第78号
トップ  > 科学技術トピック>  第78号 >  中国の宇宙開発事情(その8)地球近傍環境観測衛星

中国の宇宙開発事情(その8)地球近傍環境観測衛星

辻野 照久(科学技術振興機構研究開発戦略センター 特任フェロー)  2013年 3月11日

 科学技術振興機構(JST)が2009年にとりまとめた「中国の宇宙開発の現状」[1]では、中国の宇宙科学衛星は「双星」2機と「実践」2機の計4機であると述べた。その後2011年に行った「世界の宇宙技術力比較調査」でも、その4機だけが地球近傍環境観測衛星に該当するものとして比較評価を行った。

 今回改めて中国における「地球近傍環境観測」ミッションの実施状況を調査したところ、これまでは技術試験衛星(例えば新型ロケットの性能を評価するための衛星)と見なしてきた衛星の中に、実は宇宙環境計測を行っていると判明したものがいくつか出てきた。それを集計すると、中国の地球近傍環境観測衛星は14機となった。以下、中国の「地球近傍環境観測衛星」について、ミッションの詳細を紹介する。 

双星計画

 「双星」(Double Star)は中国国家航天局(CNSA)と欧州宇宙機関(ESA)の共同の磁気圏探査計画に基づき、ESAの4機の宇宙科学衛星(Cluster FM5~同FM8)[2]とともに地球磁気圏を立体的に探査することを目的として、2機が打ち上げられた。

 1号機は太陽面に近い長楕円軌道(高度555km×78,000km、軌道傾斜角28.5度)、2号機は長楕円の極軌道(高度770km×39,000km、軌道傾斜角90度)で、中国の切手に衛星の形状と軌道が描かれている(下図)。

図

図 切手に描かれた「双星」。左が双星2号、右が双星1号

 「双星」の衛星バスと一部の搭載機器や打上げロケットは中国が製造し、ESAは「Cluster」衛星と同じものを含む8種類の計測装置を提供した。やや専門的になるが、表8-1に搭載機器の名称を示す。 

表8-1 双星の搭載機器
出典:2004年1月1日及び7月25日付ESAプレスリリース(辻野仮訳) 。

観測機器

★印は2機とも搭載
☆は双星1のみ
△は双星2のみ

★フラックスゲート型磁力計(FGM=Fluxgate Magnetometer)
★プラズマ電子・電流実験(PEACE=Plasma Electron and Current Experiment)
★高エネルギー電子検出器(HEED =High Energy Electron Detector)
★高エネルギー陽子検出器(HEPD =High Energy Proton Detector)
★重イオン検出器(HID=Heavy Ion detector)
☆能動型衛星電位制御器(ASPOC=Active Spacecraft Potential Control)
☆熱イオン分析器(HIA=Hot Ion Analyzer)
☆時空磁場変動分析器(STAFF=Part of  Spatio-Temporal Analysis of Field Fluctuations)及びデジタルウエーブプロセッサ(DWP)

△中性原子イメージャ(NUADU =Neutral Atom Detection Unit)
△低エネルギーイオン検出器(LEID=Low Energy Ion Detector)
△低周波電磁波検出器(LFEW =Low Frequency Electromagnetic Wave Detector)

 「双星」は地球圏の磁場観測衛星で、地球周辺環境で発生する磁気嵐や高エネルギー粒子など衛星の運用に障害を引き起こすとされる地磁気に関するデータを収集している。運用開始直後の2004年12月に、地球から5万光年離れたマグネター(magnetar=超強磁場を持つ中性子星)「SGR 1806-20」において「星震」(恒星上で起きる地震)による巨大フレアが発生した際には、「双星」及び「Cluster」はセンサの感度が低いことが幸いして、他の天文観測衛星よりも詳細な観測を行うことができたという。

地球近傍環境観測を行った「実践」衛星

 中国空間技術研究院(CAST)は技術試験衛星として、「実践」(SJ=Shijian)と名付けた衛星を多数打ち上げた。その中には、地球近傍環境観測を目的とした衛星がいくつかある。表8-2に該当する「実践」衛星の一覧表を示す。

表8-2 地球近傍環境観測を行った「実践」(SJ)衛星
http://www.esa.int/esaSC/SEM0M5374OD_0_spk.html
衛星名 衛星数 打上げ年 ロケット 射場 軌道
SJ-1 1 1971 長征1 酒泉 LEO
SJ-2 1 1981 風暴1 酒泉 LEO
SJ-4 1 1994 長征3A 西昌 GTO
SJ-5 1 1999 長征4B 太原 SSO
SJ-6 A-B
(01A、01B)
2 2004 長征4B 太原 SSO
SJ-6 C-D
(02A、02B)
2 2006 長征4B 太原 SSO
SJ-6 E-F
(03A、03B)
2 2008 長征4B 太原 SSO
SJ-6 G-H
(04A、04B)
2 2010 長征4B 太原 SSO

(1)実践1号

 中国の2番目の衛星である実践1号(SJ-1)は、太陽電池技術・熱制御技術・長期間動作性能などの実証を目的とする技術試験衛星であり、多面体の衛星形状は中国最初の衛星である「東方紅1号」とよく似ているが、多様な搭載機器が地上に送ってくるデータにより、その後の実用衛星につながる貴重な経験になったとされている[1]。

 衛星技術試験だけではなく、実は宇宙空間における磁場、X線、宇宙放射線、外熱流などの宇宙環境データを測定する装置も搭載されていた。宇宙環境計測関係の搭載装置は二つあり、一つは「ガイガー-ミューラー(G-M)計数器」(宇宙線に含まれる16.4MeV以上のエネルギーの陽子と0.88MeV以上のエネルギーの電子の通過量を計測する)、もう一つは「X線線量計」(波長1~8×10-2μmの太陽X線を測定するベリリウム窓付きの電離箱)である[2]。「実践1号」は設計寿命1年のところを1971~79年の8年間にわたって運用され、G-M計数器は中国上空1300~1826km及び260~700kmの範囲内で平均して毎秒1個未満の割合で粒子の計数を行った。

(2)実践2号

 「実践2号」は「実践2号甲(A)」・「実践2号乙(B)」とともに風暴ロケット(FB=Fengbao)により同時に打ち上げられた。これを中国語で「一箭三星」という。「一箭」は「一枚運載火箭(火箭はロケット)」の略、「三星」は「三顆衛星」の略である。中国ではロケットを1枚、2枚と数え、衛星を1顆(つぶ)、2顆と数えるところが面白い。

3種類の衛星は異なった形状をしており、技術試験衛星としての主たる目的は複数衛星の同時打上げ技術の実証であった[3]。このうち、「実践2号」は11種類の計測装置を搭載し、宇宙空間での磁場、陽子(プロトン)、電子、地球大気の赤外輻射と紫外輻射、太陽の紫外輻射、太陽X線、中性大気密度などの宇宙環境データを計測し、その後の実用衛星の打上げに役立てられた。なお、他の2機も大気密度観測など地球圏科学ミッションが含まれるようであるが、衛星の形状や搭載機器などの詳細は不明である。

(3)実践4号

 「実践4号」は西昌(四川省)から打ち上げられた唯一の「実践」シリーズの衛星であり、通信衛星「東方紅3型」(衛星バスの名称でもある)のモックアップとともに静止トランスファ軌道(GTO)に投入された。当初は遠地点高度が約36,000km(静止軌道の高度とほぼ同じ)であったが、近地点付近で地球の大気の抵抗を受けて遠地点高度が徐々に低くなる。打上げから20年近く経過した現在では、約5.5時間で近地点高度約200kmから遠地点高度約19,000kmまでを周回している[4]。

 このような軌道は地球近傍の放射線帯や地球磁場を計測するのに都合がよい。「実践4号」は高度200kmから36000kmの範囲で主に帯電粒子の計測を行った。このような実績があることが、欧州から「Cluster」と連携する「双星」計画のパートナーと見込まれた背景にあると思われる。

(4)実践5号

 「実践5号」は小型地球観測衛星の衛星バスを試験したものである。「風雲1C」(FY1C=Fengyun1C)と同時に極軌道に打ち上げられ、流体科学実験も行って微小重力研究にも役立った。さらに、地球近傍環境計測のミッションとして宇宙空間でのシングルイベントを計測し、衛星の耐放射線設計において重要なデータを提供した。

(5)実践6号

 「実践6号」は放射線などの宇宙環境計測を継続的に行うことを目的とし、これまでに2004年から2年おきに2機ずつ4回、同時打上げが行われ、計8機が極軌道を周回している。衛星の寿命は約2年で、既に4回目の打上げから2年以上経過しているので、2013年中にも5組目の「実践6号I、J(05A、05B)」が打ち上げられるかもしれない。連番に0を付けているところから10回以上は継続される可能性がある。

 なお、実践衛星のミッションは地球近傍環境観測以外に天文観測技術試験(実践7号)、宇宙育種(実践8号)、地球観測技術試験(実践9号)、早期警戒技術試験(実践11号)、ランデブー・ドッキング技術試験(実践12号)などがあり、別の機会に紹介することとしたい。


[1] 「宇宙航空研究開発機構特別資料 世界の宇宙技術力比較と中国の宇宙開発の現状について」(JST中国総合研究センター作成の「中国の科学技術力(ビッグプロジェクト編)」からの抜粋)2010年2月 http://repository.tksc.jaxa.jp/dr/prc/japan/contents/AA0064502000/64502000.pdf

[2] 4機の衛星にはラテン音楽のリズムにちなんだ愛称が付けられており、FM5=ルンバ、FM6=サンバ、FM7=サルサ、FM8=タンゴである。

[3] http://www.esa.int/esaSC/SEM0M5374OD_0_spk.html

[4]中国国家航天局ウェブサイトより「実践1号衛星」(SJ-1) http://www.cnsa.gov.cn/n615708/n620172/n620658/n751395/152735.html

[5] 槙野文命「日本と中国の宇宙観測」(中国科学技術月報2008年9月) http://spc.jst.go.jp/report/200809/toku_maki.html

[6] 中国国家航天局ウェブサイトより「実践2号衛星」(SJ-2) http://www.cnsa.gov.cn/n615708/n620172/n620658/n751395/152734.html

[7] SJ-4の軌道 http://www.n2yo.com/satellite/?s=22996