中国の宇宙開発事情(その4)衛星通信
辻野 照久(科学技術振興機構研究開発戦略センター 特任フェロー) 2013年 1月 8日
科学技術振興機構(JST)が2009年に取りまとめた「中国の宇宙開発の現状」[1]では、中国における衛星通信の概況や通信企業の組織などを紹介した。また、中国の代表的な衛星バスである東方紅4型(Dongfanghong Ⅳ)や衛星追跡管制施設なども紹介した。その後、新たな通信衛星の打上げや国有企業の再編、新規参入などがあり、目まぐるしい変化を見せている。今回は、現時点での中国の衛星通信企業の状況や今後の計画などを紹介する。
中国の通信衛星には、特別行政区である香港に本社を置く衛星通信企業が運用するものも含まれる。香港企業の衛星は、欧米の衛星メーカーで製造されており、打上げサービスでも欧米のロケットが使われている。それぞれの分野で、宇宙産業の世界的な競争が感じられる。
中国の通信事業と衛星通信
2012年12月、米国家情報会議(NIC)は、中国が2030年に世界最大の経済大国になるとの予測[2]を発表した。通信事業は、情報化社会における経済成長の原動力となるものである。中国の通信需要は年々大幅に増加しているが、固定電話の数は2006年頃の約3.7億台をピークに年々減少している。それに代わって、携帯電話(中国語で「手機」)が年1億台のペースで普及している。中国の携帯電話契約者数は2000年には延べ8,500万人で、米国に次ぐ世界第2位だったが、2012年には、その10倍以上の10億人を突破し、世界一の数となった。
そのうち約6億人が中国移動通信集団公司(China Mobile)[3]のユーザであり、2位の中国聯合網絡通信集団有限公司(中国聯通、China Unicom)[4]にも約2億人のユーザがいる。固定電話主体だった中国電信集団公司(China Telecom)[5]でさえ、今や売上げの8割は携帯端末に切り替わってきている。
その中で衛星通信の比重は極めて小さい。そこへ外国の衛星通信企業が何社も参入し、顧客争奪戦の様相を呈している。従来、中国の衛星通信を担当する部門は、中国通信公司の中にあったが、そこから中国衛星通信集団有限公司(中国衛通=China Satcom)[6]が分離され、国有宇宙企業である中国航天科技集団公司(CASC)の傘下になった。
通信事業全体の中で衛星通信が担っている領域は、家庭に直接テレビ番組を配信する衛星放送が中心である。電話が通じない遠隔地をなくす「村村通」プロジェクトでは、地上回線の敷設が特に困難な高山や砂漠地帯などについて衛星通信が導入された。また、災害などによって地上回線が寸断された場合、衛星通信システムは強力なバックアップとなる。
日本でも2011年の東日本大震災で地上の通信インフラは壊滅したが、一方で衛星通信の有効性が実証された。
中国の衛星通信企業の経営状況
中国の衛星通信企業は現在3社ある。CASC傘下の中国衛通の他に、香港に本社を置く亜州衛星有限公司(Asiasat)[7]とアジア・ブロードキャスト・サテライト社(ABS)[8]がある。以前は香港にAPTサテライト社[9]があったが、現在は中国衛通に経営統合されている。
亜州衛星有限公司は、資本的には投資会社の中信集団(CITIC)の子会社であり、同集団が事業展開している情報通信サービスの衛星運用部門となっている。
各企業のここ数年の売上高を図表4-1に示す。なお、中国市場に参入している国際衛星通信企業は、ルクセンブルクに本社を置くインテルサット社とSES社、カナダのテレサット社、シンガポールのシングテル社などがある。これらの外国企業は中国の衛星通信需要の約3分の1のシェアを獲得している。逆に中国企業も東南アジア・オーストラリア・中東に営業範囲を広げている。
出典:Space News「衛星通信企業Top25」(2008~12)を基に辻野作成 「-」は不明、単位は100万ドル、衛星数の単位は機。 |
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企業名 |
2007年 |
2008年 |
2009年 |
2010年 |
2011年 |
衛星数 |
China Satcom |
- |
117 |
141 |
155 |
276 |
14+4 |
APT Satellite |
58 |
52 |
74 |
92 |
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Asiasat |
120 |
133 |
150 |
187 |
221 |
4+2 |
ABS |
- |
- |
- |
70 |
90 |
4+3 |
中国企業各社の最近の通信衛星打上げ状況
2009年10月以降、2012年12月までに図表4-2に示す8機の通信衛星が打ち上げられた。このうち、ZX-20A、ZX-1A及びZX-2Aは軍民両用衛星である。人民解放軍は、衛星通信については国有企業が保有する衛星を利用している。「烽火」や「神通」といった衛星名に、軍事利用における衛星通信の役割が込められているように思われる。
*ST-1及びST-2は同名の「シンガポール・台湾通信衛星」1号機(ST-1)、同2号機(ST-2)とは全く別の衛星なので注意を要する。 中国衛星のSTはShenTong(神通)の略語である。なお、ZXはZhongXing(中星)、FHはFengHuo(烽火)の略。 |
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衛星名 |
漢字表記 |
製造企業 |
国際標識番号 |
打上げ日 |
打上げロケット |
ZX-6A |
中星6A |
中国空間科学研究院CAST) |
2010-042A |
2010/9/4 |
長征3B |
ZX-20A(ST-1*) |
中星20A |
CAST |
2010-064A |
2010/11/24 |
長征3A |
ZX-10 |
中星10 |
CAST |
2011-026A |
2011/6/20 |
長征3B/E |
ZX-1A(FH-2A) |
中星1A |
CAST |
2011-047A |
2011/9/18 |
長征3B/E |
AsiaSat 7 |
亜州7 |
スペースシステムズ/ロラール(SS/L) |
2011-069A |
2011/11/25 |
プロトンM/ブリーズM(ロシア) |
APStar 7 |
亜太7 |
ターレス・アレニア(TAS) |
2012-013A |
2012/3/31 |
長征3B/E |
ZX-2A(ST-2*) |
中星2A |
CAST |
2012-028A |
2012/5/26 |
長征3B/E |
ZX-12 |
中星12 |
ターレス・アレニア(TAS) |
2012-067A |
2012/11/27 |
長征3B/E |
各企業の運用衛星と地上設備
(1)中国衛通(China Satcom)
従来の衛星通信企業を束ねて発足した中国衛通は、2010年に香港のAPTサテライト社を統合し、中国航天科技集団公司(CASC)傘下の企業となった。APTサテライト社の衛星は引き続きAPStarの名称で運用されている。また鑫諾(Sino)衛星通信有限公司のSinosat衛星は、中星に名称変更された。これらの企業の売上げ合計は2011年に2.76億ドルで、中国衛通全体の2011年の売上高ランキングは世界第7位である[10]。
通信衛星の増加に伴い、衛星通信地球局の設備も大型化している。図表4-3に中国衛通傘下の企業の運用衛星、調達予定の衛星及び主な地上施設を示す。
下線を施した衛星は2009年10月以降の打上げ | ||||
企業名 |
英語表記 |
運用中の衛星名 |
今後の打上げ予定 |
主な地上施設 |
中国通信広播衛星公司 |
Chinasat |
中星20A ・中星1A |
中星11 |
|
鑫諾衛星通信有限公司[11] |
Sinosat |
中星10(旧Sinosat-5) |
|
北京、香港、カシュガル(新疆) |
中国東方通信衛星有限責任公司 |
China Orient |
APStar-2R |
|
北京市海淀区の東北旺衛星管制センター |
中国直播衛星有限公司[12] |
China DBSAT |
中星5A |
中星9A |
東北旺衛星管制センター、北京市昌平区の沙河衛星地球局 |
亜太衛星公司 |
APT Satellite |
APStar-6 |
|
香港大埔区の管制施設 |
(2)亜州衛星有限公司(Asiasat)
亜州衛星有限公司は1990年香港に設立された。2011年までに7機の衛星を打ち上げており、現在そのうちAsiasat 3S、Asiasat 4、Asiasat 5、Asiasat 7の4機の衛星を運用している[13]。Asiasat衛星を運用する亜州衛星公司の売上高は2011年に2.21億ドルで、世界第12位である[10]。香港の大埔区に管制局や地上局の施設がある[14] 。
(3)アジア・ブロードキャスト・サテライト社(ABS)
アジア・ブロードキャスト・サテライト社(ABS)は2006年に設立された新興の衛星通信企業で、独自調達の衛星はまだなく、さまざまな中古衛星を寄せ集めて、中国だけでなく、フィリピンやベトナムなど東南アジア諸国の顧客を獲得している。さらに欧州にも市場を広げている。2011年の売上高は世界第19位である[10]。
現在運用中のABS社の衛星は4機ある。すべて中古機である。
①ABS-1
ABS社の1号機はLMI-1(ロッキードマーチン・インタースプートニク1号)というロシアの衛星(米国LM社製)をABS社が2005年に購入したものである。ABS-1の中継機の一部は、大韓民国最大の通信事業者であるKT(旧コリアテレコム)でも使われ、Koreasat 7という呼び名もある。
②ABS-1A
1996年に韓国KTが打ち上げたKoreasat-2を2009年に購入してABS-1Aと改名した。ABS-1とともに東経75度で運用されている。
③ABS-3
1997年にフィリピンのマブヘイが打ち上げた通信衛星Agila-2を2009年からABS-5の名称で共同利用した後、2011年に購入してABS-3と改名し、現在の働き場所は西経3度、マドリードに近い経度にある。
④ABS-7
1997年に韓国KTが打ち上げたKoreasat-3(ムグンファ3号)を2010年に購入してABS-7と改名した。東経116度で運用されている。
ABS独自の新衛星は、米国輸出入銀行(EXIM)の融資により、数年内に3機の打上げを計画している。米国製の衛星をスペースX社のファルコン9ロケットで打ち上げる。
スペースX社はまだ静止衛星打上げの実績がないが、物資補給船「ドラゴン」(日本の「こうのとり(HTV)」とほぼ同じ重量)を国際宇宙ステーションにランデブー・ドッキングさせることに成功しており、ファルコン9で大型静止衛星を2機同時に打ち上げる予定である。しかも中国の打上げサービスより安価になる可能性があり、アリアンロケットやプロトンロケットの商業打上げシェアを奪っていくかもしれない。
今後の通信衛星打上げ計画
上述の各社の状況と重複するが、今後の通信衛星打上げ予定として図表4-4に示すものが判明している。このほかに軍事通信衛星もありえるが、打上げ直前まで製造着手の情報や衛星機能試験や射場搬入などの開発途中経過の情報が得られない場合が多い。
企業 |
衛星名 |
別名 |
製造企業 |
打上げ時期 |
打上げロケット |
中国衛星通信 |
ZX-9A |
中星9A |
CAST |
2013年予定 |
長征3B/E |
ZX-11 |
中星11 |
CAST |
2013年予定 |
長征3B/E |
|
ZX-15 |
中星15 |
CAST |
不明 |
長征3B/E |
|
ZXーM |
中星M |
不明 |
2013年4月 |
長征3B/E |
|
亜州衛星公司 |
Asiasat-6 |
Thaicom 7 |
SS/L |
2014年予定 |
ファルコン9(米) |
Asiasat-8 |
|
SS/L |
2014年予定 |
ファルコン9 |
|
ABS |
ABS-2 |
ST-3 |
SS/L |
2013年予定 |
アリアン 5(仏) |
ABS-3A |
|
ボーイング |
2014年予定 |
ファルコン9 |
|
ABS-2A |
|
ボーイング |
2015年予定 |
ファルコン9 |
東方紅4型衛星バスの性能と製造計画
中国国内の衛星通信に欧州製や米国製の衛星が多く利用されている一方で、中国独自の世界水準の衛星バスが主に開発途上国向けに輸出されている。図表4-5に今後打上げ予定の東方紅4型バスによる外国衛星の輸出計画を示す。
これらの衛星は重量が5トン級で、搭載できる中継器(衛星転発器=トランスポンダ)の数や設計寿命(15年)、発生電力(10.5kW)など世界最高水準にあり、地上のインフラが整備されていない発展途上国において独自の国際通信を行えるようになる。
たとえばナイジェリアでは、国際通信をインテルサット利用から東方紅4型バスによるNIGCOMSAT-1R利用に切り替え、独自の通信事業を実施している。なお、世界の通信衛星に搭載される中継器に用いられる低雑音増幅器や固体電力増幅器などは大部分が日本製である。NIGCOMSATの中継器にはNECの製品が使われている[15]。
*旧ベルギー領コンゴから1960年にコンゴ共和国として独立し、1964年にコンゴ民主共和国と改名。 1971年から1997年の間はザイール共和国。 |
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相手国 |
衛星名 |
中継器数 |
打上げ時期 |
打上げロケット |
ボリビア |
Tupak Katari |
30 |
2013年予定 |
長征3B/E |
ベラルーシ |
Belarus Sat 1 |
40 |
2014年予定 |
長征3B/E |
ラオス |
LaoSat 1 |
不明 |
2014年予定 |
長征3B/E |
スリランカ |
SupremeSat-3 |
不明 |
2015年予定 |
長征3B/E |
コンゴ民主共和国* |
Congosat 01 |
不明 |
2015年予定 |
長征3B/E |
[1] 「宇宙航空研究開発機構特別資料 世界の宇宙技術力比較と中国の宇宙開発の現状について」(JST中国総合研究センター作成の「中国の科学技術力(ビッグプロジェクト編)」からの抜粋)2010年2月
[2] National Intelligence Council, Global Trends 2030: Alternative Worlds, 2012(http://www.dni.gov/files/documents/GlobalTrends_2030.pdf)
[3] http://www.chinamobileltd.com/en/about/overview.php
[4] http://www.chinaunicom-a.com/gsjj.jsp?sys=0.745953062081535
[5] http://en.chinatelecom.com.cn/corp/
[6] http://www.chinasatcom.com/en/News_Info.aspx?m=20110329115051107103
[7] http://www.asiasat.com/asiasat/contentView.php?section=1&lang=0
[8] http://www.absatellite.net/company/corporate-overview/
[9] http://www.apstar.com/apt_company/index.asp
[10] http://members.jcom.home.ne.jp/ttsujino/space/telecom.htm
[11] http://www.sinosatcom.com/aboutus.htm
[12] http://baike.baidu.com/view/1797827.htm
[13] http://asiasat.com/asiasat/contentView.php?section=3&lang=0
[14] http://www.asiasat.com/asiasat/contentView.php?section=52&lang=0
[15]世界で活躍する衛星搭載用中継器(NEC技報2011年1月号)http://www.nec.co.jp/techrep/ja/journal/g11/n01/110118.pdf