土壌物理学発展の現状と展望(その3)
2015年 9月30日
李保国:中国農業大学資源・環境学院教授
中国農業大学資源・環境学院教授、博士。「長江学者」特別招聘教授、米国土壌学会・農学会会員、中国土壌学会副理事長。土壌・水プロセスの定量化、土壌作物系統のモデリング、水土資源利用などの分野を研究する。国家難関克服(サポート)事業、国家自然科学基金重大プロジェクト課題、「973」や「863」の各課題など20件余りの事業を中心的に担当。論文発表400本余、そのうちSCI収録論文80本余、EI収録論文60本余。専門書の執筆・編著10部余。
任図生、劉剛、商建英、沈重陽、黄峰、王鋼、李貴桐: 中国農業大学資源与環境学院
周虎: 中国科学院南京土壌研究所
(その2よりつづき)
3 展望
地球全体で考えると、過去50年の間に農業の生産能力は2.5倍から3倍までに高まった。だが地球規模の増産は、一部の地区において水土資源の衰退と生態関連の商品とサービスの悪化を招いている。地球全体の食糧生産量は2050年までに、2009年比で70%高められる必要があるとされる。食糧需要の伸びが急速な国はしばしば、水土資源が極度に不足している国と重なる[2]。土壌の安全や水の安全、食糧の安全には深刻な脅威が与えられており、生態環境の質はさらなる悪化が見込まれる。食糧生産と経済発展が推定レベルに達しなければ、国家間または地域で深刻な社会問題や衝突が誘発される可能性もある。2014年の第20回世界土壌科学会議が「土壌安全と平和」というテーマを扱ったのは、こうした認識が出発点にある。中国は過去30年余りにわたって急成長し、農業生産と経済発展で人類史上の奇跡とも呼べる成果を上げた。しかしそれによってもたらされた生態環境問題は際立っている。耕地の質は低下し、水資源は不足し、大気や水土の汚染問題は日増しに深刻化しており、中国の土壌安全は厳しい時期を迎えている。土壌物理学の研究対象は土壌だが、その対象となる研究のプロセスのほとんどは水文プロセスと関連している。土壌物理学は今後、土壌安全の直面する問題の解決にあたって、水土資源と環境問題を標的に、マルチスケールから研究を展開し、水土資源と環境変化の傾向への人類の予測能力を高め、その質に対する保護とコントロールを実現する必要がある。
以下では、この分野の発展の必要性と中国の土壌の質の急迫するニーズを念頭に、土壌物理学の発展の今後を展望する。
3.1 土壌物理学発展の要求
米国科学アカデミーなどは2009年、土壌学研究の最前線をめぐるワークショップを開催した。ワークショップでは、土壌学の将来の研究内容が話し合われ、これについては報告書も正式に出版されている[103]。挑戦的な研究内容の多くは土壌物理学と密切なかかわりを持つものだった。2011年には、国際的に知られた土壌物理学者が、地球の発展が直面する問題は土壌物理によって解決できるとした上で、土壌物理学界が抱える従来からのまたは新たに現れた研究課題を8つ挙げた[13]。最初の3つは、農地スケールから土壌水分の特性を研究するもので、それぞれ「スケール転換」「有効な水力特性」「土壌の構造と機能との間の関係」の3つだった。次の2つは、表面張力-粘性流体偏差を課題とするもので、「土壌中の不安定流」「土壌の撥水性」の表現の研究とされた。さらに2つは、土壌物理と土壌生物の統合された研究分野にかかわるもので、「植物-土壌連続体中の水流と物質輸送」「土壌微生物の多様性と物理・生態起源」が挙げられた。最後は、土壌を生態系の一部ととらえ、土壌を生態インフラとして研究し、その生態系サービス機能の重要性に着目したものである。これらの課題は、土壌物理学界において今後しばらくも、重点的な突破が待たれる課題となる見込みだ。土壌物理研究に携わる研究者には一読を提案する。また最近は、生態への機能の研究を地表クリティカルゾーンへの機能の研究に押し広げた研究もあり[104]、土壌科学分野の注目に値するものと言える。核心的な内容となるのは、土壌の物理的な特性とプロセスである。
3.2 中国の耕地の質と土壌安全の必要性
中国の発展は、食糧安全と生態環境保護という差し迫った必要性に直面している。食糧安全の根本は、耕地の質、即ち農作物用地の土壌安全問題にある。現在、東北地方の黒土区の土壌退化(土壌有機質の低下と土壌侵食)や華北地区の水資源不足による土壌乾燥化、南方地区の土壌酸化、西北乾燥耕作区の土壌貧化(土壌侵食と養分枯渇)、オアシス地区の土壌塩過剰による土壌安全問題などが、中国の食糧安全に深刻な影響を与えている。過去30年余りの急速な発展は、中国の湖・河川の水体と一部の農地土壌の重金属または有機物による汚染を生み、これも中国の生態環境の安全と食品の質の安全に深刻な影響を与えている。中国土壌物理研究は、上述の資源と環境の問題をめがけた取り組みを進め、土壌の水・塩分・汚染物の移動と転換に関する理論とモデルの発展と改善に努め、異なるスケールの土壌構造と水・炭素・窒素の循環プロセスのモデルを構築し、中国の土壌安全や水安全、食糧安全、生態安全に貢献するものとしなければならない。
(おわり)
※本稿は李保国、任図生、劉剛、周虎、商建英、沈重陽、黄峰、王鋼、李貴桐「土壌物理学発展現状与展望」(『中国科学院院刊』第30巻・増刊,2015年、pp.78-90)を『中国科学院院刊』編集部の許可を得て日本語訳・転載したものである。
103 Steering Committee for Frontiers in Soil Science Research,National Research Council,Frontiers in Soil Science Research:Report of aWorkshop,The National Academies Press,2009.
104 Field J,David P,Breshears D,et al, Critical Zone Services: Expanding Context, Constraints, and Currency beyond Ecosystem Services, Vadose Zone Journal,2015,14:DOI:10.2136/ vzj2014.10.0142.