第71号
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有人潜水調査船「蛟竜」

現地調査報告・中国の世界トップレベル研究開発施設(その2)
有人潜水調査船「蛟竜」

2012年 8月28日

植田 秀史(うえた・しゅうし):
(独)科学技術振興機構 研究開発戦略センター副センター長

1976年東京大学工学系大学院修士課程修了。同年科学技術庁(現文部科学省)入庁。2004年内閣衛星情報センター管制部長。2008年より現職。

1.世界記録を更新した中国の有人潜水調査船

 有人潜水調査船は、宇宙と並んで人類の未知の世界である深海を、人間の眼で直接観察できる有力な手段であり、世界の主要国が開発を進めてきた。現在、4000m以深の深海に潜航可能な有人潜水調査船を保有しているのは、日本、米国、フランス、ロシア、中国に限られる。

このうち日本は、「しんかい6500」を保有し、1989年に6,527mまで潜航し、当時の世界最深記録を達成、また、20年以上に亘って運用し、1,270回を超える潜航実績を持っている。

この日本の「しんかい6500」を追い抜いて世界最深記録を更新したのが、中国の有人潜水調査船「蛟竜」(こうりょう)である。「蛟竜」は、2012年6月24日に、7,020mまで潜航した。深度の観点からは中国、日本が世界の一位、二位を占めることになった。

表1 世界の深海潜水調査船
出典:平成21年版「中国の科学技術力について(ビッグ・プロジェクト編)」(科学技術振興機構 中国総合研究センター)
名前 しんかい
6500
蛟竜 Alvin Nautile Mir1,2
国籍 日本 中国 米国 フランス ロシア
建造年 1989 2009 1964 1984 1987
運用者 JAMSTEC COMRA WHOI IFRMER ロシア科学アカデミー
潜航深度(m) 6500 7000 4500 6000 6000
乗員数
(うち研究者)
3(1) 3(2) 3(2) 3(2)

2.「蛟竜」の概要

(1)「蛟竜」の視察

2012年1月13日(金)に、中国江蘇省無錫市近郊にあるChina Ship Scientific Research Center(CSSRC、中国船舶重工集団公司第七〇二研究所)を訪問した。「蛟竜」は、CSSRCでメンテナンス中であった。

日本からは、我々、科学技術振興機構 研究開発戦略センターから2名のほか、海洋研究開発機構(JAMSTEC)の専門家2名も同行してくれた。

中国からは、「蛟竜」を保有し、運航を行っているChina Ocean Mineral Resources R & D Association(COMRA、中国大洋礦産資源研究開発協会)のLiu Feng(劉 峰)氏、CSSRCのCui Weicheng(崔 維成)氏、Xu Qinan(徐 芑南)氏が対応してくれた。

(2)「蛟竜」の開発経緯

 1992年に有人潜水調査船の開発提案がCSSRCなどの研究者、技術者からなされ、政府部内での検討の後、2002年に開発が開始された。この間、10年が経過しており、提案を行った研究者、技術者たちにとっては、大変長い間、待たされたことになる。

 当時中国では、300mの有人潜水調査船の実績しかなく、CSSRCとしては6,000mの開発を考えていた。しかし、政府部内で、既に日本が6,500mを達成していたので、それを上回る7,000mを目標とすることになったとのことである。

ちなみに日本は、600m→2,000m→6,500mとステップを踏んで開発を行っており、この点、中国は大幅な技術的ジャンプを行っている。

写真1 「蛟竜」の外観

写真1

出典:中国国家海洋局ホームページ

(3)使用技術・部品

有人深海潜水船の最も重要なパーツである耐圧殻は、「しんかい6500」は日本製であるが、「蛟竜」はロシア製である。この点から、中国が有人深海潜水船のキーとなる技術を保有していない、との解釈も可能である。また、インターネットからの情報によれば、今回面会したCui Weicheng氏が、「蛟竜」のパーツの国産化率は58.6%と話した、とされている。

(http://memo-no-memo.cocolog-nifty.com/blog/2012/06/7000m-a28a.html 参照)。

しかし、有人深海潜水船は定期的に建造されるものではなく、日本においても「しんかい6500」以降、20年以上建造されていない。また、「しんかい6500」でも多くの輸入部品が使われている。

従って、世界中からベストな部品を集めて有人深海潜水船を建造する、というのも一つの方法であり、中国はその方法で、少なくともこれまでは成功しており、トータルとしての技術力は十分保有している、と考えられる。

(4)現状及び今後の計画

「蛟竜」は、2009年8月に海上試験出港式が行われ、2010年8月には3,759m、2011年7月には、5,057mの潜航に成功し、2012年に、7,020mの潜航に成功した。

これまでも、試験中ではあるものの、並行して調査運航も行われているとのことである。具体的には、中国や日本も参加している国際機関であるInternational Seabed Authority(ISA、国際海底機構)からの契約に基づく調査も実施している。

 本格的な運用時には、公募で調査の提案を募り、専門委員会で審査して、運航計画を決める予定とのこと。運用に当たっては、海外にもオープンにしたいとのことであり、海外の研究者が安心して搭乗できるよう、船舶として認証されるため船籍を取得する予定。

写真2 「蛟竜」の保管場所の外観

写真1

3.「蛟竜」と「しんかい6500」の比較

 全般的には、「蛟竜」と「しんかい6500」は似ているが、20年以上の開発時期の差があり、「蛟竜」は、その間の電子技術の進歩等を活用し、「しんかい6500」より、性能が優れている点が散見される。以下、主な点について説明する。

(1)重量

「蛟竜」は22~23トンで、「しんかい6500」(26.7トン)より軽い。軽量化の理由は、船体の長さを短くしたこと、部品の軽量化を進めたことによるとのこと。

(2)乗員

 「蛟竜」は乗員3名のうち研究者が2名、パイロット1名。「しんかい6500」は逆で、研究者が1名、パイロット2名。同行した海洋研究開発機構の専門家は、パイロットの負担が大きくならないか、を気にしていた。この点について、中国側の説明は、米国のアルビンの例を参考に、研究者を2名とし、さらに自動操縦を採用してパイロットの負担を軽減した、とのことであり、同乗する研究者にも一部の操作を手伝ってもらう、とのことであった。

(3)のぞき窓

ともに3個だが、「蛟竜」は中央が大きく(200mm)、また、視野がサイドの窓と重なっている。「しんかい6500」は3個とも120mmで、視野の重なりがない。「蛟竜」の場合、両サイドの窓から研究者が観察し、パイロットに希望する針路を伝えやすい、と思われる。

(4)最大深度での作業時間

「蛟竜」は6時間、「しんかい6500」は3時間。「蛟竜」の場合、全体のオペレーション(着水から揚収まで)に12時間と想定している(「しんかい6500」は8時間)。海洋研究開発機構からの同行者は、パイロットが一人のため負担が大きいことや電池の充電時間等を考えると、連日運航するのは大変ではないか、との印象を持っていた。今後、計画どおりの運航が可能か、推移を見る必要がある。

(5)電池

電池については、「しんかい6500」は、銀亜鉛電池からメンテナンスに優れたリチウムイオン電池に変更しており、「蛟竜」もその方向で検討中である、とのことであった。

4.今後の日中協力

 日中協力の可能性は大いにある、と言える。中国側にとっては、「しんかい6500」の運用実績は貴重なものであり、日本からの情報入手を期待している。今回の訪問時においても、具体的にリチウムイオン電池についての情報提供を求められており、今後、COMRA/CSSRC-海洋研究開発機構間の運用技術面での協力は十分可能性がある。

また、有人深海潜水調査船は世界に数隻しかなく、中国も世界の研究者に利用してもらいたい、と考えていることから、世界の科学者コミュニティを対象に、日中が協力して運航計画を検討する、といった運用協力も考えられる。

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編集部注

 本稿は、科学技術振興機構研究開発戦略センター(CRDS)の海外動向報告書「中国の科学技術力について~世界トップレベル研究開発施設~」(2012年6月刊)にまとめられた成果を基に、執筆者にリライトを依頼し、掲載したものである。(中国総合研究センター 鈴木暁彦)