中国の宇宙開発事情(その7)APSCO
辻野 照久(科学技術振興機構研究開発戦略センター 特任フェロー) 2013年2月14日
中国主導の国際宇宙協力機構
APSCOとは中国が主導する「アジア太平洋宇宙協力機構」(Asia-Pacific Space Cooperation Organization) [1] の略称である。機構設立の手続きとして、設置根拠となる「アジア太平洋宇宙協力機構条約」 [2] を各国政府に提示し、アジア太平洋地域で批准国が5カ国以上に達した時点で、国際連合憲章に基づき国連事務局に登録を行った。
条約文書によれば、APSCOはアジア太平洋地域及びその周辺の国からなる政府間の国際組織で、加盟国間の宇宙科学・宇宙技術及びその応用領域の多角的な協力を推進し、各加盟国の宇宙能力を向上させ、各 国の持続可能な発展を促進することを目指している。
APSCOには2012年末現在、バングラデシュ・中国・イラン・モンゴル・パキスタン・ペルー・タイ・トルコの8カ国が正式加盟している。インドネシアは現在のところまだ批准手続を完了していないが、2 012年にAPSCOの第4回シンポジウムを主催するなど加盟国並みの活動を行っている。また、ウクライナとブラジルの2カ国はアジア太平洋地域の国ではないため、準 加盟国としてAPSCOのプロジェクトに専門家を参加させている。
図 中国切手のタブに描かれたAPSCOのロゴマーク
成立までの経緯
APSCO設立のきっかけは、国際宇宙年の1992年11月に北京で開催された「アジア太平洋宇宙技術応用多国間協力会議」(AP-MCSTA) [3] において、中国・パキスタン及びタイが機構の設立を提案し、16のアジア太平洋地域諸国の同意を得たことから始まる。それ以来、国家航天局(CNSA)外事司長(国際局長に相当)の張偉(ZHANG Wei)氏が中心となって、APSCOの成立に向けた活動を推進してきた。2008年12月、アジア太平洋地域で初の宇宙協力機構となるAPSCOが正式に成立し、本部事務所は北京に設置された。機 構の運営方法やプロジェクト実施方法などは欧州宇宙機関(ESA)をモデルにしており、自ら「アジア版ESA」と称している。
2009年7月、APSCOと中国政府は「ホスト国協議」に署名し、事務局職員や事務所設備及び資金が2009年末に予定通り措置された。APSCOの要職である理事長や副理事長のポストは、加 盟各国が輪番制で担当している。張偉氏はAPSCO運営の要となる事務局長を務めている。各加盟国は毎年APSCO分担金を納入するとともに、自国から職員を派遣している。また、中 国人職員が各部局で日常活動を行っている。本部の建物は北京市の西南四環の一画に新たに建設され、2009年12月に落成した [4] 。
APSCOにおける中国の立場
中国は国内総生産(GDP)で世界2位の経済力を背景に、米ロの間に割って入る勢いのある宇宙先進国であり、宇宙産業の実力も伴っている。他の加盟国はまだ成熟した宇宙技術を持ち合わせておらず、中 国がAPSCOのホスト国としてさまざまな活動を主導する役割を担うことは当然と思われる。中国指導部もAPSCOの活動を重視すると表明し、中国科学院(CAS)や国家減災センター、中国気象局、国 家地震局などの政府機関もAPSCOと連携する姿勢を示すなど、国をあげてAPSCO運営に力を入れていることを加盟国にアピールしているように思われる。
APSCOのプロジェクト
APSCOの重要な活動として、加盟国が共通の目標を持って参加するプロジェクトがいくつか実施されている。APSCOの活動は、加盟国が共同参加する基本プロジェクトと、興 味を持つ加盟国だけが参加する任意選択プロジェクトがある。ESAの必須プログラム(宇宙科学及び一般管理費)と任意プログラム(宇宙輸送・有人宇宙飛行・地球観測・衛星通信・航行測位など)の 区分を真似ているように思われる。表7-1に主なプロジェクトの概要を示す。
張事務局長は、月刊誌のインタビューへの回答で [5] 「加盟国はAPSCOの活動の効果が迅速に出ることを希望しており、2年程度の短期間で成果をあげられなければAPSCOの運営は困難に直面し、甚だしい場合はAPSCO解体の危機に至る恐れもある」と 述べている。なお、APSCO自体は管理機構であり、直接プロジェクト活動を行うわけではない。資金や人材を集め、要望をとりまとめ、フィージビリティスタディを行う。そ の後のプロジェクト実施は公開調達などを通じて各国で進めるものとしている。
APSCOは国際宇宙機関間宇宙デブリ調整委員会(IADC)に参加している。主要プロジェクトの一つである宇宙光学目標地上観測ネットワーク(APOSOS) [6] は国際的に関心の高まっている宇宙状況認識(SSA) [7] の一環となる具体的な活動計画である
出典 APSCOウェブサイトの情報などを基に辻野作成 | ||
プロジェクト名 |
プロジェクトの目的、内容等 |
実施状況 |
データ共有プラットフォーム
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地球観測に関する宇宙応用研究の共同施設を整備するプロジェクト。中国資源衛星応用センター(CRESDA)がDSSPの実施作業を担当。 |
2011年、タイにデータ受信センターを設置。 |
宇宙光学目標地上観測ネットワーク
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宇宙物体観測ネットワークの中心となるセンターを建設し、各国がそれぞれの国に観測所を設置する計画。トルコと中国が共同で主導し、全加盟国が参加。 |
2008年トルコにてFS開始。 |
高分解能地球観測衛星(APRS) [9] |
農業・森林・災害監視、鉱物探査などを目的とするAPSCO独自の地球観測衛星開発計画。 |
2011年中国にてアドホック委員会開催 |
複合型測位端末 [10] |
米国GPS・ロシアGLONASS・欧州Galileo・中国Compassの測位信号を1台の端末で同時に受信できる「導航兼容終端」を開発するプロジェクト。 |
2010年中国にてFS開始 |
降雨減衰の影響 |
タイが主導する大気効果の研究プロジェクト。中国の環境1A衛星にKaバンドの通信機器を搭載し、降雨減衰の影響の調査を行った。 |
2008年、環境1AにKaバンド通信機器を搭載 |
静止通信衛星
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加盟国の衛星通信に対する要求定義を行う。2012年10月に、加盟国の専門家グループの会議がインドネシアで開催された。 |
イランとモンゴルが第3回理事会で提案 |
小型学生衛星
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衛星エンジニアリングに関する実践的訓練を通して、APSCO加盟各国の大学生が衛星フライトモデル(FM)の製作が可能となることを目的としている。 |
2011年第1回会議を開催。7カ国から21人の教授が参加。 |
地震電磁波観測小型衛星 |
中国が2014年に打上げを予定している地震電磁波観測小型衛星に搭載するペイロード及び応用プロジェクトに機器開発・データ受信で参加。 |
2012年理事会にて承認 |
イベント開催・参加など
APSCOは2009年以来毎年加盟国持ち回りのシンポジウムを開催している。アジア太平洋地域の諸国が参加する宇宙協力の場として、アジア太平洋地域宇宙機関フォーラム(APRSAF)がある。A PSCOは2011年にメルボルンで開催された第17回APRSAFにおいて、組織の概要や活動内容を紹介する講演を行った。また、APSCOは2011年と2012年の国際宇宙会議(IAC)に おいて展示を行った。
これらのイベント開催及び参加の概況を時系列的に表7-2に示す。
出典 各種資料を基に辻野作成 | ||||
イベント名 |
年月 |
場所 |
テーマ・参加形態 |
主催 |
第1回APSCOシンポジウム |
2009年7月 |
パタヤ(タイ) |
国際協力と宇宙技術の応用 |
タイ情報通信技術省共催 |
第2回APSCOシンポジウム [13] |
2010年9月 |
カラチ
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食糧安全と宇宙観測の農業への活用 |
SUPARCO
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第17回
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2010年11月 |
メルボルン
|
講演 |
APRSAF |
第3回APSCOシンポジウム |
2011年9月 |
北京 |
宇宙技術を応用した地震観測と早期警戒 |
中国工業情報化部共催 |
第62回国際宇宙会議(IAC) |
2011年10月 |
ケープタウン
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展示 |
国際宇宙連盟(IAF) |
第4回APSCOシンポジウム [14] |
2012年11月 |
ジョグジャカルタ(インドネシア) |
衛星通信とその応用 |
LAPAN共催 |
第63回国際宇宙会議(IAC) |
2012年10月 |
ナポリ(イタリア) |
展示 |
国際宇宙連盟(IAF) |
2010年の第2回シンポジウムについて、張偉氏のインタビュー回答によれば、当時パキスタンでは洪水発生直後であり、パキスタン農業大臣とパキスタン高層大気研究委員会(SUPARCO)は 衛星リモセン技術で農作物の生長を観測することと、洪水の減災及び警戒領域の応用の展開への希望を表明した5とのことである。
国連の宇宙活動への参加
国連との交流はAPSCO条約に規定された活動である。APSCOは国連宇宙空間平和利用委員会(COPUOS)にオブザーバとして参加している。また、タ イに設置されている国連アジア太平洋経済社会委員会(ESCAP)とも協力関係を持っている。ESCAPは地球観測などの分野でアジア太平洋諸国の宇宙活動を調整しており、A PSCOの活動との関連性が高いと考えられる。
中国は国連災害管理支援プログラム(UN-SPIDER)の北京事務所を誘致した。UN-SPIDERは国際災害チャーターと同様に自然災害発生国に地球観測画像を提供する役割を果たしており、A PSCOは北京事務所における会議などに参加している。
今後加盟国は増えるか?
張偉事務局長は、未加入国との接触状況について、「今後APSCOは加盟国を積極的に増やそうとしており、毎年1~2カ国ずつ増加させることを目標として、タジキスタン・カザフスタン・ラオス・マ レーシア・チリ・サウジアラビア・バーレーンなどと一定の連携あるいは交流を保っている。カザフスタンなど中央アジアの国は上海協力機構(SCO)の加盟国でもある。ラ オスとマレーシアはかつて書面でAPSCOに参加する希望を表明したことがある」と述べている5。
欧州宇宙機関(ESA)が近年東欧諸国を毎年1カ国ずつ加盟国として承認しているのと類似の拡大方針であるが、現時点ではAPSCOに新たな加盟国が加わるという情報は得られていない。イ ンドネシアの批准手続が遅れており、まだ正式に加盟国になっていないために、様子見をしている国もあるかもしれない。アジア太平洋地域以外の国も、A PSCOの成果によっては準加盟国として参加を希望してくる可能性がある。
[1] 中国語では亜太空間合作組織。APSCOのホームページは http://www.apsco.int/
[2] アジア太平洋宇宙協力機構条約(青木節子・慶應義塾大学総合政策学部教授による翻訳) http://stage.tksc.jaxa.jp/spacelaw/country/apsco/apsco.doc
[3] Asia-Pacific Workshop on Multilateral Cooperation in Space Technology and Applications
[4] MIIT News APSCO本部を北京ABP(総部基地、Advanced Business Park)に開設 http://www.miit.gov.cn/n11293472/n11293832/n11293907/n11368223/12895151.html
[5] 亜太空間合作組織:機遇和挑戦併存-訪亜太空間合作組織秘書長張偉(APSCOのチャンスとチャレンジ・張偉APSCO事務局長インタビュー)、k k g g 「中国航天」(航天信息中心)2011年第10期、pp.6-9
[6] http://www.apsco.int/program.asp?LinkNameW1=APOSOS&LinkCodeN=83
[7] 宇宙からの災害リスクを低減する宇宙状況認識、「科学技術動向」(科学技術政策研究所)2012年5-6月号、p p.36-46 http://www.nistep.go.jp/achiev/ftx/jpn/stfc/stt129j/report3.pdf
[8] http://www.apsco.int/program.asp?LinkNameW1=DSSP&LinkCodeN=82
[9] http://www.apsco.int/program.asp?LinkNameW1=APRS&LinkCodeN=84
[10] 複数システム対応測位端末
[11] http://www.apsco.int/program.asp?LinkNameW1=ACSAT&LinkCodeN=87
[12] http://www.apsco.int/NewsOne.asp?ID=12
[14] http://www.apsco.int/NewsOne.asp?ID=242