中国炭素排出権取引市場発展の現状紹介(その2)
2016年 4月11日
武辰:北京卡本エネルギーコンサルティング有限公司・プロジェクトマネージャー
略歴
清華大学環境学院修士修了、中級エコノミスト、北京卡本エネルギーコンサルティング有限公司プロジェクトマネージャー。中国、東南アジア地域で長年温室効果ガス削減プロジェクト管理に従事し、60件以上のCDM/CCERプロジェクトの開発を指揮、再生可能エネルギー発電、廃棄物処理、林業二酸化炭素吸収源、公共交通および燃料転換など広い分野に跨り、後発途上国(LDC)で10件以上のCDM、ゴールド・スタンダードおよび国連UNDP融資利子補給プロジェクトの開発とアセスメントの完遂に携わった。2015年からは招金盈炭素シリーズ炭素排出投資基金の投資顧問を兼任し、深圳市、湖北省といった実験省・市で炭素資産取引業務に携わっている。
(その1よりつづき)
2. 中国炭素市場の試行的実施状況紹介
2.1中国炭素市場の基本的枠組み
炭素排出権取引市場は法規に基づいて形成された市場である。政府は強制的な排出総量目標を設定し、炭素排出枠という形で排出規制企業に割り当てる。排出規制企業が義務を履行する中で、政府が割り当てた排出枠では足りない場合、排出規制企業は炭素市場で排出許可証を購入し、自社の年度炭素排出量を埋め合わせなければならない。これにより、排出規制企業の排出削減の需要あるいは取引の需要が生まれる。
中国では、国の主管当局(国家発展改革委員会)が排出枠総量を確定し、省級の炭素取引主管当局に割り当てる。排出枠の配分は初期には主に無償で行われるが、時機を見て有償に切り替え、有償配分の割合を徐々に高めていく。国務院の炭素取引主管当局は一定量の排出枠を残しておき、有償配分、市場調整、重大建設プロジェクトなどに充てる。
省級の炭素取引主管当局は管轄地域内の重点排出企業に排出枠を配分する。重点排出企業は「企業の温室効果ガス排出量算出方法と報告ガイドライン」に基づき、排出量検査計画を制定し、前年度の温室効果ガス排出量報告を毎年作成する。検査機関は検査後に報告書を作成する。検査機関は国務院の炭素取引主管当局および関連当局によって管理される。省級の炭素取引主管当局は重点排出企業の排出量を確認し、重点排出企業はこれを基に排出枠を提出し、完納義務を履行する。
CDMの運営メカニズムを参考に、中国も補完的メカニズムとして自主的排出削減メカニズム(CCER)を設けた。排出削減の法的義務を持たない企業はこのメカニズムを利用して、自主的な排出削減活動によって生じた排出削減量を排出規制企業に有償で売却し、排出規制企業がその分の削減義務を履行したとみなすことができる。各試行地区によって規定は異なるものの、CCERを利用する割合は同年の企業排出枠の5%~10%を上回ってはならない。
現在の試行地区7カ所の基本状況は以下の通りである。
出所:卡本能源が各試行地区の取引所サイトの情報を基に整理 | |||||
試行 地区 |
取引開始 時期 |
排出規制 企業の数 |
排出枠の 総量 |
対象となる範囲 | 補完的 メカニズム |
深セン | 2013年 6月18日 |
634 | 0.33億 トン |
年間炭素排出総量が二酸化炭素当量で5000トン以上の企業・事業機関、2万平方メートル以上の大型公共建築物と1万平方メートル以上の国家機関オフィスビル、自主的に加入し、承認された企業・事業機関あるいは建築物、主管当局が制定したその他の企業・事業機関あるいは建築物 | 中国自主的排出削減メカニズム(CCER) |
上海 | 2013年 11月26日 |
190 | 1.36億 トン |
鉄鋼、石油化学、化学工業、非鉄金属、電力、建材、繊維・織物、製紙、ゴム、化学繊維などの業界で、年間炭素排出量が2万トン以上の企業・機関、および航空、港、空港、鉄道、商業、ホテル、金融など非工業業界で、年間炭素排出量が1万トン以上の企業・機関 | 中国自主的排出削減メカニズム(CCER) |
北京 | 2013年 11月28日 |
543 | 0.6億 トン |
年間の二酸化炭素直接排出量と間接排出量の総和が1万トン以上の企業・機関を重点排出企業・機関とし、年間二酸化炭素排出量の抑制責任を履行しなければならない。これが炭素排出権取引の主体となる。 | 中国自主的排出削減メカニズム(CCER) |
広東 | 2013年 12月19日 |
184 | 3.88億 トン |
電力、セメント、鉄鋼、陶磁器、石油化学、繊維・織物、非鉄金属、プラスチック、製紙業界で、年間炭素排出量が2万トン以上の企業・機関 | 中国自主的排出削減メカニズム(CCER) |
天津 | 2013年 12月26日 |
112 | 1.08億 トン |
鉄鋼、化学工業、電力、熱力、石油化学、石油・天然ガス採掘などの重点排出業界の企業・機関と民用建築物のうち、年間炭素排出量が2万トン以上のもの | 中国自主的排出削減メカニズム(CCER) |
湖北 | 2014年 4月2日 |
138 | 3.24億 トン |
年間エネルギー消費量が標準炭換算で6万トン以上の重点工業企業 | 中国自主的排出削減メカニズム(CCER) |
重慶 | 2014年 6月19日 |
237 | 1.16億トン | 2008~2012年の間で、1年間の排出量が二酸化炭素当量で2万トンに達した年がある工業企業 | 中国自主的排出削減メカニズム(CCER) |
2.2 排出枠市場の取引状況
7つの試行省(直轄市)のうち、北京、上海、湖北、広東、深センの5市場の排出枠取引は比較的活発な一方で、天津、重慶の2市場の排出枠取引はあまり活発ではない。過去3年間の成約状況を比較すると、広東、深セン、湖北の成約量は年々上昇しており、北京、上海は2014年と2015年の成約状況はほぼ横ばいとなった。天津、重慶は2015年に成約量の大幅減少が見られた。
図2 各試行地区の排出枠市場における過去3年間の成約量
出所:卡本能源が各試行地区の取引所サイトの情報を基に整理
図3 各試行地区における2014-2015年の排出枠取引価格
出所:中国炭素排出取引ネットワーク
2015年6月から7月にかけては、各試行地区の前年度の炭素排出権の義務履行期となり、7つの試行地区での取引がすべて開始されて以来、初めての義務履行期となった。この年、各地の市場は安定的で、流動性がより一層向上し、全体的な市場開放度も向上した。この年の各地の市場状況は以下の通り。
出所:卡本能源が各試行地区の取引所サイトの情報を基に整理 | ||||||
試行 地区 |
義務履行期限 | 取引量 万トン |
取引額 億元 |
平均価格 元/トン |
最高 価格 |
最低 価格 |
深セン |
2015年6月30日 |
250.75 | 0.75 | 42.28 | 64.08 | 21.47 |
上海 |
2015年6月30日 |
205.38 | 0.55 | 30.14 | 48 | 9.5 |
北京 |
2015年6月15日 |
135.62 | 0.64 | 49.45 | 60 | 35 |
広東 |
2015年6月23日 |
307.91 | 0.57 | 26.89 | 60 | 14 |
天津 |
2015年7月10日 |
52.24 | 0.07 | 23.33 | 32.67 | 11.2 |
湖北 |
2015年7月10日 |
1225.59 | 3.11 | 24.55 | 28.01 | 21.2 |
重慶 |
2015年6月20日 |
11.84 | 0.02 | 27.37 | 30.74 | 13 |
2016年2月末の時点で、7つの試行地区の総成約量は4800万トン以上となり、累計成約額は13億元を突破、平均成約価格は26.63元/トン、炭素取引の試行に参加した全国の企業は2000社を超えた。このうち、湖北では累計成約量(2675万トン)と成約額(5.85億元)がいずれも最大となり、それぞれ全国の55%と45%を占めた。重慶が占める割合が最も少なかった。重慶と天津を除くその他の試行都市では、累計成約額はいずれも1億元を上回った。中国の炭素取引メカニズムの模索には、良い効果が表れ始めている。
図4 炭素市場の累計成約額(万元)(2016年2月29日)
出所:卡本能源が各試行地区の取引所サイトの情報を基に整理
2.3 補完的メカニズムの市場取引状況
2016年3月までに、国家発展改革委員会はプロジェクトの各分野を対象とし、4回にわけて計188のCCER方法論を登録、プロジェクト累計1325 件を査定・公表した。うち、81%は他の排出削減メカニズムに申請したことのない新規プロジェクトだった。主管機関は、国内でかつてCDMに登録されたプロジェクトについてもCCERの実施を原則的に認めているが、CDMの計上期間と計算が重複する可能性があるため、国家発展改革委員会は第4類のプロジェクト(国連CDM執行理事会に登録されたが、排出削減量が発行されていないプロジェクト)については暫定的に受理を行っていない。
プロジェクトの地域別分布を見ると、登録申請件数で上位に入ったのは新疆、内モンゴル、湖北、雲南、河北で、これらの地域は申請を提出したプロジェクト件数が軒並み70件を超え、新エネルギーと再生可能エネルギー類のプロジェクト件数も最も多かった。1位となった新疆ウイグル自治区は風力発電、水力発電および太陽光発電が中心で、内モンゴルは大部分が風力発電プロジェクトとなった。炭素取引試行省(直轄市)を見ると、湖北省は105件、広東省は36件、北京市は15件、上海市は14件、重慶市は8件、深セン市は5件、天津市は4件を提出している。
2016年2月末までに、国家発展改革委員会は計17回のプロジェクト登録審査会、9 回のプロジェクト排出削減量登録審査会を開き、計325件のプロジェクトが登録された。うち、89件のプロジェクトの排出削減量が登録され、計2302 万トン分の排出削減量が初めて発行された。4件のプロジェクトの二次排出削減量が登録され、二次発行された排出削減量は計173万トンに達した。
登録されたCCER プロジェクト325件の年平均排出削減量の合計は約3467.8 万tCO2eに達すると予想され、新エネルギー・再生可能エネルギー分野の登録プロジェクトは226件(うち、風力発電プロジェクト108件、水力発電プロジェクト34 件、太陽光発電プロジェクト65件、バイオマス発電プロジェクト19件)と、全登録プロジェクトの70%を占めた。年平均排出削減量は2,494 万tCO2eに達し、全登録プロジェクトの年平均排出削減量の71%を占めた。
図5 中国自主的排出削減取引情報プラットフォームが公表したプロジェクトのタイプ別割合
出所:卡本能源が中国自主的排出削減取引情報プラットフォームの情報を基に整理
各試行地区はCCERを利用する割合、プロジェクトタイプおよび地域などについて制限を設定した。こうした制限条件によってCCERの価值が下がり、排出枠とCCERの価格差が生じた。CCERの割合が制限されているために、CCERの供給が大幅に増えても、排出枠市場に衝撃をもたらすことはない。
出所:各試行地区の補償メカニズムに関する規定 | |||
地区 | 割合の制限 | 地域の制限 | タイプの制限 |
深セン | 排出の10% | 広東省梅州、河源、湛江、汕尾。新疆、西蔵、青海、寧夏、内モンゴル、甘粛、陝西、安徽、江西、湖南、四川、貴州、広西、雲南、福建、海南。 | 風力発電、太陽光発電、ごみ焼却プロジェクト |
本市および、本市が炭素取引地域戦略的協力協定を締結したその他の省あるいは地区。 | 農村世帯のメタンガス利用とバイオマス発電、クリーン交通排出削減、海洋炭素固定・排出削減プロジェクト | ||
上海 | 排出枠の5% | 上海の試行範囲を除く | 2013年1月1日以降 |
北京 | 排出枠の5% | 北京以外では排出枠の2.5%以下 | 2013年1月1日以降 HFCS、PFCS、N2O SF6など工業気体プロジェクトを除く、水力発電を除く |
広東 | 排出の10% | 70%本省 | 水力発電、石炭使用を除く。石油・天然ガスなど化石エネルギー発電、熱供給、余剰エネルギー利用プロジェクト。三類プロジェクトを除く |
天津 | 排出10% | 本市およびその他の試行地区の排出規制範囲内のプロジェクトを除く | 2013年1月1日以降 水力発電を除く |
湖北 | 排出枠10% | 本省および、本省が協力協定を締結した省市(山西、安徽、江西、広東)で、年間排出削減量が5万トン以下のもの | 2013年1月1日以降 大中型水力発電を除く |
図6 2015年の義務履行期間における各試行地区のCCERと排出枠価格の対比
出所:卡本能源
(その3へつづく)