第92号
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2013年中国生命科学分野の注目人物(その3)

2014年 5月21日 米山春子(中国総合研究交流センターフェロー)

呉蓓麗

エイズ研究に新たな進展

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 世界トップクラスの学術誌『サイエンス』は、中国人科学者の呉蓓麗氏が率いる研究チームの成果をオンラインで発表した。この成果は、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)の受容体の一つであるCCR5の立体構造を初めて解析し、エイズの新薬開発に土台を築くものとなった。呉チームの研究は、抗HIV薬のマラビロクの作用機序から出発してCCR5の立体構造を明らかにしたもので、こうした薬品がCCR5との結合を通じてその分子配座を変更し、HIVの非反応状態を作り出し、ウイルスとの結合遮断を実現することを実証した。

HIV人体侵入の「内通者」の撮影に成功

 エイズウイルス(HIV)の人体の侵入を助ける「内通者」の立体精密画像がこのほど、中国人科学者によって撮影された。エイズウイルス作用を阻害する薬物の設計を助ける役割が期待されている。この成果は2013年9月13日、米誌『ネイチャー』に発表された。

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 この「内通者」は、人類の細胞表面にある受容タンパク質の一つで、CCR5と呼ばれている。1996年、このCCR5とCXCR4の助けがなければHIVは人体になかなか入れず、さらにHIVがCCR5を通じて侵入する傾向があることが発見された。さらに研究では、ヨーロッパ人の約10%は人体にCCR5を欠いており、HIVにほとんど感染しないこともわかっている。だが科学者を悩ませていたのは、この二つのタンパク質がGタンパク質共役受容体(GPCR)の仲間で、構造の解析が非常に困難だということだった。科学者はその詳細な構造図をなかなか取得することができず、これを利用した薬物も設計することができなかった。

 2007年、米Scripps研究所のレイモンド・スティーブンスがGPCR構造の解析方法を発見した。その学生であった呉蓓麗はこの方法を利用し、二種類のタンパク質の立体画像取得の取り組みを始めた。2010年、CXCR4の解析が成功し、成果が『ネイチャー』に発表された。2011年、呉蓓麗は中科院上海薬物研究所に招聘され、自らの研究チームを組織した。呉研究員の課題チームは2年の努力を経て、CCR5の精細構造の解析に成功した。

 「私たちの研究では、CCR5がHIVを細胞に持ち込む『ポケット』が確認され、この『ポケット』のカギとなるアミノ酸も特定されました」。呉蓓麗によると、HIV変異体の違いに応じてCCR5の積極性も異なる。

 同研究は、抗HIV薬物の開発に対して重要な意義を持っている。マラビロクは抗HIV薬物として常用されているが、それが効果を持つことだけがわかっており、その作用機序は科学者もわからないのが現状だった。今回の精密画像の取得により、そのメカニズムが解明された。マラビロクはCCR5を非活性状態とすることにより、CCR5をHIVから「見えなく」し、細胞への侵入を防いでいる。

 『ネイチャー』のライターであり編集者のHelen Pickersgill博士は、この研究を「GPCR分野の一里塚」と評価し、「さらに優れたHIVの治療法の開発に極めて重要な見解をもたらすもの」との見方を示している。上海薬物研究所は同論文を発表する前から、CCR5を標的とした薬物のスクリーニングを開始している。薬物研究所の蒋華良副所長によると、低分子化合物の「薬物の苗」がすでにスクリーニングされており、現在常用されている薬物よりすぐれたHIVの活性抑制効果があることが最新の実験でわかっている。