中国側から見た産学研連携の日中比較(その1)
2015年12月 7日 孫福全(中国科学技術発展戦略研究院院務委員)
日本の産学官協力の歩みは比較的長く、産学官協力の体制改善や産学官協力の関連制度・法律の制定、研究成果の宣伝や普及、人員交流の協力促進などで多くの成功例が蓄積されており、中国にとっては大いに参考にする価値がある。中国は改革開放以降、科学技術と経済との結合や産学研連携を積極的に促進し、産学研連携の有効なモデルを実践しながら模索し、「企業を主体とし、市場を方向性とし、産学研が結合した」技術革新の体系をほぼ構築している。
一、産学研連携体制
日本政府は、産学官協力を推進するため、産学官共同体制の改善を続けてきた。文部科学省所管の国立研究開発法人である「科学技術振興機構」は、産学官各方面の力を集め、新技術創出のための基礎研究や新技術の産業化開発、関連科学技術の研究開発の交流や支援を展開してきた。文部科学省学術国際局に設けられた研究協力室は、産学協力の窓口として大学と産業界の協力を促進している。文部科学省はさらに、大学と産業界との系統的な協力を促進するため、多くの大学に共同研究センターを設けている。日本政府が設けた研究交流促進協議会は、各省庁間の連携を緊密化し、産学研連携の円滑な実施をはかっている。また日本の大学は、知的財産の創造と管理、利用を強化するため、大学知的財産本部を設け、副学長をトップとする総合的な組織体系と知的財産の管理・審査体制を形成している。大学はさらに、大学の研究成果の特許化と企業への移転を担当する技術移転組織を設け、研究成果の発掘や評価、選択、研究発明の特許出願や権利化、特許権の保護、研究成果情報の提供などを主な業務としている。共同研究の計画や契約、渉外活動などの専門知識や実務経験のある人材が大学に不足していたことから、文部科学省は「産学官連携コーディネーター」を大学に配備し、大学と企業との協力促進や企業の需要の掘り起こし、大学の研究成果とのマッチング、全国ネットワークを利用した大学と地方・産業との連携促進などを主な役割としている。
一方中国は、国家のマクロレベルの管理において、産学研連携を請け負う機構や部門を設けておらず、産学研連携のマクロな指導や計画が欠けている。一部地方(江蘇、広東など)の科学技術管理部門は、産学研連携所や産学研連携特別資金を設け、産学研連携事業を効果的に展開している。教育部は各大学への共同革新センター設立を進めている。共同革新センターは、ターゲットに応じて「科学の先端」「文化の伝承と革新」「産業」「地域発展」の4類型に分けられる(コラム1参照)。
コラム1 共同革新センターの類型
1.科学の先端に向けた共同革新センター:
自然科学を中心に、世界の一流を目指し、大学と大学・研究所・国際的学術機構との強者連合を通じて、中国の当該分野の科学研究と人材養成の水準と能力を代表する学術機構となる。
2.文化の伝承と革新に向けた共同革新センター:
哲学や社会科学を中心に、大学と大学・研究所・政府部門・産業・国際的学術機構との強者連合を通じて、国家の文化ソフトパワーを高め、中華文化の国際影響力を高める主力陣営となる。
3. 産業に向けた共同革新センター:
工学技術学科を中心に、戦略新興産業の発展と従来産業の改造を重点とし、大学と大学・研究所、とりわけ大型中堅企業との強者連合を通じて、中国の産業発展を支える核心的な基盤技術の開発・移転の重要な拠点となる。
4.地域発展に向けた共同革新センター:
地方政府の主導を受け、地域経済と社会発展への実務的なサービスを重点とし、省内外の大学と現地の支柱産業の重点企業や産業化基地との融合を通じて、地域の革新発展を後押しする陣地となる。
中国の大学には科学研究管理部門(科学研究処または科学研究院)が広く設けられている。これらの部門は主に、▽大学全体の科学技術の発展の長期計画と年度計画の作成、▽大学の研究プロジェクトや経費、成果にかかわる管理政策や賞罰規定の制定、▽科学技術分野での対外的な連携や協力の強化、▽特許の出願や研究プロジェクト経費の統計、研究成果の応用普及・転化――などを担当している。中国の大学にはこのように幅広い役割を担う科学研究管理部門があるが、産学研連携の推進においてはなかなか力を発揮できていない。中国の多くの大学は、日本の大学の技術移転事務所と同じような働きを持つオフィスを設けているが、技術移転の実績と個人の収入が結びつけられておらず、技術移転担当者の努力と所得が関係付けられていないために、技術移転担当者には研究成果の移転・転化を進める自発性や積極性が欠けている場合がある。
二、産学研連携に関連する制度・法律
日本の産学官協力は、制度と法律の保障を土台としている。例えば大学の委託研究や共同研究、共同研究センター設立はいずれも、相応する制度の保障と経費の支援に裏付けられている。日本の「研究交流促進法」は、国立研究機構の研究員が企業での共同研究に参加したり、国立研究機構の施設・設備を企業研究員に開放したりすることを奨励し、産学官の各機構の人員や物資、情報の面での相互交流や連携を促し、研究開発の効率と質を高めるものとなっている。「大学等技術移転促進法」は、大学の研究成果の企業への移転を奨励・促進している。「産学官連携促進税制」は、産学官の協力プロジェクトを税制面から優遇し、各方面の積極性を引き出すことをねらいとしている。日本ではこのほか、「産業技術力強化法」「知的財産基本法」「国立大学法人法」など一連の法律・法規が制定・公布され、産学官協力の推進に向けた整った法律・法規体系が形成されている。
中国も改革開放以来、産学研連携にかかわる一連の政策・法規を制定してきた。これには「科学技術成果転化促進法」「科学技術成果の転化促進に関する若干の規定」「科学技術関連の知的財産権の保護・管理業務の強化に関する若干の意見」などがある。また多くの科学技術部門の規定にも、産学研連携の奨励・支援が盛り込まれている。だが産学研連携にかかわる政策・法規はまとまりを欠いており、産学研連携に特化した法律はない。また産学研連携の政策内容は成熟しておらず、産学研連携の促進に特化した国家レベルの財政支援策や税制優遇策もない。科学技術成果の転化促進のための財政・税制支援策はあるが、産学研連携政策は原則的な規定や指導に偏っており、具体的な操作にかかわる規定が不十分である。このような問題は、日本の経験を参考として改良や改善をはかる必要がある。
三、産学研連携モデル
日本の産学官協力には、共同研究や委託研究、委託研究員、民間の寄付の受け入れ、共同研究センター、先端科学技術インキュベーションセンター、人材育成・交流などが含まれるが、主要な協力モデルは委託研究である。中国の産学研連携においても、委託研究は主要な協力モデルとなっている。だが中国政府は、委託研究は短期的な協力であり、大型の技術革新の展開はできないとして、近年は産業技術革新戦略連盟の設立を推進し、産業発展を制約する鍵となる基盤技術での突破をはかっている。産業技術革新戦略連盟は、企業や大学、研究機構、その他の仲介組織が、産業の実際のニーズと各方面の共同利益を土台として、産業技術の革新力の向上を根本目標として、法的な制約力を持つ契約を保障として形成する技術革新協力組織で、共同開発や相互補完、利益共有、リスク分担などを行うものである。2013年末までに、中国科技部などの部門によって推進・設立された産業技術革新連盟は146団体に達し、地方が推進・設立した連盟は2000団体前後に達した。これほど多くの産業技術革新戦略連盟は、日本を含むほかの国には見られないものである。
インターネット上の資料に基づいて行われた、最初の2回で設立された91連盟の活発度についての評価によると、活発度80点以上が14連盟(15.4%)、60点以上80点未満が16連盟(17.6%)、30点以上60点未満が38連盟(41.8%)、30点未満が23連盟(25.2%)だった。60点以上の連盟は30団体にとどまり、わずか33%を占めるにすぎない(図1)。このように設立された連盟の活発度は低く、連盟の運用実績は今後も見守っていく必要がある。
連盟のほかに、中国の産学研連携モデルには、実験室や研究院、技術センターの共同設立や研究開発団体の設立などが含まれる。研究開発団体の設立とは、産学研の各方面が出資または技術による株式参入の形式を通じて研究開発団体を組織し、技術開発や技術運用を行うことを指す。中国の大学は、研究開発団体の中では直接的な出資者にはならず、一般には大学に属する産業会社が出資や株式参入を行う形を取る。このようなモデルの長所は、産学研の各者が緊密な利益共同体を組織することで、権益分配の問題がうまく解決されることにある。このように中国の産学研連携モデルは日本より多様なものと言えるが、制度化の面では日本に劣っている。日本の産学官協力モデルは関連制度の規定がある上、一定の経費による支援もある。
図1 産業技術革新戦略連盟の評価結果の分布状況(2013年)
(その2へつづく)