第104号
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C型肝炎ワクチン開発の免疫学的な挑戦とチャンス(その1)

2015年 6月 9日

高 見:北京大学 基礎医学院病原生物学科

許 強:北京大学 基礎医学院病原生物学科

範雪営:北京大学 基礎医学院病原生物学科

沈 弢:北京大学 基礎医学院病原生物学科、感染病研究センター

黄暁峰:『細胞与分子免疫学雑誌』編集部 主任、教授

解説

 本稿は、組み換えタンパク質ワクチンや合成ペプチド(エピトープ)ワクチン、DNAワクチン、ウイルスベクターワクチン、HCVウイルス様粒子ワクチンなど各種のHCVワクチン候補とアジュバントの研究の進展を総論し、HCVワクチンの開発の過程で直面する免疫学的な挑戦を総括し、有効なHCVの細胞培養モデルと動物モデルが欠けていることがHCVワクチンの開発の進展をさまたげていると指摘する。さらにHCVワクチン設計のカギは、効率的・広範囲・持続的な免疫反応の産出を個体に誘導し、ウイルスを除去することにあるとする。理想的なワクチンをできるだけ早く開発するためには第一に、HCVの早期感染段階におけるウイルスと宿主の分子・細胞・免疫レベルの相互作用を明らかにする必要がある。第二に、ワクチン開発に適した細胞培養モデルと動物モデルが必要となる。最後に、多価ワクチンや最適化ベクターなどの技術によってワクチンの有効性を高めなければならないとし、HCVワクチンの開発戦略について理論的に考察する。

[キーワード]C型肝炎、ワクチン、免疫反応、総論

 C型肝炎は、C型肝炎ウイルス(hepatitis C virus, HCV)の感染によって引き起こされる疾病で、世界的に流行し、高度の拡散をみせている。HCVに感染しているまたは感染したことのある人は現在、世界で約1億8500万人にのぼり、毎年300万から400万の新たな症例が報告されている。HCVの急性感染者のうち10%から30%は自分でウイルスを除去することができ、40%から60%は慢性感染に進行し、10%から20%は肝硬変に進行する。1%から5%の慢性感染者は原発性肝癌を発症する。1970年代にC型肝炎が発見されて以来、C型肝炎の発症メカニズムに対する認識は深まり続け、抗HCV治療はすでに大きな進歩を遂げている。インターフェロンとリバビリン、プロテアーゼ阻害剤を用いた「3剤併用療法」は現在、最も優れた治療法とされるが、価格が高く、副作用が多いことから、HCVの治療を大きく制限している。このため安価で高効率のHCVの予防性・治療性ワクチンを開発することは、慢性HCV感染を制御し、社会経済の負担を軽減するのに極めて重要な意義を持っている。

1 HCV感染の免疫学的進展

 HCVに感染した個体はこれに相応した免疫反応を示すものの、多くは慢性感染へと進行する。これは主に、本来あるべき機能の適切かつ持続的な免疫反応を欠き、HCVの感染を制御できなくなるためである[1]。このためワクチン開発の過程では、HCVの感染制御やワクチン接種における免疫反応の作用を明確化する必要がある。抗HCV感染の免疫反応において、CD4+T細胞とCD8+T細胞はいずれも欠かすことができない。抗体を用いてチンパンジーの体内のT細胞を除去すると、HCVの感染時間は長期化し、慢性感染に転化しやすくなった。またHLAクラスⅠとクラスⅡの対立遺伝子とHCV感染の予後も密接に関係している。HCV感染後に健康を回復したチンパンジー/人体がHCVに再び接触した場合、通常はCD4+T細胞とCD8+T細胞の反応を通じてウイルスを迅速に除去することができ、慢性感染に転化する可能性は比較的低い[2]。HCV感染者のウイルスの有効な除去には、ガンマインターフェロン(interferon-γ,IFN-γ)とインターロイキン12(interleukin 12,IL-12)の分泌などT細胞が全面的で持続的な機能を持つ必要があるだけでなく、T細胞が比較的高い増殖能力を持つことも必要となる。また中和抗体の誘導も伝統的なワクチンの効果をはかる重要な基準となってきた[2,3]。成功した多くのワクチンは、中和抗体を誘導・産出することによって効果を発揮している。HBVとHPVのワクチン接種結果からは、ウイルスワクチンが個体の誘導によって抗体を産生することでウイルスの慢性感染を阻止できることが示されている[4]。もしも急性HCV感染早期に膜タンパク質特異性抗体が出現すれば、ウイルス除去に有利に働く。だがHCVの膜タンパク質の免疫原性は比較的弱く、初回感染者は往々にして抗体の産生が遅れ、反応も弱いものにとどまる[5]。さらにHCVが誘導・産生した中和抗体の膜タンパク質のエピトープはしばしば突然変異し、グリコシル化された膜タンパク質と高密度リポタンパク質(high-density lipoprotein,HDL)とスカベンジャー受容体クラスBタイプⅠ(scavenger class B typeⅠ,SR-B1)の相互作用も中和抗体と抗原の結合を阻害し、HCVの免疫逃避を促進する。自然免疫も抗HCV免疫の中で重要な役割を演じている。宿主はHCV感染後、IFN-λを迅速に産出し、抗ウイルス作用に参加させることができる[6]。さらにIL-28B(IFN-λ3)の一塩基多型と急性HCV感染の回復と治療効果も密接に関係している[7-10]。このほかナチュラルキラー(natural killer,NK)細胞とナチュラルキラーT(natural killer T,NKT)細胞もウイルスの複製制御の初期段階に介入する[11]。最近の研究では、記憶作用を持つNK細胞が個体内に存在する可能性があることも発見された[12]。このことは、記憶性NK細胞の誘導を目的としたHCVワクチンの設計に新たな構想の筋道を与えるものとなった。

2 HCVワクチン開発の現状と困難

 現在研究段階にあるHCVワクチンには主に、組み換えタンパク質ワクチン、合成ペプチド(エピトープ)ワクチン、DNAワクチン、ウイルスベクターワクチン、HCVウイルス様粒子ワクチンがあり、前者4種のワクチンはすでに臨床研究段階に入っている。だがHCVワクチンの有効性の評価基準は慢性感染と疾病発生を阻止できる免疫反応を個体に出現させることができるかであり、HCVの高い変異性とHCVに対する宿主の免疫反応能力の弱さは、HCVワクチンの開発の成功を大きく妨げている。

 RNAポリメラーゼに校正機能が欠けていることは、HCVウイルスの高い変異性をもたらしている。HCVの多種の抗原のうち、ワクチン開発と最も密切な関係を持つ中和エピトープはE2タンパク質N末端の超可変領域HVR1内に存在し、中和抗体の主要な結合部位となっている。HCVはしばしば、膜タンパク質の遺伝子突然変異を通じて中和抗体の識別を逃避し、HCVをターゲットとした有効な抗体を個体に欠如させる。MHCの限定性が存在することから、宿主の遺伝要素も個体T細胞のHCVに対する識別に影響する。例えばHCV感染細胞の表面のHLA-B57は、CD8+T細胞の標的細胞を識別し、その枯死を誘導するのに有利に働き[13]、HCVの自然除去を促進する。

 HCVのゲノムは、コードNS3やコードNS5などの高度保存領域にあり、これらの領域の遺伝子突然変異はHCVの生存に重大な影響を及ぼす。これらの保存配列に基づき、保守的T細胞エピトープをターゲットとしたワクチンを設計し、遺伝子工学によって候補ワクチンを構築し、このワクチンを抗原提示細胞の摂取と処理を経てHLA-ペプチド複合体の形式でT細胞に提示し、T細胞の応答を誘導すれば、HCVの高い変異性によってもたらされる問題を緩和できる[14]。だが保守的なB細胞エピトープをターゲットとしたワクチンを設計するのは非常に困難である。HCVはしばしば、膜タンパク質の突然変異を通じて宿主の体液性免疫反応を逃避する。これは誘導作用の幅広い中和抗体の主要な障害となっている。このほか中和エピトープが不連続配列によって形成される立体構造エピトープでもあり得ることも、B細胞エピトープをターゲットとしたワクチンの設計に挑戦を投げかけている。

 感染の結果を決めるのは宿主とHCVの相互作用であり、HCV感染は、T細胞の機能疲弊を引き起こし得る。HCV感染が慢性段階にまで進行すると、宿主は、有効な免疫反応を始動してウイルスを除去することができなくなる。合理的なワクチン設計にあたっては、抗原を融合してHCVの遺伝多様性がもたらす困難を克服すると同時に、免疫アジュバントを加えることによってHCV膜タンパク質の免疫原性の弱さという欠点を補足し、B細胞を誘導して大量の有効な中和抗体を算出し、個体がHCVに感染してすぐにワクチンが広範囲で高効率の免疫反応を誘導できるようにする必要がある。

 HCV感染とワクチン研究のもう一つの大きな障害となっているのは、有効な細胞培養モデルと動物モデルが欠けていることである。現在よく使われる細胞培養モデルには、HCV複製子、ウイルス糖タンパク質を発現できる感染性HCV偽型ウイルス粒子(HCV pseudotypeparticles,HCVpp)、培養上清中に感染性HCVウイルス粒子を産出する細胞培養系統(cell-culture derived HCV,HCVcc)が含まれる。まずHCV複製子系統は、HCV・RNAのコードの異なるタンパク質の機能やウイルスと宿主の間の相互作用の研究に用いることができ、新薬の開発にすぐれた研究ツールを提供している。だがウイルスの生活史全体にかかわる体外研究には用いることができない。次にHCVppには各種の遺伝子型のHCVの構造タンパク質が含まれHCV抗体によって介入される中和作用と模擬ウイルスの細胞進入の全過程の研究に主に用いられる[15]。さらにHCVcc系統は2a型HCV(JFH1)とそこから派生したクローンに限られている。1a型(H77-S)と1b型のHCV細胞培養系統が新たに産生するウイルス量は非常に低く、この培養系統の応用を限定している。このほかPodevinら[16]は2010年、特殊消耗材の必要ない初代培養肝細胞の方法を発明した。培養された初代培養肝細胞はHCV感染の全過程に適用される。体外培養系統は、HCVワクチン候補の体液性免疫反応の誘導能力をはかるのに役立つが、ワクチンの細胞性免疫反応の誘導能力をはかるのにはほとんど価値がない。

 HCV研究に利用が認められている動物モデルはチンパンジーだけだが、チンパンジーとヒトでは感染免疫関連の遺伝子に差異があり[17]、慢性ウイルス感染、例えばヒト免疫不全ウイルス(human immunodeficiency virus, HIV)、B型肝炎ウイルス(hepatitis B virus, HBV)、HCVの慢性感染の病理変化や疾病の進行、ウイルス除去にも差異がある[18]。また各種の研究で使われるチンパンジーの数量には限りがあり、品種も比較的単純であり、実験結果の意義を制限している。このほかヒト肝細胞をマウスの体内に埋め込んで形成したキメラマウスモデルは、HCV中和抗体やウイルス・受容体相互作用、HCV感染の治療措置の研究に用いることができるが、これらのマウスは免疫不全型マウスであり、適応免疫応答の作用や慢性感染の決定的要素の研究に使うことはできない[19]

その2へつづく)


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