第102号
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炭素価格の導入における中国輸出貿易コストへの影響分析(その1)

2015年 3月30日

顧 阿倫:博士、清華大学エネルギー環境経済研究所准教授

略歴

主な研究テーマはエネルギーシステム分析と気候変動政策。国家科学技術支援計画「国際社会の気候変動における各業界の排出削減と市場メカニズム中の主要問題に対する支援技術研究」に参加。

要旨

 気候変動に対する政策はさまざまあるが、昨今、市場メカニズムを活用した手法が広範な政策ツールのひとつとして応用されている。国際排出量取引制度、たとえばEU ETS(欧州連合域内排出量取引制度)の運用実績からもわかる通り、化石燃料を電気エネルギーとする産業は、通常、二酸化炭素の排出量に応じコストを負うこととなるが、一般的にはそのコストが生産コストに上乗せされることが多いため、川下にあたる最終消費者に価格転嫁され、結果、価格変動をもたらしている。すなわち、炭素価格制度の導入は、経済の発展に一定の影響を及ぼすことになる。現在、中国の貿易は輸出が輸入を上回っている状況であり、必然的に、炭素価格は輸出製品のコストに波及していく。

 本稿は、主に中国の2005年と2007年の投入産出表を用いて、輸出製品のエネルギーコストの変化を測定するものである。中国の輸出製品のエネルギーコストは年間輸出額の約13%を占めており、輸入された中間製品の中間投入コストを差し引けば、その割合は9%~10%前後にまで下がる。ところが、電力によるコストがエネルギーコスト全体の60%以上に相当するため、仮に炭素価格制度が導入されれば、電力コストだけで50%程の上昇が見込まれ、その分が輸出製品の価格に転嫁されると、中国の輸出製品の国際競争力を大幅に下げることとなる。

 したがって、輸出の主管部門では、絶えず技術研究開発に力を入れ、生産技術のレベルを上げる一方で、エネルギーコストの比率を下げるべく、各製品単位でのエネルギー効率を高めようとしている。また、中国は貿易黒字が比較的顕著であることから、輸出する製品群と国内の経済政策とのバランスをうまく保ちながら、エネルギーコストの高い製品の輸出を抑え、科学技術力や付加価値を向上させることで輸出する製品群の最適化を図り、全体的な競争力の底下げを優先するよう指導している。

キーワード 炭素価格、為替レート;輸出入貿易;エネルギーコスト;気候変動

 工業化が急速に進む中、多くの化石燃料の使用により、温室効果ガスが大気中に大量に放出され、気温の上昇による地球温暖化は持続可能な発展に直面する重要な課題となっている。今や、二酸化炭素の排出と気候変動への対応は、各国政府、国際社会が注目する環境問題の重大なテーマである。

 二酸化炭素排出量を制限するには、規制的手法と経済的手法がある。前者は、個々の二酸化炭素大量排出者が自ら行動をコントロールできるような一定の排出基準を設定し、政府が制定する法律法規のもと、その遵守を強制するものであり、後者は税金や補助金制度、排出量取引制度など、市場メカニズムの機能を前提として、経済的なインセンティブを与えることにより政策目的を達成しようとするものである。たとえば、炭素税を課し化石燃料の価格を引き上げることで、その需要を抑え、その上でその税収を二酸化炭素削減という目的で利用することや[1]、国や企業ごとに温室効果ガスの排出枠を定め、排出枠が余った国や企業と、排出枠を超えて排出してしまった国や企業との間で取引をし、温室効果ガスの削減を補完しようとするメカニズムなどがある。[2]

 中国の「第十二次五ヶ年計画」の骨子では、特定地域や特定産業での排出量取引制度の導入を提案している[3]。2011年11月には、北京、上海、広東、深圳、湖北、天津と重慶の7つの省、市が、国家発展改革委員会より、最初に排出量取引制度の実験的導入が認められた。各地域に対しては、専門プロジェクトとして資金を割り当てた上で、専門家によるチームを編成し指導力を発揮するよう、また、実験的導入に際しての目標、主な役割、保障措置及び進捗の把握など全体的な考え方をまとめ、具体的実施案を早急に策定するよう求めた。

そして、排出量取引制度を研究し、管理監督するための基本的な規則を明確にするとしている。さらに、それぞれの地域の温室効果ガスの排出量を計測し報告させ、排出活動の規模を表す指標を作成、排出許容量を割り当てるとした。排出量取引を管理監督し検証する登録機関の構築のほか、取引市場を育て整備することで、実験導入するそれぞれの地域のサポートを行うとしたのである。

 2013年末までには、湖北省と重慶市を除く、その他の5つの省・市で排出量取引のパイロット制度が開設され運用が始まっており、現時点での炭素取引価格は30人民元~100人民元/tCO2である。こうした排出量取引の実験的取り組みは、炭素価格制度導入への第一歩であり、全国の広範にわたり、省エネや二酸化炭素排出削減に対する意識の定着、炭素価格を抑える仕組みへの理解を浸透させ、制度設計面においては、炭素排出削減に関連する制度設計の研究を深化させることにつながる。

 一般的にみれば、エネルギー高消費産業、たとえば電力、コンクリート、鉄鋼、アルミ、製紙印刷などはCO2などの温室効果ガスを大量に排出する主体であり、それらの産業にとっては炭素価格制度の導入は最も影響が大きく、エネルギーコストの上昇につながり、生産コストの拡大をもたらすことになる。すなわち、炭素価格制度の導入は、経済発展における全体コストに一定の影響を与えることとなり、輸出を中心とする中国の経済状況下では、必然的に輸出製品の生産コストを押し上げることになる。

本稿では、主に中国の2005年と2007年の投入産出表を利用して、輸出製品のエネルギーコストの推移と燃料構成を把握し、炭素価格が市場の川下へ波及する影響を検証する。

1 中国の輸出貿易の現状

 近年の中国経済の急速な発展に伴う対外開放は、対外貿易の拡大をもたらし、飛躍的な発展を遂げた。図1が示すように、対外輸出入総額の上昇とともに、GDPに占める割合も年々増加を続け、世界金融危機を経験後も、その割合は50%近い状態を維持しており、対外貿易は中国の経済発展に大きく寄与していることがわかる。中でも、加工貿易の比率が高く、重要な要素となっている。2012年には、加工貿易による輸出総額は8627.8億米ドルに上り、それは輸出全体の42%に相当する。加工貿易は一定程度の雇用問題を解決し、技術不足を補うだけでなく、中国の産業構造の調整とレベルアップを促すものとして、その意義は大きい。

 また、図1では、エネルギー消費量が経済の発展とともに増加していることがわかる。「十二五」期間の中国のエネルギーの消費弾性係数は0.6であり、貿易大国として発展を続ける中で、温室ガス排出問題は注視されることとなった。最近の多くの研究結果[4-17]によると、輸出の内包CO2排出量は、2002年の481~881MtCO2から2007年には1428~2634MtCO2へと増加し、総排出量に占める割合も14%~23%から27%~35%へと拡大した。このことは、中国の輸出総額の伸びが国内のエネルギー消費とCO2排出量を増加させ、そのことが輸出製品のエネルギーコストの上昇につながっていることを意味する。

図1

図1 中国におけるGDP、輸出入総額及びエネルギー消費総量の推移

Fig. 1 GDP, value of export and import, and energy consumption in China

2 標準モデルによるデータ抽出方法

 中国の輸出製品における炭素価格の影響度を分析するためには、まず輸出製品のエネルギーコストを測定する必要がある。本稿では、エネルギーコストには石油、ガスなどの直接コストと電力消費などの間接コストも含まれること、さらに、炭素価格の上昇は川下へ転嫁されるとの仮説を踏まえ、輸出製品に対する炭素価格の影響を分析するものである。

 投入と産出(何をつぎ込み、何を作り出したか)の分析は、最終製品が作り出されるまでに要したすべての直接、間接消費まで遡る。まず、輸出製品の石炭、石油・天然ガス、電力などのエネルギー総コストの計算式は、以下の(1)~(3)のようになる。

は非加工輸出ベクトル;は加工輸出ベクトル;はj産業製品によるi産業製品の完全消耗係数を表し、はその直接消耗係数、は輸出製品の石炭コスト、は輸出製品の石油、ガスコスト、は輸出製品の電力コストである。

 各産業の電力消費において、電気価格にはすでに石炭購入コストが含まれているため、石炭産業に対しては相応の控除を行う必要がある。控除の方法は電力産業の石炭消費を0と設定することで、石炭コストの重複計算を避けることができ、それにより直接消耗係数は。となる。

 中国の輸出入貿易の特殊性から、各年の輸入商品による中間投入コストの割合は国内生産においては比較的大きいため、図2で示したように、消耗係数に修正をする必要がある。

を輸入係数とした場合、産業部門i部門へのjの投入は、非加工貿易中間投入の比率とほぼ同等である。したがって、はi部門の輸入非加工貿易製品への依存度を反映しており、その対角線上のすべての分量はで求められる。は輸入非加工貿易係数、はi部門の総産出を示し、修正後の直接消耗係数と完全消耗係数はそれぞれ方程式(4)と(5)で算出される。

図2

図2 中国輸入製品修正消耗係数

Fig. 2 Import correction coefficient in China

 各産業部門の輸出製品のエネルギー総コストは方程式(9)で算出できる。

そのうちは非加工輸出ベクトル、は加工輸出ベクトルであり、それぞれマトリックスの対角線上にある。

 本稿で使用しているデータは、2005年全国62産業部門の投入産出表と2007年全国42産業部門の投入産出表に基づいている。中国の各年の輸出入データの統計は税関の統計データに基づいており、計算の便宜上、中国統計局の「業界分類基準」を参考に、本稿は主な輸出製品を62の産業部門に分類した。

 輸出が加工貿易に関与している製品については、統計年鑑で公表されているデータを利用し計算している。中国の税関統計年鑑には、加工貿易に関与している輸出製品について分類されているため、産業部門ごとに分類し使用することは可能である。

 毎年、輸入している大部分の製品は国内の生産過程に関わっている。本稿では、統計年鑑が公表している加工貿易に関与している輸入製品データを用いて計算している。中国の税関統計年鑑には、加工貿易に関与している輸入製品について分類されているため、産業部門ごとに分類し使用することができる。

その2へつづく)


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