原子力の安全発展に関する考察(その1)
王毅(中国科学院科技政策・管理科学研究所) 2015年 1月 8日
2011年3月に日本の福島で発生した大きな原発事故は、原子力の民間利用の安全性に対する人々の幅広い注目を引き起こすものとなった。だが議論の結果は国によって大きく異なっている。ドイツなど一部の国は、原子力の使用を段階的に放棄することを決定した。一方、中国などでは、エネルギーの賦存量や発展段階、産業にとっての利益、政策メカニズムなど多くの要因により、安全を確保した上での大規模な原発推進を継続することが決まった。このことは、原子力利用が、技術の安全性だけにかかわる問題ではなく、政治や経済、社会などにかかわる複雑な問題であることを示している。
福島の原発事故は、将来の原子力政策に大きな影響を与えた。このため、世界の原子力の発展傾向と中国の原発発展戦略をもう一度見つめ、国内外のこれまでの原子力の発展の経験と教訓を総括し、原発の安全な発展が直面しうる各種のリスクを整理し、未来の中国のグリーン低炭素発展やエネルギー保障、原子力の安全な発展などの諸問題を考察することは、高い必要性と切迫性を伴う課題だと言える。
一、福島の原発事故が引き起こした反響と思考
2011年に日本で発生した大地震によって引き起こされた福島の放射能漏れ事故は、1979年の米国のスリーマイル島、1986年のソ連のチェルノブイリに続く、世界で3度目の深刻な原子力安全事故となった。これら3回の事故の原因はそれぞれ異なるが、その度に大きな影響をもたらし、原子力の“安全神話”を破り、原子力発電産業の発展に重大な打撃を与えた。今回の日本の大地震と福島の原発事故、それによって生まれた放射性物質汚染は、世界的な原子力に対する恐れを再び引き起こした。日本は、巨大な災難と財産の損失、経済回復の減速を被っただけではなく、関連する原子力発電所の一時閉鎖と稼働停止によって短期的な電力不足に陥り、人々の原発反対運動は大きな高まりを見せ、日本のエネルギーと気候変動対応策も変更を迫られている[1]。
事実、原発推進問題はこれまでも、論争の絶えない世界的な話題であり続けてきた。近年は、気候変動対応という課題を重視するようになり、原子力はクリーンで低炭素のエネルギーであり、化石燃料を代替して二酸化炭素を削減する重要な役割を果たすという認識が人々の間に広まりつつあった。だが福島の原発事故とその深刻な影響は、原発事業の発展に再び影を落とし、欧米諸国における様々な反応を引き起こした。例えばEUは、関連する法律によって、EU域内の原子力施設に対して全面的な安全・リスク分析とストレステストを実施し、期限付きの評価報告の作成を進めている[2]。ドイツは、2022年前までに現在稼働中の原子力発電所を徐々に閉鎖し、原子力発電所を完全に廃止することを決定している。イタリアは国民投票で原発実施計画の再開が否決された。英国とフランスは、原子力発電発展の政策と計画を継続していくこととしているが、従来よりもさらに安全性が重視されることとなった。米国は慎重な態度を保っており、米国政府は原子力発電の廃止はしないとしているが、議会と民衆の反対の声は依然として大きい。
技術的に見ると、原子力発電とその安全管理には確かに大きな複雑性が存在している。まず各種原子炉の炉型の技術路線の違いによって、その運用と安全管理規範、関連技術者の育成方法が異なるため、管理のコストとリスクが必然的に高くなる。また政治・経済・社会などの各種の要素にかかわることから、その投資コストや建設周期などには大きな不確実性が存在し、運営や保全、核廃棄物処理、リスク管理のコストも不断に上昇している。さらに複数のリスクが重なる可能性もあるため、その商業開発にもたらされる難度は小さくない。このため、原子力発電技術が喜ぶべき技術なのか、厄介な技術なのかを簡単に結論できることはできず、専門家の中には、その長所と短所を総合した上で、問題のあるエネルギーのうちで“最悪のものではない”[3]との消極的な評価を下している者もいる。
中国では、原子力発電技術とその影響に対する理解と情報公開が十分でないことから、福島の原発事故が短期的に人々の恐慌を生み出し、放射能への心配からヨウ素添加塩を買い占める現象が起きた。このことは、我々が原子力発電技術の安全性を強調するばかりで、原子力発電のマイナス影響について知らせる報道が欠けていたことを示している。学術界内部でも、原子力発電の発展に疑いを向ける意見やマイナス影響を分析した文章、原子力発電の安全に対する公開討論はあまり見られない。福島の原発事故を受け、中国もただちに、原子力施設に対する全面的な安全検査を実施し、関連原子力発電プロジェクトの審査・認可を一時停止したが、原子力発電発展の歩みを止めることはなかった。温家宝総理(当時)は2011年の全国省エネ排出削減事業のテレビ会議において、「安全確保の上で原子力発電を効率的に発展させる」[4]との方針を示した。さらにその後、アブダビで開かれた世界未来エネルギーサミットにおいては、「原子力発電を安全かつ効率的に発展させることは、未来のエネルギー供給を解決するための戦略的選択である」[5]と指摘した。中国の原子力発電計画はこのように急速な発展を続けているものの、この原発事故が大きな影響を与えることは明らかだ。
中国の巨大な人口規模と急速な工業化・都市化の過程は、エネルギー需要を不断に高めている。とりわけ石炭や石油、天然ガス、原子力などのエネルギー密度が高く供給が安定したエネルギーへの需要は日増しに高まっており、こうしたエネルギーは、中国の経済発展とエネルギー安全を保証するのに非常に重要な役割を果たしている。国際原油価格の高騰と変動、短期的には変革が難しい国際貿易分業の局面、エネルギー・環境問題の深刻化、気候変動対応の圧力を受け、原子力発電は一定の競争優位を示している。これを背景として、中国の原子力発電産業は現在、急速な発展の段階にある。『原子力発電中長期発展計画(2005~2020年)によれば、2020年までに、中国の原子力発電稼働発電容量は4000万kWに達し、原子力による年間発電量は2600億~2800億kWhとなり、全発電量の4%前後を占めるようになる見込みだ。
“十一五”(第11次5カ年計画、2006-2010年)期間中、経済情勢の急速な変化と国際金融危機対応のための経済刺激プランの始動などにより、原子力発電発展計画には、目標の増加などの調整が加えられた。だが福島の原発事故を受け、原子力発電のこうした急速発展傾向やまだ解決されていない様々な問題は、今後原子力発電の安全発展に対する我々の不安をさらに増すこととなると見られる。
総体的に見れば、福島の原発事故は、原子力発電の発展という世界の大きな流れに影響することはない。最も大きな影響を受けるのは、国内の優良資源に限りがあり、主要な電力供給源の一つとして原子力発電を大きく発展させようとしていた中国のような国である。原子力の開発・利用は、科学技術に対する要求が高く複雑であり、エネルギー資源の安全性や経済、軍事、反テロリズムなどの幅広い分野にかかわるため、原子力発電の発展を一般市民が全面的に理解するのには多くの障害がある。我々は現在、原子力発電の発展の長所を語ることは多いが、原子力発電の発展に存在する問題を真剣に検討することは少ない。このため我々は、原子力発電の発展の客観的動向を正確に判断し、国外における原子力発電の発展の経験とその失敗を引き起こした本当の問題を理解しなければならない。これによりさらに詳細かつ周到、安全な実施方案を定め、系統的な問題解決方法を提供するのに役立ち、中国の原子力発電の科学的で秩序ある安全で健全な発展を促すことにつながる。
二、世界における原子力発電発展の経験と存在する問題
原子力は現在、重要なエネルギーのひとつとなっている。原子力発電は世界の電力資源構造において重要な役割を担っており、フランスを代表とする一部の国では、原子力発電の発展における成功経験が蓄積されている。しかし1979年のスリーマイル島や1986年のチェルノブイリの原発事故以来、原発の安全コストの高まりや一般市民からの圧力、エネルギー技術の発展、電力の自由化、核拡散防止などの様々な要因から、原子力発電の発展は減速・停滞の状態に入った。20年余りにわたる不振の後、21世紀に入って原子力発電は再び新たな転換期を迎えた。石油の低コスト時代の終息や米カリフォルニア州での電力危機発生、気候変動の深刻化などにより、原子力発電は世界的に新たに発展する兆しを見せた。米ブッシュ政権のエネルギー政策では原子力発電発展への強力な支持が打ち出され、日本政府は新たに2つの原子力発電所の建設を認可し、英国の電力会社もカナダの複数の原子炉の運営を引き継ぐことを発表し、中国やインドなどの新興経済国も原子力発電の強力な推進を打ち出した。
だが同時に、原子力発電そのものの問題も依然として存在しており、消極的なニュースを目にすることも少なくない。例えば、ドイツは2022年までにすべての原子力発電所を閉鎖することを発表し、米国の原子力発電発展もブッシュ政権とオバマ政権の“片思い”にとどまっている。国際エネルギー機関(IEA)によると、世界の原子力発電容量とその発電量が一次エネルギー需要に占める割合は2030年までにいくらか低下すると見られている。福島の原発事故後、国際エネルギー機関は2011年の『世界エネルギー展望』において「低原子力ケース」を想定し、石炭と天然ガスの供給増加によって原子力発電の減少による不足を補うプランを示している[6]。
原子力発電の発展史から見ると、原子力発電のコストの高さ、建設周期の長さ、核廃棄物処理の難しさ、市民の恐怖心が、原発発展の困難の本当の原因となっていることがわかる。米国の原子力委員会は1970年代中期、2000年までに米国では1000カ所を超える大型原子力発電所が稼働しているとの見込みを示していた。だが1999年末時点で実際に稼働している原発は104カ所にとどまり、予想の約10分の1にとどまった。事実上、1970年代中期までに、想定されていたスケールメリットの不可能性は明らかになっていた[7]。米国が1980年代から原発の新設を行っていない本当の原因は、米国が1970年代に見込んでいた電力需要が高すぎたことと原発の全コストの見積もりが低すぎたことにある。電力需要の過剰な見込みは、原発発注の過剰を引き起こし[8]、原発の安全性や核廃棄物処理への考慮が不足していたことや融資利率・運営コストの向上は、原子力発電の競争力を失わせた。こうした問題を解決しなければ、米国の原子力発電の商業利用は今後も大きな疑問に直面することになるだろう。
将来の原子力発電コストの予測には様々な議論があり、その結論も論者によって大きく異なる[9-12]。それは表1に示す通りである。楽観派と悲観派はそれぞれの論拠があり、異なる仮説と価値判断によって異なる結果が導き出され、その差は2~3倍にのぼる。原子力歴史学者で経済分析の専門家でもあるコーンは比較研究を通じて次のような予測を出している。10%の利率、65%の負荷率、8年の建設期間という条件の下、新たな軽水炉原子力発電所の投資コストは約2300~2650ドル/kW、発電コストは7.5~8.5セント/kWh(1992年ドル)となる[9]。
*金利は10.3%と仮説 **その他の費用には、資本市場の高リスクを補償するための借り手費用、土地補償などを含む 資料出典:参考文献[9] | |||
コストの種類 | 楽観派の予測 | コーンの予測 | 悲観派の予測 |
総コスト(セント/kWh) | 3.8~4.8 | 7.4~8.6+ | 8~12+ |
投資コスト(ミル/kWh) | 23.5~29.5 | 42~48+ | 43~85+ |
建設コスト(ドル/kW) | 1590~1885 | 2300~2650+ | 2200~4000+ |
建設周期(年) | 5~6 | 8 | 10+ |
負荷率 | 75~80 | 65 | 55~60 |
非燃料運営保全コスト(ミル/kWh) | 6.5~10 | 14~17+ | 15+ |
資本付加(ミル/kWh) | 0.5 | 3~6 | 5+ |
燃料コスト(ミル/kWh) | 6 | 7 | 7 |
核廃棄物処理(ミル/kWh) | 1 | 3 | 3+ |
廃炉基金(ミル/kWh) | 0.5~1 | 3 | 4 |
その他の費用(ミル/kWh) | 0 | 2 | 2+ |
フランスが成功した主因は、政府が原子力発電の発展で重要な役割を演じたことである。フランスは安価な化石エネルギー供給が不足していることから、長期的な原子力発電発展計画が制定され、合理的な技術路線が選ばれ、設計の標準化と国産化が実現され、原子力発電の技術・経済・管理などの面でのリスクが削減された。
原子力発電に存在するもう一つの重大な問題は、核廃棄物処理の問題である。核廃棄物処理は長期にわたって論争が続けられてきた問題であり、現在に至っても、高放射性核廃棄物を適切に処理する方法は存在しない。この点からも、原子力発電が完全にクリーンなエネルギーとは言えない。その環境への影響は持続的で、管理にも困難を伴う。安全な地点を見つけて保存するのが現在のところ最も現実的な方法だが、処理場の選択や核廃棄物の輸送、技術条件、市民の受容度などの面でいずれも困難があり、さらに安全管理が超長期に及ぶという問題が存在している。 高速増殖炉は核燃料の循環利用を可能とするものの、技術が複雑で事故リスクも高く、経済コストが高い上に、核拡散の可能性があるなどの短所があり、短期間での推進は難しい。
このほか、原子力発電所に対する市民の恐怖心という問題があり、これは、専門家が原発の安全性を強調するのと鮮明な対照をなしている。市民が恐怖心を抱く理由は多方面にわたるが、大型の突発事件発生に対する恐怖心もその一部となっている。このことは、原子力発電リスクの特殊性によるところが大きい。飛行機事故のリスクに対して通常の交通事故のリスクよりも敏感な反応が示されるのと似た構造がある。また原発事故のリスク率の算定値に対する信頼度も高くない。人々は、その内部に身を置いていないことから、原子力発電発展の政策決定過程と監督管理機構に対して一定の懐疑心を抱いている。一方、原子炉そのものの安全も問題であり、人々は、専門家がそのリスクを完全には公表していないのではないかと心配している[13]。原子力発電に対する中国の市民の認知度はまだ低いものの、経済発展と人々の生活水準の向上に伴い、 原子力発電発展に対する懐疑や反対の声は不断に高まり、原発開発の社会的コストも徐々に高まっていくものと見られる。
(その2へつづく)
[1]傅凱思,趙莎.核電安全的争議.科技導報,2002,(3):60-64
[2]核電発展戦略研究編委会.核電発展戦略研究(上巻).北京:中国言実出版社,1999
[3]金煜.核電 向左走? 向右走? 新京報,2011-07-03(B10版)
[4]美国自然資源保護委員会等.日本福島核電站危機后的反思.国際核電安全研討会.北京,2011
[5]人民日報.温家宝在全国節能減排工作電視電話会議上強調把節能減排作為硬任務硬挙措硬指標.人民日報,2011-09-28(第1,3版)
[6]王毅.充満未知変数的核電発展之路.中国国情国力,2001,(10):46-48
[7]王毅.促進核電科学、有序、健康発展.科学与社会,2011(4):37-42
[8]温家宝.中国堅定走緑色和可持続発展道路—在世界未来能源峰会上的講話(2012年1月16日,阿布扎比).湖北日報,2012-01-17(第3版)
[9]薛進軍,趙忠秀.中国低碳経済発展報告(2012).北京:社会科学文献出版社,2011
[10]Ahearne J F. The Future of Nuclear Power. American Scientist,1993,81(1):24-35
[11]Bupp I, Derian J. Light Water: How the Nuclear Dream Dissolved. New York: Basic Books, 1978
[12]Chandler W, et al. China's Electric Power Options: An Analysis of Economic and Environmental Costs. Washington D C: Pacific Northwest National Laboratory, 1998
[13]Cohn S M. Too Cheap to Meter. New York: State University of New York Press, 1997