第76号
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中国の宇宙開発事情(その6)航行測位

辻野 照久(科学技術振興機構研究開発戦略センター 特任フェロー)  2013年 1月21日

 科学技術振興機構(JST)が2009年にとりまとめた「中国の宇宙開発の現状」[1]では、中国の航行測位衛星について第1世代の北斗4機と、第2世代の「北斗2(Compass、コンパス)」シリーズの最初の2機までの打上げ動向を紹介した。この時点で、中国はまだ地域測位システム(RNSS)の構築を完了していなかったが、2012年までにRNSS用の衛星の打上げを計画通り完了し、国内では正式にRNSSの利用段階に入った。

また、最終的に24機以上となる全球測位システム(GNSS)用の中高度周回衛星(MEO)の打上げを2012年から本格的に開始した。中国のこのような段階的な導入計画は、「解決急需、兼顧長遠」(急場をしのぎ、長期にわたるニーズにも配慮する)及び「先区域、後全球」(まず地域的に、その後グローバルに)と表現されている。2012年12月27日には、英語の正式名称を「BDS(BeiDou Navigation Satellite System)」[2]とすることや性能に関する情報が発表された。

第1世代北斗は「双星定位」方式

 中国の第1世代の北斗航行測位衛星は、3か所の静止位置等は知られていたが、どう使われているのか、よく分かっていなかった。最近になってようやく過去のシステムの開発経緯が公開されるようになった[3]。1983年に中国科学院(CAS)院士の陳芳允(Chen Fangyun)が2機の静止衛星で地域ナビゲーションを行う「双星定位」という考え方を提案し、政府に承認されて衛星開発が始まった。2000年に2機の静止衛星が打ち上げられ、北斗1Aは東経140度、北斗1Bは東経80度に配置された。3機目の静止衛星北斗1Cはバックアップ用として2003年に中間の経度である東経110.5度に配置された。2007年に4機目の北斗1Dが打ち上げられ、測位精度が向上したと報じられた。「双星定位」は限られた用途では一応の成功をおさめたが、欠点も多かった。

①経度と緯度は測定できるが、高度は測定できない。

②中国とその周辺地域しかカバーできない。

③高速移動には対応できない。

④電波の秘密保持ができないので、軍事的な要求を満たしていない。

⑤ユーザの数に一定の制限がある。

⑥東方紅3型衛星バスの設計寿命が5年しかない。

 航行測位システムの導入にあたっては、中国は北斗1号を「解決急需」と位置づけて早期に運用開始し、北斗2号を「兼顧長遠」という戦略で同時期に開発を行い、2007年からの打上げ開始にこぎつけた。

2012年末に中国国内での北斗2のフル運用が開始され、BDSの第2段階が完成した。その時点で、北斗1号は遡ってBDSの第1段階と位置付けられた。

全球測位衛星システム構築へ

 2009年10月以降、中国の航行測位衛星打上げは3年間で12回14機に及び、短期間のうちに地域測位衛星システム(RNSS)を早々と完成させてしまった。14機の内訳は、静止衛星(GEO)5機、軌道傾斜角付きの地球同期衛星(IGSO=地上軌跡は8の字型で日本の準天頂衛星「みちびき」に類似)5機、中軌道周回衛星(MEO)4機である。

 今後はMEO衛星を2020年までに約20機打ち上げる予定である。中国国内に限って言えば、米国のGPSやロシアのGLONASSよりも密度が高い衛星配置になる。2012年12月27日、中国は「北斗2(コンパス)」の運用を正式に開始した。

 図表6-1に「北斗2(コンパス)」シリーズ16機の打上げ記録を示す。

図表6-1 「北斗2(コンパス)」シリーズの打上げ記録
出典:各種資料を基に辻野作成

宇宙機名称

別名

日付(GMT)

打上げロケット

備考

Compass M1

北斗2 M1

2007/4/13

長征 3A

中高度軌道

Compass G2

北斗2 G2

2009/4/14

長征 3C

静止化失敗

Compass G1

北斗2 G1

2010/1/16

長征 3C

静止軌道

Compass IG1

北斗2 IG1

2010/7/31

長征 3A

軌道傾斜角付き地球同期衛星

Compass G3

北斗2 G3

2010/6/2

長征 3C

静止軌道

Compass G4

北斗2 G4

2010/10/31

長征 3A

静止軌道

Compass IG2

北斗2 IG2

2010/12/17

長征 3A

軌道傾斜角付き地球同期衛星

Compass IG3

北斗2 IG3

2011/4/9

長征 3A

軌道傾斜角付き地球同期衛星

Compass IG4

北斗2 IG4

2011/7/26

長征 3A

軌道傾斜角付き地球同期衛星

Compass IG5

北斗2 IG5

2011/12/1

長征 3A

軌道傾斜角付き地球同期衛星

Compass G5

北斗2 G5

2012/2/24

長征 3A

静止軌道

Compass M3、M4

北斗2 M3、M4

2012/4/29

長征 3B

中高度軌道、衛星2機同時打上げ

Compass M2、M5

北斗2 M2、M5

2012/9/18

長征 3B

中高度軌道、衛星2機同時打上げ

Compass G6

北斗2 G6

2012/10/25

長征 3A

静止軌道

第2世代北斗航行測位衛星の性能と特徴

 北斗2シリーズの衛星には3種類の軌道があるが、衛星バスは東方紅3型で共通している。第1世代の北斗衛星でも同じ型式のバスが用いられていたが、改良されて設計寿命が長くなり(5年→8年)、重量も重くなっている(2.2t→3t前後)。以下に3種類の軌道に分類できる衛星シリーズごとの性能や特徴を記す。

①静止軌道の北斗2 G衛星シリーズ

 北斗2で「G」の付く衛星は静止軌道にあることを示している。北斗2のG衛星の現在の静止位置は、東経59度(G5)、80度(G6)、110.5度(G3)、140度(G1)、160度(G4)付近である。最初に打ち上げられたG2は赤道上空でドリフト(漂流)中で、毎日約0.2度ずつ東へ移動(約5年で地球を一周)している。

 第1世代の北斗衛星で多くの人に利用され、四川大地震でも安否確認などで役立ったショートメッセージ交換機能は第2世代衛星にも継承されている。

②軌道傾斜角付き地球同期軌道の北斗2 IG衛星シリーズ

 北斗2で「IG」の付く衛星の軌道は日本の準天頂衛星「みちびき」と似ている。Iは軌道傾斜角(Inclination)を意味し、Gは地球同期(Geosynchronous)を意味する。軌道傾斜角が50度であれば、北緯50度と南緯50度を同一経度帯で「8の字」型の軌跡で往復する。北斗2 IGはほぼ真円に近い軌道(離心率e=0)であり、8の字の交点は赤道付近になる。「みちびき」は日本上空に長くとどまることができるように、北半球に遠地点を持つ楕円軌道で離心率は0.2程度である。周期はいずれも23時間56分で地球の自転周期と同じだ。

 JST中国総合研究センターが収集している中国の論文データベースの中に、中国科学院国家天文台(NAOC)の研究者による航行測位衛星の配置設計に関する論文があり、北京と香港付近を結ぶ東経125度付近を中心とする8の字型の軌跡の軌道が最適であるとの結論を提示している。

 IG1からIG3の最初の3機で、東経125度での24時間運用体制を完成させた。続いて打ち上げられたIG4とIG5の2機は、それより西側で中国内陸部の東経94度付近を中心とする8の字型軌道を8時間の差で周回している。24時間運用体制を達成するためにはもう1機追加する必要があるが、IGとしては5機体制で完成とされており、西側の8の字にもう1機追加する計画は見当たらない。

③高度周回軌道の北斗2 M衛星シリーズ

 北斗2で「M」の付く衛星は中高度軌道(MEO)を周回していることを示している。高度約20,000km、軌道傾斜角55.26度の地球周回中高度軌道に打ち上げられる。軌道面は3つあり、最終的には各軌道面に8機ずつ、計24機が配備される予定である。BDSの第3段階は、MEO衛星によって全球をカバーする全球航行測位衛星システム(GNSS)の中国版である。2020年頃までに30機の北斗2衛星により完成させる計画だ。

衛星航行測位システム関連の組織

 中国衛星導航系統管理弁公室(CSNO)は、航行測位利用に関連する省庁が共同で設置した合同事務所である。主任は冉承其(Ran Chengqi)氏で、2011年に中国第二代衛星導航系统専項管理弁公室から改組された。北斗システムの構築、衛星管制、利用促進及び産業化に関する管理を担っている。例えば農業部とは、漁業における安全救助のため全漁船に北斗受信機を設置する協議を行った。CSNOは2012年12月に北斗2の正式運用開始と、BDSの第2段階の達成を発表した。

logo

BDSのロゴマーク

 国務院に属する交通運輸部は、空陸海の交通機関の監督を行っており、北斗衛星による輸送の安全確保や品質向上を推進している。特に重点運輸手段の管制業務について、人民解放軍総装備部と共同でプロジェクトを実施している[4]。また、船舶の航行関連では、CNSOとともに国際海事機関(IMO)において北斗衛星を全世界無線航行システム(WWRNS)に追加することを提案し、海上安全委員会会議に代表団を派遣している。

 航行測位の研究開発を主導する企業として、中国航天科技集団公司(CASC)傘下の中国四維測絵技術有限公司(China Survey)[5]がある。元来、国家測絵局が1992年に創設した組織であるが、国有企業化され、中国衛通(China Satcom)の子会社を経て2011年にCASC傘下の事業単位となった。

北斗航行測位衛星のサービス

 第2世代北斗航行測位衛星によるサービスとしては、測位サービス(Positioning)、ナビゲーション(Navigation)、タイミングサービス(Timing=時刻認証など)、ショートメッセージ通信サービスなどがある。

 これらのサービスの用途は、都市の安全管理、災害緊急支援、公共交通運行管理、危険物輸送監視などである。BDSを利用するためには測位信号受信機が必要となり、中国はユーザ端末の開発に力を入れている。CSNOは2012年12月に、受信機の製造に必要な情報を示したインターフェース制御文書(ICD)を公開した[6]

受信機メーカーの一例として、中国航天科技集団公司(CASC)が発行している月刊誌「中国航天」には、「北京華力創通科技公司」の広告で北斗用のチップや受信機などの製品が紹介されている。北斗2だけでなく米国のGPS、ロシアのGLONASSの信号も取り込めることが特徴である。

 また、カーナビで用いられる地理データや経路解析ソフトなどを組み合わせたユーザ・アプリケーション・システムの開発・普及にも力を入れている。

 中国国内で開発された製品は、北斗航行測位システムを利用できるアジア・太平洋諸国にも販売されることになろう。その市場規模は4000億元という試算もある。

北斗航行測位衛星の測位精度

 第2世代北斗航行測位衛星システムの測位精度は、地域測位システムが完成した時点では、北京など重要地区で水平方向10m・高さ10m、その他の大部分の地区では水平20m・高さ20mである。また、速度精度は0.2m/秒以上である。タイミング精度は受動式の場合50ns(ナノ秒=1秒の10億分の1の単位)、サービス地域は東経55度から東経180度までである。今後、中高度周回衛星が増加し、全球測位システムが整備されるにつれ、最終目標となる水平方向5m、高さ8mの測位精度に近づくとみられる。

世界の航行測位衛星との比較

 実用の航行測位衛星は、米国が軍事目的を第一として最も先行しており、民事目的にも信号利用を開放することでカーナビやタイミング認証などの民生用サービスが普及してきた。ロシアの全球測位システム(GLONASS)は2011年にようやく全体システムの完成に至ったが、実利用はまだ遅れている。欧州は2012年にガリレオ衛星をギアナ射場からソユーズロケットで4機打ち上げ、地上での各種試験に利用できる段階に入っている。日本はまだ準天頂衛星1機だけで、今後4機か7機の体制が整うまでにはまだ時間がかかりそうである。インドも地域測位衛星(IRNSS)を2013年から打上げ開始する計画である。

図表6-2 各国の航行測位衛星打上げ状況(2012年12月末まで)
出典:各種資料を基に辻野作成

 

米国

欧州

ロシア

日本

中国

インド

航行測位衛星累積打上げ数

109

6

272

1

20

0

システムの必要衛星数(GNSS)

24

30

24

なし

24

なし

同(RNSS)

なし

なし

なし

4~7

6

7

実働衛星数

32

4-6

24

1

12-13

0

 航行測位衛星の応用は各国とも産業の育成に役立つとみて力を入れている。これまでは米国のGPSを活用できれば十分であったが、ロシア・欧州・中国の全球測位衛星が相互運用性(Interoperability)を持つようになると、それらの衛星を統合的に活用できる装置をいかに早く、安く、ユーザに提供できるかが測位・地理情報産業興亡の分かれ目ともなりかねない。陳芳允の「双星定位」提案以来20年を経過した今、中国が戦略的に構築してきた北斗航行測位システムがどのような実績をあげていくか注視していきたい。

以上


[1]「宇宙航空研究開発機構特別資料 世界の宇宙技術力比較と中国の宇宙開発の現状について」(JST中国総合研究センター作成の「中国の科学技術力(ビッグプロジェクト編)」からの抜粋)2010年2月 http://repository.tksc.jaxa.jp/dr/prc/japan/contents/AA0064502000/64502000.pdf

[2]http://www.beidou.gov.cn/2012/12/27/20121227db0e01c98b044232875e2f85cf5bb2a3.html

[3]公開的"北斗"導航衛星秘密(2011年1月12日)http://news.xinhuanet.com/mil/2011-01/12/c_12971116.htm

[4] http://www.gov.cn/gzdt/2013-01/15/content_2312394.htm

[5] http://en.chinasiwei.com/newEbiz1/EbizPortalFG/portal/html/main.html

[6] BeiDou Navigation Satellite System-Signal In Space-Interface Control Document  http://www.beidou.gov.cn/attach/2011/12/27/201112273f3be6124f7d4c7bac428a36cc1d1363.pdf