第117号
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環境水・飲用水中の抗生物質汚染の現状と健康影響分析(その2)

2016年 6月10日 葉必雄、張嵐(中国疾病予防制御センター環境・健康関連産品安全所)

その1よりつづき)

3 水環境中の抗生物質薬物の分析方法

 環境サンプル中の抗生物質の検査測定方法には主に、「液体クロマトグラフ-タンデム質量分析(HPLC/MS/MS)」「多波長検出器付き液体クロマトグラフ(HPLC/DAD)」「蛍光検出による液体クロマトグラフ(HPLC/FD)」などの方法がある。表2には、先行研究で報告されているいくつかの検査測定方法の検査対象物質と検出限界、回収率の状況をまとめた。

表2:水環境中の抗生物質の常用検査測定方法
検査測定方法 検出物質 検出限界 回収率(%)
HPLC/MS/MS[34] サルファ、フルオロキノロン、テトラサイクリン、クロラムフェニコールの4類16種 0.05~0.32ng/L 69.5~122.6
HPLC/MS/MS[35] マクロライド、テトラサイクリン、キノロン、サルファ系、プロイロムチリン、リンコサミドの6類26種 0.1~6.5ng/L 59.0~110.0
UHPLC/MS/MS[36] テトラサイクリン系7種 0.2~4.6ng/ml 91.7~123.7
HPLC/MS/MS[37] アミノグリコシド、β-ラクタム、フルオロキノロン、リンコサミド、サルファ、4員環ラクトン、プロイロムチリン、テトラサイクリン、2-アミノピリジンの9類45種 0.01~3.79μg/L 84.3~109.3
HPLC/DAD[38] テトラサイクリン系4種 0.13~0.51ng/mL 83.6~95.1
UHPLC/DAD[39] サルファ、キノロンの2類25種 0.35~10.5μg/L 78~117
HPLC/DAD[40]/td> フルオロキノロン系4種 0.14~0.81μg/L 82.7~110.9
HPLC/FD[41] フルオロキノロン系8種 0.8~13ng/L 85~107
HPLC/FD[42] サルファ系6種 0.011~0.018μg/L 95.0~110.8
HPLC/FD[43] ノルフロキサシン、シプロフロキサシン、エンロフロキサシン 1~2μg/L 71.9~85.3

 これらの報告からは、HPLC/FDとHPLC/DADで検出される物質の種類は比較的少なく、通常10種以下であることがわかる。HPLC/MS/MSによって検出される物質は比較的多く、数十種に達することもある。また最新の超高速液体クロマトグラフを用いて化合物を分離すると、検出される化合物は明らかに多くなる。検査される抗生物質の理化学的特性の違い(親水性や親脂性など)や使用される濃縮法の違い(固相抽出、固相マイクロ抽出、マイクロウェーブ抽出、超臨界流体抽出など)などにより、環境水における検出限界と標準添加回収率の変動範囲は大きい。環境水中の抗生物質の検出は難度が高く、主な問題としては次の数点が挙げられる。

(1)先行研究で検出された抗生物質には、アミノグリコシド、β-ラクタム、フルオロキノロン、リンコサミド、サルファ、4員環ラクトン、プロイロムチリン、テトラサイクリンなど多種類の抗生物質が含まれるが、各地区の環境における抗生物質の背景は大きく異なるため、研究の重点も異なり、各地区で検出される抗生物質も異なる。

(2)先行研究では、環境水中の抗生物質残留の基質を排水や汚水としているものが多いが、これらの基質は地表水や地下水、飲用水とは差異が大きく、文献における検査方法を使って飲用水中の抗生物質残留を測定する際には、さらなるテストと検証を行う必要がある。

(3)排水や汚水などに含まれる抗生物質などの薬物残留の濃度は高いため、計器や方法などに対する要求も低い。ng/L級の抗生物質の残留した地表水や地下水、飲用水を測定する際には、超高速液体クロマトグラフやタンデム質量分析などの定性・定量下限値が比較的低く、回収率の比較的高い機器を使うのが普通となっている。

4 水環境中の抗生物質の健康に対する危険性

 抗生物質使用の主要な目的は、病原性微生物を死滅させることである。生物の体内または環境中に大量の抗生物質が残留すると、標的と同様のまたは相似した内臓組織や細胞を持った低級生物に対して一定の危害をもたらすこととなる。(1)抗生物質は水生生物に対し、一定の急性中毒作用と慢性中毒作用を持ち得る。例えばフナとゼブラフィッシュに対するテトラサイクリンの96時間半数致死濃度(96h-LC50)はそれぞれ322.8mg/Lと406.0mg/Lで、オオミジンコに対する48時間半数影響濃度(48h-EC50)は617.2mg/Lだった。フナとゼブラフィッシュに対するクロルテトラサイクリンの96h-LC50値はそれぞれ34.68mg/Lと61.15mg/Lで、オオミジンコに対する48h-EC50値は137.6mg/Lだった[44]。(2)微量抗生物質の環境中での長期にわたる存在は病原菌の薬剤耐性の産出を刺激し得る。これまでに世界各地で抗生物質の薬剤耐性遺伝子が見つかっている[45]。(3)抗生物質の生物体内での残留は人体の健康にとっての潜在的なリスクとなる。研究によって、抗生物質に薬剤耐性を持つ卵や肉などの食品を長期にわたって摂取した人体の中にも抗生物質薬剤耐性遺伝子が検出されることが発見されている[46-47]

 抗生物質の水生生態に対する国内外の毒性研究では主に、短期的な急性毒性実験の方式が取られている。死亡や成長、発育などの各種の指標を観察し、分子レベルの変化を結びつけることによって、抗生物質の毒性とそのメカニズムの研究を行うものである。その基本原理は、異なる濃度の抗生物質汚染物にこれらの水生生物が短期的に曝露された際に産出される中毒反応を利用し、実験を受けた50%の生物が死亡する濃度や成長・発育状況からLC50やEC50などを導き出すものである。例えばある研究では、0.5~1.5g/Lのクロラムフェニコールとエリスロマイシン、0.01~0.5g/Lのテトラサイクリンを用いて、アフリカツメガエルの胚胎に72時間の曝露を行うもので、その結果、クロラムフェニコールとエリスロマイシンの72hのLC50とEC50はいずれも1g/Lを上回り、テトラサイクリンではこの値はそれぞれ371.2mg/Lと122.2mg/Lだった[48]。だがこれらの研究で使った抗生物質の濃度はg/L級で、実際の環境中のng/L級の濃度を大きく上回っていた。環境濃度を用いて毒性実験を行った場合、このような中毒作用はしばしば出現しない。

 自然環境中の抗生物質濃度は極めて低い。低濃度の抗生物質が薬剤耐性を引き起こすかという問題に対しては、科学界で最終的な結論がまだ出ていない。毒性学反応は用量レベルに基づくもので、ある閾値を下回った場合、化学物質は高濃度下での毒性学反応を示さなくなる。飲用水系統におけるng/L単位の抗生物質に対しては、抗生物質耐性についての報告はまだ見られない。米国環境保護庁国立曝露研究実験室の研究でも類似の結果が示された。抗生物質の環境中の濃度は1μg/Lを超えることは少ない。このような低い濃度条件においても、自然環境中の微生物集団の構造に影響が与えられる可能性はある。飲用水に時折現れるng/L級の濃度の抗生物質については、何らかのタイプの健康への影響がもたらされることを示す証拠はまだない[49]。WHOの報告「飲用水中の薬品」においてははっきりと、「現在の飲用水中の薬品の曝露レベルは、WHOの『飲用水水質ガイドライン』において正式に薬品指標を盛り込むだけの根拠がないことを示している」と指摘している[33]

 国内外の研究から見ると、飲用水中のng/L級の抗生物質が薬剤耐性などの危害を産出しないと結論付けることはできない。飲用水中の抗生物質の危害について、抗生物質の安全濃度の閾値を確定するためには、専門家や研究者のさらなる実験的証拠の提供が待たれている。

5 提案

 このように水環境中の抗生物質汚染は注目を要するものであり、筆者は以下を提案する。(1)生産企業は自身の管理を強化する。水環境中の抗生物質の主な来源は、養殖・飼育業と製薬工業、医療用の排水であり、生産企業は、抗生物質の排出を制御する責任と義務を持っている。(2)関連部門は企業に対する監督管理を強化する。水環境中の抗生物質の汚染は、環境保護や薬物、農業などに関連する監督部門にかかわるもので、管理部門は、養殖・飼育業や医療使用、製薬工業における抗生物質の排出に対する監督管理を強化し、関連企業による抗生物質排水の処理と排出を規範化させ、むやみな排出や違法排出などの状況は厳しく処罰する。(3)世論とメディアに対する知識の普及を強化する。飲用水の安全知識についての世論とメディアに対する宣伝を強化し、人々とメディアに飲用水の安全についての知識を正確に把握させなければならない。汚染物濃度のレベルと健康への影響との間の用量・効果関係の知識を広め、汚染物とその健康リスクについての理解を深め、世論の誤解による不必要なパニックを避けなければならない。(4)飲用水中の抗生物質レベルに特化したモニタリングと評価を展開する。各地の抗生物質の排出源に対する理解はまだ十分でなく、どの抗生物質に配慮すべきかはまだ評価が待たれている。また飲用水中の抗生物質の検査測定については、中国にはまだ標準となる方法がない。このため代表的な地区を選んで、飲用水中の抗生物質の汚染レベルを調査する特別モニタリングを行うことが求められている。(5)新型汚染物の長期的なモニタリングと評価のメカニズムを構築する。中国では現在、生活飲用水の衛生基準の106指標以外の指標は注目されておらず、突発的な事件が発生した際に必要となる資源や技術の蓄積が欠けている。統一の標準的な検査測定方法もなく、汚染物の健康リスクの評価事業に一定の影響が出ている。中国が直面する水環境は複雑なものである。国内外での飲用水安全分野の研究は深化と発展を続けている。中国の実際状況と国内外の発展の動態を結びつけ、新型汚染物の特別モニタリングとリスク評価を行うことがますます重要になっている。国家関連部門に対しては、専門の研究課題を設け、中国の飲用水の衛生基準の制定と発展、飲用水の安全の健康影響の評価の科学的な展開に必要な技術の蓄積を進めることを提案する。

(おわり)

参考文献

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※本稿は葉必雄、張嵐「環境水体及飲用水中抗生素汚染現状及健康影響分析」(『環境与健康雑志』(2015 年2 月第32 卷第2 期,pp.173-178)を『環境与健康雑志』編集部の許可を得て日本語訳・転載したものである。記事提供:同方知網(北京)技術有限公司