第69号:鉄道
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中国高速鉄道の技術革新

2012年 6月8日

沈 志雲

沈 志雲(Shen Zhiyun):
西南交通大学牽引動力国家重点実験室教授、
中国科学院院士、中国工程院院士

1929年5月生まれ。57-61年、旧ソ連レニングラード鉄道学院大学院在籍、博士号取得。82-84年、米マサチューセッツ工科大学訪問学者。88-95年、時速450kmの機関車研究開発を主宰(現在、目標は時速600km)。83年、計算モデル(Shen,Hedrick and Elkins)を発表。2006年、中国高速列車技術「導入・消化・吸収・更なる革新」専門家グループ長を務める。

【付記】

 論考の中で表明された意見等は執筆者の見解であり、科学技術振興機構の見解ではありません。

 中国の国内総生産(GDP)は2010年に日本を抜いて世界第二の経済大国となり、都市化率も急増して49%に達した。GDPと都市人口の急増は、中国が先進国入りしたことを示すものである。そこで最初に直面する問題は、交通輸送需要の急速な上昇に対して、近代的な総合交通輸送システムをいかに構築し、また、どのようなシステムを構築するか、ということである。

 米国が採った手法、すなわち旅客輸送は高速道路と民間航空に頼り、鉄道は貨物輸送に限るのか、あるいは中国の国情と環境対策を考慮して、鉄道輸送を中核に据えるかどうか、ということである。

 2004年、国務院は鉄道網計画を発表したが、まさに、中国の国情と長期の見通しを考慮したものであり、鉄道輸送を中核とした戦略を決定したのである。

 計画が実施された2004~10年の7年間に、中国の高速鉄道は大きな発展を遂げた。時速200km以上の高速鉄道は8,358kmに達し、このうち時速300~350kmの高規格高速鉄道は2,197km、時速250~300kmの高速鉄道は2,477km。そのほか3,679kmについては、主に在来線の速度を時速200km以上に引き上げた。

 技術導入と研究開発によって、「和諧号」高速列車1000両余りを投入した。最初のCRH(中国列車高速)シリーズは、主に共同設計・製造による国外からの導入だった。まもなく、技術を消化、吸収し、技術の更なる革新によって、CRHの300シリーズの高速車両の自主開発に成功し、最高時速は350kmに達した。

 京津線(北京-天津)、武広線(武漢-広州)、鄭西線(鄭州-西安)における実際の運行と試験の後、さらに次世代のCRH380シリーズの高速車両を開発し、滬杭線(上海-杭州)、滬寧線(上海-南京)、京滬線(北京-上海)で時速350~380kmの長距離運行を実現した。この4年間で、高速鉄道の営業運転は4億km余り、旅客輸送数は6億人余り、最高時速は350kmに達している。

 中国の鉄道は長年、資金調達に苦しみ、国の投資は少なく、運賃も改訂されず、1994年時点で、鉄道部が管轄する各部門はすべて赤字であった。鉄道は自力での発展が難しかったため著しく立ち遅れ、中国の経済発展のボトルネックとなっていた。国の支援の下、2010年末時点で時速200km以上の高速鉄道は8,358kmであり、約8万kmの高速道路と比べれば、非常に短い。

先進技術の導入と中国ブランドの構築

 国務院は「先進技術の導入と共同設計・製造によって中国ブランドを構築する」という方針を決定し、それに基づいて、海外からの新技術導入が実現し、国による導入資金には研究開発費(外資に支払う技術譲渡費ではない)が含まれるようになった。

 国内で製造することによって企業の近代化が進み、近代的な高速列車の製造拠点ができた。中国ブランドが生まれ、知的財産権も獲得した。わずか数年の間に、高速鉄道は中国独自の道を歩み始め、成果を挙げている。

 技術革新の主体は企業である。四方、長春、唐山の三つの基幹工場が牽引役となり、30の支援工場を中核として、500社余りの関連企業による高速鉄道生産チェーンが革新の強力な基盤となっている。

 CRH380の開発過程では、工程設計段階で260余りの試験研究、部品研究開発では650余りの試験研究を実施した。

 新形の前頭部形状研究では二十数件のプランを試験し、武広線、鄭西線で20種類279項目の試験研究を実施し、滬杭線では最高試験速度が416.6km/h、京滬線では486.1km/hに達した。

 国の技術革新の力は、CRH380の開発で十分に示された。これは科学技術部、鉄道部の共同計画によって支援された目標であり、全国の数多くの科学技術者と職員が関わり、短期間で開発に成功した世界一流の製品である。最高運行時速380km、最高試験速度486.1km、脱線係数等の一連のパラメータはいずれも規定の基準を満たしている。

 多くの人が中国の独自開発であることを信じようとしないが、CRH380は延べ1億km余りを運行し、延べ2億人余りを運び、最高時速は350 kmで、人身事故を起こしていない、という実績がある。

 21世紀になって、各国は時速350kmの次世代高速列車を研究しているが、商業営業を実現した国はない。時速250km前後、300km前後及び350km以上の列車をそれぞれ第一世代、第二世代、第三世代高速列車と分類するなら、代表的な列車は次のようにまとめることができる(表1参照)。

表1 世界の高速列車技術の発展の比較
世代 日本 フランス ドイツ 中国
第一世代
250 km/h前後
S-100
270km/h(75年)
E2
275km/h(97年)

 
TGV-PSE
280km/h(81年)
TGV-A
300km/h(96年)
ICE-1
250km/h(91年)
ICE-2
280km/h(96年)


 
CRH1
200km/h
CRH2
200km/h
CRH5
200km/h(07年)
第二世代
300 km/h前後
S-500
300km/h(98年)
TGV地中海線
320km/h(01年)
TGV東部線
320km/h(07年)
ICE-3
300km/h(02年)
CRH2-300
CRH3-300(08年)
第三世代
350 km/h以上
Fastech360(98~09年)
360 km/hは未実現
E5
300km/h(11年)
320km/h(12年)
AGV360
350km/h(08年)
未運行
ICE350E
350km/h(06年)
未運行
CRH380-A
CRH380-B
350-380km/h(10年)
商業運転開始

 この数年の最大の進歩は、CRH380のような高速列車を開発できたことよりも、このような車両を研究開発できる国の技術革新システムを構築できたことであろう。たとえ、現在はスランプでも、近い将来、高速鉄道技術の頂点に立つことができるであろう。今日の一歩後退は明日の二歩前進のためにある。運行速度を落とし、徹底的に誤りを正し、改善を図り、安全技術を強固にすれば、より安全な高速化が実現できる。

 人によっては、速ければ速いほど良いわけではなく、時速270~310kmが最も経済的な速度だと言う見方もある。しかし、高速化は交通運輸の永遠のテーマである。「表1」が示すように、21世紀に入って、高速鉄道分野の先進国は、いずれも時速360kmの高速列車を研究しているが、軌道の制約により、商業営業速度を下げている。

 フランスは新線を建設して時速320kmまで引き上げることができたが、在来線は依然として時速300kmである。日本とイギリスは、時速402km(250mile)の高速鉄道の建設を計画している。

 北京交通大学の趙堅教授は、京滬(北京-上海)高速鉄道建設専門家評価委員会において、「高速鉄道プロジェクトを審査する際、国外では主に、どれだけ時間が節約できるのかを見る。節約による社会的な効果が建設コストを上回れば、承認可能になる」と紹介した。大気圏内では、時速400kmを超えなければ、経済的な速度を見つけ出すことができる。

 京滬高速鉄道の計画年間輸送量は、双方向で1.6億人、運行速度を時速350kmから300kmに減速すれば、運賃は5%値下げできるが、乗車時間は4時間から5時間に増える。1.6億人が1時間余分に乗車するなら、その社会的な影響は、たとえ中国の最低賃金で計算しても驚くべき数字になろう。

 日本は以前、経済速度は時速210kmで、極限速度は270kmと考えていたが、まもなく考え方を変えた。高速鉄道の安全性は、技術によって保障されるもので、速度が遅ければ遅いほど安全であるというわけではない。

 「7・23列車追突事故」(2011年7月23日に温州市で起きた高速鉄道衝突脱線事故)の後まもなく、インドでも追突事故が発生したが、この時の速度はわずか時速30kmだった。

 厳しい検査を経て徹底的に改善し、安全管理のメカニズムが実施できれば、安全運行は保証できる。この前提の下で、設計時速の350kmに戻し、さらに380kmまで加速することは、理にかなっている。

中国の高速鉄道の優位性

 技術レベルから言えば、中国の高速鉄道には次のような優位性がある。

(1)高速鉄道のネットワーク化と世界最大の旅客輸送市場。

 中長期鉄道網計画によれば、高速鉄道網は人口の90%以上をカバーし、人口50万以上の全都市を結ぶ。高速鉄道網は、環境配慮型交通の中核となるだろう。中国の人口はまもなく14億を超え、都市化率も50%を上回り、将来的には60%以上に達するだろう。高速鉄道網が誘発する旅客市場は世界最大となり、たとえ世界の高速鉄道が赤字になっても、中国の高速鉄道は黒字になるだろう。

(2)線路規格が高く、高速化の余地がある。

 建設後は変更が難しい最小曲線半径、線路間距離及び複線トンネル断面積という三つの主な指標から言えば、中国の規格は世界最高である(表2参照)。

 日本の高速鉄道は最も早く建設されたため、規格は最も低い。現在、世界の趨勢は時速350km以上となっているが、日本は線路規格の低さという制約に直面している。実際、高速鉄道のコストは高速道路とあまり変わらず、今後は高速道路より安くなる可能性がある。高速道路は占有面積が広く、土地収用のコストがますます高くなるためである。

 京滬高速鉄道の建設予算は当初1300億元だったが、後に1700億元に引き上げられ、最終的には2200億元にふくらんだ。これは主に土地収用と移転補償費の膨張が原因だった。貴重な土地に高速鉄道を建設するなら、標準を可能な限り高め、今後の高速化の余地を残すべきである。

表2 高速鉄道線路の主な標準の比較
  中国 日本 フランス ドイツ
項目 300

350km/h
200

250km/h
東海道
270km/h
山陽
東北
300km/h
南東線
280km/h
北線
300km/h
地中海線
280km/h
ハノーファー
~ヴュルツブルク
線250km/h
ハノーファー
~ベルリン線
280km/h
ケルン線
300km/h
最小曲線半径 9000

7000m
5500

4500m
2500m 4000m 4000m 6000m 7700

2000m
7000m 4400m 3500m
線路間距離 5.0m 4.6m 4.2m 4.3m 4.2

4.3m
4.5m 4.8m 4.7m 4.7m 4.5m
トンネル断面積 100m 92

80m
64m 64m 71m 100m 100m 82m 82m 92m

(3)基礎研究に強く、発展の潜在性がある。

 「高速列車国家技術革新体系」は今後、充実とレベルアップが図られるだろう。京滬線、武広線、京津線では現在、3年を期限とするフォローアップ試験が実施されている。国家実験室は国による公開の研究の場であり、国の技術革新に牽引的役割を果たす。

(4)情報化と近代化の促進。

 輸送管理システムは、温州市で発生した7・23列車追突事故の教訓を受け、CTCS2及びCTCS3システムを徹底的に検査し、改善した。現在、リアルタイム安全モニターセンターの構築を準備している。我々は貴重な成果を大切にし、自信をもつ必要がある。我々は中国独自の高速鉄道を必要としており、世界も中国の高速鉄道を必要としている。