第70号:中国の医薬品
トップ  > 科学技術トピック>  第70号:中国の医薬品 >  天然薬の研究開発過程における薬理学上の問題

天然薬の研究開発過程における薬理学上の問題

2012年 7月18日

殷 明

殷 明(Yin Ming):上海交通大学薬学院教授

 1954年7月生まれ。89年、第二軍医大学薬理学(医学博士)。199294年、米ピッツバーグ大学でポスドク研究。2003年から上海交通大学薬学院薬理学教授。国家自然科学基金委員会及び上海市科学技術委員会の資金で神経系薬理学等を研究。中国薬理学会神経薬理専門委員会常務委員、中国薬理学会抗加齢・抗老人性認知症専門委員会委員、上海市薬理学会常務理事。

共著者:陳仁海

 天然物は薬の豊かな源である。技術の進歩や研究資金の増加に伴い、社会全体に「革新」意識が高まり、中国伝統医薬(中薬)を主とする天然由来の動植物からの分離化合物又は薬物抽出物や有効部位の合成を通じた新薬開発への意欲が高まっている。本稿では、新薬研究開発過程での薬理学について、思考方法やデータ判読などのうえで注意すべき問題を論じてみたい。

 合成化合物による新薬開発について見ると、既存化合物が新薬開発の臨床試験II期、III期に至るまでの損耗率(attrition rate、失敗率ともいう)が高止まりしている原因を分析・研究したところ、化合物が研究開発過程を成功裡に通過するためには、化合物を選択する上で、まず大体の基準を確立する必要があり、作用機序が明確で、薬効が顕著であり、安全性が許容範囲にある、という性質以外に、その他の物性や生物学的性質、例えば分子量、物理化学的安定性、油水分配係数、水素結合数、溶解度、膜透過性並びに血漿及び肝ミクロソーム代謝安定性等を備える必要がある。

 そこで、「創薬標的となり得る」(druggable)又は「医薬品らしい」(drug-like)化合物という定義が生まれた。新薬開発を更に進めるべきかどうかは、新薬候補物質が相応のドラッガビリティを満たすかどうか、などによって決まる。

 天然化合物は数が膨大で、構造も多様であり、生物学的な角度から見れば、分離、精製後のモノマー又は成分について、相応の生理活性検査を行うことで、様々なレベルの活性や疾病治療効果を得ることができる。

 しかし、大多数の天然化合物は生理活性が弱く、標的に対する作用が幅広く、すなわち、特異性が顕著でなく、作用標的が明確でなく、最大の欠点はドラッガビリティが弱い点にある。

 このため、物性や薬物動態学、薬効学等の因子や条件の影響によって、生理活性を持つ大部分の天然化合物が、研究開発の価値があるとは限らない。

 中国の研究結果と海外の先行研究の再現性は非常に良いと言えるだろう。しかし、筆者が不思議に思うのは、中国研究者はこの数年、海外ですでに存在する研究をなぜ繰り返しているのかという点である。

 科学界ではすでに、レスベラトロールの物性、薬効、安全性、薬物動態学的性質が基本的に解明されており、一部では更に深く、分子機序に関する研究も行われている。中国人研究者の目的がレスベラトロールを用いた新薬の開発であるなら、レスベラトロールの薬効は顕著でなく、作用範囲が広く、ドラッガビリティに劣るという特性があり、プロジェクト立ち上げの目的や根拠は、明確なのではないだろうか。

 動物の体全体を用いた薬効学的研究を実施するのに充分な理由があったとしても、できるだけ認知度の高い動物モデルを採用すべきである。中国の薬効学的研究の多くは。モデルが時代遅れで、条件の制御も悪く、データの信頼性は大きな影響を受けている。

 天然抽出物又は有効部位の新薬開発に向けた主要制約企業の歩みが遅い原因は、大きく分けて次の三つが挙げられる。

 第一に、高度に特殊化し、莫大な経費がかかる分析測定技術によって、生理活性成分を確定し、品質管理の基準を決める必要があること。緑茶、紅茶成分の分析が良い例である。様々な成分の存在がすでに報道されているが、完全なクロマトグラムがない現状では、研究データの再現性が悪い。

 第二に、作用機序の解明には、生物学的測定と分子技術の結合が必要であること。

 第三に、現在分離されている成分を改めて混合しても、抽出物の作用は再現が難しい。微量又は評価前の成分が存在し、これら成分によって相乗作用又は拮抗作用が起きている可能性がある。

 薬効学の見地から見れば、抽出された化合物は相乗効果を発揮する可能性があるが、現状では実験でこれを明らかにすることは難しい。これら化合物の効果は単一の純粋化合物で再現することもできない。

 伝統的な中国伝統医薬(中薬)の附子(ぶす)を例にとると、その効能は回陽救逆、温補脾腎,散寒止痛だが、現代医学では、脳下垂体-副腎皮質系への興奮作用、強心作用、耐酸欠作用等と総括できる。

 筆者がかつて勤務した教学研究室で、研究グループが附子を研究した結果、粗抽出液には顕著な強心作用があったが、分離されたモノマーでは、粗抽出液の強心作用を再現できず、用量を増やすと心臓毒性が現れた。

 つまり、心臓に対する附子の作用には、含まれる様々な成分の相乗作用があって初めて薬効作用を生じ、毒性の発生を減らすのである(未発表データ)。

 そのうえ、あるデータによれば、炎症の発生や進行はある意味で滝のようなプロセスであり、天然物は炎症の様々な段階で、より精巧に、かつ、広く影響するのであり、単一の化合物が一つの段階のみ影響するのとは異なる。

 多くの複雑な疾病は、単一の標的への干渉のみでは、効果的な治療は得られない。疾病の発生・進行のカギを握る様々なタンパク質を選択又は推定し、化合物を応用して、多くの標的に影響を及ぼし、系統的に疾病の進行を変え、同時に、薬物を中和する作用を回避すれば、疾病の治癒作用が得られるだろう。これがシステム薬理学又は複合薬物薬理学の基本概念である。