第75号
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中国の宇宙開発事情(その3)月探査

辻野 照久(科学技術振興機構研究開発戦略センター 特任フェロー)  2012年12月19日

 科学技術振興機構(JST)が2009年にとりまとめた「中国の宇宙開発の現状」[i]では、宇宙科学分野の中で月探査機「嫦娥1号」(Chang'e-1)を紹介した。今回は「嫦娥2号」以降の進捗状況を取り上げる。

嫦娥2号は小惑星に最接近

 中国は「嫦娥1号」の開発と同時に地上予備機も製造していた。「嫦娥1号」のミッションが終了した後、この地上予備機にいくつかの改良を加えて2010年10月に「嫦娥2号」(Chang'e-2)として月周回軌道に投入した。「嫦娥1号」は月面高度約200kmで周回したが、「嫦娥2号」は日本の「かぐや」と同じ高度約100kmで周回した。約1年間の月周回期間中、「嫦娥1号」よりも高精度の観測を行い、次の着陸ミッションで必要となる着陸予定地点の詳細な観測も行った。中国の月探査の第1段階の第1フェーズはこのミッションで完了した。

 「嫦娥2号」は月軌道投入に要した探査機自身の燃料が最小限で済み、搭載燃料がかなり多く余ったため、月を起点とする新たなミッションが追加された。それは、地球公転軌道から150万km外側の太陽-地球系第2ラグランジュ点(SEL-2)で天文観測を行い、さらに「トータティス」(Toutatis)という地球近傍小惑星(小惑星番号4179)にランデブーするというものである[ii] 。SEL-2での観測は既に終了した。米国のNASAが現在地球-月系第2ラグランジュ点(EML-2)でのミッションを検討しており、今後SEL-2とEML-2という2種類のL-2点を識別する必要がある。

 嫦娥2号は「トータティス」へ向けて飛行していたが、12月13日に3.2kmの距離まで接近して写真撮影を行った。NASAも地上のレーダデータで画像を合成した。

図1 図2

図1 嫦娥2号が撮影したトータティス(ⒸMIIT)/図2 JPLが地上レーダで合成した画像(ⒸNASA)

月面着陸と月面調査

 中国は既に月探査第1段階の第2フェーズ及び第3フェーズの計画として「嫦娥3号(Chang'e-3)」から「嫦娥5号(Chang'e-5)」までの開発に着手しており、2013年後半には月着陸機「嫦娥3号」を打ち上げる予定である。着陸地点は「虹の入り江」(Bay of Rainbows)で、着陸後は探査ローバにより月面調査を行う。この成果は将来の月面基地建設の候補地選定のために活用されるとみられる。

原子力電池を搭載

 「嫦娥3号」で月に運ばれる月面探査ローバの電源は原子力電池である。月の1日は地球の1カ月に相当する。すなわち太陽が昇り始めると半月間は昼間が続き、太陽が沈むと半月間は夜間が続く。1カ月後にまた太陽が昇り始める。極寒となる半月間の夜間の動力や保温のための電源を太陽電池に頼ることは無理で、月探査における最大の技術的課題の一つである。中国はそれを原子力電池利用で乗り切ろうとしている。また月面探査の面では、ローバの底部にレーダ装置を設け、月面を走行しながら月面地下約100mの調査を行うという。また、「嫦娥4号」(Chang'e-4)は「嫦娥3号」のバックアップ(地上予備)となる。

月面からの再打上げ

 「嫦娥5号」は、2017年頃までに開発され、長征5型ロケットにより海南島の文昌衛星発射センターから打ち上げられる予定である。「嫦娥5号」は月のサンプル採取・回収ミッションを行う。月面で採取した2kg程度の土壌・岩石サンプルを地球に持ち帰ることが計画されている。ここで最大の課題は月からの再打上げである。月の重力は地球の約6分の1と非常に小さく、空気もないので、地球では使えないような低出力の推進エンジンでも打上げ可能だが、発射装置まで含めた打上げシステム全体を安全に着陸させ、回収試料搭載や打上げ準備などを地球からの遠隔操作で行う必要があり、技術的なハードルはかなり高い。2012年10月に再打上げ用の推進エンジンとなる出力3キロニュートン(kN)のスラスタの燃焼試験を実施した。

 サンプル採取のためのローバの遠隔操縦は既に1960年代にロシアが「ルノホート」で実施しているが、通信技術の発達した現在でも地球からの遠隔操作と月面でのローバ自身の自律制御をうまく組み合わせるには相当の開発努力を要するであろう。米国ではNASAのジェット推進研究所(JPL)が火星の無人探査を行っており、アポロ計画以降の火星探査機で実績のある無人探査技術を参考にすることもあるだろう。

月面着陸とサンプルリターンを並行開発

 中国は月探査の第1段階の第2フェーズと第3フェーズを同時並行で開発している。これにより第1段階の全体的な開発期間を短縮しようとしている。それを可能にするだけの人材が揃っているということも中国の実力の一面と考えられる。

第2段階以降の有人月探査の展望

 中国は既に第2段階(2025年~2030年)で短期の有人滞在、第3段階(2030年以降)で長期滞在の有人月面基地の構想を持っており、現時点ではまだ目立った動きはないが、月探査に関する第1段階の技術成果と宇宙ステーションなど有人宇宙活動のための技術成果が順調に獲得されていけば、それらの技術を組み合わせて有人月探査に本格的に取り組み始める時期がいずれ来るだろう。

 中国が有人月面着陸を目指す目的は明らかではない。核融合発電に用いるヘリウム3の採取、月面での権益確保、火星への中継基地としての利用、産業界への技術移転などさまざまな理由が推測されている。月面は南極大陸と同様にいずれの国も領有できないことになっているが、科学観測目的で建物を設置するといった活動を行うことは可能である。

月探査を主導する組織

 このような月探査を推進している組織は、工業・情報化部(MIIT)に属する国家国防科技工業局(SASTIND)が直轄している「中国探月」(CLEP)という月探査プロジェクト室である。

 CLEPには有人宇宙活動と同様に、ロケット打上げを行う人民解放軍、宇宙機の開発を行う中国航天科技集団公司(CASC)の研究者・技術者、科学成果を追求する中国科学院(CAS)の科学者らが参加している。特にCASの院士である欧陽自遠は「嫦娥1号」の観測データを基に月の全球地図を発表するなど、月探査プロジェクトの科学目的を主導している。 

図3

図3 CLEPのロゴマーク

各国の月探査実績比較

 月探査で圧倒的な実績を誇っているのは米国である。それに続くロシアも、有人月面着陸は果たせなかったものの、月の裏側の撮影、軟着陸、サンプルリターンなど豊富な探査実績がある。図表3-1は欧州・日本・インドも含め、世界の月探査の実績を比較したものである。中国の月探査はまだ緒に就いたばかりであるが、これまで大型プロジェクトを確実に実行し、成功させてきた実績があり、米ロへのキャッチアップとなる第1段階完遂の実現性は高いと見られる。

図表3-1 各国の月探査実績(軌道投入失敗も含む)
*アポロ計画で月軌道に向けて打ち上げた回数。
内訳は有人月周回2回(アポロ8号、10号)、月着陸成功6回(アポロ11~12号、14~17号)、着陸断念1回(アポロ13号)。
比較項目 米国 欧州 ロシア 日本 中国 インド
月探査機(無人) 33機
(Ranger, Pioneer他多数)
1機
(Smart-1)
31機
(Luna, Zond)
2機
(ひてん、かぐや)
2機
(嫦娥)

 

1機
(Chandrayaan)
月探査機(有人) 9回*
(Apollo)
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[1] 「宇宙航空研究開発機構特別資料 世界の宇宙技術力比較と中国の宇宙開発の現状について」(JST中国総合研究センター作成の「中国の科学技術力(ビッグプロジェクト編)」からの抜粋)2010年2月http://repository.tksc.jaxa.jp/dr/prc/japan/contents/AA0064502000/64502000.pdf

[2] Chang'E 2 has departed Earth's neighborhood for.....asteroid Toutatis!?