中国の大学発ベンチャー企業(科学技術型)について(その6)
2015年11月16日 陳 強(同済大学経済・管理学院管理科学与行程系教授)、
余 偉 (同済大学経済・管理学院博士課程)
(その5よりつづき)
3.1.2 東軟グループの発展の現状
20年余りの発展を経て、東軟グループは現在、従業員2万人以上を抱える大企業となった。従業員に占める開発人員の割合は79%を占める。全国6カ所のソフトウェア研究開発基地、8カ所の地区本部を持ち、40都市に販売・サービスネットワークを構築している。大連や成都、瀋陽には、東軟情報学院3院と生物医学・情報工学院1院が設立されている。子会社は米国・日本・欧州・中東に広がっている。2013年の生産額は75億元に達し、2014年には100億元を突破する見込みである。営業収入に占める研究開発費の割合は8.11%に達している。
製品開発では、東軟グループの組み込み型ソフトウェアシステムは、世界的に有名なデジタル家電やモバイル端末、車載情報製品、IT製品などの多くの製品に利用されている。自社ブランドを持つ医療製品の分野では、自前の知財権を持つCTやMRI、デジタルX線機器、カラー超音波診断装置、全自動生物化学分析器、放射線治療機器、核医療イメージング設備などの一連の製品を揃えている。中でもCT機器は、中国のこの分野での空白を埋め、中国を世界第4のCT機器生産国とした。その医療製品は中国全土さらには米国・イタリア・ロシアなど世界60余りの国・地域に設置されている。自社ブランドを持つ情報安全製品の分野では、東軟グループの全面的な情報安全総合ソリューションは9年連続で中国の情報安全市場のトップを維持している。「東軟NetEye」は、FW・SOC・IDSの各市場のすべてでトップ3に入っている中国で唯一の情報安全ブランドであり、金融・電信・政府・電力・エネルギー・社会保障・交通・教育・航空などの産業に幅広く利用されている。
競争力では、経済誌「フォーブス」の中国トップ500にランクインしたほか、新たな認定方法での最初の「国家たいまつ計画重点ハイテク企業」の一つとなり、さらに中国科技部が認定する最初の「近代サービス業イノベーション発展モデル企業」にも選ばれた。「中国傑出イノベーション企業賞」と「中国ITイノベーション企業賞」も長年にわたって連続受賞しており、「世界的な競争力を持った中国の会社トップ20」にも3回にわたってランクインした。2007年には「世界ITサービストップ100」に4度目のランクインを果たし、「アジア新興アウトソーシングトップ10」の第1位に輝いた。IAOPが発表する「世界アウトソーシングトップ100」でも2007年に初のトップ25入りを果たし、世界で最も優秀なアウトソーシングプロバイダー25社に選ばれた中国で唯一の会社となった。2012年には「中国新興グローバル企業トップ50」に、2013年には、世界経済フォーラムの業界パートナーにそれぞれ選出されたほか、「コンピューター情報システム統合特一級資質企業リスト」に選ばれ、IAOP「世界アウトソーシングトップ100」への7度目の入選を果たし、プライスウォーターハウスクーパース「世界ソフトウェアプロバイダートップ100」にも名を連ねるなどの実績を重ねた。
イノベーション能力の向上では、東軟グループは、最初の「コンピューターソフトウェア国家工学研究センター」、最初の「デジタル医療画像設備国家工学技術研究センター」を保有するほか、「863」や「ハイテク産業化」など数多くの重大国家研究プロジェクトを担当してきた。
3.1.3 東軟グループの発展の主な経験
1.母体の大学が派生企業育成の長期的な資源調達者となる
知識経済の発展を背景として、大学は技術革新の重要な源となっている。大学が社会奉仕という役割を果たす重要な手段の一つは、その豊富な研究成果と新技術を産業界へと移転・拡散し、現実の生産力に転化して、経済的な価値を生み出すことにある。大学の知的資源と科学研究の強みを拠り所として派生企業を創設することは、大学の技術成果の移転を推進する有効な手段となる。東軟グループの萌芽・発育・成長の過程においては、資源に対する企業の需要と依存度は絶えず高まり、その母体である東北大学は、資源の調達者としての役割を積極的に演じ、その豊富なネットワークと社会資本を利用して、東軟グループが新たな資源を取り入れ、統合するのを助け、企業の急速な成長を支えた。
1997年、東軟はすでに上場していたが、上場によって集めた資金は、ソフトウェアパークの開発やCT機器の産業化、販売ネットワークの急速拡張を進める企業にとってはとても足りず、新たな融資ルートの開拓が急務となっていた。東北大学は、仲介役を自ら引き受け、宝鋼と東軟との協力を促し、社会ネットワークに保有していた資源を東軟に移転し、派生企業の資源の土台を拡張した。宝鋼と東北大学は緊密な関係を持ち、教育や研究の面で多くの協力を実施しており、「産・学・研」の安定した協力体制を構築していた。宝鋼の指導者の一部が東北大学の卒業生だったこともあり、双方の上層部は親しく交流していた。双方の担当者の疎通と会談が重ねられた後、宝鋼は1998年、2.4億元の資本注入を行い、東軟と「宝鋼東軟情報産業グループ」を組織し、双方がそれぞれ50%の株式を保有することとなった。宝鋼との協力は、東軟グループが技術と資本の一体化を実現し、自己発展能力を持つと同時に業務と資本の面で上場企業の発展を後押しできるプラットフォームを構築したことを意味した。
2.組織の共同設立を通じた安定的な産学協力
第一に、研究開発の実体の共同建設によって、安定的で制度化した産学協力の方式を形成した。東北大学は2004年、東大研究院を設立し、翌2005年には東軟研究院を傘下に入れた。同研究院は、基礎研究と将来性のある分野の研究を中心とした取り組みを進め、研究成果によって得られた賞は大学に帰属させ、専有技術は東軟に帰属させるなど、研究成果の帰属を明確化し、知財権の紛争を避ける仕組みが取られた。研究院はさらに、イノベーション人材の養成や学術チームの建設、新興学科の養成などの役割も負った。研究院を通じて、東北大学と東軟グループは良好な研究協力関係を保持し、研究プロジェクトへの共同申請や共同研究、指導教員の相互派遣などを実施した。
第二に、各種のイノベーション教育・実習のための機構を共同建設することで、イノベーション人材の産学共同養成を展開した。2000年から2003年までに、東北大学と東軟グループは、大連・成都・南海に3カ所の「東軟情報学院」を相次いで共同建設し、専門教育と産業ニーズの接続を推進し、ソフトウェア人材の大規模育成を進めた。東北大学はさらに、東軟グループのデジタル医療システムの分野の強みを十分に活用し、オランダのアイントホーフェン工科大学とフィリップスと協力して、2005年に「中国オランダ生物医学・情報工学院」を共同設立した。同学院の学生の実習・実践拠点は東軟に設けられた。2008年、東軟グループは、IT人材実習センターを設立し、瀋陽・大連・南京・成都・無錫に分散型の実習拠点を設けた。政策と制度の面でも、東北大学は、教員が教職を維持したまま東軟で勤務することを許可する優遇政策を取った。東北大学と東軟グループは、教員・学生と従業員の相互派遣でもシームレスな接続を実現した。東軟グループはまた、大学3年生と雇用意向書を締結し、学生を1年前倒しで東軟での実習に参加させる制度を導入した。さらに毎年3月から5月までその年の卒業予定者を東軟に招いて卒業製作を行う仕組みも取り入れた。
3.開放式イノベーションネットワークの形成
急成長のチャンスは、東軟グループが開放式のイノベーションネットワークを構築するための巨大な空間をもたらした。東軟グループは設立当初から、国際化戦略の計画と実践を重視し、グローバルな戦略パートナーと多様な形式のイノベーション協力体制を展開した。
ソリューションのプロバイダーである東軟の主要業務は、OracleやIBM、Sun、SAPなどの世界の企業が提供するオペレーションシステムやデータベース、ミドルウェアなどの製品を利用し、顧客の実際の経営業務に合った産業ソリューションを形成することである。東軟グループはまず、国外の著名なIT企業と技術能力センターを積極的に共同で設立し、IBMやOracle、SAPなどの協力パートナーがこの能力センターを通じて東軟とその技術・製品を助ける仕組みを構築した。東軟と協力パートナーの中枢を担う人員は、相互訪問や技術交流などの活動をしばしば行い、協力パートナーが開催する技術フォーラムにも積極的に参加した。例えば東軟の多くの顧客はOracleのデータベースを採用している。Oracleは製品の正式発表の前に、シニア認定パートナーである東軟を招いて共同試験を行っている。東軟はこれを通じて、Oracleの技術情報やサポートツール、資源のすばやい獲得が可能となる。Oracleはさらに、東軟の従業員に技術トレーニングを提供し、東軟が新製品の機能を掌握し、こうした新技術を利用していかにイノベーションを実現するかを助けている。
東軟グループはまた、開放式イノベーションのプロセスにおいて、ユーザーの知識の吸収を重視している。ユーザーのニーズと産業の動向をリアルタイムで理解するため、東軟は企業顧客の満足度調査を少なくとも毎年1回実施し、評価・品質管理体系と顧客の期待との合致度を知り、顧客のフィードバックした問題への改善措置を取り、製品やサービスの質と顧客の満足度を絶えず高める努力をしてきた。東軟グループはさらに毎年、「東軟ソリューションフォーラム」を開催し、政府やメーカー、研究機構、業界専門家、CIO、メディアに対し、相互のコミュニケーションやアイデア・経験の交流のためのプラットフォームを提供している。同フォーラムはすでに12回開催され、IT業界で最も影響力を持つ会議の一つとなっている。世界の多くの有名メーカーのIBMやSAP、Oracleなども積極的に参加しており、同フォーラムは、ユーザーとパートナー、東軟をしっかりと結びつける役割を果たしている。
(その7へつづく)