中国における鉱物資源の開発利用による環境への影響(その1)
2016年 9月 6日
陳軍:中国地質大学マルクス主義学院副教授、中国地質大学中国鉱物資源戦略・政策研究センター
博士,主な研究テーマは資源環境経済学
成金華:中国地質大学中国鉱物資源戦略・政策研究センター教授
博士指導教授,主な研究テーマは資源環境経済学
概要
中国は鉱物資源の世界最大の開発利用国の1つである。鉱物資源の開発利用は中国の経済および社会の急速な発展を効果的に支える一方で、生態環境を大きく破壊している。鉱 物資源の開発利用による環境影響をいかに回避するかは、中国の生態文明(生態(エコロジー)を守る文明)構築のために克服すべき重要な問題である。本稿では、パネルデータ分析のモデルを使用し、産業構造、技 術進歩および政府管理という3つの次元から理論分析および実証検定を行い、中国における鉱物資源の開発利用による環境影響を考察した。その結果、中 国では鉱物資源の開発利用による環境影響に時間差のある反応があり、過去の環境汚染が現在の環境影響に明らかな作用を及ぼしていることがわかった。鉱物資源の種類ごとに比較すると、エ ネルギー鉱物の開発利用による環境影響が最も大きく、金属鉱物がそれに続き、非金属鉱物による影響は比較的低かった。また、鉱物資源の開発利用による環境影響のプロセスにおいては、産 業構造が環境汚染の重要な原因となる一方、技術進歩は環境汚染の制御に積極的な効果を示した。政府の管理についていえば、東部地域では政府管理によって環境汚染に強い抑制作用があったが、中 西部地域では明らかな効果はなかった。このため、省レベルでターゲット性のある資源、環境、産業、技術および政府管理政策を制定し、実施する場合には、以下の点に注意する必要がある。第1に、地 域の環境収容力や環境自浄能力を根拠として、政策の選択および実施プロセスにおいては長期性かつターゲット性を持たせること、第2に、石炭等のエネルギー資源の採掘、転 化および最終消費等の段階におけるクリーン化を促し、近代的なエネルギー産業体系を構築すること、第3に、鉱物資源の開発利用においては、さらに技術的潜在力を開拓し、技術革新を強化すること、第4に、各 地域においては鉱物資源の開発利用および環境規制で積極的な態度をとり、資源や環境分野におけるレントシーキングを防止することを奨励することである。
[キーワード]:鉱物資源、開発利用、環境影響、地域差
中国では「小康社会」(ゆとりある生活)の全面的実現を目指す2020年まで工業化のピークが続き、鉱物資源の消費もピークに近づくものと予想される[1]。鉱 物資源の開発利用はいわば両刃の剣のようなもので、経済成長を促す反面、国や地域ごとに程度は異なるものの、資源の枯渇や環境汚染、生態系破壊、地域経済の衰退等の問題を招くことから[2-3]、「資源の呪い」の 罠に陥りかねない[4-7]。資源を節約して環境を保護し、鉱物資源の開発利用および経済社会の持続的かつ健康的な発展を促すことは、すでに中国政府が重視するところとなっている。「 中華人民共和国の国民経済と社会発展に関する第12次5ヵ年計画綱要」においては、省エネおよび環境保護が経済社会発展の主な目標の一つにあげられており、鉱物資源の探査、保護および合理的開発を強化し、エ ネルギー消費削減の推進等、省エネや環境保護に関する政策を強化するという政策の方向性が示され、経済発展モデルの転換や質の向上、緑色発展(自然に優しい発展)の実現といった戦略方針が顕著となった。本 稿は先行研究をベースとして、国および地域のレベルから中国における鉱物資源の開発利用による環境影響の全体的な効果と地域差の問題を考察し、中国における鉱物資源の開発利用によって、どの程度、そ してどのようなメカニズムで環境影響が生じるのかを重点的に把握することによって、鉱物資源の開発利用による地域ごとの環境影響の原因とその変化における特徴を明らかにする。このことは、中 国における鉱物資源の開発利用モデルを最適化し、国と地域の持続可能な発展能力と生態文明レベルを向上させるという現実的な意味を持っている。
1.文献評論
世界経済の急速な発展に伴い、環境汚染は経済発展のいわば副作用として注目を集めている。鉱物資源の開発利用による環境影響については、すでに中国内外である程度の研究が行われている。Stephen E Keslerは鉱物資源の開発利用による環境影響の内包を画定し、鉱物資源の開発利用による環境影響の理論分析に関する基本的なフレームワークを構築した[8]。Singh R Nは、オ ーストラリアにおける鉱物資源の開発利用に関する履歴データに基づき、大気汚染、水質汚染、土壌汚染および地盤の緩み、土地の劣化、森林植被破壊、放射線障害等の環境問題を系統的に提示して、Stephen E Keslerの理論を証明し、発展させた[9]。Pagiola S、ArcenasAおよびPlatais G[10]、AigbedionおよびIyayi[11]、C apatinaおよびLazar[12]、閻軍印[13]、鄭娟爾[14]らは、それぞれラテンアメリカ、ナイジェリア、ルーマニア、中国およびオーストラリアを研究対象として、鉱 物資源の採掘により誘発された砂漠化や水土流失、地盤沈下、地下水汚染、大気汚染、放射能問題、森林植被破壊等の環境問題を明らかにした。また、Simone[15]、Ananth Pら[16]、倪 平鵬[17]らは、それぞれ、スズ鉱山、炭鉱およびレアアース鉱山等の開発利用による環境汚染について分析を行い、関連性のある水質・土壌・河流汚染や有毒廃棄物の排出、生 態系や植被の破壊ならびに鉱区の地盤沈下等について経験的に解説した。鉱物資源の開発利用による環境汚染および生態系破壊は、特定の期間および空間を条件とする技術的な経済現象であり、現象そのものを把握し、判 断することは、鉱物資源の開発利用による環境影響がどのように発生するかを理解するための基礎となる。
当然ながら、現象描写だけではこれら環境影響の発展メカニズムを理解したいというニーズを満たすことはできない。問題認識を深めるために、一 部の文献では鉱物資源の開発利用による環境影響の評価研究を行っている。Kangは環境効果因子に基づく加重定量化モデルを構築し、鉱 物資源の開発利用による環境影響の定量的評価に基本的なフレームワークを提供した[18]。Lawrenceはシステムフローダイヤグラムを運用し、環境システムを相互に関連性のある構成の一部として描写し、環 境要素間の関係によって2次的、3次的、さらにはもっと先の環境影響レベルを識別することで、鉱物資源の開発利用による直接的および間接的な環境影響を良好に識別した[19]。G riffithsは系統的なファジー解析法を提起し、時間と空間によるファジー相似関係の行列を構築することによって、時空間レベルにおける環境影響の累積について比較と定量的評価を行った[20]。このほか、L inlin GeおよびChris Rizos[21]、Sergei Sabanov、Jyri-Rivaldo Pastarus[22]らは環境影響システム評価の手法を採用し、石 炭およびオイルシェールの開発利用による地表構造、気候変化、水質汚染および土地使用の変化について推測した。これらの研究によって、鉱物資源の開発利用による環境影響の分析においては正確性と科学性が向上した。
しかしながら、鉱物資源の開発利用による環境影響について直接的または間接的に指摘する先行研究は確かに存在し、定 量的評価の手法により鉱物資源の開発利用と環境変化との間の内在的関連性を分析する研究もいくらか存在するものの、これらの研究には全面的な理論分析を基盤とした、鉱 物資源の種類ごとの環境影響への作用についての効果的な判断に欠け、これらの作用によって形成される経済メカニズムに関する突っ込んだ解釈もなされていない。また、先行研究では、分 析対象をある国の具体的な地域に絞って比較したものも少ないため、研究が抽象的で主観的なものにとどまっている。世界最大の発展途上国として、中国における鉱物資源の開発利用は規模が大きく、強度が高いため、そ れに伴う環境汚染も深刻であり、多様化と時空間的な特徴もあわせ持つ。
本稿では、鉱物資源の開発利用による環境影響を産業構造、技術進歩および政府管理という理論フレームワークに組み込み、既定の経済変数による作用下において、鉱 物資源の開発利用による環境影響の全体効果および地域差を鉱物資源の種類ごとに解釈することによって、鉱物資源の開発利用による環境影響の内的駆動メカニズムを明らかにし、中 国30省のデータを運用して実証検定を行うことに力を入れた。この分析によって、先行研究間の因果関係分析が推進され、ブレイクスルーとなることを試みたい。
(その2へつづく)
参考文献
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※本稿は陳軍;成金華「中国鉱産資源開発利用的環境影響」(『中国人口·資源与環境』第25巻第3期、2015年,pp.111-119)を『中国人口·資源与環境』編集部の許可を得て日本語訳・転 載したものである。記事提供:同方知網(北京)技術有限公司