第115号
トップ  > 科学技術トピック>  第115号 >  中国炭素排出権取引市場発展の現状紹介(その1)

中国炭素排出権取引市場発展の現状紹介(その1)

2016年 4月 5日

武辰

武辰:北京卡本エネルギーコンサルティング有限公司・プロジェクトマネージャー

略歴

 清華大学環境学院修士修了、中級エコノミスト、北京卡本エネルギーコンサルティング有限公司プロジェクトマネージャー。中国、東南アジア地域で長年温室効果ガス削減プロジェクト管理に従事し、60件以上のCDM/CCERプロジェクトの開発を指揮、再生可能エネルギー発電、廃棄物処理、林業二酸化炭素吸収源、公共交通および燃料転換など広い分野に跨り、後発途上国(LDC)で10件以上のCDM、ゴールド・スタンダードおよび国連UNDP融資利子補給プロジェクトの開発とアセスメントの完遂に携わった。2015年からは招金盈炭素シリーズ炭素排出投資基金の投資顧問を兼任し、深圳市、湖北省といった実験省・市で炭素資産取引業務に携わっている。

1. 中国炭素排出権市場の発展の歴史

 中国で最初の炭素排出権取引は、クリーン開発メカニズム(CDM)によるものだった。CDMは国連気候変動枠組条約が「京都議定書」の中で導入した3つの柔軟性措置の1つで、先進国が発展途上国で温室効果ガス排出削減效果のあるプロジェクトを行い、そのプロジェクトによって生じた排出量の削減分の一部を認証排出削減量(CER)とし、先進国がその分の排出削減義務を履行したとみなすというものである。CDMは先進国にとって柔軟な排出削減義務の履行方法となり、比較的低コストで義務を履行できるようになった。また、発展途上国も先進国からの資金とクリーンエネルギー技術を受け、持続可能な発展を促進できる。

 1998年5月、中国は「京都議定書」に署名し、同議定書の37番目の締約国となった。2002年、中国はオランダ政府と協力し、初のCDMプロジェクトを実施した。その後、ますます多くの中国企業が積極的にCDMプロジェクトに参加し、中国はすぐにCDMプロジェクトを最も多く実施する国家となった。2015年末の時点で、中国で登録されたCDMプロジェクトは3788件、世界のCDMプロジェクトの55%を占めている。

 しかし、EUの炭素市場の低迷が続き、CDMプロジェクトによって生じる認証排出削減量(CER)の取引価格の下落が止まらないことに加え、EUは2013年以降、CERの市場参入に制限を設けたため、中国企業のCDMプロジェクト実施の熱意はたちまち冷めていった。

図1

図1 主要国が実施するCDMプロジェクトの割合の变化(2004~2015)

出所:UNEP DTU Partnership, CDM pipeline

 CDM は欧州を代表とする発達した工業国家が主導する炭素取引・削減義務履行メカニズムであり、中国を代表とする発展途上国にとっては、多くの弊害が存在する。CDM市場は欧州によって主導され、中国などの発展途上国は市場において受動的な立場にあり、プロジェクトの総数を自主的に制御できず、価格にも本国のコストを反映させることができない。また、コア技術の譲渡も実現できていない。「京都議定書」の目標によれば、発展途上国は CDM プロジェクトを通じて先進技術を得ることができるとされているが、実際のところ、先進国のほとんどは CDM プロジェクトにおいて「資金面の支援」という手段を選び、真の意味で技術譲渡を行ったプロジェクトは極めて少ない。CDMプロジェクトは期間が長く、資金を回収するまでに時間がかかる。プロジェクトの収益が実現するかどうかに関しては、欧州の買い手の信用に委ねられており、契約違反となるリスクも高い。こうした背景の中、中国は自主的な炭素取引市場の発展に着手し、国内の炭素排出削減事業の発展に力を入れ始めた。

表1 中国国内の炭素市場発展の歴史
出所:卡本能源が中国クリーン発展メカニズムネット、中国自主的排出削減取引情報プラットフォームなどのサイト情報に基づき整理
時期 出来事 備考
2011年3 月 全国人民代表大会で「国民経済と社会発展 第12次五カ年計画綱要」が可決 世界的な気候変動に積極的に対応し、温室効果ガスの排出を抑制する、低炭素製品の基準・マーク・認証制度の制定を模索する、温室効果ガスの排出量統計・算出制度を打ち立て、炭素排出権取引市場を徐々に確立する、低炭素モデル事業の実施――などの方針が打ち出された。
2011年10月 国家発展改革委員会が「炭素排出権取引試行の展開に関する通知」を発表 北京市、天津市、上海市、重慶市、湖北省、広東省および深圳市での炭素排出権取引の試行実施に同意。
2012年6月 国家発展改革委員会が「温室効果ガス自主的排出削減取引管理暫定弁法」を発表 温室効果ガス排出削減プロジェクトおよび排出削減量の管理と取引制度を確立。
2012年10月 国家発展改革委員会が「温室効果ガス自主的排出削減プロジェクトの査定・認証ガイドライン」を発表 温室効果ガス自主的排出削減プロジェクトの査定と認証に関する機関の記録、業務原則、プロセスおよび要求を規範化。
2013年6月 初の試行地区である深圳市で炭素排出権取引が開始 深圳市は中国で他地域に先駆けて炭素取引の立法を行い、炭素排出リストを作成し、総量抑制目標を確定し、取引プラットフォームを構築し、排出枠の配分案を制定した。
2013年10月 国家発展改革委員会が「第一弾となる10業界の企業の温室効果ガス排出量算出方法と報告ガイドライン」を発表 温室効果ガスの統計・算出制度を完備し、炭素排出権取引市場を徐々に確立することを目的に、重点業界企業の温室効果ガス排出量算出方法と報告に関するガイドラインを制定。
2014年6月 重慶で炭素排出権取引が開始 これにより、国家発展改革委員会が認可した北京、天津、上海、重慶、湖北、広東、深圳の7省(直轄市)における炭素排出権取引の試行がすべて開始された。
2014年12月 国家発展改革委員会が「炭素排出権取引管理暫定弁法」を発表 炭素排出権(排出枠と国家認証自主的排出削減量)取引の管理体系を規定、全国的な炭素市場構築の主な方針と管理体系を明確化。
2015年5月 国家発展改革委員会が「全国炭素排出権取引市場建設に向けた業務手配に関する通知」を発表 各地方の主管当局に対し、全国炭素排出権取引市場の建設を着実に実施するよう要求。各地方に対し、第3者の審査機関に委託して電力(発電、送電網)、鉄鋼、非鉄金属(電解アルミニウム、マグネシウム製錬)、建材(セメント、板ガラス、陶磁器)、化学工業、航空など6大業界の企業に対する排出量検査を行い、そのデータを2015年8月末までに国家発展改革委員会に送付するよう要求した。
2015年9月 中米政府が「中米首脳気候変動共同声明」を発表 中米双方が国内の気候に関する取り組みを推進し、2国間・多国間の気候協力を強めることを承諾。習近平主席は2017年に全国炭素排出権取引市場を立ち上げることを確定した。
2016年1月 国家発展改革委員会が「全国炭素排出権取引市場始動の重点業務の着実な実施に関する通知」を発表 各地に対し、全国炭素排出権取引体系に組み込む企業リストの提出を要求。組み込まれる企業のこれまでの炭素排出を算出し、報告、検査を実施するよう求めた。

その2へつづく)