第118号
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「中国の原子力緊急時対応」(白書)を公表―原子力利用新時代の幕開きか―

2016年 7月14日 (一般社団法人海外電力調査会)

1.福島第一原発事故後の中国原子力政策の動き

 中国政府は2007年に「原子力発電中長期発展計画(2005~2020年)」を決定し、国内における原発は大開発時代に突入した。そ の計画期間中の2011年3月に福島第一原発で原子力事故が発生し(以下、福一原発事故)、中国にも大きな影響を与えた。

 福一原発事故に対する中国政府の対応は素早かった。国内にある全原子力プラントの安全性について厳格な検査等を行うとともに必要な安全補強工事の実施を要求、さ らに今後の新規建設プラントはより安全性の高いものとし、さらに一層の原発安全性を求める国の研究開発の方向性も定めた。そして、中国政府は2012年10月、「 原子力発電中長期発展計画(2011~2020年)」を策定、福一原発事故発生から1年7か月を経過して、一時凍結していた新規原発の建設の許可を発出し始めた。さらに、中 国政府は地球温暖化対策に真剣に取り組むためには引き続き大規模な原発開発を行うことが必要であるとし、2014年11月に「エネルギー発展戦略行動計画(2014~2020年)」を定めた。中国は、よ り安全性を高めた独自の次世代原子炉開発も加速するとともに、福一原発事故から3年11か月後の昨年2月に、事故後初となる新規原発開発プロジェクトの実施を許可した。中国で原発開発を行う場合、最 初に国務院の原発開発プロジェクト実施許可を受け、次に国家核安全局の新規原発建設許可を受けることが着工の条件となっている。福一原発事故発生以後、原 子力安全規制部門とエネルギー担当部門の慎重な検討と努力の結果、4年の歳月を経て、改めて原発大開発路線に復帰した。しかも、中国国内にとどまらず、輸 出による海外での原発大開発を含めた路線へと大きく変化している。

 2016年1月27日には、「中国の原子力緊急時対策」(白書)が内外に向けて公表された。この白書では、原 発のより一層の安全性追及と地球温暖化対策には原発開発は不可欠というということを確認した上で、原子力発電を長期に亘って開発するには十分な原子力緊急時対策の準備が必要で、中 国には対策を実施できるとしている。さらに、緊急時の海外支援も視野に入れている。これは、中国の原子力平和利用の新時代の幕開けの宣言を意味するものではなかろうか。(以上までの経緯については、表―1 参照)

表―1 中国における福一事故以降の原子力発電関係事項
一般社団法人 海外電力調査会 総務部 渡辺 搖
(参考資料)表―1に示した各種公表資料。
年 月 日 事         柄
2011 3 11 福島第一原子力発電所で原子力事故発生。
3  16 国務院常務会議で国としての対応の基本方針決定。
  1. すべての原子力プラントの全面的な安全検査を行う。
  2. 運転中の原子力発電プラントの安全性の厳格な検査を行う。
  3. 建設中の原子力発電プラントの安全性の厳格な審査を行う。
  4. 新規立地原子力発電プラントの建設許可の厳格化を行うこととするが、当面は建設許可発出の一時凍結を行う。
2012 6 12 「福島原子力事故後の原子力発電所改善行動の通用技術基準(試行)」を通達(国家核安全局)。
6 19 「全国の民生用原子力施設における総合安全検査の状況に関する報告書」(環境保護部(国家核安全局)、国家エネルギー局、中国地震局)
10 24 「原子力安全及び放射線汚染対策『十二・五』計画及び2020年長期目標」(環境保護部(国家核安全局)、国家発展改革委員会、財務部、国家エネルギー局、国 防科技工業局)
10 24 「原子力発電中長期発展計画(2011~2020年)」を国務院常務委員会決定(ただし、同計画は未公表)⇒新規立地発電所の建設許可の凍結解除(内陸部を除く)。
2013 6 30 「国家原子力緊急時対応計画(改訂版)」(国家原子力応急委員会)
2014 11 12 習近平国家主席が地球温暖化対策に関する声明を発表。
11 19 「エネルギー発展戦略行動計画(2014~2020年)」(国務院)⇒2020年末に原子力発電5800万kW運転、3000万kW建設中等
12 5 「華龍1号」がIAEAの原子炉安全設計審査に示されたと中国国内で発表。
2015 2 17 4年ぶりに新規原発開発プロジェクトの許可がなされた(紅沿河原子力発電所5,6号機)⇒新規開発プロジェクト許可の再開。
2016 1 27 「中国の原子力緊急時対策」白書を初めて発表(国務院)。

2.「中国の原子力緊急時対策」(白書)の概要

 「中国の原子力緊急時対策」は表-2のように構成されており、その主要点について説明する。

表―2 「中国の原子力緊急時対策」(白書)の目次
○前書き
1.原子力発展および原子力緊急時対策の基本
2.原子力緊急時対策の方針および政策
3.原子力緊急時対策に関する「1計画3制」の整備
4.原子力緊急時対応能力の整備および維持
5.原子力事故対応に関する主な措置
6.原子力防災訓練、教育および公衆とのコミュニケーション
7.原子力緊急時対策に関する技術イノベーション
8.原子力緊急時対策に関する国際協力・交流
○結び

○前書き:「原子力緊急時対策は、原子力事故を制御し、緩和し、原子力事故による影響を軽減するために講じられた、通常の手順や通常の業務プロセスとは異なる緊急的なプロセスであり、応急的な行動である」と の定義が述べられている。

1.原子力の発展および原子力緊急時対策の基本状況:「1986年から国レベルの原子力緊急時対策を講じ始めた」とある。そして、「2030年末までに、世 界原子力発電の発展方向を代表する技術の研究開発体系および関連産業体系を構築し、原子力の技術・機器が国際市場で相当なシェアを占め、原子力大国という目標を全面的に実現することを目指している」と のことである。

2.原子力緊急時対策の方針および政策:「中国の原子力緊急時対策の基本方針は...、常に備えを怠らず、積極的に統合し、統括的な指揮を執り、力を合わせて連携し、公衆と環境を保護する」としている。 

3.原子力緊急時対策に関する「1計画3制」の整備:「原子力緊急時対応に関する計画および法規制、体制、機制(「1計画3制」と略す)の整備を極めて重視しており、…国 家原子力緊急時対策管理体制の整備を図る」としている。さらに、「全国の原子力緊急事態対応業務は、中央政府の指定部門が先頭に立って責任を負う。原子力事業所所在地の省(区、市)の人民政府の指定部門は、管 轄区域内の原子力緊急事態対応の管理業務に責任を負う。原子力事業者およびその上の主管部門は、原子力事業所内の原子力緊急事態対応管理業務に責任を負う。必要な場合は、中 央政府が全国の原子力緊急事態対応の管理業務の指導、組織、調整を図る」としている。

4.原子力緊急時対応能力の整備および維持:「発生の可能性がある過酷事故に対応するために、現在の能力を元に、中国は300人あまりの国家原子力緊急時対応救援チームを設立し、主 に条件が複雑な状況における重大、特大な原子力事故の緊急復旧・処置の任務に当たり、かつ国際的な原子力緊急救援活動に参加する」としている。

5.原子力事故対応に関する主な措置:「深層防護を実施する」としている。特に、「心理的な支援を迅速に行い、社会や公衆の心のケアを行い、社会不安の低減を図る」といった記述に、人 文科学を重視する中国の性格がみられる。

6.原子力防災訓練、教育および公衆とのコミュニケーション:「中国は原子力防災訓練を特に重視し、専門的な教育を確実に強化し、公衆とのコミュニケーションに力を入れ、各 レベルの原子力緊急時対応組織による過酷事故への対応能力の向上を絶えず図り、社会や公衆に原子力安全・緊急時対応の知識を普及させ、原子力の発展促進に利する良好な環境作りに努め、全 社会による原子力の発展に対する自信を確立する」としている。

7.原子力緊急時対策に関する技術イノベーション:「(国は)原子力緊急時対応に関する基礎技術の研究開発を行う。「華龍一号」プラント、…、高温ガス炉、高速炉など第三世代、第 四世代の原子力技術やプラント緊急時対応技術および管理に関する研究を行う」としている。さらに、「公衆とのリスクコミュニケーションおよびカウンセラーへの支援を行う。…放射線の特徴について、原 子力事故に関する公衆防護のQ&A、原子力および放射線事故に関する医学的対応など社会公衆向けの書籍シリーズを作成する」としている。

8.原子力緊急時対策に関する国際協力・交流:「2015年10月、世界原子力緊急事態への準備および対応に関する初の大会で、中国は大会に参加した90以上の国、10以上の国際組織と共に、原 子力緊急事態への準備および対応に関する成果を共有し、中国の方針政策を紹介した」とある。このような世界的な動向の報道は、我が国では見られない。

○結び:「原子力事業を推進する歩みは止まらず、原子力緊急時対策を強化する歩みも止まらない。中国は絶えず原子力緊急時対策の強化、改善を図り、原子力事業の安全、効率的、持続的、健 全な発展を確保していく」と謳いあげている。

以上

参考リンク:「 中国原子力緊急時対策白書 日本語訳(2016年1月)