第111号
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「言葉に言い表せないくらい感動しました」ノーベル生理学・医学賞を受賞した大村智博士の言葉

2015年12月21日

馬場錬成

馬場錬成:科学ジャーナリスト、
中国総合研究交流センター上席フェロー

略歴

1940年 東京都生まれ。東京理科大学理学部卒業後、読売新聞社入社、編集局社会部、科学部、解説部を経て論説委員(科学技術政策、産業技術、知的財産権、研究・開発間題などを担当)2 000年11月読売新聞社退職、読売新聞社社友。
現在、特定非営利活動法人・21世紀構想研究会・理事長、科学技術振興機構(JST)中国総合研究交流センター・上席フェロー 、文部科学省・学 佼給食における衛生管理に関する調査研究協力者会議委員など。

主な著書

「大丈夫か 日本のもの作り」(プレジデント社)、「大丈夫か 日本の特許戦略」(プレジデント社)、「ノーベル賞の100年」(中公新書)、「大村智 2億人を病魔から守った化学者」(中央公論新社)、「 スイカ」の原理を創った男 特許をめぐる松下昭の闘いの軌跡(日本評論社)、「知財立国が危ない」(日本経済新聞社、荒井寿光と共著)など。

ファンファーレで一挙に盛り上がる感動

 2015年のノーベル賞の授賞式は、12月10日、スウェーデンのストックホルムのコンサートホールで行われた。日本人の受賞者は物理学賞の梶田隆章・東大教授、大村智・北里大学特別栄誉教授の2人だった。

 会場の一同が起立すると受賞者は中央に進み出て、カール16世グスタフ国王からメダルと証書を授与される。その瞬間、会場を圧倒する高らかなファンファーレが鳴り響く。そして万雷の拍手が続く。このときの感動は受賞者にとっても最高のものだろう。

 大村先生は「言葉に言い表せないくらい感動しました」と授賞式直後に囲まれた記者団に語っている。

 筆者は、1991年のノーベル賞創設90周年記念式典に招待されて授賞式に出席したが、その年には日本人受賞者はいなかった。同じ響きのファンファーレだったが、今年の感動はそのときとは比較にならないものだった。

写真1

写真1 授賞式直後に、ステージの奥にあったアルフレッド・
ノーベルのブロンズ像をはさんで梶田隆章先生と記念撮影

ノーベル・レクチャーで感銘を与えた講演内容

 授賞式に先立ち、ノーベル賞受賞者は、それぞれの授賞対象となった成果についてレクチャーを行う。これをノーベル・レクチャーと呼んでいるが、大村先生、梶田先生共に印象深いレクチャーを行い、世界中から集まっている研究者やスウェーデンの研究者、学生らに深い感銘を与えた。

 大村先生は、受賞理由となった抗寄生虫抗生物質を開発したまでの研究内容を説明した。微生物由来の化学物質の中から、人間に有用な物質を探し出して役立てる。研究方法は単純に見えるが、膨大な菌株をスクリーニングして効率よく探索するのは研究チームワークが必要だ。

 大村先生は、共同研究者の資質をよく見ながら、自身を頂点とする研究チームをくみ上げていった過程をわかりやすく説明した。

写真2

写真2 ノーベル・レクチャーで講演する大村先生

 ノーベル・レクチャーの最後に「私の研究哲学」として「自然は、我々が必要としていることや課題となっていることすべてについて答えを用意していると私はいつも確信している」と話した。

 そして茶道の「一期一会」の言葉を日本語で示し、英語では "One encounter, one chance"という表現になるとし、「研究方法は、常に一期一会という信条で行ってきた」と語った。「どのような時でも全く同じ状況は2度と起きないということに加え、それらが起きたときの機会をとらえることが、重要であると考えている。すべての共同研究者に深い尊敬と思いやりを維持することが重要である。一緒に仕事をしてきた微生物に対しても同様だ」と自身のこれまでの研究哲学を語った。

写真3

写真3 茶道の写真を見せながら一期一会と研究信条を講演する大村先生

 さらに1970年代の初頭に語った自身の言葉として「微生物は無駄な代謝産物を作らない。我々は、微生物の人間に対する有用性について、まだほとんど知らない」として膨大な研究課題が横たわっていることを示唆した。

 そして、これまで発見した有用な化学物質の中でも「世界で最初のプロテインキナーゼ阻害剤であるスタウロスポリンや、世界で最初のプロテアソーム阻害剤であるラクタシスチンなどの成果をあげ、世界中のコミュニティーに健康や社会経済的な利益をもたらすような化学物質をもっともっと探し続けていこうと思う」と今後の目標も示した。

写真4

写真4 リンパ系フィラリア症は2020年に、オンコセルカ症(河川盲目症)は
2025年までに絶滅することを示して大きな感銘を与えた。

中国の屠呦呦さんとアメリカのキャンベル博士のレクチャー

 大村先生に続いて共同受賞したアメリカのウイリアム・キャンベル博士と中国の屠呦呦さんもそれぞれ、受賞に至った研究内容を講演した。

 屠呦呦さんは、1930年、浙江省寧波市に生まれ、北京大医学院で生物薬学を学んだ。漢方薬などを研究し、中国中医科学院の主席科学者に就任したが、海外留学経験はなく博士号も持っていない。さらに科学院の会員でもないので「三無教授」とも言われてきた。

 文化大革命の時代に、中国南部でマラリアによる死者が増加したため屠さんは、中国の漢方薬を研究し、古い文献からマラリアに効果がある調合法を見つけ出した。青蒿(Artemisia annua)という薬草から活性成分としてアルテミシニン(Artemisinin)を発見したもので、アルテミシニンとその誘導体は、マラリアの治療薬として世界中で使用されるようになった。またこの物質は、抗がん作用があることから、がんの治療にも利用されるようになる。この業績で2011年に、ノーベル賞の登竜門ともいわれるアメリカのラスカー賞を受賞していた。

写真5

写真5 ノーベル・レクチャー終了後にノーベル生理学・医学賞を受賞した3人を囲んだ記念写真。
左から2人目が、中国の屠呦呦(トゥ・ヨウヨウ)さん、左へ大村先生、アメリカのキャンベル博士

スーパーカミオカンデでの業績を紹介した梶田先生

 8日には、梶田先生のノーベル・レクチャーが行われた。1986年、観測装置「カミオカンデ」の観測結果に予測と異なる奇妙なデータを見つけ、これは間違いだろうということから研究がさらに進んだことを紹介した。

 その後、これがニュートリノの振動であり、質量があることを示すデータではないかと思い始めたことを振り返り、「最初は深刻な間違いだと思っていたが、1年以上かけて調べたところ、間違いではないことが分かった」と語った。

 質量がないと考えられていたニュートリノに、質量がある可能性が出てきたと確信した時のことを「非常に興奮しました。研究をさらに続けていこうという強い動機につながりました」と語って感動を与えた。

写真6

写真6 ノーベル・レクチャーで講演する梶田先生

書籍紹介

書籍イメージ

書籍名: 『大村智物語 ノーベル賞へのあゆみ』
著 者: 馬場 錬成
出版社: 中央公論新社
ISBN: 978-4-12-004808-1
定 価: 900円+税
頁 数: 272
判 型: 新書判
発行日: 2015年11月

 

書籍イメージ

書籍名: 『大村智 2億人を病魔から守った化学者』
著 者: 馬場 錬成
出版社: 中央公論新社
ISBN: 978-4-12-004326-0
定 価: 2,100円+税
頁 数: 296
判 型: 四六判
発行日: 2012年2月