第108号
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土壌微生物学研究の現状と展望(その2)

2015年 9月25日

陸雅海 北京大学都市・環境学院 資源・自然地理系教授

 北京大学長江特別招聘教授,国家傑出青年基金獲得者。土壌微生物学と生物地球化学の研究に長期にわたり従事。代表的な成果には、▽微生物の安定同位体プロービング研究技術の改良、▽ 有機質嫌気分解微生物の群集交代の法則とカギとなる影響因子の提示、▽短鎖脂肪酸の嫌気酸化メカニズム及びカギとなる微生物の解明、▽水稲土中でカギとなる作用を発揮するメタン菌及び環境適応メカニズムの発見、▽ 水稲土のメタン酸化に対する農地管理措置によるコントロールメカニズムの解析――などがある。現在、多くの国際的な学術誌の編集委員を務める。

その1よりつづき)

4 中国の土壌微生物学研究の発展

 中国の土壌微生物学科の発展は、1930年代の張憲武や陳華癸、樊慶笙ら諸先輩の開拓的研究に端を発する。1950--60年代、中国の学者は、▽土壌微生物区系、▽根圏微生物、▽ 元素循環における土壌微生物メカニズム、▽水稲田土壌における微生物学プロセス、▽土壌生化学活性と土壌酵素、▽根粒菌とマメ科植物の窒素固定作用、▽リンバクテリアなどの農業に有益な微生物の種類と応用――な どの面で積極的に基礎・応用研究を展開した。だが1960--70年代、歴史的な原因から、中国の土壌微生物学研究はほぼ中断することとなった。1980年代、中国の土壌微生物の教育・研究事業は再開し、根 圏微生物などの面で多くの研究がなされるようになった。

 21世紀に入ってから、分子生物学技術の土壌生物学分野における応用と発展が進み、土壌微生物学研究は世界的に盛んに発展し始めた。国家自然科学基金委員会はこの発展傾向にねらいを定め、「十一五」( 第11次5カ年計画、2006-2010)と「十二五」(第12次5カ年計画、2011-2015)期間、一連の重大・重点研究プロジェクトを援助した。科学基金の課題選定においては、土 壌微生物学の発展の最前線にねらいを定め、交差分野の最前線における研究課題が大量に打ち出された。さらに国家傑出青年基金を土台として、優秀な若手中堅人材の支援と育成が進められ、戦 略的な目と国際的な研究水準を備えた若手の学科リーダー群を形成した。10年余りの努力を経て、中国の土壌微生物学研究分野は、世界的にほとんど注目されていなかった状況から、い くつかの研究方向において幅広い関心を集めるまでに発展し、研究水準は世界の先端水準に近づき、中国の土壌微生物学研究の国際的な地位は大きく高まった [47] 。現在、中国の土壌微生物学分野はすでに、土壌・環境学科において最も急速に発展している学科の一つとなっている。

 ここ10年余りの中国の土壌微生物学研究の主要な成果として以下が挙げられる。▽土壌微生物の数量や構成、機能の研究における基本的な技術体系が形成された、▽ 研究内容の面でこれまでになかった広範さと深度を備えた開拓がなされ、従来の細菌と真菌、放線菌の外観の認識を超え、土壌生態系のカギとなるプロセスをめぐって、有機質分解や土壌元素転換、土 壌質保育プロセスなどの面で、土壌微生物の群集の構造及びその機能が系統的に研究され、大きな進展が実現された、▽比較的整った土壌微生物の多様性や土壌微生物の構造・機能などの研究理念が形成され、土 壌元素の生物地球化学循環における微生物の駆動メカニズムなどの面で重要な進展が実現された、▽土壌養分の元素転換や全地球的変化、汚染環境修復などの面で急速な発展が実現された―  さらに土壌窒素転換を核心とした微生物メカニズムのプロセスや土壌微生物の相互作用によって媒介される有機質分解プロセス、微生物と鉱物の相互作用、土壌-植物根系-微生物の間の相互作用、微 生物プロセスと環境汚染修復などの面でも重要な進展が実現され、未来の中国の土壌微生物学の発展のための堅固な土台が築かれた [47]

 このように中国の土壌微生物学分野は近年、喜ぶべき進展を実現してきた。だが全体的に見ると、世界の発展の状況との比較となると、また一定の差がある。全体的な研究力はまだ弱く、ハ イレベルな研究プラットフォームが不足している。多くの研究プロジェクトはフォローアップが主で、オリジナルのものは少ない。一部の重大な基礎科学問題に十分な研究の蓄積がない。

5 土壌微生物学の未来の発展

 過去を振り返ることは、未来を展望することにつながる。筆者は、土壌微生物学分野で重点的に考慮すべき科学の問題と発展方向を考えるためのたたき台として、以下のポイントを指摘したい。

(1)土壌微生物の群集と機能の時空変異法則とスケールの拡大。過去の大量の研究は主に、土壌微生物の数量や種類、多様性、群集構造に注目するものであり、土 壌微生物の大量の遺伝子情報データが蓄積されているものの、系統的で動態的な観測データは不足している。動態変化は、生物地球化学プロセスの基本的な特徴であり、微生物システムの動態観測研究を展開して初めて、生 物地球化学の時空変化の法則を理解することができる。このため土壌微生物学の研究には「静態」から「動態」への変化が求められる。チャレンジングな科学問題に、土 壌微生物群集の構成と機能には普遍的な時空変異の法則が存在するかという問題がある。土壌中の巨大な微生物の多様性とその維持メカニズムは、実験室内の単一生物のシミュレーション研究を超えており、ミ クロスケールの土壌微生物のプロセスの発生や発展が、マクロスケールの地球表層システムの各種の物質転換プロセスを決定している。土壌微生物学研究は、分子や細胞、群集、生 態系など異なる時空スケールにおいてプロセスのメカニズムを解明し、スケールの拡大を実現し、土壌微生物システムのデジタルカービングを最終的に実現し、これを表層地球システム科学モデルへと連結する必要がある。< /p>

(2)土壌微生物の適応環境の変化のメカニズムと理論。土壌微生物は、周囲の環境を絶えず変化させ、変化した環境による変化を受けている。土壌微生物の環境変化に対する適応メカニズムは、土 壌微生物学の基本的な科学命題だが、関連する理論体系はまだ形成されていない。過去の大量の研究は、土壌微生物の群集の構造と機能に対する環境因子の影響を探索するものだったが、ほ とんどの仕事は群集レベルに停滞し、分子・細胞レベルの研究は比較的不足していた。土壌微生物の環境変化に対する適応はその時空変異の基礎であり、適応メカニズムの研究は、土 壌微生物の時空変異法則の理解を助けるもので、土壌生物地球化学の動態変化の探求に理論的基礎を提供する。このように土壌微生物の環境変化に対する適応メカニズムは土壌生物学分野の核心的な科学問題であり、そ の理論体系の構築は未来の国際的な土壌微生物学研究の競争の焦点となる見込みだ。中国の特色ある土壌、例えば水稲土系統に対し、微生物の環境変化適応の系統研究を展開し、土 壌微生物の環境変化適応の普遍的な法則を提示し、土壌微生物と環境の相互作用の理論体系を構築することを提案する。

(3)土壌中の炭素・窒素元素の転換の新たなるルート。過去10年余りの研究からは、土壌中には、培養が難しい微生物が大量に存在し、土壌微生物の個体群の90%以上を占めていることがわかっている。こ れらの新型微生物種は、新たな代謝ルートを持っている可能性がある。これにはまったく新しい炭素・窒素固定ルート、メタン代謝ルート、有機物質分解・転換ルート、新たなアンモニア窒素の代謝・転換ルート、新 たな硫化鉄の代謝・循環ルートなどが含まれる。水体環境においては現在、重要な科学的価値のある代謝の新ルートがいくつも発見されている。土壌微生物の種類と多様性は水体環境よりも複雑であり、土 壌中にはさらに多くの元素転換の新ルートが存在すると考えられる。こうした新ルートの発見は、未来の国際的な土壌微生物学研究のもう一つの競争の焦点となると見られる。こ のためハイスループットゲノミクス技術を利用し、機能微生物の生理・生物化学特性の研究と結びつけ、土壌微生物の新たな代謝プロセスを焦点として、土壌中で発生する物質転換の新たなプロセスを提示する必要がある。< /p>

(4)土壌微生物研究の新たな方法の発展。ここ20年の国内外の土壌微生物学の急速な発展を振り返ると、ブレークスルーは常に、学科の交差と技術の発展によって実現されてきたことがわかる。こ のため新たな土壌微生物ゲノミクス技術や単細胞分析技術、同位体トレーサー技術、その場観測技術、新培養技術、特徴的な学科である生物情報学技術などの発展と開発は、上 述の理論研究のブレークスルーの実現を後押しするとともに、異なる時空スケールの微生物の土壌物質循環における代謝活力と流量への貢献を総合的に分析し、地 球の生態環境に対する土壌微生物のプロセスの影響を予測することを可能にするものとなる。

(おわり)


※本稿は陸雅海「土壌微生物学研究現状与展望」(『中国科学院院刊』第30巻・増刊,2015年、pp.106-114)を『中国科学院院刊』編集部の許可を得て日本語訳・転載したものである。


47 宋長青,呉金水,陸雅海ら. 「中国土壌微生物学研究10年回顧」. 『地球科学進展』,2013,28:1087-1105.院刊