第75号
トップ  > 科学技術トピック>  第75号 >  中国の宇宙開発事情(その2)有人宇宙飛行

中国の宇宙開発事情(その2)有人宇宙飛行

辻野 照久(科学技術振興機構研究開発戦略センター 特任フェロー)  2012年12月10日

 科学技術振興機構(JST)が2009年にとりまとめた「中国の宇宙開発の現状」[1]では、中国の有人宇宙活動について、「神舟7号」までの中国の有人宇宙船開発状況と、6人の宇宙飛行士を紹介した。この時点で、中国は有人宇宙飛行の第1段階を終え、第2段階の準備を行う段階に入ったところであった。

天宮1号と神舟のドッキング

 第2段階の目標は、有人宇宙船と宇宙ステーションとのランデブー・ドッキングである。

 中国は2011年9月に宇宙ステーション実験機(ドッキング目標機)「天宮1号」[2]、同年11月に無人宇宙船(ドッキング追跡機)「神舟8号」の打上げを行い、中国としては初めてとなる2機の衛星の宇宙でのランデブー(空間交会)と自動ドッキング(対接)に成功した。さらに2012年6月には4回目の有人宇宙船となる「神舟9号」を打ち上げ、13日間の飛行中、「天宮1号」との手動ドッキングに成功した。

 これによって中国はロシアと米国に比肩しうる有人宇宙飛行技術を有する国となった。「神舟5号」以降の有人宇宙船の開発経緯を図表2-1に示す。

図表2-1 中国の有人宇宙船の開発経緯
出典:各種資料を基に辻野作成

宇宙機名称

漢字表記

日付(GMT)

打上げロケット

備考

Shenzhou 5

神舟5

2003/10/15

長征 2F

1名搭乗

Shenzhou 6

神舟6

2005/10/12

長征 2F

2名搭乗

Shenzhou 7

神舟7

2008/ 9/25

長征 2F

3名搭乗、船外活動実施

Tiangong 1

天宮1

2011/9/29

長征 2F/G

打上げ時無人、ドッキングターゲット、2013年まで周回飛行

Shenzhou 8

神舟8

2011/11/1

長征 2F/H

無人、天宮1号との初のドッキング

Shenzhou 9

神舟9

2012/6/16

長征 2F

3名搭乗(初の女性を含む)、天宮1号と手動ドッキング

中国初の女性宇宙飛行士

 神舟9号に搭乗した3名の宇宙飛行士は、景海鵬(Jing Haipeng、2回目)、劉旺(Liu Wang)及び劉洋(Liu Yang)である。実際に宇宙飛行を行った中国の宇宙飛行士は8名になった。このうち劉洋は中国初の女性宇宙飛行士である。

 劉洋は2009年に人民解放軍の航空パイロットから宇宙飛行士候補に選抜され、2010年から宇宙飛行士の訓練を開始した[3]。神舟9号に1名の女性が搭乗することになり、7名の女性宇宙飛行士候補の中から2名の候補が選ばれた(1名はバックアップ)。

 事前の情報では、初の女性宇宙飛行士は神舟10号に搭乗するとされていたが、これは宇宙飛行士の訓練に最低4年は必要で、神舟9号の計画された打上げ日に間に合わないと判断されていたためと考えられる。しかし、劉洋らの場合は選抜以前に2年以上の航空機パイロット経験があり、神舟9号の打上げが遅れている間に2年間の宇宙飛行士訓練が終了したため、急遽計画を繰り上げたようだ。劉洋は宇宙飛行士に要求される肉体的・精神的な素質をすべて備えているだけでなく、数十科目に及ぶ訓練において優秀な成績をあげたという。

宇宙飛行実績の世界ランキングはまだ低い

 有人宇宙活動の実績は米ロが圧倒的で、中国はまだほんの駆け出しに過ぎない。図表2-2に各国の宇宙飛行士数・延べ出発人数・宇宙滞在日数の比較を示す。2020年までの8年間で、累積宇宙滞在日数がロシアは約7,000日、米国は約5,000日、日本は約1,000日増える見込みであり、中国が宇宙ステーションの本格運用を開始しても第3位になるまでには少し時間がかかりそうである。

図表2-2 国別の宇宙飛行士数と宇宙滞在日数(2012年11月19日現在)
*カナダと中国の間にカザフスタン・イタリア・オランダ・ベルギーが200日以上で入り、中国は国別累積宇宙滞在日数で現在世界第11位である。
出典:各種資料を基に辻野作成

 

米国

ロシア

日本

ドイツ

フランス

カナダ

中国

世界計

飛行士数
(うち女性)

334
(45)

113
(3)

9
(2)

10

9
(1)

9
(2)

8
1

529
(56)

出発人数

828

234

16

14

17

16

9

1,184

滞在日数*

約15,700

約22,000

740

494

432

359

59

約41,000

神舟10号を2013年6月に打上げ

 中国の今後の計画として、2013年6月に有人宇宙船「神舟10号」が打ち上げられ、「天宮1号」とドッキングして、科学実験や科学普及のための地上との交信などのミッションを行う。搭乗員は男性2名、女性1名と発表されている。「神舟10号」のミッション終了後、「天宮1号」は大気圏に再突入し、安全な海域において消失させることになっている。これは中国の宇宙デブリ対策の一環である。

本格的な宇宙ステーションの建設

 第3段階の有人宇宙飛行は本格的な宇宙ステーションの建設から始まる。完成時期は2020年を予定している。基本モジュールは長征5型ロケットにより打ち上げられ、「天宮2号」と命名されるものと思われる。その両側のドッキングポートに、ノードや実験モジュールが次々と取り付けられ、有人宇宙船(酒泉から打上げ)と物資補給船(海南島から打上げ)による長期宇宙滞在が行われるようになる。これは旧ソ連が1986年に打ち上げた「ミール」宇宙ステーションと軌を一にするものである。

 ISSの運用は2020年以降継続されるかどうか決まっていない中で、中国はその時期から独自の宇宙ステーションを本格的に運用しようとしているのである。旧ソ連がインターコスモス計画や国際共同飛行計画で共産圏や友好国の宇宙飛行士を宇宙ステーションに滞在させたのと同様に、中国の宇宙ステーションにもさまざまな国の宇宙飛行士あるいは旅行者が入れ替わり立ち替わり搭乗するようになる可能性がある。特にドイツは有人宇宙飛行で中国との連携強化を図っており、中国からもドイツ航空宇宙センター(DLR)を訪問している[4]

有人宇宙活動を主導する組織

 中国の有人宇宙プログラムは、総指揮の下に設置された載人航天工程弁公室(CMSEO=有人宇宙飛行プロジェクト室)が実務を担っている。有人宇宙プログラムの主要な役職と任命されている人物を図表2-3に示す。

図表2-3 有人宇宙プログラムの体制
出典:各種資料を基に辻野作成

役職

人物(所属または出身組織)

工程総指揮

張又侠(人民解放軍総装備部長、中央軍事委員会委員)

工程副総指揮(6名)

牛紅光(人民解放軍総装備部副部長)、陳求発(MIIT副部長)、陰和俊(CAS副院長)、
馬興瑞(CASC総経理)、許達哲(CASIC総経理)、熊群力(電子科技集団公司総経理)

工程総設計師

周建平

工程副総設計師(3名)

趙宇棋、王忠貴、鄭敏

弁公室主任

王兆耀(人民解放軍総装備部)

弁公室副主任(2名)

楊利偉(人民解放軍宇宙飛行士大隊)、武平(旧航天工業部)

 このうち、工業・情報化部(MIIT)の陳求発副部長(副大臣)はMIIT傘下の国防科技工業局(SASTIND)主任と国家航天局(CNSA)主任も兼務している。

 中国科学院(CAS)の陰和俊副院長の下では、中国空間科学・応用総体部、長春光学精密機械・物理研究所(CIOMP)、上海技術物理研究所(SITP)、空間科学・応用研究センター(CSSAR)、物理研究所(IOP)、上海珪酸塩研究所(SIC)、成都光電技術研究所(IOE)など各地の研究組織が、微小重力利用など有人宇宙活動に関連する研究に参加している。

 国有企業群としては、当初から参加している中国航天科技集団公司(CASC)に続いて、2011年からは中国航天科工集団公司(CASIC)・中国電子科技集団公司(CETC)からも副総指揮が任命されている。

 2012年にCMSEOの副主任から主任に昇格した王兆耀は、中国人民解放軍(PLA)では現役の少将である。後任の副主任に登用された武平は、1993年のCMSEO設置時に旧航天工業部から移籍した女性で、航天工業部ではロケットの開発を担当していたエンジニアである。人民解放軍が宇宙飛行士や射場設備・管制設備など有人宇宙活動に直接的に係わっていることはいうまでもない。

有人宇宙活動の予算

 欧米や日本では、有人宇宙活動には巨額の予算が必要だということは常識である。中国の宇宙開発予算は年間およそ200億元(約2600億円)と分析されているが、有人宇宙プログラムに対しては1992年からの20年間で390億元が投じられたという。最近8年間では約半分の190億元が投じられており、年平均24億元(約312億円)となる。これは欧米では静止通信衛星1機分程度の金額であり、民間でも実施可能なレベルである。

 また、スペースシャトルの開発費や国際宇宙ステーションの建設費からみればはるかに少ない額である。ただし、この金額は宇宙事業全体の一部である可能性がある。たとえば有人宇宙活動に係わる宇宙関連企業や人民解放軍の人件費、宇宙関連企業の一般管理費のような経費を計上せず、材料費や部品購入費など直接的な経費だけを計上した場合、人件費が高い欧米に比べてはるかに安価になることは確実である。

 とはいえ、中国も有人宇宙飛行に対して無闇に予算を投入しているわけではない。中国の宇宙開発は国民生活に直結する衛星通信・地球観測・航行測位などの実利用が第一で、有人宇宙飛行や月惑星探査など直接的な経済的見返りの少ない宇宙活動は「ほどほどに」行うように自制しているようである。

ロシアの長期閉鎖環境実験にも参加

 長期間の宇宙滞在の実績が豊富なロシアは、2010年6月から2011年11月にかけて、520日間の火星往復飛行を模擬した「MARS-500」計画を実施した。6名の模擬宇宙飛行士の1人として中国人が参加し、3名のロシア人と2名の欧州人とともに閉鎖環境で長期間生活する実験を行った。この中国人は中国では宇宙飛行士の訓練を担当していたとのことである。

中国が有人宇宙活動を追求する目的は?

 有人宇宙活動は膨大なコストと人命に対する危険が伴う割には直接的な見返りが少ないといった理由から、必ずしも一般市民から全面的な支持を得ているわけではない。欧州でも経済危機の中で国際宇宙ステーション関係のプログラムに対して経費縮減が求められている。

 中国において有人宇宙活動を継続する可能性が高いと判断する理由は、相対的に高い経済成長率を維持しており、人件費もまだ安く、かつ近年急速に生産性を高めている国有企業が有人宇宙活動に必要な機材を製造し、大学卒業者が多数入隊している人民解放軍において宇宙飛行士が養成されるなど、欧米の常識では想像も付かない条件が揃っているからである。

 有人宇宙活動の先行きが不透明な欧米に比べて、中国なら有人火星着陸にまで及ぶ壮大な構想も、段階を追って実現しうるのではないかと思えてくる。

 政治的な動機や経済性などを離れて、素朴な「夢」や「憧れ」も宇宙開発の動機の一つとなる。中国では2000年も昔に既に月へ駆けのぼる女性の神話伝説(嫦娥奔月)が記録されており、宇宙への憧れが中国人に有人宇宙飛行技術を追求させているように思われる。

写真

中国の切手。約2000年前、後漢時代に石に描かれた「嫦娥奔月」の絵をデザインしている。嫦娥は、夫が西王母(仙女)からもらった不死の薬を飲み、月に昇った。


[1] 「宇宙航空研究開発機構特別資料 世界の宇宙技術力比較と中国の宇宙開発の現状について」(JST 中国総合研究センター作成の「中国の科学技術力(ビッグプロジェクト編)」からの抜粋)2010年 2月(http://repository.tksc.jaxa.jp/dr/prc/japan/contents/AA0064502000/64502000.pdf

[2](中国語の記事)天宮一号目標飛行器完成総装 2011年発射 2010年8月17日中国載人航天工程網CMSEO(http://www.cmse.gov.cn/news/show.php?itemid=976

[3](中国語の記事)我国第二批航天員産生-共選出5名男航天員、2名女航天員 2010年5月7日CMSEO(http://www.cmse.gov.cn/news/show.php?itemid=726

[4](中国語の記事)王文宝率団訪問徳国宇航中心 2011年4月7日CMSEO(http://www.cmse.gov.cn/news/show.php?itemid=1308