第78号
トップ  > 科学技術トピック>  第78号 >  中国の宇宙開発事情(その9)大学等の小型衛星

中国の宇宙開発事情(その9)大学等の小型衛星

辻野 照久(科学技術振興機構研究開発戦略センター 特任フェロー)  2013年 3月21日

 科学技術振興機構(JST)が2009年にとりまとめた「中国の宇宙開発の現状」[1]では、大学における小型衛星開発等について簡単に触れた。中国では、大学・中国科学院・中国宇航学会・宇宙企業に属する研究機関なども独自の小型衛星(中国の区分では重量1,000kg以下のミニ衛星、マイクロ衛星、ナノ衛星を含む)を開発している。今回はそれらの衛星を紹介する。

大学の小型衛星

 世界各国の大学では、理工学教育の一環として学生による衛星製作が盛んに行われている。我が国でも1993年から大学生を対象とする衛星設計コンテスト[2]が毎年開催されており、一部の大学による机上設計・模型製作に留まっていた時代から、多くの大学や高専の学生が実機を製作して打上げ・運用を実施する時代になってきている。

 中国でも学生衛星への関心は高い。教育部(MOE)に属する大学が開発した小型衛星として、清華大学(北京市)の「清華1号」(Qinghua-1またはTsinghua-1)と浙江大学(江蘇省)の「浙大皮星」(Zheda Pixing)がある。

 「清華1号」は清華大学の微小衛星工程中心(現宇航技術研究中心)と英国サリー大学が共同で開発した重量70kgの小型衛星である。「浙大皮星」の「皮」(ピコ=pico)は10のマイナス12乗(一兆分の一)を表す単位で、「納(ナノ=nano)」の千分の一、「微」(マイクロ)の百万分の一である。

 立方体において、一辺の大きさが十分の一になると体積は千分の一になる。マイクロ衛星は一辺50cmの立方体で50kg以下[3]、ナノ衛星は一辺10cmの立方体で1kg[4]が基準である。一辺1cm程度であればピコ衛星といえるが、一辺10cmの「浙大皮星」はナノ衛星相当の大きさであり、名前だけ先行しているように思われる。

工業・情報化部(MIIT)の直属大学が開発した衛星として、南京航空航天大学の「天巡1号」(Tianxun-I)がある。「天巡1号」は小型カメラを搭載しており、地球観測衛星の小型化技術を試験する衛星である。

人民解放軍に属する国防科技大学の「天拓1号(Tiantuo-1)」は、船舶の航海の安全のために利用される自動船舶識別システム(AIS = Automatic Identification System)の情報(船名・行先・現在位置・速度など)を周回軌道上で受信し、陸上基地に伝達することを目的としている。

 AIS信号を収集する衛星は、米国・カナダ・ノルウェーなどが打ち上げており、AIS情報が航海の安全確保や運航管理などに役立つことから、衛星で収集したデータを有償で提供するサービスがビジネスとして成り立っている。我が国でも海上保安庁などがAIS受信実験を行うため、2012年5月に打ち上げられた宇宙航空研究開発機構(JAXA)の技術試験衛星「SDS-4」にはAIS受信機が搭載されている[5]。

中国の大学において製作された小型衛星の打上げ年、ミッション、打上げロケット、射場などのデータを図表9-1に示す。

図表9-1 中国の大学の小型衛星
出典:各種資料を基に辻野作成
衛星名 衛星数 打上げ年 ミッション 開発機関 重量 ロケット 射場 軌道
清華1 1 2000 地球観測技術 清華大学宇航中心 49kg コスモス3M プレセツク SSO
浙大皮星
(ZDPS)

2007
2010
超小型衛星技術 浙江大学 2.5kg
3.5kg
長征2D 酒泉 SSO
天巡(TX)1 1 2011 地球観測技術 南京航空航天大学 58kg 長征4B 太原 SSO
天拓(TT)1 1 2012 AIS受信実験 国防科技大学 9kg

長征4B

太原 SSO

中国科学院他の共同プロジェクトによる小型衛星

 中国科学院(CAS)が他の機関(上海航天技術研究院及び上海市電信有限公司=現中国電信股份有限公司上海分公司)と共同で開発した小型衛星「創新」(Chuangxin)は3機ある。「創新」とは中国語で「イノベーション」を意味する。CASの衛星は通信技術の実証を目的とし、同じシリーズの「創新1-04号」は2013年に打ち上げられる可能性がある。「創新」衛星の打上げ記録を図表9-2に示す。

図表9-2 中国科学院の「創新」衛星
出典:各種資料を基に辻野作成
衛星名 衛星数 打上げ年 ミッション 重量 ロケット 射場 軌道
創新(CX)1-01 1 2003 通信技術実証 88kg 長征4B 太原 SSO
創新1-02 1 2008 通信技術実証 88kg 長征2D 酒泉 SSO
創新1-03 1 2011 通信技術実証 88kg 長征2D 酒泉 SSO

中国宇航学会(CSA)の小型衛星

 中国宇航学会は2009年12月、青少年に対する科学知識普及を目的とした「希望(Xiwamg)1号」(XW-1)を打ち上げた。中国としてこの種のミッションは初という[6]が、もともとこの衛星のミッションはアマチュア無線(HAM)の中継であり、世界的にはAMSAT、OSCARや日本の「ふじ」(JAS)など多数のアマチュア無線衛星が打ち上げられている。中国宇航学会は学術団体であるが、組織的には国有企業である中国航天科技集団公司(CASC)に属している。

 余談だが、この衛星は以前、CAS(Chinese Amateur radio Satellite)-1と呼ばれていた。そのため中国科学院(CAS)の衛星と勘違いした専門家もいるようである。アマチュア無線はよくHAM(ハム)と言う。中国ではアマチュア無線家のことを「火腿」(中国語でハムのこと)と呼ぶこともある。なお、HAMはHyman―Almay―Murrayの3人の名前の頭文字をつないだものである。「希望」衛星の打上げ記録を図表9-3に示す。

図表9-3 中国宇航学会の「希望」衛星
出典:各種資料を基に辻野作成
衛星名 衛星数 打上げ年 ミッション 重量 ロケット 射場 軌道
希望(XW)1 1 2009 青少年に対する科学技術知識普及(アマチュア無線) 60kg 長征4C 太原 SSO

中国空間技術研究院(CAST)の小型衛星

 中国空間技術研究院(CAST)は1970年に打上げられた中国初の衛星「東方紅1号」以来、実践衛星・回収式衛星などと並んで、「試験(Shiyan)」など小型の技術試験衛星を打ち上げている。衛星数としては8機ある。

 「納星(Naxing)」は重量的にマイクロ衛星に近く、浙大皮星と同様に名前が先行している。

 「伴飛小衛星(Banfei Xiaoweixing)」は「神舟7号」から放出され、「神舟7号」の周りを巡って写真撮影を行った。

 「新験(Xinyan)」は「新技術験証」の略で、文字通り新技術を試験し検証する衛星であるが、機能の詳細は不明である。CASC傘下の深圳航天東方紅海特衛星有限公司(ADDChina)が開発した。

 「試験3号」と「試験4号」はそれぞれ「創新1-02号」と「創新1-03号」と相乗りで打ち上げられた。試験衛星はシリーズとして継続しており、2013年には「試験5号」が「創新1-04号」とともに打ち上げられる可能性がある。

 CASTの小型衛星の打上げ記録を図表9-4に示す。

図表9-4 中国空間技術研究院の小型衛星
出典:各種資料を基に辻野作成
衛星名 衛星数 打上げ年 ミッション 重量 ロケット 射場 軌道
東方紅(DFH)1号 1 1970 打上げ技術実証 173kg 長征1 酒泉 LEO
試験(SY)1 1 2004 地球観測技術実証 204kg 長征2C 西昌 SSO
納星(NX)1 1 新技術実証 25kg
試験2 1 2004 地球観測技術実証 204kg 長征2C 西昌 SSO
伴飛小衛星(BX) 1 2008 神舟7号撮影 40kg 長征2F 酒泉 LEO
試験3 1 2008 地球観測技術実証 204kg 長征2D 酒泉 SSO
試験4 1 2011 地球観測技術実証 204kg 長征2D 酒泉 SSO
新験(XY) 1 2012 新技術実証 140kg 長征2C 太原 SSO

上海航天技術研究院(SAST)の小型衛星

 上海航天技術研究院(SAST)は複数の衛星のフォーメーションフライト(編隊飛行)の技術試験を行うため、2012年に2機の「蜂鳥(Fengniao)」を同時に打ち上げた[7]。

 上海航天技術研究院の小型衛星の打上げ記録を図表9-5に示す。

図表9-5 上海航天技術研究院の小型衛星
出典:各種資料を基に辻野作成
衛星名 衛星数 打上げ年 ミッション 重量 ロケット 射場 軌道
蜂鳥(FN)1 1 2012 編隊飛行技術実証 160kg 長征2C 太原 SSO
蜂鳥1A 1 30kg

中国運載火箭技術研究院(CALT)が製造した小型衛星

 中国運載火箭技術研究院(CALT)は打上げロケットに関する技術研究を行う組織であるが、米国モトローラ社の低軌道周回通信衛星「イリジウム(IRIDIUM)」の打上げ試験用のダミー衛星を製作した。「ビッグLEO」とも呼ばれる66機のイリジウム衛星群の大部分はロシアのプロトンロケットにより5機ずつ打ち上げられたが、各軌道面に7機ずつ配置するには2機ずつ追加する必要があり、その経費をできるだけ節減するために中国の打上げサービスが選定された。

 6機の長征2Cロケットによる12機(1回に2機ずつ)の「イリジウム」衛星打上げに先立って、ダミー衛星により2機同時打上げの技術実証を行ったものである。本稿では、このダミー衛星の保有国は中国であると見なした。CALTでの製造に必要な経費はモトローラ社が負担したとしても、同社はダミー衛星自体は必要ないので、打上げサービスを行う中国の責任の下に打ち上げられたと考えられる。

 中国運載火箭技術研究院の小型衛星の打上げ記録を図表9-6に示す。

図表9-6 中国運載火箭技術研究院の小型衛星
出典:各種資料を基に辻野作成
衛星名 衛星数 打上げ年 ミッション

重量

ロケット 射場 軌道
IRIDIUM
MFS 1, 2
2 1997 打上げ技術実証 700kg 長征2C/SM 太原 SSO

[1] 「宇宙航空研究開発機構特別資料 世界の宇宙技術力比較と中国の宇宙開発の現状について」(JST中国総合研究センター作成の「中国の科学技術力(ビッグプロジェクト編)」からの抜粋)2010年2月 http://repository.tksc.jaxa.jp/dr/prc/japan/contents/AA0064502000/64502000.pdf

[2] 衛星設計コンテストのホームページ http://www.satcon.jp/

[3] 衛星設計コンテストの「設計の部」における制限値。募集要項7.1参照。http://www.satcon.jp/contest/doc/boshu.pdf

[4] キューブサットの1ユニット(1U)のサイズ・重量。1Uを基本に2U・3Uなどのキューブサットが続々と打ち上げられている。

[5] 洋上の広域船舶情報収集のための小型衛星を打上げ、「科学技術動向」(文部科学省科学技術政策研究所)2012年7・8月号、8頁 http://data.nistep.go.jp/dspace/bitstream/11035/1149/16/NISTEP-STT130J.pdf

[6]中国宇航学会ウェブサイト「中国首顆青少年科普衛星"希望一号"発射成功」 http://www.csaspace.org.cn/CMS/Science/ArticleShow.asp?ArticleID=807

[7] 蜂鳥(Gunterのサイト) http://space.skyrocket.de/doc_sdat/fn-1.htm