深海の超好熱微生物の多様性とその資源的潜在能力
2011年 8月12日
肖湘(Xiao Xiang):上海交通大学生命科技学院教授
1968年10月生まれ。1998年に華中農業大学生命科技学院を卒業、分子生物学の博士学位を取得。1998-2001年:ドイツOsnabrueck大学でポストドクターとして研究に従事。1998-2008年:国家海洋局第三海洋研究所に勤務、海洋生物遺伝資源重点実験室の副研究員、研究員、主任を歴任。2009年-現在:上海交通大学生命科技学院教授。
国内における系統的な深海微生物研究の一人者、SCI論文の発表数は50本あまり。2006年には国家傑出青年基金を取得、2008年には中国大洋深海生物調査首席科学者を担当、2009年の論文2本がウェブサイトNature China上で注目論文に選出、優秀論文として推薦。
深海熱水噴出孔のチムニーは、地殻内のマグマと海水の相互作用を通じて形成された特殊な地質構造であり、この環境は初期の地球環境に類似しているとされている。チムニーの噴出口からはガスや金属イオンが絶えず噴出し、温度勾配と化学物質の濃度勾配を形成している。近年、環境ゲノミクスの発展に伴い、ますます多くの熱水域で珍しい微生物群集が発見されている。しかし、深海の熱水生育環境は複雑かつ極端であるため、人工的に純培養できる菌株は極めて少なく、統計学的に見るとほとんどゼロに近い。このため、工学技術を十分に利用して深海環境のシミュレーションと微生物培養を行い、環境ゲノミクスと結びつけることは、深海の超好熱微生物の多様性及びその資源的潜在能力を十分に理解する上で役立つ。
1.熱水生態系における微生物多様性の研究
2006年、ファン・デ・フーカ海嶺にて行われた潜水船「アルビン(Alvin)」による科学調査で、我々は強烈な勢いで噴出する小さなチムニー(噴出温度は310°C)にコーン型のキャップを設置した。高温の流体はキャップの中央部分から噴出し、数日後にはキャップの頭頂部に新たなチムニーが形成された。この新チムニーはProto-Oと名づけられ、キャップ内の硫化物と無水石膏はProto-Iと名づけられた。Proto-Oは海水と絶えず交じり合う多孔質のチムニーの代表であり、一方のProto-Iはキャップによる隔離で海水との混合が阻止され、チムニーの元来の硫酸塩と硫化物の構造がよりはっきりと見て取れる。このチムニーは誕生から15日間後に回収され、後続研究が行われた。
Proto-0とProto-Iの生物量は非常に少なく、DNA含有量はわずか5-10 ng/g(湿重量)だった。一方、成熟したチムニーである4143-1は生物量が比較的豊富で、DNA含有量は200 ng/gに上った。成熟したチムニーには、4.6 × 109 copies/g (湿重量)の細菌の16S rRNA遺伝子と、約104 copies/g (湿重量)の古細菌の16S rRNA遺伝子が含まれていた。Proto-Oと和Proto-IからはPCR産物を取得できなかった。
4143-1のサンプルの細菌群集にはgamma-、epsilon-、 alpha-、 delta-Proteobacteria、 Nitrospirae、 Bacteroidetes、Planctomycetesなどが含まれる。古細菌群集は相対的にシンプルで、ユリアーキアを豊富に含んでいる。未確定のユリアーキア・クラスター(Unidentified Euryarchaea cluster) と Thermococcusのクローンライブラリにおける割合はそれぞれ51%、42%で、含有量が最も多かった。
新チムニーのDNA含有量は非常に少ないため、GeoChipによるハイブリダイゼーションの前に、十分なDNA量を確保するべく詳細な全群集ゲノム増幅(WCGA)が行われた。GeoChip上には細菌由来の遺伝子8371個、古細菌由来の遺伝子594個があり、ハイブリダイゼーションの結果、Proto-Iからは113個の遺伝子が、Proto-Oからは504個の遺伝子が、そして成熟したチムニーである4143-1からは5414個の遺伝子が検出された。チムニーの生長過程では、炭素、窒素、硫黄代謝に関連する遺伝子が短期間内に大きな変化を遂げていることが観測された。この変化は、チムニーの流体と周囲の海水が混合することによって形成された化学物質の濃度勾配によってもたらされたと思われる。
ファン・デ・フーカ海嶺の硫化物サンプルである4143-1のメタゲノムライブラリのフォスミドクローン2880個に対して454ハイスループットシーケンシングを行ったところ、計308,034の配列データを取得、長さは平均227bpだった。域(ドメイン)レベルでは、対応する分類群に分布するEGT遺伝子が61809個あるが、門・綱・目・属レベルでは、対応する分類群に分布するEGT遺伝子の数はそれぞれ54337個、44149個、31923個、23093個となっている。
域レベルでの分類構造:細菌の遺伝子の割合が85.88%にのぼることから、この環境では細菌が主な構成要素であることがわかる。真核生物の遺伝子は4.18%を占めた。さらなる分析により、これら真核生物の配列の断片は、トリパノソーマなど、いくつかの原生生物の配列であることがわかった。古細菌の遺伝子はこの環境において1.24%を占めた。このうち、大多数(約95%)のEGT遺伝子はユリアーキオータ門に分布し、クレンアーキオータ門はわずかだった。1.17%のEGT遺伝子はウイルスの分類群に分布した。
門レベルでの分類構造:真核生物及びウイルスの配列が分類に及ぼす影響を除外するため、原核生物のEGT遺伝子(pEGT)のみについて研究した。すなわち、同分類群におけるEGTの数を同分類レベルにおける全てのpEGTの数で割った数となる。門レベルでは、プロテオバクテリア門の割合が最も多く、総pEGT数の75%を占めた。次に、バクテロイデス門が続き、総pEGT数の4.59%を占めた。その他、フィルミクテス門が2.46%、アクチノバクテリア門が1.36%を占めた。シアノバクテリア門、airborne microbe門の割合は比較的少なく、それぞれ0.86%、0.88%だった。
綱レベルでの分類構造:ガンマプロテオバクテリア綱は同分類レベルで占める割合が最も多く、pEGT数の29%を占めた。その他、アルファプロテオバクテリア綱は14.6%、ベータプロテオバクテリア綱は9.8%、デルタプロテオバクテリア綱は4.7%、イプシロンプロテオバクテリア綱は1.9%で、割合はいずれも比較的高かった。ガンマプロテオバクテリア綱のpEGTは59の属からなり、アルファプロテオバクテリア綱、ベータプロテオバクテリア綱、デルタプロテオバクテリア綱、イプシロンプロテオバクテリア綱のpEGTはそれぞれ44、22、13、4つの属からなる。
目レベルでの分類構造:クロマチウム目の割合が最も多く、同分類レベルのpEGT全体の6.3%を占めた。その他、バークホルデリア目、アルテロモナス目、リゾビウム目、ロドススピリルム目も比較的割合が高く、それぞれ4.6%、4.5%、4.4%、4.2%を占めた。
属レベルでの分類構造:Nitrosococcus属が最も多く、8.1%を占めた。シェワネラ属、シュードモナス属、Methylcoccus属、アルカリリムニコラ属も比較的割合が高く、それぞれ4.4%、4.0%、2.3%、2.1%を占めた。
2.超好熱微生物の培養
熱水環境で培養できる主な深海古細菌にはテルモコックス科がある。テルモコックス科は幅広く分布し、多様性も豊富で、様々な環境で主導的な地位にある。このことからも、同群集が非常に重要な生態作用及び、極めて強い環境適応能力を持つことがわかる。我々は、好圧性細菌数株と絶対好圧性細菌1株を含む、テルモコックス科の古細菌50株あまりを分離した。深海熱水のサンプルを10mlのTRM培地中に直接接種し、85℃と95℃で培養した。ほとんどのサンプルは接種から12~24時間後に混濁が見られた。顕微鏡検査により、多数の菌が黒い球形をしていることがわかった。一部の細胞は分裂中のため双球形をしており、細胞のサイズはほとんど同じで、運動性を備えていた。嫌気管からサンプルを取り出す際、強烈なH2S臭があった。集積培養物に対し、希釈・ロールチューブ法による培養を行い、希釈倍率は約10000で、顕微鏡検査により得た細胞濃度に基づき調整した。接種後、12~24時間でコロニーが出現した。
108℃/30MPaでの集積培養は、ピュロコックス属を分離させるのにとても有効な方法である。Guaymas海盆の熱水排水口では、テルモコックス属の多様性が高く、ピュロコックス属の多様性は低い。このほか、今研究により、油を含む熱水系中のテルモコックス科群集と、油を含まない熱水系中のテルモコックス科群集には大きな差がないことがわかった。つまり、油が含まれるかどうかは、テルモコックス科群集の分布に影響する決定的な要素ではない。このため、テルモコックス科群集には多環芳香族炭化水素に対する比較的強い耐性があり、油を多く含む環境にも適応できると推測される。遺伝子マーカーの研究においては、EF-2は異なる近缘菌株間でちょうど良い差異があり、異なる菌株の系統発生関係を適切に反映できることから、テルモコックス科の分類研究において、16s rDNAの代替となる遺伝子マーカーとなりえる。
Pyrococcus yayanossi CH1は現在世界唯一の、偏性好圧性を持つ超好熱古細菌である。同細菌は、大西洋リッジにある水深4100メートルのAshadze熱水域で分離された偏性嫌気性古細菌であり、その細胞は球状で、菌のサイズは1.0um×1.5um、鞭毛を有し、遊動性を備え、単体または対で配列し、一部は串状に配列する。生育温度範囲は80-107℃で、最適温度は98℃。生育圧力範囲は15-150MPaで、最適圧力は52MPa、150MPaの圧力下でも生育が可能だ。生育pH範囲は6.0-9.5で、最適値は7.5-8.0。生育塩分濃度範囲は2.5%-5.5%で、最適濃度は3.5%。最適の生育条件下では、世代時間が最短で44分、最大細胞濃度は8×108/mLに達する。単体硫黄は生育に必須ではないが、生育を促進することができる。従属栄養培養するためには、ペプトン、トリプトン、酵母エキス、牛肉エキス、ブレインハートインフュージョン、カゼイン加水分解物などのたんぱく質類を利用する必要がある。G+C含量は49.0±0.5l%。OriCナンバーはEU682400(275bp)。16S rDNAナンバーはEU682399(1424bp)。
3.熱水環境の微生物酵素源の潜在能力と将来の展望
Guaymas海盆の熱水排水口のチムニーに対してPyrosequencingメタゲノムシーケンシングを行い、メタゲノムFosmidライブラリを構築した。個体群の構造統計分析により、Guaymas海盆のチムニーの微生物多様性は、同地区の堆積物及びその他の地区のチムニーよりも低いことがわかった。その他の地区と同じく、プロテウス菌が個体群の中で優位を占めており、中でもδサブグループが大多数を占めたほか、γ、εサブグループも重要な位置を占めている。古細菌のサンプルはクレンアーキアとユリアーキアに集中しており、中でもアーケオグロブス目が多かった。このほか、ごく少ない一部の配列はその相同種属がなかなか見つからなかった。これは、まだ未発見の新菌が存在していることを意味する。アミラーゼ、リパーゼ、プロテアーゼ、DNAポリメラーゼなど、応用価値のある酵素の機能分類及び、相同遺伝子の種の由来について分析を行った。
グリコシドヒドロラーゼ:アミノ酸配列がグリコシドヒドロラーゼに類似するコンティグ配列52本を取得した。このうち、アミラーゼは24本、グルコシダーゼは16本、ガラクトシダーゼは4本、セルラーゼ、ラムノシダーゼ、グルカナーゼは各2本、マンナナーゼ、キシラナーゼは各1本。多糖分解酵素のうち、海洋中に幅広く存在するキチナーゼは得られなかった。取得したグリコシドヒドロラーゼのコンティグ配列は、その相同配列のうち、40本が細菌由来のもので、それぞれプロテオバクテリア門、テルモトガ門、フィルミクテス門、緑藻植物門、クロロフレクスス門、ニトロスピラ門、クラミジア門、アシドバクテリウム門、デイノコッカス-サーマス門だった。また、1本はクラミジア由来、11本は古細菌由来で、主にユリアーキア、クレンアーキアだった。
アミラーゼ:アミラーゼ遺伝子に類似したコンティグ24本のうち、相同性で対比したところ、13本はα-アミラーゼ、7本はプルラナーゼだった。イソアミラーゼとグルコアミラーゼも2本ずつで、β-アミラーゼは取得できなかった。うち、一部の配列では、対応する酵素遺伝子のアミノ酸配列との相同性がいずれも40%以下であるため、新酵素と思われる。
リパーゼ/エステラーゼ:リパーゼ/エステラーゼの配列は8本得られた。相同配列はいずれも細菌由来のもので、うち7本がプロテオバクテリア門、1本がフィルミクテス門。予測される機能も単一的で、ほとんどがI型、III型のリパーゼだった。
プロテアーゼ:計196本のコンティグがプロテアーゼ遺伝子と類似しており、機能別に分けると、システインプロテアーゼが14本、セリンプロテアーゼが35本、メタロプロテアーゼが68本、アスパラギン酸プロテアーゼが12本、カルボキシペプチダーゼが5本、アミノペプチダーゼが3本だった。このほか、28本のコンティグが分類できなかった。これらのプロテアーゼのうち、46本が古細菌由来、大部分がユリアーキオータ門で、その中でもテルモコックス属が主だった。その他は細菌由来で、ほとんどがプロテオバクテリア門だった。188本のコンティグはDNAポリメラーゼに類似しており、取得したDNAポリメラーゼ遺伝子の断片はほとんどがDNAポリメラーゼIIIだった。相同遺伝子は多くがプロテウス菌由来で、その他好熱古細菌、細菌由来のものもあった。
アミラーゼ遺伝子の増殖:何段階にもわたる増殖を経て、コンティグが44769内に含まれるアミラーゼ遺伝子の全配列を取得した。環境ゲノムDNAをテンプレートに用いて、同遺伝子配列両端のプライマー配列であるamyA-FとamyA-Rに基づきPCR増殖を行い、2kbの断片を得た。この断片をTAクローニングした後、陽性クローンを選び出し、陽性クローンのプラスミドを抽出し、MspI/RsaIで消化を行い、7種類の異なるバンディング・パターンを得た。全てのバンディング・パターンから1つずつのプラスミドを選びシーケンスを行い、7本の比較的完全なアミラーゼ配列を取得した。配列の対比により、その相同配列のほとんどが好熱古細菌のアミラーゼ遺伝子であることがわかった。
深海の新構造化合物:深海熱水噴出口の付近には、密度と生物多様性が非常に高い生物群集が存在している。これら生物群集における各種の生命体は、化学合成作用と生育スピードの差異から、浅海生物と比べて独特な代謝メカニズムを持っており、このため構造の新規性を持つ小分子を生産できる。単純な浸透圧調節分子または脂質から、複雑な二次代謝産物にいたるまで、様々なものが発見されている。例えば、好熱性放線菌から分離された化合物Thermorubinは、キサントンとアントラセンの特徴を持ち、グラム陽性菌に対してとても強い選択性抗菌作用を持つ。グラム陰性菌に対する抗菌作用はとても弱く、酵母と真菌に対してはほとんど抗菌作用がない。Thermoactinomyces strain TM-64はチアゾール核を有するアルカロイドTM-64を生合成でき、その構造解析は全合成を通じて確証できる。好熱菌Bacillus stearothermophilus UK563からは、抗腫瘍性を持つ三硫化物BS-1を分離した。ビス2-ヒドロキシエチル三硫化合物の構造特徴を持つこの化合物は初めて天然由来で取得したもので、薬理学研究により、同化合物がマクロファージの細胞溶解を活性化できることがわかった。このほか、酸性環境で生育する耐酸性古細菌Pseudomonas cocovenenansからは、構造の新規性を持つラクタムスルホン酸塩化合物・MM42842を分離した。深海の底に生育するAspergillus fumigatus strain BM939は巨大な水圧に耐え、構造の新規性を持つ一連の代謝物を生産できる。例えばtryprostatin Aという同化合物は細胞周期を遮断する作用がある。
超好熱微生物の新構造化合物を分離する上で要となるのは、極限の高温・高圧条件下における微生物の大規模な培養だ。その培養規模は10-100lに達する必要がある。しかし、現在の培養体積は一般的に500ml以下であり、新しいバイオリアクターの設計に向けて、高い要求が提起されたこととなる。このほか、深海熱水サンプルの分離効率を高め る必要がある。例えば高温・高圧環境下での流動培養法を通じて熱水の物理的および化学的環境のシミュレーションを実現すれば、極限環境微生物の分離または集積培養効率を高めることができる。単細胞シーケンス技術と環境ゲノミクス・メタボロミクス技術を組み合わせることで、深海超熱水微生物の更なる遺伝子・代謝物情報を得ることができる。