第119号
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生物を規範とした超小型飛翔体の空気力学的課題研究の発展と挑戦(その2)

2016年 8月15日

楊文青:西北工業大学航空学院 副教授,博士

主な研究分野:超小型飛翔体、非定常空力特性

宋筆鐸:西北工業大学航空学院

宋文萍:西北工業大学航空学院

陳利麗:中国航空工業集団公司 第一飛機設計研究院

その1よりつづき)

2 重要となる羽ばたき飛行における非定常空力メカニズム

 自然界の飛行生物は高効率の飛行機能により、揚力と推力を生み出して飛行をする。これらの機能に影響を与える主な要素には、流動的に生産される渦の放出や翼の外形及び柔軟な構造が含まれるので、翼と渦の相互作用及び流体連結の影響を分析する必要がある。

 本稿では、多くの論文で取り上げられている非定常流動のメカニズムを概括する。

(1)打つ-振る(Clap-fling)メカニズム

 Weis-Fogh[8]は昆虫が高い揚力を有していると述べている。ハチの飛行を観察すると、二つの羽が共に打ち合い、その後急速に振り動いて開くことにより、空気に十分な隙間が生じていることが分かる。定常推計に基づいて考えると、ハチの羽が生み出す揚力では飛行することはできない。Weis-Foghは振り動く運動により、羽が素早く開き、羽を取り巻く空気が循環して揚力が発生すると考えている。図1はそれを示している。Lighthill[9]は理論分析により、Lehmann[10]は実験によってこの現象を検証した。また、模擬データによる研究成果も当該メカニズムを証明している[11]。打つ-振るメカニズムによる揚力の増加は主に羽ばたき運動によって生じるため、エネルギーを有効利用することができる。自然界の多くの生物はこのメカニズムによって、揚力を生み出している。例えば蛾、蝶、ショウジョウバエなどが挙げられる[12]

図1

図1 羽ばたき翼の打つ-振る(Clap-fling)メカニズム

Fig.1 Clap-fling mechanism of flapping wing

(2)高速回転

 Dickinsonら[13]は、昆虫の羽は毎回羽ばたきが終了する際に高速で回転し、空気力を増加させていることを発見した。詳細は図2を参照のこと。並進運動と回転運動のコントロールにより位相差が生じ、羽ばたき運動の終了前に正しい方向に高速で反転するため、効率よく揚力を増加させることができる。これは事前回転と呼ばれている。回転が後回しになると揚力は減少してしまう[14]ので、高速回転は有効に揚力を増加させているといえる[15]

図2

図2 羽ばたき翼の高速回転メカニズム

Fig.2 Rapid pitch rotation of flapping wing

(3)前縁渦による失速遅れ

 Ellingtonら[16]は前縁渦が失速遅れを引き起こし、羽ばたき翼の揚力を大幅に増大させると述べている。彼はスズメガの上翅の失速渦がたたき運動の過程で放出されないことに注目した。前縁渦は翼に低圧部分を生じさせるため、翼表面に吸収力が生じ揚力が増加する。詳細は図3を参照のこと。しかし、前縁渦はレイノルズ数、換算周波数、ストローハル数、翼の柔軟性、羽ばたきの規則性など多くのパラメータの影響を受ける。Rivalら[17]はPIV方法を利用しレイノルズ数を30,000とした時の前縁渦と運動パラメータの関係について実験を行い、規則的な羽ばたき運動を精密に調整することにより前縁渦の安定が保たれ、失速を遅らせ、流動が前縁渦の安定に大きく貢献していることを発見した。

図3

図3 前縁渦の揚力増加のメカニズム

Fig.3 Lift enhancement of leading edge vortex

(4)航跡捕捉

 航跡捕捉メカニズムは通常翼と渦の相互作用の中で観察される。翼による方向転換が羽ばたき方向と同一なる時、直前の羽ばたき運動により生じた渦と遭遇し、翼面の流動速度を増加させるとともに規格外の最大揚力係数が生じる。航跡補足の効果と渦度の分布は大きさと時間変化の規則性[18]に関係していることが、研究によって表明された。Wang[19]、Shyy[20]らは二次元の翼型模擬数値を利用し、航跡捕捉の揚力増加の原理を分析した。詳細は図4を参照のこと。

図4

図4 航跡捕捉メカニズム

Fig.4 Wake capture mechanism

(5)受動的ピッチング運動

 羽ばたきが逆方向となる場合、慣性の法則により翼に受動的ピッチング運動に似た変形が生じる。当該現象と羽ばたき運動の位相比率は遅れ、同時、事前の3パターンに分けることができる。研究により、羽ばたき頻度と固有頻度の構成が受動的ピッチング運動のパターンを決定することが発見された。羽ばたき頻度が固有頻度より小さい時は、羽ばたきは事前位相となる。この状況下では、2つの羽ばたき周期における航跡の相互作用により揚力が増加する[21]。二次元の翼による流動構造の観察により、受動的ピッチング運動が生じると柔軟な翼の表面の前縁渦が翼剛性をさらに長時間保持させることが発見された[22]。詳細は図5を参照のこと。

図5 図5

図5 受動的ピッチング運動(左:柔軟な翼、右:剛性の翼)

Fig.5 Passive pitching mechanism (left column is flexible wing, and right column is rigid wing)

(6)翼端渦流

 翼の展開に限界がある固定翼機においては、翼端渦流は揚力の損失と抵抗を増加させるものである[23]。非定常流では、翼端渦流が翼先端に低圧部分を生じさせるため、前縁渦との相互作用により各種渦系列の構造が絶えず放出される。羽ばたき翼は空中浮揚中に特定の方法で羽ばたき運動を行うため、翼端渦流により良い影響が生じる。図6が示すように翼端渦流は効率的に揚力を増加させる。

図6

図6 翼端渦流の揚力増加作用

Fig.6 Lift enhancement of tip vortex

3 羽ばたき飛行の空気力学的研究

 生物飛行の空気力学的研究が行われ、羽ばたき飛行の空力メカニズムに対する理解が深まったことが、高性能な生物を規範とする超小型飛翔体の研究開発の成功に大きな影響を与えたといえる。1984年にはEllingtong[24]が推定空気力学では昆虫の飛行メカニズムを完全に理解することができないということを解説した。また多くの形態学と運動学のデータから、昆虫の飛行過程には非定常揚力メカニズムが存在していることを証明した。

 昆虫の飛行の空力メカニズムに対する研究が羽ばたき飛行の非定常空気力学的研究の始まりであるといえる。

 1997年、Willmottら[25]は燃焼性のあるタバコの立体撮影技術を利用して、4台の高倍率ストロボ観測機からスズメガの羽の非定常空気流動を捕捉した。撮影した写真からスズメガの飛行過程で渦が生じていることが観察でき、スズメガの飛行非定常空気力学反応を説明できるようになった。同年、Van den BergとElling-ton[26]がスズメガの飛行時に生じる伴流渦の構成を研究するために、羽ばたき機能を有するスズメガの模型を利用して模擬空中浮揚を実施した。続いてスズメガの飛行過程における三次元前縁渦に対する研究を行い、前縁渦の形成と発展がスズメガの揚力を増加させる主要な原因であることを発見した[27]。1999年、Ellington[28]は研究活動をまとめ、非定常流動メカニズムにおける超小型飛翔体の一歩進んだ応用を提唱した。同年Dickinsonら[13]は昆虫の飛行時における羽の回転運動と非定常空力発生の関係を研究している。2001年、Birchら[29]の研究により、昆虫の飛行時における別の流動特性である開く方向への流動と前縁渦の再付着を発見した。彼らは実験結果より、昆虫の飛行によって生じる前縁渦が再付着する現象はデルタ翼航空機の流動メカニズムに類似しているという仮説を立てた。これは昆虫の飛行の空気力学分野における重要な発見であったといえる。2004年、Dicksonら[30]が昆虫の空中浮揚過程を通じて仮説を採用し、前進と昆虫の空力特性の影響を比較する研究を行った。2005年、Fryら[31]は、制作した昆虫の飛行運動を規範とした小型飛翔体によって、飛行時における空力負荷を推算することに成功した。

 昆虫の飛行の非定常空気力学に対する研究の発展は、風洞実験技術を用いた昆虫の飛行時における流動細部測定の進歩を促し、一歩進んだ昆虫の飛行メカニズムの解明にも役立っている。2005年、Lehmannら[32]はデジタル粒子画像流速測定法(DPIV)使用し、昆虫の反転運動時に生じる揚力メカニズムを研究した。Poelmaら[33]は流れの可視化を更に進め、昆虫の飛行運動の瞬間流動速度を再建した。彼らは現代の電気駆動を利用し、力学測定及び流れの可視化技術の昆虫飛行空気力学における低レイノルズ数に対する形式的な研究を行っている。

 動物の飛行研究においては生きている動物の標本が不可欠である。実験の条件は複雑であるため、以前は飛行動物の空力特性の研究を基礎として、簡単な小型飛翔体模型を製作しその空力特性を測定していた。

 2003年、Muellerら[34]は超小型飛翔体の一般空力特性をまとめた。その中には各種小型飛翔体模型と実験及び測定の方法が含まれている。Rozhdestvnskyら[35]は超小型飛翔体の空力推進メカニズムの研究を行った。2004年、Heathcoteら[36]は自由の利かない一様流状況下における柔軟な翼型のピッチング/浮き沈み運動により生じる推力特性の研究を行った。2005年、Tarascioら[37]は昆虫の空中浮揚の模倣を実現し、実験からその流動特性を測定した。しかし、最終的に定性的な結果しか得られなかった。2006年、Luら[38]はDPIV技術による研究を行い、羽ばたき翼の前縁渦と揚力の発生関係を証明した。研究には異なるアスペクト比、迎角、レイノルズ数の範囲が含まれているため、研究データが超小型飛翔体の空気力学的研究の重要な参考資料となっている。

 中国国内の超小型飛翔体の空力特性の研究は、国外より開始が遅く主要な取り組みは2000年以降に始まった。しかし、ここ数年は科学研究員の努力により大きな成果が得られている。

 2003年、南京航空航天大学の鋭ら[39]はマガモの飛行の録画データに基づき飛行時の羽ばたき模型を簡略化し、翼の振り幅に伴う平均揚力指数とピッチング幅及び羽ばたき頻度などの各種羽ばたきパラメータの変化曲線を詳細に分析し、超小型飛翔体の設計に一定の参考資料を提供した。

 2007年、西北工業大学の卲立民ら[40]は同大学の専用風洞を利用して超小型飛翔体の羽ばたきに対する初期風洞試験を実施した。2008年、王利光[41]は羽ばたき翼の風洞実験を改良し、羽ばたき翼の空力、動力、エネルギー系統に対する実験測定と分析を実施した。これにより、測定精度は向上し柔軟な翼の変形と空力特性の関係に対する研究が進んでいる[42-44]

(その3へつづく)

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 ※本稿は楊文青、宋筆鋒、宋文萍、陳利麗「倣生微型撲翼飛行器中的空気動力学問題研究進展与挑戦」(『実験流体力学』第29卷第3期、2015年6月,pp.1-10)を『実験流体力学』編 集部の許可を得て日本語訳・転載したものである。記事提供:同方知網(北京)技術有限公司