DNA ナノテクノロジーと生物医学研究(その1)
2016年 4月27日
もし、自然界の生命のゲノムを1冊の百科事典に例えるならば、DNAは大自然がこの本を印刷するために使う「紙」である。DNAナノテクノロジーの誕生に伴い、DNAは今度は科学者たちがDNAナノ構造という「紙細工」を作るための材料となった。そして現在、我々が想像しうる様々な幾何学形態――1次元のナノワイヤーから2次元の平面図形、さらには複雑な3次元立体に至るまで――のほとんどが、DNA分子を材料として実現できるようになった。
[キーワード]
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1953 年、米国人科学者のジェームズ・ワトソン(J.D.Watson)とフランシス・クリック (F.H.C.Crick)はX線結晶解析技術によりデオキシリボ核酸(DNA)分子の空間構造の研究分析を行い、有名なDNA二重らせん構造モデルを打ち出し、DNAの遺伝情報の担体としての役割に対する人類の理解が一歩進んだ。
DNAは、2本のポリヌクレオチド鎖から構成される。DNAの基本構造単位であるデオキシリボヌクレオチドは、デオキシリボース、リン酸、塩基からなり、塩基にはアデニン(A)、チミン(T)、グアニン(G)、シトシン(C)という4つのタイプがある。DNA分子は一本のヌクレオチド鎖(略称「一本鎖DNA」)の形で存在する時は「柔軟性」があり、簡単に捻じ曲げたり折り曲げることができる。しかし、塩基AとT、GとCはそれぞれ水素結合し、DNAの一本の鎖と塩基配列が、もう一本の鎖と対になることで、二重らせん構造を形成することができる。この構造は、一定の範囲内において高い「剛性」を持つ。DNA分子は生物の体内において、適切な体液と正常な体温条件の下で、酵素触媒により二本鎖をほどき、塩基対を形成し、新しい二本鎖を形成するという自己複製のプロセスを完了することができる。
科学者たちは生命科学分野において、DNAがいかにして遺伝情報を携帯、複製、伝達するのかについて大量の研究を行い、生命科学は分子生物学研究の時代に入った。1980年代になると、米ニューヨーク大学のシーマン(N.Seeman)教授が「DNAナノテクノロジー」という全く新しい分野を開拓、生物医学分野の特殊な技術的ニーズを満たすことを目的に、研究の視点をDNA独特の分子特性を利用してナノ構造材料を作成するという方向に転換した。
DNAナノテクノロジーの原理
DNA分子はナノ世界の建築材料としてどのように用いられているのだろう?
DNA二重らせん構造
DNAのそれぞれの一本鎖はポリヌクレオチド鎖からなる。一本鎖のデオキシリボースとリン酸は糖-リン酸骨格を形成する。二本のDNA一本鎖は、塩基同士の相補的な水素結合によって二重らせん構造を形成する。
例えば、我々がマクロ世界で使用する建築材料は通常、柔軟性を持つ材料(鉄筋など)と、剛性を持つ材料(レンガなど)に分けられる。前者は構造の柔軟性を決定し、後者は構造の安定性を決定する。両者が結合することで、様々な形を持つ安定した構造を生み出すことができる。これと同じように、一本鎖DNAの「柔軟性」と二本鎖DNAの「剛性」を利用し、巧みな設計により一本鎖と二本鎖を組み合わせ、柔と剛の相互作用を生み出し、様々な異なる構造を構築することができる[1]。DNAナノ構造を作成する際、まず必要となるのは正しい配列設計だ。その後、DNA分子を適切な溶液に入れ、分子間あるいは分子内部のハイブリダイゼーション反応によりDNAナノ構造を自発的に形成する。この過程では、人工的に手を加える(トップダウン処理)必要がなく、複雑な設備も必要ない(通常は一定の温度制御のみ)ため、「ボトムアップのセルフアセンブリ」と呼ばれる。
構造のアセンブリと比べ、作成した構造をどうやって確認するかのほうが難度が高いと言える。ナノスケール(10-7~10-9メートル)の世界では、従来の光学顕微鏡イメージング技術は使えない。最初にDNAの二重らせん構造を発見したX線結晶解析技術は間接的で作業が繁雑である上に、高品質のDNA結晶の取得が必要となる。電子顕微鏡(electronic microscopy,EM)や原子間力顕微鏡(atomic force microscopy,AFM)といったイメージング技術の発展と成熟に伴い、人々は従来の光学イメージング技術の制限を突破し、単分子レベル、さらには原子レベルの分解能を実現、ナノスケールのDNA分子の溶液中における自然な形態をより直感的に観察できるようになった。DNAナノテクノロジーの発展を振り返ると、重要な進展や珍しい構造の発見のほとんどが電子顕微鏡や原子間力顕微鏡を通じて実現したものだ。
DNAナノ構造の進化
DNAナノテクノロジーの初期、シーマン教授をはじめとする科学者たちは数本のDNA一本鎖を相互に結合させ、剛性を持つ様々な基本的幾何学構造(Y型、X型、多面体のフレーム構造など)を作った。数ナノから数十ナノメートルの大きさのこれらの構造(「DNAタイル」とも呼ぶ)を基本ユニットとし、それぞれのDNA配列の相補的な組み合わせを利用して組み合わせることで、もっと大きなスケール(マイクロメートルレベル)の周期性を持つ構造を作ることができる。この方法によって、研究者たちはマクロスケール(ミリメートルレベル)のゲルや結晶にも似た材料[2]をも作れるようになった。こうしたアセンブリ方法で得られた構造は「タイルに基づくDNA ナノ構造(Tile-based DNA nanostructures)」と呼ばれる。しかし、こうした構造には限りがある。これらはユニットの繰り返しという自発的な成長から得られた結果であり、サイズや形を正確にコントロールするのが難しい。この点を解決すべく、ハーバード・メディカル・スクールの研究チームは、レゴブロックにも似たDNA構造の組み立て方法を開発した。この方法は、タイルユニットを繰り返し使用するのではなく、配列の異なる多くのDNA分子のそれぞれを独立した「ブロック」とみなし、事前の設計に従って組み立てることで、構造のサイズや形を正確にコントロールできる。このやり方により、研究チームは全てのASCIIコードを網羅する一連のナノ3次元文字を組み立てた[3]。
この他にもDNAナノ構造を構築する重要な方法に「DNA折り紙(DNA origami)」がある。この技術はDNAナノテクノロジーにおける重要な一里塚と言える。これは米カリフォルニア工科大学のローゼムント(P.Rothemund)氏が2005年に発表した技術で、精密に設計された多くの短い一本鎖DNAと7千以上の塩基からなる1本のバクテリオファージゲノムDNA鎖をハイブリダイゼーションさせる。このプロセスで、前者は「ホチキス」のような働きをし、後者を事前に設計した形に折り曲げる。このため、この方法は「折り紙」と呼ばれている[4]。研究者が開発したコンピュータ設計ソフトを利用すれば、この方法で簡単に100ナノメートルほどのナノ構造を設計・制作できる。その形は制御しやすく、セルフアセンブリで正確な構造が得られる効率も高い。
「タイル」に基づく構造と比べ、DNA折り紙は当初から高いモデリング力を示した。例えば、上海大学と中国科学院上海応用物理研究所の研究者はDNA折り紙技術を使ってナノスケールの中国地図を作成した。これほど微小な地図にもかかわらず、大陸と海を隔てた台湾島までもはっきり見ることができる。ナノ地図の実現は、中国がDNA分子を利用し、複雑な輪郭を持つ左右非対称な図形を正確に作成する能力があるということを示した。ここ数年の、DNA折り紙技術を用いて複雑な3次元図形を作成する技術には驚かされる。初期の3次元折り紙は、木の板で組み立てた家具のように、平面の折り紙構造を組み合わせて作ったものだった。この方法により、中が空洞の箱のような3次元構造を作り、その中に他の分子を収納したり、ふたを開けたりすることができる。その後、研究者は様々な曲面を持つ、オリーブ型、花瓶型、さらには「メビウスの輪」のようなトポロジー構造など複雑な構造を作成した[5]。スウェーデンの科学者は最近、コンピュータの3次元図形作成で頻繁に使われる多面体ネットワークモデリングを模倣した技術でDNA3次元構造を作成した。これにより、理論上はいかなる不規則な3次元モデルもDNA折り紙を使って実現できるようになった[6]。
DNAナノ構造
- (a)DNAナノテクノロジーの基本原理 柔軟性を持つDNA一本鎖から、ある程度の剛性を持つDNA交差ハイブリダイゼーション構造を作成する。
- (b)「DNAタイル」を基礎とするDNAナノアセンブリ構造(上:基本ユニット構造のイメージ図。下:基本ユニットを組み合わせて作った周期的構造の電子顕微鏡写真)。
- (c)レゴブロックに似たDNA組み立て構造のモデルとその電子顕微鏡写真。
- (d)DNA折り紙技術の原理および同技術で組み立てられたスマイルマーク。
- (e)DNA折り紙技術で作られたナノスケールの中国地図。
- (f)曲面を持つDNA3次元構造。
- (参考文献 [1] [3] [4] [5] [8])
静的構造だけでなく、動くことができるDNAナノ構造も科学者が科学者が興味を持つ分野である。この構造は、「ナノロボット」の運動能力を実現するのに用いることができる。実際、生細胞にはもともと、たんぱく質などの高分子から構成される各種のナノロボットが備わっており、これらが複雑な生命活動を実現する基礎となる。例えば、細胞内のアクチンはATP加水分解で得たエネルギーによって細胞骨格の上を動き、まるで運送業者のように物質を細胞内の様々な位置に運ぶ。ここからヒントを得た研究者は、特定のDNA軌道に沿って進むDNAナノロボットを作成した。ナノロボットが動くのに必要なエネルギーは、DNAハイブリダイゼーションの一連の熱力学的効果から得られるもので、ナノスケールの物質輸送を実現できる。このほか、環境の変化(酸・アルカリ、温度、塩分濃度などの条件の変化)に応じて構造を変える動的DNAナノ構造や、一定の条件下で自己複製する構造などが作成された。これら多くの進展は、DNAに基づくスマートナノロボット開発の基礎を築いた[5]。
DNAバイオセンサー
精確なカスタマイズが可能なことから、DNAナノ構造はバイオセンサーへの応用で高い将来性を示した。バイオセンサーとは、病人の生理学的サンプルから病原微生物、腫瘍マーカー、遺伝子変異など様々な疾患と関係する指標を検出するもので、その原理はセンサーの電極で発生した生化学的反応を電気信号に転換するというもの。スマートフォンなどのポータブル電子デバイスを使って検査データをスピーディに処理したり、検査結果を表示することができる。DNAナノ構造の材料を使えば、センサーアレイ、すなわちバイオセンサーのチップを簡単に作成することができ、ハイスループット・複数の標的を持つ検査を実現できる。一般的に電気化学センサーは自宅での簡易診断や、疾患の早期スクリーニング検査、大型設備のない末端の医療機関での診断などで高い応用の価値を持つ。従来型の電気化学バイオセンサーでは、電極(主に金やグラファイトなどの導電材料)の表面に固定された分子プローブ(主に一本鎖DNAプローブ、抗体など)がサンプル中の標的分子を捕捉するのに使われ、これら分子の識別信号が電気化学信号に変換される。しかし、ミクロスケールでは、滑らかに見える電極表面にも多くの欠陥があり、電極表面における分子プローブの配置密度や方向を制御するのが難しい。これは、センサーの敏感度と特異性に深刻な影響をもたらす。こうした難関を克服すべく、上海応用物理研究所の研究チームはDNA四面体に基づく電気化学センサーを開発した。四面体は最もシンプルかつ安定した3次元多面体であり、分子プローブを規則正しく電極表面に配置することができる。まるで電極表面に小さな「三脚」を立てるように、プローブに一定の方向性を持たせると同時に電極表面の密度もより正確に、制御可能にし、センサーの検出性能を大幅に向上した[7]。
DNA可視化チップ
DNAナノ構造、特にDNA折り紙のもう一つの大きなメリットの一つに、DNA鎖を折り曲げて作った構造上の、それぞれの局部のDNA配列が特定のものであるという点がある。まるで構造全体を網羅する索引があるのと同じで、構造上の「特定の位置を指定する」ことが可能となる。この性質を利用し、DNAナノ構造上の指定された位置にタンパク質分子や金属ナノ粒子など他の分子を修飾することができる。これらの分子のDNAナノ構造における位置関係を制御することで、特定の図案になるように並べることが可能だ。さらには、DNA折り紙構造をナノスケールの「液晶ディスプレイ」のように使い、構造上で他の分子を配置させることで、文字や数字を表示することもできる。こうした構造は信号をアウトプットするデバイスになり、原子間力顕微鏡を使えば、分子レベルの化学反応結果を直ちに「ナノディスプレイ」を通じて直感的に表示することができる。これがいわゆる「可視化ナノチップ」技術だ。このDNAチップを利用することで、SNP(一塩基多型)の分析ができるようになる。つまり、標的DNA配列のある部分で生じた1つの塩基の変異が、この方法で表示でき、ある部分に変異が生じたか否かだけでなく、直接ナノスケールの文字で変異が発生したのがATGCのうちどの塩基かを示すこともできる。
生物医学診断・治療におけるDNAナノ構造の応用例
- (a)DNAナノ四面体に基づく電気化学センサープローブ。
- (b)標的遺伝子の変異塩基をアルファベットで表示できるDNAナノ可視化チップ。
- (c)DNA四面体を利用した遺伝子治療に使われる干渉RNA。
- (d)論理ゲートに基づくDNA薬物担体ナノロボット。
- (参考文献[7] [8] [10])
(その2へつづく)
[1]Jones M R, Seeman N C, Mirkin C A. Procrammable materials and the nature of the DNA bond. Science,2015, 347(6224):1260901.
[2]Zheng J P, Birktoft J J, Chen Y, et al. From molecular to macroscopic via the rational design of a self-assembled 3D DNA crystal. Nature, 2009,461(7260):74-77.
[3]Ke Y, Ong L L, Shih W M, et al. Three-dimensional structures self-assembled from DNA bricks. Science, 2012, 338(6111):1177-1183.
[4]Rothemund P W K. Folding DNA to create nanoscale shapes and patterns. Nature, 2006, 440(7082):297-302.
[5]Zhang F, Nangreave J, Liu Y, et al. Structural DNA nanotechnology: State of the art and future perspective. Journal of the American Chemical Society, 2014, 136(32):11198-11211.
[6]Benson E, Mohammed A, Cardell J, et al.DNA rendering of polyhedral meshes at the nanoscale. Nature, 2015, 523(7561):441-444.
[7]Pei H, Zuo X, Zhu D, et al. Functional DNA nanostructures for theranostic applications. Accounts of Chemical Research, 2014, 47(2):550-559.
[8]Li J, Fan C, Pei H, et al. Smart drug delivery nanocarriers with self-assembled DNA nanostructures. Advanced Materials, 2013, 25(32):4386-4396.
[10]Douglas S M, Bachelet I, Church G M. A logic-gated nanorobot for targeted transport of molecular payloads. Science, 2012, 335(6070):831-834.
※本稿は李江、樊春海「DNA納米技術与生物医学研究」『科学』(2016年1期)を『科学』編集部の許可を得て日本語訳・転載したものである。記事提供:同方知網(北京)技術有限公司