色素増感型太陽電池の研究現状及び展望
2011年 3月 4日
孟 慶波(MENG Qingbo):
中国科学院物理学研究所再生可能エネルギーセンター 副主任
1964年10月吉林に生まれる。1987年吉林大学物理学部を卒業し、1997年中国科学院長春応用化学研究所で博士学位を取得する。1987年~1997年中国科学院長春応用化学研究所で研究実習員、助理研究員を務め、1997年~1999年中国科学院物理研究所でのポストドクターを経て、1999年~2002年、日本科学技術庁特別研究員(STA Fellow)、東京大学及び神奈川科学技術アカデミーで専任研究員を務める。2001年に中国科学院「百人計画」に入選し、研究員、博士生導師を務める。2005年中国科学院「百人計画」優秀賞を受賞し、2007年国家傑出青年基金を獲得した。現在中国科学院物理研究所クリーンエネルギーセンター副主任、クリーンエネルギー実験室主任を務める。中国再生可能エネルギー学会理事、中国再生可能エネルギー学会光化学委員会委員、「Electrochemical Commucations」誌編集委員。 近年、J.Am.Chem.Soc.、Adv.Mater.、Appl.Phys.Lett.、Chem.Commun.、J.Phys.Chem.BなどSCIに収録されるハイレベルな学術誌に70本余りの論文を発表し、国内外の同分野の研究者に広く認められており、被引用数は700以上である。中国特許32件、日本特許1件を出願、うち9件に特許権が付与されている。
共著者:Dongmei Li;Yanhong Luo
要約
本論文は基本原料である光陽極、色素、電解液及び対電極を含む、色素増感型太陽電池(DSC)の研究に関する進歩の概要を提示し、アップサイジング・テクノロジー及びDSC全体についての最近の開発並びに進展を検証した。
1. はじめに
現在、人間の生活は石油、石炭及び天然ガスと言った日常のエネルギー源に依存している。世界中の年間のエネルギー消費はすでに400エクサジュールを越えていて、人口の増加に伴ってより拡大することが予想されている[1]。特に、発展途上国におけるエネルギー需要は劇的に増加しており、結果的にエネルギー不足と炭素に富む化石燃料の枯渇を加速させている。さらに、増加する燃料の使用から派生する悲惨な環境汚染及び「温室効果ガス」を原因とする気候の変化が人々の注目を集めている。従って、このような「エネルギー危機」を解決する有効なエネルギープランが見いだせなければ、人間の生活の質は近い将来脅威にさらされる。幸いにも、太陽エネルギーの供給はとてつもなく大きく、このエネルギー問題を環境に優しい形で解決することができるかも知れない。太陽光を電力に転換する太陽光発電(PV)は、1950年代後半[2]に最高の半導体材料としてシリコンが開発されてから日増しに注目を浴びている。現在すでに、シリコンを原料とした太陽光発電は世界の90パーセント以上の市場を占めている[3]。しかし、シリコンを原料とする太陽光発電のモジュールコストはまだ非常に高く、原料が世界的に一段と安くならなければ、幅広いアプリケーションを実現するのは難しい。このように、より少量の原料を使用し、より安価に精製できる材料を使用する太陽光発電技術が望まれている。一言で言えば、廉価で扱いが容易な太陽電池の希求が、新しい太陽光発電の設計につながる。色素増感型ナノ多孔質膜をベースとする新しいタイプの太陽電池(色素増感型太陽電池(DSC)が、1991年にグレッツエル教授(Prof. M. Grätzel)[4]により発明された。それ以来、この新しいタイプの太陽電池は、その廉価性、安易な製造方法及び相対的に高い変換効率性から、いくつもの分野での研究開発に大きな影響を及ぼした[5]。
図1 DSCの構造及びエネルギーレベル略図
2. 色素増感型太陽電池(DSC)の作動原理
色素増感型太陽電池は多要素装置であり、単層の色素分子で覆われたナノ結晶多孔質半導体酸化膜(殆どがTiO2)、レドックス対(I3-/I-)を含む電解質、および対電極が主な構成である。その作動原理を図1に示している。いくつかのプロセスがその仕組みの中に含まれていて、まず、色素が光子の吸収により励起し、素早くTiO2の伝導帯に電子を注入する。その後、電子は外部回路を通り対電極に到達し、そこでI3イオンが還元される。最終的に色素分子はI-により再生される。これらの正反応の他にもまた、励起状態の色素の減衰や注入された電子と励起した色素あるいはI3イオンとの再結合を含むいくつかの望ましくない逆反応が存在する。事実、発電は正反応と逆反応との間の動的競合の産物であり、効率的なセルは正反応を促進し、逆反応を弱めるものである[6]。
DSCはこれまでのシリコンをベースとしたPVとは異なり、その光吸収及び電荷分離プロセスは、光捕集材としての増感剤及び電荷輸送キャリアとしての半導体材という二種類の異なった物質の助けを得て達成される。このユニークな特徴はDSCにおける光合成電子移動プロセスの熱力学、特に、電子的に励起された色素からの超高速の電荷注入及びレドックス対による酸化した色素の素早い還元に原因する、図2を参照[7]。色素増感型太陽電池はp/n接合PV装置と比較しても、技術的にも経済的にも代替となる概念を提供する。DSCの物理的プロセスの完全な理解の上に立ち、DSCを構成するいくつかの成分を注意深く設計することが、光から電気への変換効率を向上させるために極めて重要である[8]。ここでは、DSCの材料及び技術的開発に関連して、主に4つの部分に取り組むが、我々の最近の成果を含む代表的な例にもハイライトを当てる。
図2 DSCの光から電気への転換における動的プロセス
3. 色素増感型太陽電池(DSC)の開発
3.1 光陽極
ナノ結晶半導体光陽極は光子を電気エネルギーに転換する際に重要な役割を担っている。それは色素ホルダーであり、光の捕集や光生成による電子注入及び収集に必要不可欠であると同時に、いくつかの望ましくない電子再結合を含んでいる。二酸化チタン(TiO2)、酸化亜鉛(ZnO)、酸化錫(SnO2)、五酸化ニオブ(Nb2O5)等の各種の半導体材料はDSCの光陽極として使用されている[9]。これまでのところ、アナターゼ型二酸化チタン(anatase TiO2)がDSCにもっと適した材料であり、最高の光電変換性能を提供している。一方で、酸化亜鉛(ZnO)はその高い電子移動能力及び電子拡散の早さにより、二酸化チタン(TiO2)の理想的な代替材料とされている[10]。DSC光陽極への需要は多重である。DSCへの二酸化チタンナノ粒子膜の導入が早期に成功したのは、色素コーティングに大きな表面積を提供できたからである[4]。また、光路長や多孔性、機械的強度及び粒子結合性と言ったその他の要素も光電変換性能に大きく影響する。ここでは光電変換性能の向上を図るために光陽極を製造するいくつかの方法を紹介する。
3.1.1 光陽極の光学設計
色素の光捕集効率が高効率DSCにとって非常に重要なことは良く知られている。一般的に、色素分子はより長い波長領域では相対的に吸収率が低い[11]。光散乱効果を持つ大きな粒子が光陽極に組み込まれると、光路長は拡大し、同様に色素の光応答が拡大し、光捕集効率もまた顕著に高まる。光が光陽極の中で散乱、あるいはセルの後で反射すると光路長は膜の厚さよりも大きくなる。散乱が光の捕集及びDSCの光電変換性能に及ぼす影響を良く理解するために、MIE理論をベースとしたいくつかのモデルあるいは4流動モデルが開発された[12]。最近、我々は光学プロセスと電気化学プロセスを相互に関係づけたモデルを開発した[12d]。このモデルでは、光学的吸収及び散乱のプロセスを記述するために4流動モデルを採用し、一方でDSCにおける電気化学プロセスを記述するために一つの一次元電気モデルを使用した。このモデルは光起電パラメータと色素増感型太陽電池(DSC)を量的に相関づけるために使用される。計算結果によると、対電極の逆拡散反射面あるいは光陽極における大小粒子の適切な混合は光束の拡散性を大きく高め、大きくDSCの短絡電流密度(JSC)及び最終的な変換効率を増加させる。この理論的結果はまた各種のグループによる実験的研究によっても実証されている[13]。
3.1.2 界面をマスターする
再生可能な光電気化学プロセスにとって、暗反応はできるだけ少なく抑える必要がある。導電性ガラス・電解質界面で起こる再結合は光電変換性能、特に固体DSC[5]に大きな影響を及ぼすことが明らかになっている。現在、導電性ガラスと多孔性TiO2層との間の薄いTiO2下層を使用してこの種の再結合を低減することができる[14]。また、この下層は効率的な分離及び電子収集を保証するために、導電性ガラス表面を完全にカバーするとともに、十分に薄い必要がある。TiO2下層を作成するために、スプレー熱分解法、回転塗布法、浸潤塗装並びにスクリーン印刷法と言ったいくつかの方法が使用された[14-15]。ここで、下層の厚さがペースト成分を変えることで容易に制御できることや、オプションのパターンが大きなサイズのDSCについても設計できることから、スクリーン印刷法の魅力に注目しておきたい。
3.1.3 光陽極の新構造
ナノ粒子をベースとした光陽極膜は、まだ幅広く殆どの効率的な色素増感型太陽電池で使用されているが、ナノ結晶粒子膜の構造的無秩序性が自由電子を散乱させ、このことにより電子移動を低減させている。このため、効率を向上させ、この装置を良く極めるために、新しい材料及びナノ規模の構造が開発されてきている。ナノチューブ構造は半導体-電解質界面でのイオン拡散に対する電子の浸透経路を提供し、ゾルゲル法や超音波化学及び界面鋳型法と言った様々な異なった方法で、DSC用のナノチューブ構造が製造されてきた[16-17]。例えば、光陽極酸化により、Ti金属基板上のTiO2ナノチューブがDSCに使用され、7%以上の変換効率を達成した[18]。TiO2逆オパール構造の相互接続細孔は増感剤及び正孔輸送材の浸潤をより良く導くと考えられている。このような光陽極を使用することによって、CdSe増感太陽電池の変換効率は2.8パーセントを示す[19]。
3.1.4 可塑性のDSC低温製造技術
これまで、廉価でいくつかの技術的優位性を持つプラスチック基板を使った軽量で可塑性のあるDSCが、次のような理由でより多くの注目を集めてきた。つまり、(1)DSCのコストは伝導性高分子を用いたプラスチックを使用することによってより低減できる、(2)ロールツーロール方式での大量生産が可能になる、(3)将来的に幅広く商品化できれば、より多くの市場(例、建築及び装飾市場)を対象にできる[20]。しかし、通常のプラスチック基板は、導電性ガラスを使って高効率のDSCを製造する時の温度である450度の高温に耐えられない。そのため、低温製造技術を開発することが課題となっている。ナノ粒子と表面の活性化の間の相互関連がこの低温プロセスにおける二つの重大な要素である。紫外線照射、電気泳動堆積、化学的焼結、圧縮、低温焼結、水熱結晶化、マイクロ波照射等々の種々の低温製造技術が開発されてきた[21]。最近、我々は室温で酸化亜鉛光陽極を製造する簡易な方向を開発した[20a]。全ての作業は水溶液の中で行った。ITO/PET基板(インジウムスズ酸化物ポリエチレンテレフタラート)で製造された可塑性のあるDSC及びゲル電解質は3.8パーセントの効率を挙げる。一方、ステンレス基板と言った他の基板も調査したが、裏面照射をしばしば使用せざるを得なかった[21a]。
3.2 色素増感型太陽電池(DSC)用の色素
DSCでは吸収された色素は光捕集中間体として働き、太陽照射を吸収し半導体の伝導帯に励起状態電子を注入する。効率の良いDSCを得るには、対象となる色素は幅広い吸収スペクトル(可視及び近赤外域太陽光照射)、適切な基底、及び励起エネルギー状態、また20年間、自然光に暴露されている状態に相当する照明下最小限108回の酸化還元ターンオーバーに耐える長期間の安定性、無毒性、及び半導体表面上に確実に吸収される等々のいくつかの要件を満足させる必要がある[22-24]。DSC用の増感剤の合成に対する取組みは、1)機能ルテニウム(II)ポリピリジル錯体、2)無金属・有機性ドナーアクセプタ(D-A)染料、及び3)無機量子ドット(QD)の三つの分野に集約される。
変換効率及び長期安定性に関しての最高の光電変換性能はこれまでポリピリジル錯体により達成された。最初の高性能なルテニウムポリピリジル錯体は1993年に報告されたN3(4,4′‐ジカルボン酸‐2,2′‐ビピリジン)ルテニウム(II)である[25]。その後、N719[26]、Z907[27]、及びブラックダイ色素[28]等の多くのポリピリジルルテニウム錯体が、ポリピリジル配位子を変更することによって合成された。その結果、DSCの効率は11.1パーセントに改善された[29, 30]。より最近の研究では、疎水性配位子のp共役を拡張することで光捕集能力を高めることに焦点が置かれた。DSCの11.9パーセントという効率新記録は、4,4′-ビス(5-ヘキシルチオフェン-2-イル)-2,2′-ビピリジン配位子でできたC101色素(図3)を使って達成された[31]。これらのルテニウム色素の高い性能にも関わらず、ルテニウムが高価なことから、他の代替物が開発されている。この中で、もっとも期待が持てるのは自然物、合成物如何に関係なく有機色素である。吸収帯及び有機色素の安定性は有機化学者により開発される精緻な分子設計並びに合成戦略により容易に向上できる。スペクトル範囲及び吸収率の課題に取り組む色素にはインドリン、クマリン、トリフェニルアミン及びその他の期待が持てる構造(図3)が含まれる[32-35]。有機色素を使って6から9.5パーセントという目覚ましい光電変換性能が得られた。現在までのところ、高い性能を発揮している有機色素はインドリンである[34]。
図3 いくつかの一般的な色素
(a)N3(b)ブラックダイ色素(c)N719(d)C101(e)クマリン色素(f)インドリン色素、及び(g)我々のD-п-A色素(TBA=塩化テトラ-n-ブチルアンモニウム)
我々はビストリフェニルアミン配位子群(図3)を持つ新規の有機色素を設計し合成した。光増感剤色素で製造したDSCは、モノ-TPA代替相当のドナー-アクセプタ色素よりも高い開放回路電圧及び電気光変換効率を示した。これらの色素の中の疎水性ビストリフェニルアミン配位子群は、I3-のナノ結晶TiO2膜表面への接近を事実上抑制した。もっとも有望な新規色素は5.06パーセントの電気光変換効率、10.25 mA cm-2の短絡光電流密度、0.678 Vの開放回路電圧、及び0.73の曲線因子を示した[35]。
最近、CdS[36]、PbS[37]、及びCdSe[38]といった量子ドット(QD)半導体が、(1)サイズと成分を変えることで有効バンドギャップを容易に調節できる、(2)多重励起子生成及びエネルギー移動をベースとする電荷収集、(3)多層又は、ハイブリッド増感剤を作るというような特殊な優位性により、使用されている[39]。QD増感剤として、CdS、及びCdSeは好特性を持つとされる有望な材料である。TiO2膜上でCdS及びCdSeの二つの増感剤を使用することで、4.22パーセントの最高のエネルギー変換率が達成される。これはQD増感太陽電池への開発潜在力の大きさを示すものである[38]。
3.3 色素増感型太陽電池用電解質の開発
色素増感型太陽電池では、電解質が電荷輸送及び色素再生を担当する。現在はまだ、I3-/I-レドックス対がもっとも効率的な電荷中間体であり、「ローテク」の製造プロセスを実現するための重要な要素である。また、セルの動力学及び光電変換性能に大きな影響を及ぼしている。アセトニトリルを原料とする電解質が最大の効率を挙げる可能性があり、いくつかの廉価で環境に優しい液体電解質も調査の対象となった[40]。しかし、セルの実用的開発に当たっては、液体電解質はいくつかの難点を持っている[41, 42]。特に高速ロールツーロール連続製造法がDSCの大量生産に導入される際には、液体電解質の使用は大規模なDSCの生産を大きく遅らせる結果になる[43]。その結果、このガラスからプラスチックへの転換により固体電解質の模索を促進することとなる。
3.3.1 固体電解質の一般設計
固体電解質は将来的な大量生産のための液体電解質の理想的な代替品である。一般的に固体電解質は、(1)規則的な色素の再生を維持する高いイオン伝導性、あるいは正孔転送率、(2)良好な安定性、(3)可視光線領域での吸収性が強くないこと、及び(4)TiO2・色素・電解質界面との良好な物理的接触と言った必要不可欠な条件をまず満たす必要があり、いくつもの固体電解質がこの10年の間に設計されてきた。固体電解質は一般的に、準固体電解質及び固体電解質の二つに分かれている。高分子イオン性ゲル及びプラスチック結晶系等が準固体電解質である[44-47]。液体電解質を原料としたDSCのシーリング性及び長期の安定性に関連する課題を解決するために、ポリマーあるいは、物理的に架橋されたゲル電解質と呼ばれるナノ粒子を固体化した電解質が初めて開発された。この種の電解質の特徴は、有機溶媒がナノ粒子(SiO2, TiO2等)、あるいは高分子網目に閉じ込められ、揮発性成分の蒸発を遅らせることにある。ポリ(エチレンオキシド)、ポリ(アクリロニトリル)、ポリ(ビニルピロリジノン)、ポリ(ビニリデン炭酸塩)等のいくつかのポリマーが通常使用されている[48]。ホットマトリックスを使用した均一ゲルは高いイオン伝導性を示したが、機械的特性が良好でなく、電気接点故障や装置の性能低下につながった[49]。この方法を改善するために様々な異なった方法が使用された[50、51]。現在は、ゲル電解質と電極との間の界面伝導性を改善するためにゲル化前後に種々の粘性剤が使用され、より化学的に架橋されたゲル電解質がDSCに適用されている[52]。この方法は簡単で扱いが容易であるが、反応速度が時に早すぎて、DSCの全ての部分のTiO2膜を湿潤できなかった。このため、いくつかの潜在的なゲル電解質前駆体(L-Gel-Pre)が、この状況を改善するために使用された[53, 54]。
アニオン:Cl-, Br-, I-, SCN-, [N(CN)2]-, PF6-, BF4-, CF3SO3-, AlCl4-, Al2Cl7-等
図4 異なったイオン性液体の例
イオン性液体を使った電解質を使用することで準固体DSCの改善が実現可能である。イオン性液体は、高い化学的、熱的安定性及び不燃性や幅広い電気化学的窓を持つことから、固体電解質の理想的な成分として考えられてきた[55]。種々に異なるイオン性液体の中で、図4で示すようにイミダゾリウム系イオン性液体がDSCの中で幅広く使用されてきた[45a]。しかし、相対的に高い粘性がI3-/I-レドックス対の拡散速度を遅らせ、性能の低下につながっている。二元IL電解質及びイオン性液晶と言ったイオン液系成分電解質が開発された[45b、56-58]。いくつかの研究グループはイオン性液体準固体電解質を含むセルの電荷輸送特性を詳細に調査した[55a、59]。その結果、イオン性液体系電解質における効率的なI3-及びI-輸送は、次に示すようなGrotthus型電荷交換機構(ポリヨウ素イオン結合電子交換機構)により合理的に実現されていることが分かった[59]。
I3- + I- → I- - I2 ... I- → I- ... I2 - I- → I- + I3-
準固体ゲル電解質にとっての最大の問題は、ゲル系が一般に熱力学的に不安定であることから、その安定性にある。長期の保管あるいは外気への暴露の下で、溶媒の流失は不可避で、変換効率の低下につながっている。従って、高温下においても準固体DSCは不安定で完全な密閉性が必要である。これについては、全ての固体定電解質は液体及び準固体電解質に対し、いくつもの実用的な優位性を持っている。
固体電解質は主に正孔輸送材料(HTM)を対象としている[60]。原則的には、p-型半導体的挙動を持つ材料がカチオン色素よりの正孔を許容できれば、DSCの液体電解質を代替することが、理論上可能である。HTMをベースとする固体DSCでは、液体電解質をベースとするDSCでのイオン輸送の代りに、キャリア輸送は典型的に電子的である[61]。従来の正孔輸送材料は、より高い正孔移動度を持つ無機p-型材料(例.CuI及びCuSCN)であるが、これらの晶析速度は速すぎる。これらが直接的にDSCに適用されると、結晶サイズ及び結晶成長速度の制御は、非常に困難になり、図5aに示すようにTiO2の細孔充填が不完全になる。このように、効率は1パーセント以下となる[62]。溶融塩(1-メチル-3-エチルイミダゾリウム・チオシアナート及びトリメチルアミン・ヒドロチオシアナート)が、CuI結晶成長を制御する結晶成長抑制剤として成功裏に使用されてきた。このCul・溶融塩合成電解質は、図5bに示すよう色素増感アノードTiO2の細孔充填を大きく利用し、光から電気への変換効率は3.8パーセントにまで向上した[63]。4.5パーセントまでのより高い効率がつい最近、honnoによって達成された[64]。
(a) (b)
図5 SEMイメージ 染色された多孔質膜上のCuI結晶のイメージ
(a)CuIのない溶融塩(b)CuI/1-メチル-3-エチルイミダゾリウム・チオシアナート複合電解質
無機正孔輸送材料と比べて、有機分子固体とポリマーは異なった技術的目的に合うように、化学的に調節し、変えることができると言った魅力的な多様性を示す。図6に化学構造を示すポリピロール、ポリチオフェン、ポリアニリン等のいくつかの導電性高分子はDSC上で試みがされた[65]。これらの材料は金属、あるいは半導体の精緻な電気的、電子的及び光学的特性及び、従来の高分子の良好な機械的性質をも示す。いくつかの結果は固体DSCへの適用の可能性を示した[66]。一番の難点は電解質とナノ結晶多孔質膜の間の伝導性の悪さである。二つの代表的な有機正孔伝導体、2,2',7,7'-テトラキス(N,N-ジ-p-メトキシフェニル-アミン)-9,9'-スピロ-ビフルオレン(spiro-MeOTAD)が、図6e、fのようにDSCに適用された。液体電解質の代替として初めてDSCへの適用が成功してから、効率は4パーセントにまで向上した[67-68]。一般的に正孔伝導体の高いモビリティ及び良好な細孔充填が高効率値を実現するための重点課題である。その後、色素・HTM界面での正孔移動効率を決める要素と装置の性能との相関が研究され、光電流は直接的に正孔移動効率と正比例することが判明した。この正孔移動効率は染色された多孔質膜への界面電荷移動及び正孔浸透に依存する。このように、HTMで組み立てられた固定DSCについては、正孔移動度を向上させるよりむしろ、細孔充填性の最適化及び界面エネルギー論に取り込むべきである[69]。
かなりの進展にも関わらず、伝導材料の半導体多孔質膜への浸透の不良性及び電荷キャリアの拡散距離を制限する有機HTMの低い伝導性が常に、固体DSCの変換効率に大きな影響を与えてきた。最近、我々は図7に示すように、[Li(HPN)2]I/SiO2 (HPN=3-ヒドロキシルプロポニトリル), LiI-CH3OH/THT/SiO2, LiI-C2H5OH/SiO2系等のLil添加化合物をベースとした固体成分電解質を開発した。有望な候補としてDSCは6パーセント以上の変換効率を示した[70]。
(a)R-置換ポリチオフェン(R-置換PTh)、(b)ポリピロール(PPy)、(c)ポリアニリン(PAn)、(d)ポリ(パラフェニレンビニレン)(PPV)、
(e)ポリ(3,4‐エチレンジオキシチオフェン)(PEDOT)、(f)2,2',7,7'-テトラキス(N,N-ジ-p-メトキシフェニル-アミン)-9,9'-スピロ-ビフルオレン(spiro-MeOTAD)
図6 正孔輸送性も持ついくつかの導電性ポリマーの化学式
付加化合物をベースとする固体電解質にはその他の固体電解質と比べ、いくつかの優位性がある。まず、ヨウ化物及び三ヨウ化物イオンチャネルを提供する結晶相に一定の高い秩序をもたらすことで、システムの中の電荷キャリアの自由空間を増加させる。二番目に、付加化合物電解質は25度で10-3 S•cm-1に近い高いイオン伝導度を提供する。三番目として、SiO2と言った無機質のナノ粒子が、一様な固体電解質を提供している間、付加化合物の結晶化速度を遅らせることができる。一方で、このように小さなサイズのナノ粒子は電解質の導電性を増加すると考えられている。四番目は、合成方法の易しい取扱いにある。さらに重要なのは低コストで環境に優しい固体成分電解質が小さな有機分子を注意深く選択することで製造できることである。このように、この種の固体成分電解質は固体DSCにおいて高い潜在能力を持っている。
図7 光電流密度 Vs. [Li(HPN)4]I/I2/15wt% SiO2電解質で組み立てられたDSC光起電力曲線
差し込み図 - c軸に沿った[Li(HPN)2]IのX線結晶構造プロット[70a].
3.3.2 従来のI3-/I-対の代替のレドックス対
さらに、DSC用の電解質にとっては、有機溶媒を取り換えるだけでは不十分であり、適切な非腐食性の新しいレドックス対を探すことがまた、DSCの開発を促進するために重要である。フェリシニウム/フェロセン(Fc+/0)、(SeCN)2/SeCN-及び(SCN)2/SCN-、2,2,6,6-テトラメチル-1-ピペリジニルオキシ(TEMPO)並びに一連のCoII/IIIポリピリジル複合体等と言った代替の非ヨード系レドックス対がすでに実現された[71]。これらのいくつかは良好な変換効率を示したが、レドックス対と装置の安定性並びに効率性が満足なものでなかった。
3.4 DSCにおける対電極
対電極(CE)は外部回路から届く電子をI-/I3-レドックス対を含む電解質に輸送する機能を持つ。効率的な対電極(CE)は、(1)良好な触媒活性作用I3- + 2e → 3I-、(2)化学・電気化学的安定性、及び(3)機械的に安定性があり頑丈と言った特性がなければならない。電荷輸送過電圧を最小限にするために、触媒活性の高い材料を使用し、I3- + 2e → 3I-反応速度を高めた。裸の電導性(ITO、あるいはFTO)ガラス上の、還元反応I3− + 2e → 3I−は、極端に遅い。従って、電荷輸送過電圧を最小限にするために、伝導基板上に触媒材料をコーティングし、反応速度を高めた。イオダインの高い腐食性のために、アルミニウム、鉄及びニッケルのように多くの金属は対電極用に使用できない。通常は電導性ガラスにPtを装填し、イオダイン・トリオダイン対との電子交換を促進する。触媒及び接着性能はPtがTCO表面上に乗せられている状態に依存する。これはスパッタ法、電気化学的及び熱蒸着により実施できる。分厚く、スパッタしたPt層は接着性が低く、電気化学的及び熱蒸着により作られたものよりも電荷輸送抵抗が低い。しかし、Ptは非常に高価で、またヨウ化物溶液で腐食する可能性がある[72]。将来の大規模な電気変換システムでは、豊富にあり操作が容易な材料を好適とすることになる。従って、高い電導性、良好な化学的安定性、及び三ヨウ化物イオンに対する触媒活性作用を示す廉価な、CE用材料を開発する必要がある。
グラファイト、カーボンブラック、活性炭(AC)、硬炭素球、カーボンナノチューブ及びフラーレンと言った安価な炭素質触媒材料が、CEを製造するために、Ptを代替するものとして使用されてきた。炭素CEの性能を左右する主要な要因として、表面積、膜の厚さ及び電導性が考えられてきた。1996年にグラッツェル(Grätzel)教授グループが低コストのグラファイトパウダーとカーボンブラックを成分とする炭素CEを開発し、6.7パーセントの変換率を達成した[73]。この種のCEを使用したDSCの効率はPt対電極を使用するセルの効率の70パーセントであるが、低コストの対電極(CE)への開発に道を拓いた。グラッツェル教授はさらに、ナノサイズのカーボンブラックを使用したCEを作成し、9.1パーセントの最高効率値を達成した。これは非常に刺激的な結果であり、炭素電極を使ったDSCの効率性記録でもある[74]。
炭素膜の電気化学的活性は炭素材料の表面積に大きく影響されることから、我々は最近、CE製造用に800 m2•g-1という高い表面積を持った新しい炭素材である硬質炭素小球(HCS)を導入した。この硬質炭素小球CEのレッドクス電流密度はスパッタPt電極を使ったものより高いことが示され、硬質炭素小球CEを使ったDSCは5.7パーセントの効率を示した。これは、効率6.5パーセントのスパッタPt対電極のセルの87.7パーセントである[79]。適応性のあるDSCを製造するための要件を満たすために、Fドープ酸化すず電導性ガラス上にバインダーを使用しない有機炭素スラリーをコーティングすることで、容易な低温方法が最近、開発された[81]。炭素スラリーは四塩化すず(SnCl4)水溶液中に、ボールミルで活性炭を分散することにより製造する。ボールミルの作業の間、SnCl4は加水分解し、製造中に炭素粒子を結合するために、無機性の「接着剤」として機能するスズ酸化ゲルに転換する。この炭素電極を使用する色素増感型太陽電池は6.1パーセントの効率を達成するが、これはスパッタPtを対電極として使用するセルの効率に匹敵する。より最近では、基板として産業用の適応性のあるグラファファイト・シートを、触媒材料として活性炭を使用してDSC用の適応性のある純粋な炭素CEが製造された[82]。このCEは、可塑性グラファイトの高い電導性と活性炭の高い触媒性を組み合わせることにより、非常に低いシリーズ抵抗(Rs)及び電荷輸送抵抗(Rct)を示す。このCE用のシリーズ抵抗及び電荷輸送抵抗はそれぞれ、白金メッキのふっ素ドープ酸化すず膜ガラス(Pt/FTO)の四分の一及び三分の二である。このCEを使って製造されたDSCの太陽光から電気への変換効率はより高い。それぞれの値は、Pt/FTOをベースとする装置の6.8パーセントと匹敵する6.9パーセントである。
PEDOT(ポリ(3,4−エチレンジオキシチオフェン)、ポリピロール、及びポリアニリンと言った導電性ポリマーは、また色素増感型太陽電池のCEとしても使用できる[83-89]。Pt対電極と比較して、導電性ポリマーの相対的な性能は、合成方法、電解質、ポリマーと基板との間の相互作用、あるいはドーピング対イオン特性と言った様々な要因に依存する。
Y. Shibataらは[83]、CEに市販のPEDOT-PSS(ポリ(スチレンスルホネート))を使用した種々の電解質を使うセルと熱蒸着Ptの性能を比較した。液体有機電解質においては、PEDOT-PSS CEを使ったDSC用のJSC(短絡光電流密度)とセル効率は、Pt CEを使ったセルよりも低かったが、ゲル電解質においては、Pt CEを使ったセルよりも良好だった。PEDOT-PSS CEとゲル化剤であるテトラブロモ・メチルベンゼン(B4Br)との間の特別な相互作用がJSC増加の原因だと推定される。
一方、Saitoらは[84]、トシレートアニオンを使ってドープされたPEDOTの使用はPtの性能に匹敵させるために必要であったと報告し、より低い分子量のドーパントの使用によって、三ヨウ化物アニオンのPEDOT層への透過が可能なことを提言した。Dengらもまた、SO42-, ClO4-, BF4-, Cl-, p-トルエンスルホン酸塩((TsO-)等、種々の対イオンでドープされたイン・サイチュー電解重合ポリアニリン膜(PANI)の電気化学的特性を調査した。彼らは異なったドーピング対イオンが電解重合ポリアニリン膜(PANI)の形態、つまり、電気化学的活性に大きな影響を及ぼすと報告している。多孔性で細孔直径が数マイクロメータあるSO42-アニオン膜でドープされた電解重合ポリアニリン膜(PANI)は、対電極(CE)としてのPtと比較して、I3-の削減用により高い還元電流及びより低い電荷輸送抵抗を持っている。
しかし、異なったアニオンを使用する電気化学的に合成されたPEDOTの研究では、ポリマーとFTO基板の間の相互作用がDSCを決定づけると示唆している[89]。CE反応における導電性ポリマーの正確な役割は完全にはまだ理解されていないことから、更なる調査が必要となっている。
3.5 色素増感型太陽光電池モジュールとインテグレーション
知られているように、DSCはその他の薄膜太陽光発電よりも性能価格比が高い。小さいDSCのエネルギー変換率の最高値はすでに11パーセントを超え、再生産可能な方法で、産業的に生産する努力がされてきた。STA(オーストラリア)、INAP(ドイツ)、ECN(オランダ)、Solaronix(スイス)、EPFL(エコール・ポリテクニック、フェデラル・ローザンヌ)、Sony(ソニー)、Sharp(シャープ)、Hitachi(日立製作所)、Fuji(富士フィルム)等の有名な企業や団体が技術的な努力を続けてきた[90]。中国では、2004年に初めての500WのDSC発電所が建設された。これらは全て、将来的に有望な展望を示している[91]。
DSCモジュールのサイズを大きくすることは、セルの商業化のために重要な取組みの一つである。まず、セルの大きさと基板の電導性がDSCモジュールの内部抵抗の問題となり、充填要素及びエネルギー変換率に大きく影響を及ぼす[92]。セルのサイズを大きくする方法として、Z及びW設計と並列接続あるいは直列接続セルモジュールとの3要素積分法が通常採用される[93]。セルの活性表面を最大化するために、並列格子モジュールが最初の選択であった。モジュールレベル(180 mm × 100 mm)では6パーセント以上の効率が得られた[93]。課題は現在でも、セルを薄くすることで、どのように曲線因子を増加させるかである。Wシリーズ設計ではそれぞれの基板上で全ての電流を蓄積することで、どちらのセルに照明が当てられていようと、理論的に同一の出力が得られる。Wシリーズ設計はシンプルで、より良い曲線因子を提示し、相互接続を回避できる。しかし、それぞれの独立したセルに、交互バイアスが適用される。もちろん、これには完全なシーリングが必要となり、製造上及び性能上の弱点が無視できない。作用極及び対電極が同じ基板上に載せられなければならないので、製造プロセス及び後処理が複雑になる。裏面照射と前面照射の間の違いを考えると、この設計は同様のZ型直列接続モジュールの80パーセントの性能だと考えられる。Z型直列接続は、ガラス・金属、プラスチック・プラスチック等と言った異なる基板にも使用できる。また、相対的に少ないIRロスで高い出力を得ることができる。さらに、色素コーティングがより安易に制御できることから、作用極及び対電極を別々に最適化することが可能である。しかし、接続不良による高い直列抵抗から派生するより低い曲線因子はまだ大きな問題である。
最近、直列と並列を同時に組み入れた新しいDSCモジュールが我々のグループによって設計された(図8)。DSC活性面積は23.7 cm2である。屋外でテストを行ったセルは6.5パーセントの変換効率を示した。この新しい設計の優位性は簡単な操作と高効率性である[94]。一番重要なのは高電圧と大きな電流が同時に得られることであり、種々異なった幅広い適用への道を開くものである。
(a) (b)
図8 我々のDSCモジュールの写真(a)及び、太陽光下でのI-V特徴(b)
4. 今後の展望
高効率、良好な安定性、及び廉価な最適なコンビネーションが色素増感型太陽電池(DSC)の将来を決めることになる。現在の液体電解質を使ったDSCのコンセプトは最適に近いものに思われるが、液体電解質の気密シーリングやRu色素、Pt電極、及び電導性ガラスが高価なことと言ったいくつかの技術的な課題が更なるDSCへの適用を遅らせている。固体電解質や有機色素及び炭素CEを開発することで、これらの問題を解決する努力が払われてきた。さらに、生産コストを低減するために、素早くロールツーロールのコーティング生産ラインを使用できる適応性のあるDSCに対する研究がなされてきた。
すでに概要を述べたように、DSCの光電変換性能は相対的なエネルギーレベル及び界面での電子移動プロセスの動力学に依存している。DSCの効率を向上し、実用的適用を容易にするためには、1)エネルギーマッチングを保証するために、予期される電位で、半導体、色素、レドックス中間体及びCEと言った構成要素材料を最適化する、2)界面での動力学的電子移動プロセスをより良く制御するための新しい技術を開発する、こういった取組みがなされなければならない。さらに、環境適合性、及び低コストの面も同時に、DSCの商業化促進の中で考慮する必要がある。
謝辞
著者たちは中国自然化学財団(No. 20725311, 20673141, 20703063, 20873178 及び20721140647)、中国科学技術部(973計画、No. 2006CB202606及び863計画No. 2006AA03Z341)、並びに中国科学院及び中国科学院革新プログラムの100才能計画から授かった財政的援助に感謝する。
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