第107号
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日中大学生の交流事業―早稲田大学及び北京師範大学の短期留学に同行して

2015年 8月31日

新保 敦子

新保 敦子(SHIMBO Atsuko):
早稲田大学教育・総合科学学術院教授
教育学博士(早稲田大学)

略歴

 東京大学大学院教育学研究科博士課程満期退学、京都大学人文科学研究所助手、1991年早稲田大学教育学部専任講師、2000年同大学教授、2013年より 北京師範大学教育学部客員教授。

 日本の大学生は中国への短期留学でどのようなことを学び、また、中国の大学生は日本での経験からどういったことを学ぶのだろうか。2 014年度に実施された早稲田大学から北京師範大学への短期留学及び北京師範大学から早稲田大学への短期受入(それぞれ8日間)を通じて考えてみたい。

 本事業は、早稲田大学大学院教育学研究科と北京師範大学教育学部との学術交流協定に基づく初めての学生交流事業として、2014年度にJASSO海外留学支援制度(短期派遣及び短期受入れ)を 受けて実施された。担当教員として、北京師範大学の短期留学に同行し、また北京師範大学からの受け入れを御世話したので、学生たちの感想及び大学生による交流事業の課題などを含めて記しておきたい。

1,北京師範大学への学生派遣(2014年10月25日~11月2日)

 正直なところ、PM2.5の影響もあり、学生募集にやや不安を覚えたものの、学生の参加者もほぼ、当初の計画通りとなった。また、何よりも参加者の満足度が極めて高かったことは、特筆すべきであろう。 

 内容としては、北京師範大学での講義、北京師範大学・早稲田大学院生フォーラムにおけるプレゼンテーション、北京師範大学・早稲田大学・高麗大学3大学学術交流会への参加(同時期に開催)、学校訪問( 小学校、中学校)、博物館見学など、多彩な内容が組まれていた。参加した日本人学生13名にとっては、貴重な学びの機会となった。

 北京師範大学・早稲田大学院生フォーラムや、北京師範大学・早稲田大学・高麗大学3大学学術交流会へ参加し、中国、韓国の院生による発表に啓発された早稲田院生が多かった。同じ学生として、彼 らのレベルの高さに、研究意欲をかき立てられたようだ。

 北京師範大学院生による心暖まるおもてなしにも早稲田生は感激していた。院生が、飛行場の出迎えから、学校訪問・博物館見学の付き添い、講義や院生交流会の準備などなど、すべて取り仕切ってくれた。彼 らとの交流が帰国後も続いていることは、担当教員として嬉しいことである。

 また、北京師範大学の御世話で府学胡同小学、北京市第二十五中学を訪問した。日本同様に、中国でも学校見学は難しい。その点、今回は、授業まで見学させてもらい、日 本と中国の学校現場における授業の在り方の違いを、身をもって体験できたことは大きな成果である。

 たとえば二十五中学では数学の授業を見学した。日本での数学教育においては、図を示す形で行う。しかし、同校は進学校ということもあるかもしれないが、口答で問題を説明する形で授業が進むため、言 語の理解能力が高くないと、理解は難しいという印象を持った。早稲田生たちもその進度の速さに圧倒されていた。中国人留学生に後で聞いたところ、やはり日本の学校教育における数学教育は、図を呈示し、よ りわかりやすい工夫がされているとのことであった。

 二十五中学には、国際部も設置されていて、高校卒業後にカナダの大学に留学する者も少なくないとのことであった。大変に流ちょうな英語を話す国際部の学生の姿に中国の英語教育の勢いを感じた。

 一方で、早稲田大学北京事務所の世話で、農民工子弟学校も訪問した。エリート校である府学胡同小学・二十五中と農民工子弟学校のあまりの格差に、中国の教育の現実を垣間見ることができた。こ うした学校間の格差は、日本人の学生にとって驚きであったようである。

 また参加した学生たちは自分たちで精力的に北京周辺の様々な所(抗日戦争記念館など)に出かけていき、多くのことを吸収しようとしていた。特に、参 加者の中に北京に以前留学していた学生がいたことが大きかった。

 留学で得た学びの定着のため、学生によるレポートをまとめた報告集を作成した。報告集は日本語だけでなく、中国語による翻訳も加えた。北京師範大学の受け入れ担当部局、担当者、交 流に関わった院生にも送付し、非常に歓迎を受けた。

 ただ、今回、参加した学生は、ほとんどが海外経験を持っていた学生たちであった。ある学生は、フランスに1年、また別の学生はカナダに1年というように、長期、あるいは短期留学の経験者が、ほ とんどであった。あるいは、かつて中国の日本人学校、あるいはインターナショナル・スクールで学んだという学生もいた。

 その意味では、早大生の中で海外に出て行く積極派学生と、海外に出て行かない内向き志向の学生とが、二極化しているようにも思われる。今後のグローバル社会の中で、海外に関心も持たない学生も、海 外経験を積むことが、課題となっていくのではなかろうか。

2,北京師範大学からの受け入れ(2015年3月15日~23日)

 年を越してから、急遽、北京師範大学から短期留学の院生を8人(付き添い教員1人)受け入れることになった。当初、JASSOの受入事業への申請は不採択であったが、1月末に追加採択となった。急 なことで、パスポートの申請など間に合わないのではないかと危惧されたが、北京師範大学の迅速な対応によって、院生派遣が実現することになった。全員が大学院生で、教育学を専門とする院生たちである。

 交流内容としては、早稲田大学でのレクチャーの聴講、教育学研究科・教職研究科院生との交流、早稲田大学・北京師範大学・ロンドン大学による院生国際フォーラムでの発表( 同時期にJASSOプログラムでロンドン大学の院生が早稲田大学を訪問)、学校訪問(荒川区小学校・中学校、早稲田実業)、社会教育施設訪問(国立女性教育会館、新宿区地域センター)など、盛 りだくさんな内容である。

 日本に対する感想としては、清潔、時間が正確、礼儀正しい、日本人は親切という意見が多かった。とりわけ地下鉄や電車が時刻表通りに運行されていることに対しては、びっくりしていた。

 また、学校見学に関する印象としては、子どもたちのすべての作品が掲示されていることに驚いたようであった。中国では一部の優秀な子どもの作品しか掲示されないからである。また、小 学校卒業式の予行演習も見学したが、整然とまた感動的な演出がされていて、とりわけ感銘深かったようである。

社会教育施設に関する感想としては、社会教育が充実し自発的なプログラムが組まれていることに対する驚きの声があった。また、国立女性教育会館においては、女性教育会館ボランティアのご好意によって、本 格的な茶室で着物の着付けをしてもらい、茶道体験をすることができた。初めて着る和服に歓声をあげ、いろいろとポーズをとりながら写真撮影をしていた。また、こ うした会館の事業がボランティアによって運営されていることに対しても、印象的だったようであった。

 11月に中国に短期留学した早稲田大学のメンバーが飛行場までの出迎えから、学校訪問の付き添い、通訳など留学生のアテンドとして大活躍してくれて、その意味でも相互交流の大切さを実感した。J ASSOのプログラムは、日本人の派遣に関しては申請が通りやすく、外国人の受け入れについては申請が通りにくいといった課題がある。今後、交流事業の相互性の原則から、院 生の海外からの招聘事業への補助が増えることを希望する。

 このように今後に向けていろいろな課題はありながらも、今回の派遣及び受入れ交流プログラムは、全体として参加学生の満足度が極めて高く、極めて成功したプログラムであったと言えよう。こ うした大学生の交流事業が、今後、継続的に続いていくことを祈念している。