中国におけるナノテクノロジー発展の現状と戦略構想(その3)
2016年 4月28日
閻金定:科学技術部基礎研究管理センター
( その2よりつづき)
3 中国のナノテクノロジー発展が直面する課題
(1)資金投入が総体として低く、各分野の発展が不均衡である。中国のナノテクノロジー分野への総体的な資金投入は、先進国の資金投入の比率を大きく下回り、安定した支援が不十分となっている。プラットフォーム(機器や設備、関連実験材料・消耗品の総称)の建設の面でも先進国に大きく遅れを取っている。さらに中国のナノテクノロジーへの資金投入は大部分の研究がナノ材料分野に集中しており、各分野の発展が均衡を欠いており、セクター間の分断や低水準の重複、分散などの問題がある。例えばナノ材料は中国の得意分野で、中でもカーボンナノチューブは急速に発展しており、すでに携帯電話のタッチディスプレイやリチウムイオン電池導電ペーストなどの分野ではすでに産業化を実現している。だがバイオ医薬品の分野では、研究の開始は海外と同時だったにもかかわらず、関連産業は明らかに遅れを取っている。工業の基礎部分による有効なサポートが欠けていることから、未来の技術と密切にかかわるナノ加工やナノ部品、新エネルギーなどの分野でも弱みを抱えている。総体的に見ると、基礎科学の研究では中国のナノ科学は世界的にもトップレベルにあるものの、中国のナノテクノロジーの全体としての水準は主要先進国にまだ大きく遅れを取っており、その差はこれからも拡大するリスクをはらんでいる。
(2)革新チェーンの上流と下流との間での有機的な相互作用が欠けている。ナノテクノロジー革新体系においては、産学研の結合が不十分であるという問題が依然として存在し、ナノ革新チェーンの内部での連携を可能とする内的な動力が不足しており、ナノテクノロジー革新チェーンの上流と下流との間にはまだ有機的な相互作用が形成されていない。ナノテクノロジーの基礎的な問題に対する深いレベルの系統的な分析・総括が不十分であるために、中国のナノテクノロジーの持続的で安定的な発展と産業化応用に悪影響が及ぼされている。また中国企業による早期の介入が不足していたために、応用志向のナノテクノロジーの発展が不十分で、成果の転化が緩慢であるという状況が形成されている。企業はまだ、ナノテクノロジー産業革新チェーンの主役とはなっていない。基礎研究から産業化に至る切れ目のない連接のメカニズムを欠いており、ナノテクノロジーの成果がスムーズに転化できていない。中国にはすでにナノ材料・ナノ技術の生産ラインが数十本構築されているが、その製品は主に、技術的な敷居の低いナノパウダーの製造とその応用に集中しており、低レベルでの拡張の傾向を示している。日増しに膨脹している生産能力は市場の作用の下で一瞬にして不良資産となる危険性をはらんでいる。
(3)戦略的な研究の分布が不十分で、独自性のある大きな成果が少ない。中国のナノテクノロジーの発展においては、研究の配置において発展戦略の面からの考慮がなされていない。政府の資金投入から見ると、「ナノ研究国家重大科学研究計画」「国家重点基礎研究発展計画(973計画)」「国家ハイテク研究発展計画(863計画)」「国家自然科学基金」さらに各省市・各部門におけるプロジェクトへの支援は強化され続けているが、各計画・各部門間には有効なコミュニケーションと協調のメカニズムが欠け、経費が投じられる分野が極めて幅広く、研究方向が過度に分散し、異なる機構間での研究の追随や重複が多発している。
深度と牽引力、独自性を備えた戦略配置が欠けていることは、科学技術リソースの分散をもたらし、複数の研究員が同様のプロジェクトを重複申請する事態を呼んでいる。これにより各種の検査や評価を頻繁に受けざるを得なくなり、探求度とリスクの高い長期的な研究課題に落ち着いて取り組むことのできる人が少なくなり、革新性の不足がもたらされている。目前の利益と短期的な効果に偏った現在の評価体系も問題だが、深いレベルから分析すると、体制やメカニズムを含めた中国の研究環境に、革新を奨励し失敗を許容する真の科学思想と科学文化が欠けていることが大きな問題と言える。中国は世界で最も多くのナノテクノロジー人材を擁し、基礎研究の成果も多いにもかかわらず、独自性の高い大きな成果が目立って少ないのはそのためである。
(4)標準の面での取り組みが遅れている。経済グローバル化プロセスの深まりに伴い、国際競争における標準の作用が日増しに顕著となっている。製品の競争やブランドの競争に続き、標準での競争は、より根深くハイレベルで影響の大きい競争形式となりつつある。このため標準化の取り組みに対する重視は世界的に高まり、標準化事業は次々と国家発展戦略の高みへと位置付けられている。
中国は世界的に見てナノテクノロジーの標準をいち早く制定した国の一つだが、すでに制定されているナノ標準がかかわる産業面はかなり狭く、既存のナノテクノロジー標準も基礎研究機関の提出したテキスト標準が中心で、あるべき実用性と市場への適応性を欠いている。基礎標準や産品標準、工法標準、検査試験方法標準、安全・衛生・環境保護標準など、各種のナノテクノロジーと産品の標準の研究と制定を強化する必要がある。企業標準・産業標準・国家標準・国際標準の分級体系を形成し、自主革新能力の向上や産品品質の保障、公平競争の保護、国際貿易の促進、中国の総合的競争力の向上などの標準化の持つ重大な役割を十分に発揮する必要がある。
(5)広報活動が十分ではなく、ナノテクノロジーの内実に対する一般の人々の理解が一面的なものにとどまっている。ナノテクノロジーの科学的な内実が社会において幅広い共通認識となっていないことを我々ははっきりと認識すべきである。性能の飛躍的変化を可能とするナノは、スケールの一種にはとどまらず、量の変化ではなく質の変化をもたらす。だが多くのメディアや一部の無責任な関係者はしばしば、従来の製品の命名や製品性能の宣伝に「ナノテクノロジーによる変性」を誇張して使い、消費者に誤解を与えている。営利目的で「ナノブーム」を起こそうと科学性を欠いた宣伝をする人もおり、マイナスの社会的影響が生まれ、ナノテクノロジーの支援や推進に対する人々の冷淡さへとつながっている。これもまた我々が向き合い、解決しなければならない問題である。
4 中国のナノテクノロジー発展に向けた提案
(1)革新駆動発展戦略の実施をナノテクノロジー発展の出発点とする。第18回党大会では革新駆動発展戦略の実施が打ち出され、科学技術の革新が社会の生産力と総合的な国力を高めるための戦略的な支えとなることが強調され、発展推進にあたっては革新駆動をより頼りにするという道が示された。ナノテクノロジーの急速な発展、バイオテクノロジーや情報技術などの分野との交差・融合は、新たな科学技術革命と産業変革を育んでおり、中国における経済発展方式の転換加速との歴史的な巡り合いを形成し、革新駆動発展戦略の実施に得難い大きなチャンスと歴史的条件を提供している。
革新駆動発展戦略の実施は、中国のナノテクノロジー発展の全局と長期的展望にかかわる。革新駆動発展戦略の実施をナノテクノロジー発展の出発点とし、トップダウンの計画をさらに強化し、中国の国情と優位性とを考慮し、中国のナノテクノロジーの発展戦略と重点発展分野をより一層明確化し、「有所為有所不為」(すべきこととしなくていいことをはっきりさせる)という方針を堅持し、「国家ナノテクノロジー指導協調委員会」の役割を十分に発揮させ、ナノテクノロジーと産業の総体設計と統一協調、全体推進、実施促進を強化しなければならない。限りある資金で重点に焦点を当て、効率を高める必要がある。科学技術の発展と重大産業の需要を牽引力とし、ナノテクノロジーの研究の方向を導いていかなければならない。
(2)自主革新能力の増強をナノテクノロジー発展の核心とする。国際金融危機は世界の産業構造の調整を加速し、多くの戦略的新興産業が急速に発展し、科学技術と産業の競争は日増しに激化し、市場や資源と交換で技術を得る発展モデルは困難に直面しつつある。世界の主要国はいずれも、ナノテクノロジーの革新に向けた準備を進めている。近年、中国のナノテクノロジーの実力は際立った増強を実現し、研究開発への資金投入と成果の産出の規模から見れば、すでに世界の研究開発大国となっていると言える。だが中国はまだ研究開発強国とは言えず、激しい国際競争を前に、中国の自主革新はさらに大きな困難に直面するものと考えられる。他国の追随と模倣ではナノテクノロジーの飛躍的な発展を実現するのは難しい。
我々は、自主革新能力の増強をナノテクノロジー発展の核心とし、自主革新能力の増強をナノテクノロジーの基礎研究や応用基礎研究、産業化などで貫徹し、研究開発活動の産出の規模と質とを高め、より高い発展目標を確立する必要がある。独自革新の能力を評価の重要な指標とし、課題解決の深度や実際の貢献、社会的効果と関連付けて成果を評価しなければならない。既存の基礎を十分に利用し、自前の知的財産権を備えた核心技術とキー技術の掌握に努める必要がある。
(3)研究分野をまたいだ交差・融合を奨励し、産学研の結合を奨励する。分野の交差と浸透の促進は現在、科学研究が重要な進展を実現するための必要条件となっている。複雑さを増すシステムに対応するためにも、多分野の総合研究が必要となる。例えばナノ製造では、数学・物理・化学の交差が必要となるだけでなく、材料・エネルギー・環境の交差も必要であり、人文化学・社会科学・法理学との交差も必要となる。そのためナノテクノロジーの革新活動にあたっては、多様な学科の交差・統合・融合が必要となる。
学科をまたいだ交差研究を奨励すると同時に、我々は、産学研の結合を強化し、情報・エネルギー・製造・健康・環境などの分野でのナノテクノロジーの応用を促進し、国家戦略産業の発展を導き、支えていく必要がある。企業を主体とし、市場を方向付けとした、産学研の結合した革新体系を構築することは焦眉の課題である。企業を真の研究開発投入の主体、革新活動成果の主体、革新成果応用の主体とし、ナノテクノロジーにおける産学研結合の革新チェーンの構築を強化し、革新チェーンを通じて中国のナノテクノロジー発展の展望性・基礎性・戦略性を実現し、技術化・成果転化・産業化を有機的に結合し、新たな科学技術の変革において中国が有利なポジションを占めるようにする必要がある。
(4)経費の投入を増加し、産業の発展を促進し、「発展方式の転換と構造調整」においてナノテクノロジーがより大きな役割を果たすことを後押しする。「十一五」(第11次5カ年計画、2006-2010)と「十二五」(第12次5カ年計画、2011-2015)の両期間においてナノテクノロジーが実現した成果と経験を土台とし、市場と応用、国家重大戦略のニーズによる方向付けを堅持し、産業化の取り組みと促進を重点とし、世界のナノテクノロジー発展の傾向を視野に入れ、中国の国情を考慮し、経費の投入を増加させ、省エネ・環境保護や次世代情報技術、バイオ、ハイエンド設備製造、新エネルギー、新材料、新エネルギー車などの戦略的新興産業をめぐって関連する産業技術を重点的に育て、産業化の実現に努める必要がある。
中国経済は現在、「発展方式の転換と構造調整」という際立った問題に直面している。普遍性を備えた基礎技術であるナノテクノロジーは、経済成長方式の転換と経済構造の調整において基礎的な役割を発揮するものとなる。第一に、新たなハイテクノロジーを生み、戦略的新興産業の発展を促進する。第二に、従来型産業の技術を高め、付加価値を高め、省エネ・排出削減の目標を実現し、従来産業のアップグレード・モデルチェンジを促進する。この2つの作用は「発展方式の転換と構造調整」の目標にまさに合致しており、ナノテクノロジー産業化の発展をより重視し、ナノテクノロジーが「発展方式の転換と構造調整」においてより大きな役割を果たすことを後押しする必要がある。
(5)標準化や安全性などの研究を加速し、産業発展をバックアップする。ナノテクノロジーの急速な発展に伴い、ナノテクノロジーに関する倫理学や社会への衝撃に関する問題も重要性を増している。スモールサイズ効果や量子効果、巨大表面積などナノ材料は特殊な物理・化学性質を備えている。これらの材料が生命体に進入した後、生命体との相互作用によって生まれる科学的特性と生物学的活性は、化学成分の類似した通常の物質とは大きく異なる。このためナノテクノロジーとナノ材料の生物安全性と環境・健康に対する影響を研究することは、科学界が直面する挑戦であるとともに、各国政府の先端科学技術発展戦略における健康・安全面での国家的なニーズともなっている。
米国とEU各国、経済協力開発機構(OECD)、国連(UN)、国際標準化機構(ISO)などの機関は相次いで、科学界や政府管理部門を組織し、ナノ毒性学の研究を展開し、ナノの安全検査方法やテスト体系、評価プロセスの制定の主導権の把握をはかっている。ナノ材料研究とナノ産品生産の大国となろうとしている中国は、ナノの安全性と倫理学の研究を強化し、中国におけるナノテクノロジーの健全な発展を保障し、中国のハイテク製品の国際競争力を確保し、中国のナノテクノロジー産業の持続可能な発展をバックアップしていく必要がある。
(6)政府の誘導を強化し、国際協力を強化し、科学知識の普及事業を重視する。経済のグローバル化の発展に伴い、国際的な科学技術協力の仲間入りをすることは、急速な発展を求める国家にとっての必然の選択と言える。中国はすでに、米国に次ぐ世界第二の経済国となっている。中国の経済力の上昇に伴い、科学研究に対する政府の資金投入の強化も進んでいる。中国はすでに、大規模な国際科学協力を展開する経済力を備えていると言える。
世界のナノテクノロジーの発展は交差と融合の傾向を示し、国際協力は中国のナノテクノロジー発展を促進する重要な手段となっている。筆者の考えるところ、政府は、国際科学協力活動の発展を奨励すると同時に、大規模な国際科学協力の発展も重視する必要がある。各関連部門はこのため、大型科学研究計画の中国の参加に向けたマクロな協調を強化し、大型科学研究プロジェクトの国際協力に対する管理と評価のメカニズムを構築し、必要のある安定した政府が投入する資金を確保し、中国の科学者と研究機関が先頭に立ち国際的または地域的な大型科学計画や大型科学プロジェクトを組織することを奨励し、交流型協力や研究型協力から戦略型協力への転換を実現しなければならない。先進国との協力強化と同時に、発達途上国との協力も重視する必要がある。
科学知識の普及事業を重視し、先端科学における発見の宣伝を強化することも重要となる。科学知識の普及宣伝のコンテンツと形式の革新を進め、国内のナノ分野の有力な研究機関を中枢として科学知識普及の拠点を設けるなどの措置により、ナノテクノロジーの知識を社会全体へとスピーディーに伝達し、企業における転化を推進し、ナノテクノロジーに対する人々の正確で科学的な認識の形成を助け、誇張やミスリーディングを回避する必要がある。
(おわり)
参考文献
※本稿は閻金定「中国納米科学技術発展現状及戦略思考」(『科学通報』, 第60巻, 2015年)を『科学通報』編集部の許可を得て日本語訳・転載したものである。記事提供:同方知網(北京)技 術有限公司