第70号:中国の医薬品
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脳を標的とする経鼻投与薬

2012年 7月23日

楊 俊

楊 俊(Yang Jun):新郷医学院薬学院(河南省)院長、
薬理学特別招聘教授、主任薬剤師

 中国林業学会林木抽出物利用分会副理事長、河南省薬理学会副理事長、湖南省発明学会副理事長等を務める。1987年、第二軍医大学卒(臨床医療専攻、神経生物学博士課程で学ぶ)。2005年、カナダ国立研究機構(NRC)でポスドク研究。主に神経精神薬理学の研究及び新薬開発に従事。

共著者:潘艶娟,劉小双

 大脳や脊髄を含む中枢神経系(Central nervous system,CNS)は、神経活動の中心であるだけでなく、神経系で最も複雑な部分である。CNSと血液との間には生理的障壁、血液脳関門(blood-brain barrier,BBB)が存在する。

 血液脳関門は大脳及び脊髄に進入する際の最大の障壁である。高分子薬物のほとんどがBBBを通過できず、低分子薬物の98%も通過が難しく、CNSに進入できない。効果的なCNS疾患の治療のため、BBBを回避してCNSに直接輸送できる投薬方式及び脳標的薬剤が注目される研究テーマの一つとなっている。

 経鼻投与は脳標的性のある投薬経路であり、この投薬方法は生物学的利用能が高く、使い勝手が良く、胃腸への刺激及び肝初回通過効果を回避できることから、薬物がBBBを透過して迅速にCNSに進入できる。

 現在、国内外で承認されている薬物の経鼻投与による脳への中継輸送ルートは、嗅神経ルート、嗅粘膜上皮ルート、血液循環ルートがある。広義のCNS疾患には、老人性認知症、パーキンソン病、ハンチントン病、筋萎縮性側索硬化症、てんかん、偏頭痛、脳卒中、脊髄損傷等がある。

 中国伝統医薬(中薬)の経鼻投与は、鼻療法と言い、数千年の歴史がある。滴、灌、点、塞、塗、拭、擦、抹、敷、納、暗、吹、吸、嗅、聞、燻、蒸、刺、探、嚏、香佩はいずれも鼻療法のことである。

 中国伝統医学(中医)では、頭部七竅(頭部にある七つの穴)の思想があり、この七竅は脳が支配する。鼻は七竅の一つであり、鼻竅は脳に支配される。鼻は脳と密接につながっている。脳は元神之府とも言われ、人体の最高支配者である。

 薬物は鼻に入った後、鼻から脳に達する経路で神経に作用し、神経の調節作用を経て治療目的を果たす。古くは漢代の張仲景が「薤搗汁、灌鼻中」の方法によって、開竅回蘇(穴を通じて回復する)という救急医療を施した。

 「本草綱目」には、「頭風疼痛......先塗姜汁在鼻、立癒」(頭痛にはショウガ汁を鼻に塗ればたちまち治癒する)とある。また、「本草綱目拾遺」には、中国伝統医薬(中薬)の路路通(ロロツウ)の効能として、「辟瘴却瘟。明目除湿,舒経絡拘攣。周身痹痛,手脚及腰痛。焚之嗅其煙気,皆愈」とある。

 一般に脳出血、脳血栓、脳梗塞等の脳血管疾患は、中国伝統医学では「脳卒中の範疇」に属すると考える。脳出血、脳血栓といった「脳卒中」の治療は、「破瘀通絡、活血化瘀」によって「脳腑之瘀」を取り除くことを主とする。「行気活血、化瘀散結、開竅醒神」等の効能のある中国伝統医薬(中薬)を用いれば、「血脈不通」、「気血瘀阻」等を治療できる。近年、中国伝統医薬(中薬)の復方経鼻投与製剤の応用事例の報告が続いている(表1参照)。

表1 中薬の経鼻投与製剤の応用事例
応用機関 薬品名 適応症
中国薬典(2010) 通関散(猪牙皂、鵞不食草、細辛) 脳卒中、気絶
李如奎(上海中医薬大学附属上海市中医医院) 中風一号(大黄、知母、山梔、沢瀉、生蒲黄、胆南星、葶藶子、氷片) 虚血性脳卒中
陳宏珪(広州中医薬大学第一附属医院) 脳覚醒用スプレー式点鼻薬(川芎、石菖蒲等) 急性虚血性脳卒中
張沁園(山東中医薬大学) 脳通点鼻薬(麝香、皂荚、川芎、石菖蒲、胆南星、氷片、水蛭) 虚血性脳卒中(急性期)
長春中医学院 頭痛用点鼻薬(川芎、白芷、細辛等) 中老年の偏頭痛
山東中医薬大学 逍遥点鼻薬 偏頭痛

 国内外の研究を見ると、経鼻投与による脳への標的指向性研究は、動物実験に関する研究がほとんどであり、臨床試験や安全性、有効性に対する評価が必要である。