中国の宇宙開発事情(その13)ボリビア通信衛星の輸出
辻野 照久(科学技術振興機構研究開発戦略センター 特任フェロー) 2013年12月16日
中国の宇宙開発事情(その4)では中国の衛星通信の状況や「東方紅4型」衛星バスの技術などを紹介した。その中で、今後の外国向け衛星として2013年にボリビアの通信衛星「トゥパク・カタリ[1](Tupac Katari)」を打ち上げる予定であることも紹介した。2013年も残り11日となった12月20日(世界標準時、現地では21日早朝)、「有言実行の国」中国は、同衛星を西昌衛星発射センター(XSLC)から長征3B/G2型[2]打上げロケットにより静止トランスファ軌道(GTO)に投入し、2013年の最終となる15回目(うち1回は打上げ失敗)の打上げに成功して本年の有終の美を飾った。今回は、中国が外国に対して通信衛星を輸出することにまつわる諸事情を紹介する。
ボリビア通信衛星の計画段階
そもそもボリビアは何のために独自の通信衛星を保有しようとしたのか? ボリビアは貧困・格差問題を解消し、遠隔教育・遠隔医療など国民の生活の質の向上のために衛星通信を利用しようと考えたのである。
2009年9月13日、国際電気通信連合(ITU)事務局長は、ITUを訪問したボリビアのモラレス大統領と会談し、ボリビアの通信衛星のための周波数帯及び静止軌道スロットについて協議した。ITU無線通信局長は、ボリビアへの支援を表明し、最良の技術ソリューションを提供するため、ボリビア政府、ITU及び産業界が協議することで合意した。同大統領によると、ボリビアが南米の中央に位置することから、インターネットアクセスなどの衛星通信サービスのハブとなることができるとしている。
同年9月21日、モラレス大統領は、ニューヨークの国連総会の場で、中国の胡錦濤国家主席との間で、両国が交通・通信・教育分野などで今後一層協力していくことに合意した。さらに9月24日には、ボリビアの通信衛星プロジェクトが中国の協力により実施されることが発表された。10月26日にはボリビア政府、中国長城工業総公司(CGWIC)及びITUの三者が、「トゥパク・カタリ」の製造及び打上げに関する了解覚書(MOU)を締結した。
この頃の間髪を入れない手際の良い進行を改めて振り返ってみると、ボリビアがITUに申請する前に、中国から衛星開発の提案や申請に関する助言を受けていたものと考えられる。
ボリビア衛星の受注セレモニー
それから約1年が経過し、2010年12月13日、CGWICとボリビア宇宙機関[3](Agencia Boliviana Espacial:ABE)は、ボリビアの静止通信衛星「トゥパク・カタリ」の製造及び打上げに関する合意書を締結した。
2011年8月10日、中国航天科技集団公司(CASC)とボリビアは同衛星の製造に関する協力協定を締結した。同協定への署名式典には、胡錦涛国家主席の招待を受けて中国を公式訪問中のモラレス大統領一行が同席した。さらに、両国政府を代表し、中国国家航天局(CNSA)の国際協力調整委員会常務副主任の胡亜楓(Hu Yafeng)氏[4]とABE代表のIvan Zambrana氏が、宇宙空間の平和利用に関する協力協定、さらに、2011~2015年までの中国・ボリビア宇宙協力大綱に関する協定書に署名した。
衛星と打上げロケットの製造に着手
2010年4月1日、CGWICとABEは、ボリビアの首都ラパスの大統領府において、「トゥパク・カタリ」プロジェクトに関する協力協定を締結した。衛星の製造は中国空間技術研究院(CAST)が東方紅4型(DFH-4)衛星バスを用いて行い、長征3B/G2型ロケットの製造は中国ロケット技術研究院(CALT)が担当する。2013年の打上げと予定された。
同年12月13日、通信衛星1機に加えて地上システムを33か月後に運用開始できるようにボリビアに納入する契約が締結された。衛星には通信トランスポンダ30本を搭載し、設計寿命は15年で、世界最高水準に近い性能を有する。
衛星輸出に関わる金融サービス
2009年の時点で、衛星の製造及び打上げ費用は3億ドルと見積もられていた。中国の国家開発銀行[5]はこのプロジェクトを支援するために必要な金額を融資し、ボリビアは衛星を運用しながら返済していく。打上げ前の損傷や打上げ失敗に備えた保険や打上げ後の軌道上運用時の不具合による損失を補償する保険も中国の保険会社が引き受けたと考えられる。
製造が完了し打上げ準備へ
2013年11月、「トゥパク・カタリ」の出荷前審査において、中国とボリビア双方が、衛星の性能・技術的課題等について協議を行い、衛星の試験結果から、工場出荷に必要な要求事項を満たしていることを確認した。11月12日には射場の西昌衛星発射センター(XSLC)に搬入された。
衛星の軌道上引き渡し
中国がボリビアに通信衛星を輸出するといっても、現物がボリビアの地に渡るわけではない。中国で製造され、射場へ輸送され、ロケットで打ち上げられた衛星は、間もなく静止軌道に投入され、軌道上での各種試験が行われて、最終的に運用可能な状態になった時点でボリビアに引き渡され、契約が完了する。このような方式を「軌道上引き渡し(中国語で在軌交付)」という。引き渡し後は中国から輸入したボリビアの所有物となる。現在のところ、2014年5月に引き渡しが行われる見込みである。
ボリビアの衛星管制施設
「トゥパク・カタリ」をボリビア国内で運用するための施設が2013年に完成し、モラレス大統領が開所式に出席した。この施設はハードウェアは中国製であるが、運用はボリビア人が行うことになる。そのため、CGWIC社の通信衛星部門は、ボリビアの通信衛星の運用準備に携わる宇宙専門家35人に対してトレーニングを行った。衛星運用や宇宙技術に関するトレーニングの提供は、同社が国際顧客と締結する輸出契約の主要な構成要素となっており、ナイジェリアやベネズエラなどの通信衛星打上げに際しても、15年間に亘る運用支援サービスと包括的研修プログラムの提供が含まれていた。
中国における新型衛星バスの開発
中国は2015年にも運用開始が見込まれる長征5型ロケットによる静止衛星打上げに合わせて、衛星バスも現在の5トン級から7トン~9トン級の世界最大となる「東方紅5型」衛星バスを開発中である。欧州では10年以上かけて欧州の2大衛星メーカーであるEADSアストリウム社とターレス・アレニア・スペース(TAS)社が欧州宇宙機関(ESA)の資金により重量で世界最大級の「アルファバス」を開発してきた。その第1号機が2013年7月25日に「アルファサット」として打ち上げられ、ユーザのインマルサット社は「インマルサット 4A F4」と名付けた。この衛星の重量は6.7トンで、それまでの米国製の6トン級の衛星と比べて1トンも増加していない。それに対し中国は一挙に9トンの衛星を製造できる能力を持つことになる。
問題は、このような大型衛星の需要があるかということである。衛星通信企業の中には顧客が伸び悩んでいて増設を躊躇しているところもある。衛星が少ないままでよいのであれば衛星1機を大型化する必要もない。しかし、現実には衛星を多数擁する大手衛星通信企業ほど衛星放送や固定曲間通信の需要が伸びており、限りある静止軌道のスロットは売買の対象にもなっていることから、1機の通信中継能力を高くして衛星数を減らすというソリューションがあり得る。空いたスロットを別の国が使うこともできる。そのような変化が生じることによって、通信衛星分野における欧米衛星メーカーの現有のシェアを、中国が切り崩していくのかどうか、現時点では予断を許さない。
以上
[1] トゥパク・カタリは、スペイン統治政権に反旗を翻したインディオの指導者で、本名はフリアン・アパサ(Julian Apaza、1750年~1781年11月15日)、後にインディオの2人の指導者の名前(トゥパク・アマルとトマス・カタリ)を組み合わせ、トゥパク・カタリと名乗るようになった。中国語では「图帕克·卡塔里」と表記している。
[2] 「長征3B/G2」は以前「長征3B/E」と呼ばれていた。Gは改(gai)を意味する。長征3Bだけでオリジナルの「3B」(GTO投入能力5.1トン)の他に3B/G1(中高度軌道の北斗衛星2機同時打上げ用)、3B/G2(静止衛星打上げ用、GTO5.5トン)、3B/G3(静止衛星打上げ用、GTO5.4トン)、G3Z(嫦娥3号打上げ用、GTO5.2トン相当)などのバラエティがある。
[3] ABEはボリビアの通信衛星プログラムや他の衛星プログラムの開発を担当し、技術移転や人材訓練なども行う組織として2011年2月11日に発足した。それに先立つ受注セレモニーの時点ではABEの準備組織として対応したものと思われる。
[4]胡亜楓氏は現在、国防科技工業局(SASTIND)の副局長も兼ねている。2013年7月末までは国家航天局(CNSA)では上記の職にあったが、同年9月23日に北京で開催された国際宇宙会議(IAC)にはCNSA副局長として出席した。任命の日付は不明。馬興瑞局長もIAC大会後広東省に異動になっており、後任の局長はCASC社長の許達哲氏が任命されたとみられる。このような人事異動情報にはまだ不透明感がある。
[5] 国家開発銀行のウェブサイト