炭素価格の導入における中国輸出貿易コストへの影響分析(その2)
2015年 3月31日
顧 阿倫:博士、清華大学エネルギー環境経済研究所准教授
略歴
主な研究テーマはエネルギーシステム分析と気候変動政策。国家科学技術支援計画「国際社会の気候変動における各業界の排出削減と市場メカニズム中の主要問題に対する支援技術研究」に参加。
(その1よりつづき)
3 標準モデルによる測定結果
2005年から2007年にかけての中国の輸出製品のコストを検証すると、エネルギーコストは各年、輸出額の約13%を占めている。仮に、輸入される中間製品に投入されたエネルギーなど中間投入コストを除けば、輸出製品のエネルギーコストは9%~10%前後にまで下がる。
表1が示すように、各年の輸出される製品のエネルギーコストのおよそ1/3は輸入製品の中間投入コストである。すなわち、中国の貿易の中で高いシェアを持つ加工貿易では、国内の資源を消費するだけでなく、海外の資源も一定程度、消費していることになる。したがって、輸入される中間製品のエネルギー消費量が高い場合には、国際エネルギー価格の上昇は、中国の輸出製品のエネルギーコストの拡大をもたらし、輸出製品の国際競争力の低下につながることになる。
注:2005年の輸出額のデータI/O表、2006年の投入産出係数は2005年の係数である。 | |||
2005年 | 2006年 | 2007年 | |
輸出額(億ドル) | 8362 | 9689 | 12177 |
輸出額(億人民元) | 68495 | 77594 | 93455 |
輸出額に占めるエネルギーコストの比率(%) | 13.03 | 12.96 | 13.40 |
輸出額に占める国内エネルギーコストの比率(%) | 10.17 | 9.98 | 10.25 |
上記エネルギーコストの構成内訳に、石炭、石油・天然ガス、電力のそれぞれのコストを加えると、表2と図3のような結果となる。このように電力によるコストは、エネルギーコスト全体の60%以上を占めており、電力の価格変動が輸出製品のエネルギーコストに大きな影響を及ぼすことがわかる。
2005年 | 2006年 | 2007年 | |
輸出額に占めるエネルギーコストの割合(%) | 13.03 | 12.96 | 13.40 |
内、石炭の割合 | 1.49 | 1.58 | 1.66 |
内、石油、ガスの割合 | 3.55 | 3.01 | 3.07 |
内、電力の割合 | 7.99 | 8.37 | 8.67 |
輸出額に占める国内エネルギーコストの割合(%) | 10.17 | 9.98 | 10.25 |
内、石炭の割合 | 1.18 | 1.27 | 1.33 |
内、石油、ガスの割合 | 2.86 | 2.29 | 2.31 |
内、電力の割合 | 6.13 | 6.42 | 6.61 |
図 3 輸出製品エネルギーコストの資源別比率(%)
Fig.3 Export energy cost proportion (%)
は、総輸出額に占める各産業部門別の輸出額の比率を示している。その比率が高ければ高い程、当該産業部門の中国の輸出に占める割合が高いことを表す。
は、各産業部門ごとの輸出額に占めるエネルギーコストの割合を示しており、その数値が高ければ高い程、当該産業部門の輸出額に占めるエネルギーコストが大きいことを表す。
は、各産業部門ごとの輸出額に占める国内エネルギーコストの割合を示しており、その数値が高ければ高い程、当該産業部門の輸出額に占める国内エネルギーコストが大きいことを表す。
図4の分布図では、各産業部門ごとのエネルギーコストと国内エネルギーコストを示しており、その2点間の距離が輸入中間製品のエネルギーコストの程度を表す。つまり、2点が離れていればいるほど、その産業部門の輸出製品に占める中間投入が大きいことを意味し、その傾向が顕著なのは化学原料、金属製品及び繊維業などの産業である。これらは同時に、加工貿易の中でも大きなシェアを持つ産業である。
図 4 産業部門別輸出比率、及びエネルギーコスト比率分布図(2007年)
Fig. 4 Sector energy cost proportion change scatter diagram (2007)
図5は、2007年の全輸出に占める産業別輸出額の割合と、輸出額に占める国内エネルギーコストの割合をマトリックス図に示したものである。これを見ると、繊維産業の国内エネルギーコストは輸出製品のエネルギーコストとほぼ同水準にあり、約13%前後である。一方、衣類、コンピュータ関連、電子及び通信設備関連の産業部門では、総体的に国内エネルギーコストの割合はそれほど高くはない。その理由は、これら産業部門の輸出額が全体の中でも大きく、そのため加工貿易の比率は高くなるが、その割には、国内での加工が簡単な作業と包装生産のみで済むからである。しかしながら、石油、コークス、化学肥料及び化学製品関連の産業部門は、国内エネルギーコストの占める割合が極めて高く、炭素価格の影響と打撃を受けやすいと言える。
図 5産業部門別輸出比率、及び国内エネルギーコスト比率分布図(2007年)
Fig.5 Sector export proportion and domestic energy cost proportion scatter diagram (2007)
現在、国内での二酸化炭素排出量取引制度の導入はまだ実験段階であるが、必然的に、企業と輸出入貿易、ひいては経済全体に影響が波及することになるであろう。特に、電力コストに顕著な影響が出るはずである。国内の排出量取引制度の構築にはさまざまな課題があり、中でも電力企業にとって、炭素価格を川下に転嫁するかどうかは重要なテーマである。経済的論理では、川上に位置する生産企業が大量の二酸化炭素を排出し、エネルギー価格を上昇させた場合には、市場による価格メカニズムにより川下に転嫁し、川下製品の価格変動を引き起こすことになる。しかし、現在、国内の電力価格は政府の管理下に置かれているため、川上でのコスト増を反映させることはできない。EU ETS(欧州連合域内排出量取引制度)の運用実績に基づけば、炭素価格の上昇は必ず川下に転嫁されており、100%の転嫁率でないとしても、模範例や実証の分析から、炭素価格の転嫁率は0~1の間とされ多くの場合が70%--90%に集中している。ただ、こうしたことは国情、市場構造及び需要など多岐にわたる要因の影響を受けるはずである[18-21]。
本稿では、炭素価格と価格転嫁率を3パターンに分けて考え、それぞれの仮説ごとに、輸出製品のエネルギーコストの上昇率を予測した。その結果は表3の通りである。国内電力の炭素価格を川下に転嫁できるとした場合、その炭素価格と転嫁率に応じ、エネルギーコストはそれぞれに上昇することになるが、少なくとも半分以上の上昇をもたらすことになるであろう。
炭素価格(人民元/tCO2) | 転移率(%) | エネルギーコストの上昇率(%) | |
パターン1 | 30 | 70 | 45.29 |
パターン2 | 50 | 80 | 51.76 |
パターン3 | 100 | 90 | 58.23 |
4 結論と提案
2005年から2007年にかけ、中国の輸出総額に占める生産コストの中で、エネルギーコストは約13%を占める。仮に、輸入される中間製品の中間投入分を差し引けば、その数値は9%~10%前後にまで下がる。そして、各年の輸出製品で消費したエネルギーコストのうち、約1/3は輸入した中間製品によってもたらされている。すなわち、中国で高い比率を占める加工貿易は、国内の資源を消費しつつ、海外の資源も一定量消費しているのである。このことは、国際エネルギーコストの上昇を反映し、中間製品のエネルギーコストが著しく高い場合には、中国から輸出する製品のエネルギーコストの増加へと波及し、国際競争力を下げることになる。
一方では、国内の炭素市場の発展を加速することにつながり、必然的に、それぞれの産業部門が温室効果ガスの削減に努めるようになるだろう。とは言え、国内の排出量取引制度の展開は、電力企業の炭素価格の上昇をもたらすことになるが、中国では欧州の国情とは違って、国内の電力価格は政府の規制を受けているため、現時点では炭素価格が川下へ転嫁されることはまずない。仮に、転嫁できるとした場合、エネルギーコストの上昇幅は、炭素価格と転嫁率に応じて変動することとなり、エネルギーコストは少なくとも半分以上は上昇し、中国の輸出製品の競争力を低下させる要因となる。
伝統的な繊維産業は、中国の輸出輸入ともに大きなシェアを占める産業であるが、そのエネルギーコストは輸出製品のエネルギーコストレベルとほぼ同等で、約13%前後である。しかし、衣類、コンピュータ関連、電子及び通信設備関連の産業では、全体的なエネルギーコストに占める割合はそれほど高くはない。これは、輸出額がもともと高いということもあり、加工貿易の占める比率は大きいが、国内においては簡単な加工と包装生産のみ行っているためである。一方で、石油、コークス関連、肥料及び化学工業関連などの高消費産業部門では、エネルギーコストの占める割合が高く、炭素価格の影響と打撃を受けやすいと予測される。
国外と国内、双方の要因により、輸出製品のエネルギーコストの増加をもたらすとしても、比較をすれば、国内のコストの影響の方が大きいといえる。温室効果ガス排出削減との二重のプレシャーが、中国の輸出製品の国際競争力に与える影響は必至である。したがって、輸出貿易の主管部門にとって、技術の研究開発に努めると同時に、生産技術レベルの向上を図り、エネルギーコストの比率を下げ、製品ユニットごとのエネルギーの効率を高める取り組みに注力することは必要不可欠である。一方で、中国は貿易黒字が顕著であるため、輸出製品の構造を国内の産業政策に合わせて調整し、エネルギーコストの高い製品の輸出を抑え、製品群の最適化を図るとともに、輸出製品の科学技術と付加価値を向上させ、競争力を高められるよう貿易政策を主導することが求められる。
同時に、国内炭素市場のメカニズムを構築、整備し、現行の電力業界にメスを入れ、炭素価格の有効な転嫁を実現した上で、電力価格と電力購入コストが連動する仕組みを完備する必要がある。そのためには、電力業界の外部コストを見える化し、既存の発電利益の分配メカニズムを改善、電力改革と排出量取引制度に配慮し取り組むべきである。
(おわり)
参考文献
[18] Lise W., Sijm J., Hobbs B. F.. The Impact of the EU ETS on Prices, Profits and Emissions in the Power Sector: Simulation Results with the COMPETES EU20 Model[J]. Environ. Resour. Econ., vol. 47, no. 1, pp. 23-44, 2010
[19] 趙盟,姜克雋,徐華清,康艶兵. EU ETS対欧洲電力行業的影響及対我国的建議. 気候変化研究進展. 2012, 8(6):462-468
Zhao M., Jiang K.J., Xu H.Q. et al. Impacts of EU ETS on European Power Industry and Its Implications[J]. Advances in Climate Change Research. 2012, 8(6):462-468
[21] Sijm J., Neuhoff K., Chen Y.. CO2 Cost Pass-Through and Windfall Profits in the Power Sector[J], Climate Policy, 2006, vol. 6(1): 49-72.
[21] Bonenti F., Oggioni G., Allevi E. et al. Evaluating the EU ETS Impacts on Profits, Investments and Prices of the Italian Electricity Market[J]. Energy Policy, 2013, Vol. 59:242-256