中国製造業の発展と「中国製造2025」計画(その3)
2015年10月30日 郭朝先(中国社会科学院工業経済研究所)、 王宏霞(中国社会科学院大学院)
(その2よりつづき)
三、「中国製造2025」プラン:製造業大国から製造業強国へ
「中国製造2025」は、2013年初頭の時点では中国工程院が工業情報化部、国家品質検査検疫総局とともに進めるコンサルティング事業(重大プロジェクト「製造強国戦略研究」)に過ぎなかった。ドイツ政府が2013年4月のハノーバー・メッセにおいて正式に「インダストリー4.0」戦略を発表したことを受け、中国政府の担当責任者は、この「第三次産業革命」とも言える流れに追いつくことが必要だと考えた。そこで2014年初頭、工業情報化部を旗振り役に指名し、関連する部・委員会と共同で「中国製造2025プラン」の策定に当たらせ、これを向こう10年間の中国の製造業発展を見据えたトップダウンデザインとして、国家戦略に位置付けることとした。このため、「中国製造2025」は「中国版インダストリー4.0」と呼ばれる。
1.先進国の「再工業化」や第三次産業革命に対応する形で打ち出された「中国製造2025」
現在、欧米の先進国は「再工業化」戦略を進め、産業面での先行者としての強みを維持し、製造業のハイエンド分野を独占することで、発展途上国との距離をさらに開こうと図っている。インド、ベトナム、インドネシアなどの発展途上国は、より低い労働力コストを武器に労働集約型産業の移転を呼び込み、製造業におけるミドル・ローエンド市場を独占しようと図っている。中国の製造業は、まさに欧米先進国と発展途上国からの「挟み撃ち」に直面している状況である。中国の工業化プロセスは先進国とは大きく異なる。先進国は順次、工業化、都市化、農業の近代化、情報化という発展段階を踏んできたが、中国の場合は新興工業国であるため、必然的にこれらを並行して進めることとなった。このため工業化、情報化、都市化、農業の近代化の四者を「四つの現代化」として同時に進めている。工業においても、インダストリー2.0、3.0、4.0を同時に進めなければ、再び先進国に水を開けられてしまうだろう。このため、私たちは後発者としての利点を充分に生かして、中国の工業化プロセスや製造業強国づくりのプロセスを大幅に加速していく必要がある。
現在起きている「第三次産業革命」は、中国の製造業の発展に非常に大きなチャンスをもたらす一方、非常に大きな正念場でもある。「中国製造2025」は、中国の製造業が第三次産業革命によって受ける可能性がある影響をトータルに評価する中で策定されたものである。人工知能、デジタル・マニュファクチャリング、工業用ロボット、3Dプリンタといった製造技術の新たな飛躍や成熟は、人類の工業社会を新たな時代に導こうとしている。スマート化、デジタル化、情報化技術を基盤とし、大規模なカスタマイズ製造を特徴とする第三次工業革命は、従来の製造技術における新製品開発サイクル、生産能力の稼働、生産コスト、製品の性能、カスタマイズのニーズなど、製品をめぐる各要素の矛盾を根本から解決し、生産製造の総合的な最適化や製品品質の大幅な向上を実現した。第三次産業革命によって製造技術の一般公式が変われば、これまで中国の製造業が発展の拠り所としてきたコスト面の比較優位が弱まるだろう。製造段階におけるグローバルな分担の再編に伴い、海外資本が直接投資を引き上げる可能性があり、さらに現在一部の先進国が打ち出した「再工業化」戦略が状況に追い打ちをかける恐れもある。中国の製造業は新たな情勢への適応を迫られており、グローバルな産業分業構造における位置づけの向上や、低付加価値から高付加価値への転換、技術集約度の向上、粗放的発展からリーン生産方式への転換、大規模生産から大規模なカスタマイズ生産への転換など、全面的な戦略モデル転換が必須となる。
「インターネット・プラス」は「中国製造2025」に新たな要素をもたらしている。現在、世界では新たな科学技術革命や産業革命が起きようとしており、情報技術、特にインターネット技術の発展と応用が、かつてないほど広い範囲に深く浸透しつつあり、生産方式や発展モデルの深層からの変革を加速させている。有線ネットワークに始まりワイヤレス、モバイル、ブロードバンド、ユビキタスといったネットワーク(すなわち「インターネット・プラス」技術)の広がりや普及により、製造業は新たな発展のチャンスを迎えている。2015年の中国の政府活動報告は、「インターネット・プラス」アクションプランの制定に言及した。このプランは、モバイルインターネット、クラウド・コンピューティング、ビッグデータ、モノのインターネット(IoT)を現代の製造業と結び付けることで、電子商取引(EC)、インダストリアル・インターネット、インターネット金融の健全な発展を促すことを主眼に策定される。「インターネット・プラス」は、インターネットと製造業との単純な「足し算」ではなく、「掛け算」の効果を発揮し、新たな情報技術やインターネット技術と製造業との高度な融合により、製造業の生産方式、投資方式、管理方式、ビジネスモデルなどを最適化することが期待される。インターネットの従来企業との融合、従来企業によるインターネットの取り込み、この両者が融合することで新たな、より大きな経済発展の源動力となり、更なる社会発展を推進することになるだろう。
2.「中国製造2025」を読み解く
「中国製造2025」は新たな「追い付き、追い越せ戦略」である。中国はそれぞれ約10年サイクルの戦略を三段階重ねる「3ステップ」戦略により、製造業大国から製造業強国への転換を実現しようとしている。つまり、2045年ごろには製造強国への転換を完了することを目標にしており、2025年はその第一ステップという位置づけである。「中国製造2025」は第一ステップの10年行動綱領及びロードマップ、タイムスケジュールを提示したものである。世界の製造業強国の発展度に応じて三グループに分けるとすれば、中国の最初の目標は「第三グループ」から「第二グループ」への躍進となる。2015年3月5日の中国政府活動報告は、「『中国製造2025』を実施し、イノベーション先導、スマート化、基盤強化、グリーン開発を堅持し、製造大国から製造強国への転換を加速する」ことを明確に打ち出している。2015年3月25日、国務院常務会議では、明確な指示が出され、「中国製造2025」の実施推進を加速し、製造業の高度化を実現するとの明確な指示が出された。
「中国製造業発展綱要(2015~2025)」が近く正式発表される見通し。ここでは、各分野の情報を元に、「中国製造2025」プランの骨子、すなわち「11223410」プランを次のようにまとめた。
—— 一大使命:中国の製造業のミドル・ハイエンド分野での発展を促し、製造大国から製造強国への転換プロセスを加速する。
—— 一大基本路線:情報化と工業化を高度に融合させた製造のデジタル化、ネットワーク化、スマート化を基本路線として、中国の製造業の高度化を進める。
—— 二大方向:中国の製造業におけるスマート・マニュファクチャリング、グリーン・マニュファクチャリングを推進する。
—— 二大任務:ハイテク産業や戦略的新興産業の発展を促すばかりでなく、ハイテクや新たな情報技術、インターネット技術などを利用した従来産業の高度化に力を入れる。
—— 三大ビジョン:継続的な努力を重ね、「メード・イン・チャイナ(中国製造)」から「スマート・マニュファクチャー・イン・チャイナ(中国智造)」や「クリエイテッド・イン・チャイナ(中国創造)」への転換、スピードから質への転換、「製品」から「ブランド」への転換を実現する。
—— 四大モデル転換:中国製造業のモデル転換の促進(1)生産手段主導からイノベーション主導への転換(2)低コストという競争優位性から品質・効率面の優位性への転換(3)資源消費や汚染物排出の多い粗放的な製造からグリーン・マニュファクチャリングへの転換(4)生産型製造からサービス型製造への転換。
—— 十大分野:「中国製造2025」は10の重点分野を定めている。すなわち、次世代情報技術、ハイエンドNC工作機械及びロボット、航空宇宙関連設備、海洋プロジェクト用設備及びハイテク船舶、先進的軌道交通設備、省エネ・新エネルギー自動車、電力設備、新素材、バイオ医薬及び高性能医療機器、農業機械設備――である。これら10大分野でスマート・マニュファクチャリングやグリーン・マニュファクチャリングを推進し、中国製造業の高度化モデルをつくる。
3.踏み込んだ解決が求められる重要問題
「中国製造2025」プランの実施によって予期した効果を上げるためには、一連の問題の解決が求められる。
——イノベーション主導型の発展戦略の実施:製造業の発展の隅々までイノベーションを徹底し、スマート・マニュファクチャリングやグリーン・マニュファクチャリングを中心的な目標として、ハイテク技術、特に「インターネット・プラス」による製造業の高度化を図り、技術革新への投資を強化する。2015年の政府活動報告は、国として400億元規模の新興産業ベンチャー投資誘導基金を設立することを明示している。2015年の研究開発のための経費支出は、GDPの2.2%に拡大すると見込まれる。産学研連携による製造業イノベーションシステムを整備し、重要な特別技術開発プロジェクトや業界向け汎用技術に関する重要課題への取り組みを加速するとともに、技術的成果の産業化を加速し、重要プロセス、重点分野、企業でのイノベーション能力を高める。中核技術、重要技術を基に先進的製造方式の基礎プロセス技術を開発する。一般社会における起業とイノベーションを奨励し、中小零細企業の発展を促し、経済的活力を増強する。
——新たな経済インフラの整備:「中国製造2025」の実施に伴い、ブロードバンド、ワイヤレスインターネット、クラウド・コンピューティング、インターネット金融に代表される「新経済インフラ」の整備を加速する必要がある。アリババ・グループ傘下の研究機関「阿里研究院」のレポートによれば、道路・鉄道など物流ネットワーク、従来型金融機関、エネルギー施設、小売ネットワークは、従来の工業社会においては不可欠なインフラだったが、インターネットなどの情報技術の幅広い応用に伴い、ブロードバンド、クラウド・コンピューティング・センター、インターネット金融機関などのソフトウェア・ハードウェアが、今後は経済発展を支える「新経済インフラ」になるとみられる。将来的にその発展を支援することで、「中国製造2025」実施の基盤とすることが必要になる。
——実体経済分野へのリソース配分:中国の製造業には「実体経済離れ」という危険な傾向が現れ、資本や人材の流出、生産手段の移転、効率低下などの問題が存在している。新たなグローバル産業分業体制の再構築の過程で、中国の製造業はなお欧米先進国との競争圧力に直面している。「中国製造2025」と後続の関連政策には、「実態経済離れ」を解消し、製造業における国際競争力を増強することが求められるため、後続の関連政策には財政・税制措置、金融、技術、人材政策などが盛り込まれるべきである。例えば、新興産業向けの補助金・支援制度や、先端技術(将来技術)の研究開発に対する支援策、新興産業向けの金融支援やベンチャー投資の仕組みづくり、中小企業向けの支援策、競争環境の最適化、新たな製品市場の育成などが考えられる。
——重点技術・分野リストの動的な調整: 「中国製造2025」については今後、「1+X」の計画体系を構築し、既存のプランに加えて新たな技術革命に照準を合わせた措置を制定し、ドイツの「インダストリー4.0」と同様、特化したプランを策定することになる。「Xプラン」で定める重点分野の高度化については、対象リストや手引きを制定するとともに、技術の最新の発展動向や市場の変化に合わせて、リストの内容を動的に調整し、入れ替え方式で進めていく。動的調整と入れ替え方式を採用する目的は、過去の類似の失敗を繰り返さないようにするためである。これまでの中国はテコ入れを図る戦略的新興産業として7分野を提示したが、これらは限られた分野に絞られていたため、各地では太陽光発電や風力発電といった分野への参入が殺到してしまい、その結果この「戦略的新興産業」はたちまち生産能力過剰に陥ってしまった。
——「職人魂」を提唱し、技能人材の育成を強化:職人魂(クラフトマン・スピリット)とは、自らの製品を丹念に作り込み、こだわりを極めようとする職人の精神的理念のことである。職人は自らの製品を丹念に作り込み、そのプロセスを絶えず改善し、製品が自分の手の中で昇華していく過程を楽しんでいる。職人は細かいディテールに強いこだわりを持ち、完璧や極致を追求し、優れた製品をとことんまで突き詰める執着心を持ち、品質を99%から99.99%に高めるための努力を惜しまない。得られる利益は僅かであるが、その製品は長く社会の役に立てられる。ドイツ、スイス、日本の製造業の特徴は、精密さと精致さにあり、その職人魂は中国にとって学ぶに値する。これらの国で製造された高品質の製品のバックグラウンドとなっているのが、職人魂であり、「ものづくり」の文化である。ドイツ、スイス、日本には百年以上続く老舗企業が多くあり、技術者の地位が相対的に高く、技術者は自分の仕事に誇りを持ち、生涯に渡って従事し続ける。中国が世界に名高い「メード・イン・チャイナ」の製造プロセスを、単なる「合格」から「良質」、さらに「特選」のレベルへ引き上げるためには、それを支える大量の技能人材、さらには上述の職人魂や「ものづくり」の文化が必要になる。情報化やデジタル化の時代を迎えた今、1880年頃の工業化初期段階のドイツで生まれた「徒弟制度」をそのまま導入するのは不可能だが、ドイツの人材育成のノウハウは学ぶ価値がある。新旧技術が急速に交替する現状を踏まえると、中国においてキャリアと平行した生涯教育システムを構築する必要がある。例えば、ドイツの手法に倣って、特殊な職業学校を設立したり、特定の職業向けの大学課程を設けたりすることで、キャリアと絡めた生涯教育の仕組みを整えることが考えられる。また、高等職業教育に対して「工士」の学位を授与することで、技術・技能人材の社会的地位の向上や名誉欲の充足を図ることも考えられる。
——海外のノウハウの参照:政府レベルにおいては、世界的な金融危機以降、先進国が次々と実体経済の成長を刺激する国家戦略やプランを打ち出している。米国は「再工業化」、「製造業の再興」、「先進的製造業パートナー計画」を制定している。一方、ドイツは「インダストリー4.0」を打ち出した。日本は「再興戦略」の実施に踏み切っている。韓国は「新成長動力ビジョン及び発展戦略」を制定、フランスも「新産業フランス(La Nouvelle France Industrielle)」などを制定した。先進国は技術革新や産業政策の調整によって製造業の競争力を取り戻そうしており、これらの国の政策措置は中国にとっても参考とすべき価値がある。企業レベルでは、製造業分野のグローバル・メジャー、例えばドイツのシーメンス、米国のゼネラル・エレクトリックなどは、ソリューションの提供者であると同時に、先進的技術応用の市場でもある。先進国が進めている金融危機への対応、製造業の発展促進、あるいはグローバル企業による技術革新や産業融合の促進といった手法は、中国の政府や企業にとっても学ぶべきである。
参考文献
- 中国社会科学院工業経済研究所:「中国工業発展報告(2014)」経済管理出版社、2014
- 馬建堂:「六十五年間の奮闘、鍛練、前進を経て壮麗な一章を記す——中華人民共和国成立65周年を祝う」『人民日報』2014年9月24日
- 中国グローバルバリューチェーン課題研究チーム「グローバルバリューチェーンと中国の貿易付加価値額の算出にかかる研究報告」2014年9月――商務部ウェブサイト(http://www.mofcom.gov.cn/)より入手
- 金碚ら:「グローバル競争の局面変化と中国の産業発展」経済管理出版社、2013年
- 金碚、張其仔ら:「グローバルな産業の進化と中国の競争における強み」経済管理出版社、2014年
- 許穎麗:「『情報化と工業化の融合』から『中国製造2025』へ」『上海情報化』2015年第1期
- 陳淵源,呉勇毅:「『中国製造2025』対ドイツ・インダストリー4.0」『輸入経理人』2015年第3期
- 張暁強:「イノベーション推進の実施に必要な体制・メカニズム面の障害の排除」『経済参考報』2013年12月30日
- 李寅峰:「林光如委員:ロボット大国は大きくない」『人們政協報』2015年3月7日
- 張寧:「クアルコムの利益の連鎖の秘密:生産するチップは中国の4G携帯電話をほぼ独占」『企業観察報』2014年9月1日