中国土壌化学発展の現状と展望(その1)
2016年1月7日
略歴
教育部長江学者特別招聘教授、国家傑出青年科学基金獲得者、国家級「新世紀百千万人材工程」の第一選出者の一人、全国農業科学研究傑出人材、中国土壌学会副理事長。土壌化学や生物化学、土壌環境の質、食物の安全などの分野の研究に長期にわたって従事。SCI検索論文発表154本、中英文著作出版各3部。
概要
本稿は、近年来の中国の土壌化学学科の研究の特徴、現状および進展を総括・検討し、これに基づき、同分野の将来の研究動向と重点発展方向に対して総括的な展望を加えたものである。総合的な分析に基づけば、土壌に対するマクロな調整にあたっては、土壌のミクロなメカニズムに対する認識が前提となる。地球の「クリティカルゾーン」という概念が打ち出された後、原子・分子スケールに基づく土壌のミクロな性質に対するその場(in situ)観察と認識の飛躍は、最近10年来の土壌化学研究分野の迅速な発展の土台となっている。現代の土壌学は、生物学や環境科学、化学、地質学など多くの学科と交差・浸透している。とりわけ生物学との融合は、土壌化学に飛躍的な発展を再びもたらし、クリティカルゾーンにおける新たな土壌化学理論が形成されつつあり、さらなる発展の傾向を見せている。
【キーワード】土壌化学、クリティカルゾーン、肥沃度向上、汚染抑止、気候変動
土壌は、地球の生命を支える独特な機能を備えている。土壌のこの独特な機能を明らかにする上で、土壌化学は一貫して重要な役割を果たしてきた。土壌化学は、従来の土壌科学において最も古くからある基礎的な専門分野の一つであり、これまで2世紀近くの発展の歴史を持ち、研究カテゴリーは元素化学から物理化学や生物化学へと徐々に転換してきた[1]。とりわけ国際的な土壌学が旺盛に発展したここ10年は、「クリティカルゾーン」を対象とした研究が土壌化学の飛躍的な発展を再び促進し、クリティカルゾーンにおける新たな土壌化学理論が形成されつつあり、さらなる発展の傾向を見せている。
さらに土壌化学と肥沃度向上、土壌化学と汚染抑止、土壌化学と気候変動などの研究でも重大な進展が実現され、中国の土壌科学研究が直面している土壌肥沃度の向上と食糧の安全、土壌汚染修復と生態環境安全、土壌炭素・窒素バランスと気候変動などの科学的な問題と課題の解決に重要な理論と技術の支えを提供している。
1 土壌化学とクリティカルゾーン理論
クリティカルゾーンとは、地球表面において滲透性を備えた、地下水層の最下部から植生の樹冠の最上部までの近地表層を指す。このゾーンは、バイオシステムを支える岩石や土壌、水、空気、生物の間の相互作用の土台であり、化学的・生物学的・物理学的・地質学的プロセスの一体化したものである[2-4]。
クリティカルゾーンという概念が提出された後、ここ10年の土壌化学研究ではとりわけ、土壌肥沃度のコントロールと環境機能に関連するクリティカルゾーンにおける「土-水」と「根-土」のカギとなる2つの環境界面において起こる界面反応が注目の的となってきた。2009年10月には中国杭州で、「クリティカルゾーン界面分子環境土壌科学国際学術シンポジウム」が開催され、成功を収めた。この会議では、「炭素の回転と固定における鉱物コロイドの作用と気候変動に対するその影響」「生命と有毒元素の生物化学界面反応とその転換、移動、帰趨」「人工合成有機物、作物生産及び生態毒理学」「環境ナノ顆粒:分布、構成、転換、構造、表面化学及びその生物地球化学と生態効果」「環境プロセスと生態系の健康」の5つの議題をめぐって議論が展開された[3,5]。
クリティカルゾーンにおいて発生するミクロ鉱物顆粒・有機質の土壌微生物の活動下における「土-水」と「根-土」の界面間の反応プロセスと相互作用、生態系の健康と人類社会の持続発展に対する影響の研究を通じ、ここ10年で土壌化学理論は以下の到達点を提示するまでになった。それには、▽コロイド特異性の電気二重層理論の提示、▽土壌酸化還元プロセスの本質となる生物電気化学理論の提示、▽生体物質と汚染物質の形態転換と生物有効性の土壌鉱物・有機質・微生物の相互作用理論の提示、▽従来の植物営養学における根圏効果とは異なる有機汚染物分解の根圏勾配理論の提示――などが含まれる。
1.1 電気二重層理論
ナノ/コロイド顆粒の表面は大量の電荷を帯びており、顆粒表面周囲には反対の電荷のイオンが吸着することになり、固液界面中には電気二重層が形成されることとなる。電気二重層において発生するイオン交換と顆粒間の相互作用は、従来の土壌化学研究の重点的な内容の一つとなってきた。とりわけここ10年、イオン特異効果(ホフマイスター効果)は、土壌コロイド電気二重層の研究において急速な進展を遂げてきた。
電気二重層中のイオン交換プロセスは、荷電顆粒の表面の性質や顆粒間の相互作用、団粒の安定性、電気二重層構造などに影響を与え、多くのミクロプロセスとマクロ現象に影響を与えている。クーロン力の作用という古典的な理論だけを考慮して組み立てたイオン交換平衡は、イオンの電気二重層における交換挙動を正しく表現することはできない。新たな研究によれば、電気二重層におけるイオン交換は土壌表面の強電場の影響を受け、イオンの外側の電子雲の量子の揺らぎは、強電場の誘導作用を受けて分極することになり、分極後のイオンそのものもその場の電場を遮蔽することになる。
この発見から、「電場-量子揺らぎ」のカップリング作用のメカニズムが提起された[6]。これを土台として、Liuらは、イオン特異効果を考慮したイオン交換平衡の新理論を構築した。この理論は、イオンの交換挙動とその電気二重層における分布をよりよく表現することができる。イオン交換平衡の新理論に基づいて、ホフマイスター序列の順序を得ることが可能となっただけでなく、この序列の定量的な特性評価が実現された[6-9]。
ホフマイスター効果は土壌コロイドの凝集プロセス中にも同様に幅広く存在しており、Tianらは、動態光散乱に基づいて土壌コロイド凝集中の活性化エネルギーを獲得する方法を構築し、土壌コロイド凝集中のイオン特異効果を定量的に特性評価した。Ca2+と比較すると、Cu2+は可変電荷コロイドの表面において特異的吸着を持ち、さらに強いイオン特異効果を示し、新たな凝集メカニズムを示す。これは、「引力-拡散連合制御急速凝集メカニズム」と定義される[10,11]。これらの研究は、土壌コロイド表面の電気二重層や顆粒間相互作用、DLVOなどの理論の発展を推進した。
1.2 生物電気化学理論
土壌の酸化還元反応における各種のカギとなる要素に対する系統的な研究は、土壌生物電気化学という土壌電気化学研究の新たな方向の誕生を直接的に促した。土壌微生物は、地球のカギとなる元素の生物地球化学循環プロセスを駆動するエンジンとしての役割を果たすことが証明されている。その駆動する酸化還元プロセスは、異なる層の物質とエネルギーの交換を連絡する重要な紐帯となる[12]。
土壌酸化還元プロセスに対する理解の深まりに伴い、学術界はすでに、土壌内部の酸化還元プロセスの微生物による駆動を生物電気化学プロセスとしてはっきりと確定し、土壌微生物や有機質(電子供与体)、酸化還元活性物質、酸化還元反応によって産出される電子、関連する化学的現象を含む整った体系として認めている。土壌生物電気化学は現在、土壌の生物的・物理的・化学的な相互作用メカニズムを解明する突破口となり、クリティカルゾーンにおける元素循環や重金属解毒、有機汚染物分解、温室ガス排出などのさらなる解析に重要な理論的基礎を与えるものと考えられている。
土壌中で微生物によって媒介される酸化還元反応の細胞外電子伝達プロセスは、土壌生物電気化学の研究の核心問題であり、土壌中の物質循環とエネルギー交換のカギとなるポイントである。腐植質は、土壌中の主要な電気活性物質であり、土壌微生物の駆動する電子移動プロセスに重要な役割を演じている。酸化還元の媒体としての腐植質による微生物細胞外電子伝達の強化とその環境カップリング効果は、土壌生物電気化学研究の重要な一部となり、幅広い注目を浴びている。
研究によると、腐植質のモデル化合物であるアントラキノン-2,6-ジスルホン酸(AQDS)は、電子シャトルメカニズムを通じて、鉄還元菌Clostridium beijerinckii Zの鉄呼吸プロセスにおいて、電子のフェリハイドライトへの移動を促進し、鉄還元とカップリングするペンタクロロフェノール(PCP)の還元脱塩素プロセスを加速することがわかっている[13]。Chenらは、乳酸塩とAQDSの添加を通じてPCPの脱塩素速度を速めることができることを発見した[14]。
同時に、土壌微生物によって駆動される酸化還元反応プロセスにおいては、エネルギーは、電子供与体(活性有機炭素、無機化合物)の酸化と微生物の電子受容体(腐植酸、鉄含有鉱物、移動金属など)の還元カップリングを経て、放出・貯蔵される。このため電子伝達プロセスは、異なる電子の供与体と受容体の影響と調整を受けることとなり、新たな研究において注目を浴びている。電子供与体の影響の面では、Liuらが、低分子量の有機物の外来的な添加が一方で、電子供与体と炭素源として、土着の脱塩素菌とFe(III)還元菌の活性と数量の増加を刺激し、活性Fe(II)の生成数量を高め、水没稲田の「土-水」界面のPCPの生物脱塩素効率を高めることを発見した。
もう一方では、有機配位子として、土壌中の鉄酸化物の化学還元溶解を促進し、活性Fe(II)の産出を高め、水没稲田の「土-水」界面のPCPの化学脱塩素効率を高めることもわかった[15]。Chenらは[16]、DDTの嫌気転換プロセスにおいて、微生物活動がDDTと代謝産出物に対して安定的な脱塩素作用を持ち、乳酸塩またはブドウ糖を炭素源として添加することで、鉄(II)とDDTを吸着する転換速度を高めることができることを発見した。
電子受容体の影響の方面では、Linらの研究によって、外来性電子受容体NO3-とSO42-は、同じく電子受容体であるPCPと電子供与体を競合し、PCPの還元脱塩素に影響を及ぼし、外来性電子受容体を弱酸化剤として土壌のEhを改変し、土壌中のNとFe、Sの還元に影響し、PCPの還元脱塩素にさらに影響することを発見した[17-19]。Xuらは、さらなるスラリー培養実験を通じて、同一土壌の断面の深さの異なる層におけるPCPの還元転換の時空動態及びそれと各電子受容体の還元との関係を比較し、PCP還元の脱塩素に必要なEh条件がFe(III)還元とSO42-還元を始動するEh値の間にあり、その順序がNO3->Fe(III)>PCP≥SO42-であることを実証し、そのことから鉄還元カップリングPCPの脱塩素還元プロセスの発生する可能性を証明し、同時に稲田の水没後の土壌中のSO42-の還元作用がFe(III)還元の抑制をもたらし、PCPの還元脱塩素プロセスに影響すると推測した。機能微生物に基づくさらなる分析は、Fe(III)とPCP、SO42-の還元作用のカップリングが水没稲田における還元菌の多様な環境機能と関係する可能性があることを提示した[20]。
土壌生物電気化学をめぐる研究にはこのほか、電気化学研究法を通じた進歩が見られる。特色を持った土壌電気化学方法の建立は、微生物によって媒介される土壌中の酸化還元界面反応の観察にカギとなる役割を果たし、関連する研究活動をさらに深めるものとなった。これらの電気化学研究方法には、サイクリックボルタンメトリーや微分パルスボルタンメトリー、クロノアンペロメトリー、電気化学的インピーダンス分光法、腐植質電子伝達容量電気化学測定法、鉄還元菌機能酵素電位測定の分光電気化学法、その場オンライン生物電気化学測定系統などがある[21-24]。
(その2へつづく)
※本稿は徐建明、何艶、許佰楽「中国土壌化学発展現状与展望」(『中国科学院院刊』第30巻・増刊,2015年、pp.91-105)を『中国科学院院刊』編集部の許可を得て日本語訳・転載したものである。
1徐建明,蒋新,劉凡 等「中国土壌化学的研究与展望」.『土壌学報』,2008,(5):817-829.
2 Xu J M, Huang P M. Molecular environmental soil science at the interfaces in the earth's critical zone. Berlin : Springer Berlin Heidelberg, 2009, 1-20.
3 Xu J M, Sparks D L. Molecular environmental soil science. Netherlands: Springer, 2013.
4 US National CZO. The Critical Zone. [2015-04-15]. http://criticalzone.org/national/research/ the-critical-zone-1national/.
5 Xu J M, Tang C X, He J Z. Molecular environmental soil science at the interfaces in the earth's critical zone. Journal of Soils and Sediments, 2010, 10(5):797-798.
6 Liu X M, Li H, Li R, et al. Strong non-classical induction forces in ion-surface interactions: general origin of Hofmeister effects. Scientific Reports, 2014, 4, DOI:10.1038/srep05047.
7 Liu X M, Yang G, Li H, et al. Observation of significant steric, valence and polarization effects and their interplay: a modified theory for electric double layers. RSC Advances, 2014, 4(3):1189-1192.
8 Liu X M, Li H, DuW, et al. Hofmeister effects on cation exchange equilibrium: quantification of ion exchange selectivity. Journal of Physical Chemistry C, 2013, 117(12):6245-6251.
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11 Tian R, Yang G, Li H, et al. Activation energies of colloidal particle aggregation: towards a quantitative characterization of specific ion effects. Physical Chemistry Chemical Physics, 2014, 16(19):8828-8836.
12宋長青,呉金水,陸雅海 等「中国土壌微生物学研究10年回顧」『地球科学進展』,2013,28(10):1087-1105.
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14 Chen M J, Shih K M, Hu M, et al. Biostimulation of indigenous microbial communities for anaerobic transformation of pentachlorophenol in paddy soils of southern China. Journal of Agricultural and Food Chemistry, 2012, 60(12):2967-2975.
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