世代、そして現在の第3世代に分けて考えることができる(図1)。

 第1世代は、単純なノックアウトである(図1a)。しかし、ノックアウトマウスのホモの20-30%は胚性致死を示すので、成体における遺伝子機能の解析ができなかった。

 そこで、第2世代において、条件的遺伝子破壊(図1b)の技術が開発された。これにはファージの組換えシステムであるCre-loxPシステム、酵母の組換えシステムであるFLP-Frtシステム等が必要である。CreやFLPは組換え酵素であり、それぞれloxPやFrtの配列を認識して、組換えを起こす。従って、あらかじめノックアウトしたい遺伝子のあるエクソンの両側にloxP配列を相同組換えにより挿入しておけば、Creを組織特異的に発現するマウスとの交配により、その遺伝子を組織特異的に破壊することができる。

 第3世代は、遺伝子レベルでのヒト化技術である(図1c)。筆者らは、loxPとその変異体である変異loxを用いることにより、可変型遺伝子トラップ法を開発した[1, 2]。この原理は、相同組換えベクターにも応用できるので、可変型相同組換え法ともなる。変異loxには2種類あり、lox配列の両端の反復配列に変異があるものと、中央部分の スペーサー配列に変異があるものである。前者には左の反復配列に変異があるlox71や右の反復配列に変異があるlox66がある。後者には、lox511やlox2272がある。この変異loxと野生型またはlox2272を組み合わせることで、望みの遺伝子をマウスゲノム上に挿入できるのが可変型組換え法である。この場合には、第1段階で作成する相同組換えベクター内にlox71とloxPで挟まれたネオ耐性遺伝子を挿入しておく。また、相同領域にはATGの上流および下流を選択する。この相同組換えベクターをい用いて相同組換えを行うと、最初のステップでマウス遺伝子を完全破壊できる。第2段階では、まず置換ベクターを作製する。このとき、lox66とloxPの間に挿入したいヒト遺伝子を組み込んでおく。この置換ベクターとCre発現ベクターを導入することにより、lox71とlox66およびloxPとloxP間で組換えが起こり、ヒト遺伝子がネオ耐性遺伝子の代わりにマウスゲノム上に挿入されることになる。

 上記に加え、誘導的発現あるいは破壊の技術が開発された。例えば、エストロゲンリセプターを利用する方法がある(図2)。この場合、2つの遺伝子を導入したトランスジェニックマウスを作製する必要がある。第1の遺伝子は「汎用性プロモーター-loxP-GFP-loxP-ヒト遺伝子」のような構造をもつものである。つまり、発現させたい遺伝子を直接プロモーター直下につなぐのではなく、両端にloxP配列を加えたGFPなどの下流につなぐ。第2の遺伝子は、「組織特異的プロモーター(例えばSAPといった肝臓特異的なプロモーター)ーCre-ERT2」のような構造をもつものである。Tamoxifenという薬剤は、この細胞質にあるエストロゲンリセプター(ER)に結合し、核内に移行する。この原理を利用する技術である。すなわち、エストロゲンリセプターといっても成体内のものと変わらなければ、成体内のエストロゲンに結合してしまう。そこで、正常のエストロゲンには結合しないが、Tamoxifenとしか結合しないようにエストロゲンリセプターが改変された(ERT2)[3]。このERT2とCre遺伝子とを結合した融合遺伝子を組織特的なプロモーター(たとえばSAP)に結合する。上記の2つの遺伝子を導入したトランスジェニックマウスに、tamoxifenを投与すれば、ERT2に結合し、ERT2-Creの融合タンパクは核内に移行し、第1の遺伝子の中のloxP間の組換えを起こし、ヒト遺伝子の発現を誘導できる。

 欧米では2006年より2011年まで網羅的な遺伝子破壊マウスの作製を目指して、ヨーロッパにおけるEUCOMM (European Conditional Mutant Mouse) project、米国におけるKOMP (Knockout Mouse Project)、カナダにおけるNorCOMM (North America Conditional Mutant Mouse) projectが始動している[4]。プロジェクトそのものは、マウスの樹立ではなく、網羅的ノックアウトESクローンの樹立であるが、いずれにせよ、単純に計算しても年間約4000近い種類の相同組換えベクターの作製を行わなければならない。そこで、市販されているので説明は省略するが、Red/ETクローニングおよびgatewayシステムを利用して、BACクローンから上流および下流の相同領域約5kbを取り込み、相同組換えベクターを作製する方法を考案している(http://www.knockoutmouse.org/about/targeting-strategies, [5])。

(2)ES細胞の樹立技術

 マウスでは129系統が奇形腫からのEC細胞の樹立とそれを用いたキメラ作製の長い歴史がある。不思議なことにES細胞も樹立しやすいという特性があり、長らく129由来のESが用いられてきた。逆に他の系統ではES細胞が樹立しにくいという事情もあった。しかし、免疫、神経、生理学等の遺伝学的研究では、129系統が用いられることはなく、C57BL/6系統が用いられていたので、前述のノックアウトマウスプロジェクトを実行するにあたって、やはり129系統のESを使うのではまずいのではということになった。そこで、C57BL/6JおよびC57BL/6N系統からのES細胞の樹立が行われた。しかし、C57BL/6N由来の方が、増殖もよく形態もよいこと、さらにfeederがなくても維持できることが分かった。このES細胞はJM8と名付けられた。当初は、TyrosinaseをノックアウトしalbinoにしたC57BL/6N-Tyrc-Brdをレシピエントとしてキメラが作製されていた。この場合、生殖系列への伝達は、キメラとC57BL/6N-Tyrc-Brdを交配し、黒色のマウスが生まれることで確認することになる。しかし、C57BL/6N-Tyrc-BrdはC57BL/6J由来であるので、以下に近いとはいえ遺伝的に異なったhybridになってしまうので、その後、あらためてキメラをC57BL/6Nと交配し、近交系を維持する必要があった。これは手間がかかることから、JM8のagouti locusを復活させることが試みられた。C57BL/6におけるnon-agoutiの原因は、Agouti遺伝子の第1イントロンに11.8kbのレトロトランスポゾンが挿入され転写が行われなくなっていることであるので、このレトロトランスポゾンを相同組換えによって欠失させる試みが行われた。その結果、JM8A3が樹立された[6]。

(3)栄養外胚葉への遺伝子導入技術

 8細胞期胚以降になると内部細胞塊と外側の栄養外胚葉とが分化してくる。ノックアウトマウスのホモ胚で胚性致死となる原因が、栄養外胚葉の発生異常によることが少なくないことが明らかとなっている。このため、胚体側での遺伝子機能の解析ができない。この障害を克服するため、2細胞期胚のときにで処理を行い、DNA複製は起こるものの、細胞分裂は抑制して得られる4倍体の胚とノックアウト胚を用いてキメラを作製する方法がある。4倍体胚は、栄養外胚葉には分化するが胚体には分化しないからである。これに代わる方法が、Okadaらにより開発された[7]。レンチウイルスベクターは、細胞に感染して細胞内にゲノムを送りこむ。この性質を利用して、胚盤胞の透明帯を除去した後に、遺伝子を組み込んだレンチウイルスを感染させると、外側の栄養外胚葉のみが感染し、遺伝子導入が行われる。その後、それを仮親の子宮に移植すると、栄養外胚葉は胎盤に分化し、着床することになる。例えば、Ets2欠損では胎盤以上により、致死となるが、この方法で胎盤での遺伝子発現を行わせると胚側では正常に発生し、産仔を得ることができるようになった。

3.細胞レベルでの個体操作技術

 昔から、放射線を照射して造血系の細胞を死滅させ、そのマウスに他のマウスやヒトの骨髄細胞を移植して、所謂2次性キメラを作製する実験はよく行われていた。その後、遺伝的に免疫応答を欠損したマウス、例えばSCIDマウス等が発見され、さらに免疫応答に関連する遺伝子のノックアウトマウスも作製され、免疫不全マウスが種々確立される時代となった。これらの代表的なものを表に示したが、それぞれ欠損する免疫細胞が微妙に異なっている。いずれにせよ、これらの免疫不全マウスにヒトの免疫細胞や造血細胞を移植し、ヒト化マウスが作製されるに至っている。

4.組織・臓器レベルの個体操作技術

 1990年にアルブミンプロモーターにurokinase-type palsminogen activator (Alb-uPA)をつないだ遺伝子を導入したトランスジェニックマウスにおいて出血を呈することが報告された[8]。翌1991年には、同じグループから上記のマウスで血中のuPAが次第に減少していくマウスがいること、その肝臓はAlb-uPAを失った肝細胞で、完全に再生されていることが報告された[9]。さらに、マウス成体の肝細胞を移植することにより、80%が置換されることが報告された[10]。このことは、免疫不全状態にしておけば、ヒト肝細胞の移植の可能であることを示唆している。実際、Alb-uPA/SCID [11]あるいはAlb-uPA/Rag2-/- [12]にヒト肝細胞を移植し、15%がヒト肝細胞で置換されること、そのヒト肝細胞にB型肝炎ウイルスが感染しうることが2001年に報告された。そして、2004年には、抗ヒト補体抗体で処理することにより、Alb-uPA/SCIDの約80%がヒト肝細胞で置換されたマウスを作製し、ヒトと類似の薬の代謝となることが報告された[13]。ただ、ヒト肝細胞がマウス肝臓の中で、本来の意味での肝臓という臓器、肝小葉構造といった周辺に門脈や肝内胆管、肝小葉の中心に中心静脈が形成されているわけではなく、肝臓という臓器の構築までには至っていない。この意味では細胞レベルの個体操作技術になる。

終りに

 次世代のマウス発生工学技術は何かといえば、一言でいえば「ヒト化マウス」であろう。筆者の研究室では、これまでヒト優性遺伝病である「家族性アミロイドポリニューロパチー」のモデルマウスを作製してきた。この病気は、トランスサイレチン遺伝子の点突然変異が原因であり、変異トランスサイレチンが主要臓器にアミロイドとして沈着することにより末梢・自律神経障害や心不全、腎不全が引き起こされる。最近、マウストランスサイレチン遺伝子を完全破壊したうえで、ヒトトランスサイレチン遺伝子を挿入し、ヒト化マウスの作成に成功した。しかし、興味あることにヒトのトランスサイレチンはマウスのレチノール結合タンパクとの結合親和性が悪く、不安定となり血中レベルが低下することが分かった。疾患発症にはタンパク―タンパクの相互作用も関連するところから、一つの遺伝子をヒト化しただけでは必ずしも十分とは言えず、関連遺伝子のヒト化が重要であることを示唆している。ヒト化においてマウス遺伝子レベル、細胞レベル、組織・臓器レベルと次第にハードルは高くなるが、一つの臓器全体がヒト化できれば、創薬における前臨床試験の精度が格段に向上し、臨床試験における脱落率が改善することは容易に想像でき、今後の重要課題である。

主要参考文献:

  1. Araki, K., M. Araki, and K. Yamamura, Site-directed integration of the cre gene mediated by Cre recombinase using a combination of mutant lox sites. Nucleic Acids Res, 2002. 30(19): p. e103.
  2. Araki, K., et al., Exchangeable gene trap using the Cre/mutated lox system. Cell Mol Biol (Noisy-le-grand), 1999. 45(5): p. 737-50.
  3. Indra, A.K., et al., Temporally-controlled site-specific mutagenesis in the basal layer of the epidermis: comparison of the recombinase activity of the tamoxifen-inducible Cre-ER(T) and Cre-ER(T2) recombinases. Nucleic Acids Res, 1999. 27(22): p. 4324-7.
  4. Collins, F.S., J. Rossant, and W. Wurst, A mouse for all reasons. Cell, 2007. 128(1): p. 9-13.
  5. Testa, G., et al., A reliable lacZ expression reporter cassette for multipurpose, knockout-first alleles. Genesis, 2004. 38(3): p. 151-8.
  6. Pettitt, S.J., et al., Agouti C57BL/6N embryonic stem cells for mouse genetic resources. Nat Methods, 2009. 6(7): p. 493-5.
  7. Okada, Y., et al., Complementation of placental defects and embryonic lethality by trophoblast-specific lentiviral gene transfer. Nat Biotechnol, 2007. 25(2): p. 233-7.
  8. Heckel, J.L., et al., Neonatal bleeding in transgenic mice expressing urokinase-type plasminogen activator. Cell, 1990. 62(3): p. 447-56.
  9. Sandgren, E.P., et al., Complete hepatic regeneration after somatic deletion of an albumin-plasminogen activator transgene. Cell, 1991. 66(2): p. 245-56.
  10. Rhim, J.A., et al., Replacement of diseased mouse liver by hepatic cell transplantation. Science, 1994. 263(5150): p. 1149-52.
  11. Mercer, D.F., et al., Hepatitis C virus replication in mice with chimeric human livers. Nat Med, 2001. 7(8): p. 927-33.
  12. Dandri, M., et al., Repopulation of mouse liver with human hepatocytes and in vivo infection with hepatitis B virus. Hepatology, 2001. 33(4): p. 981-8.
  13. Tateno, C., et al., Near completely humanized liver in mice shows human-type metabolic responses to drugs. Am J Pathol, 2004. 165(3): p. 901-12.