ヒューマンロボットインタラクション力覚テレプレゼンス遠隔操作ロボット技術研究(その1)
2016年 9月 6日
宋愛国:東南大学儀器科学・工程学院 教授
研究テーマ:ロボットインタラクションおよび遠隔操作ロボット技術
概要
ヒューマンロボットインタラクション式ロボットは、現在のロボット工学研究の先端・焦点の一つであり、テレプレゼンス(telepresence)技術は、人とロボットのインタラクションの核心となる。本 稿は、力覚テレプレゼンス遠隔操作ロボット技術の誕生・発展・現状の説明を通じて、力覚テレプレゼンス遠隔操作ロボットのシステム構成を紹介し、力覚テレプレゼンス遠隔操作ロボットの直面する難題として、力 覚感知、力覚フィードバック、大きな時間遅れにおける力覚制御の3つを指摘した。以上の問題をめぐって、力覚テレプレゼンス遠隔操作ロボットのカギとなる4つの技術、センシング技術、力覚フィードバック・触 覚再現技術、大時間遅れ制御技術、仮想予測環境モデリング技術を総論した。さらに東南大学儀器科学・工程学院ロボットセンサー・制 御技術研究所が30年にわたって展開してきたヒューマンロボットインタラクション遠隔操作ロボット技術研究の進展と、核検知やリハビリテーション医療の分野におけるその応用の状況を紹介し、ヒ ューマンロボットインタラクション力覚テレプレゼンス遠隔操作ロボット技術の未来の研究と発展の重点を展望した。
知能ロボット技術は1990年代初め、30年余りの大規模な研究を経てもなお、予期していた目標に到達せず、ロボット分野の専門家は、知能ロボットの研究に対する深刻な反省を行った。その結果、機 関やセンシング、制御、人工知能などの技術水準の制限を受け、未知または複雑な環境下で稼働する全自律式の知能ロボットの発展は現在と今後しばらくの間、到達の難しい目標であることが明らかとなった[1-3]。
多くのロボット工学研究者は、ロボット技術の研究の重点は、全自律方式からヒューマンロボットインタラクション方式へと転換されるべきであり、とりわけ未知の環境において作業するロボットは、そ うすることでより現実的な意義を持つと考えている[4-5]。このため人間とロボットとのインタラクション方式の下で稼働する遠隔操作ロボット技術は、1 990年代中期から人々の幅広い関心と研究の対象となっている[6]。
インタラクション技術と呼ばれるものには、人間とロボットとのインタラクションとロボットと環境とのインタラクションが含まれる。前者の意義は、ロ ボットには難しい未知または不確定な環境における計画と意思決定を人が実現することにある。後者の意義は、人間には果たすことのできない劣悪環境(宇宙、深海、放射線、高温、戦場、毒性など)に おける作業任務をロボットを用いて完了することにある。ここにおけるカギは、「人間―ロボット―環境」のインタラクションインタフェースの問題であり、テレプレゼンス(telepresence)技術は、ヒ ューマンロボットインタラクション遠隔操作の核心となる[7]。
テレプレゼンスは、米国では「telepresence」[8]、日本では「tele-existence」[9]と呼ばれる。人々は昔から、「ある場所にいながら、同時にもう一つの場所にいるように、あ ちらとこちらで発生しているすべてを自然に感じる」という夢を持ってきた。「telepresence」は、操作者の周囲での離れた環境の再現、つ まり遠くの現実にある環境を投映した仮想環境をコンピューターと各種の感受作用装置(マスターマニピュレーターやデータグローブ、データスーツ、ヘッドマウントディスプレイなど)に よって生成することに重きを置いた名称である。「tele-existence」は、離れた環境に操作者に代わって存在すること、つ まり遠隔地においてロボットが操作者の身代わりとなることに重きを置いた名称である。両者の重点は異なるが、その本質は一致している。すなわち一方では、操作者の操縦(または装着)す るマルチセンサシステムを通じて、操作者の運動と位置情報をリアルタイムで計測し、制御指令として遠隔地のロボットのコントローラーに送る。もう一方では、遠 隔地のロボットに装備されたマルチセンサシステムを通じて、ロボットと環境とのインタラクション情報(視覚、聴覚、力覚、触覚などの情報)をリアルタイムで計測し、操作者側にフィードバックし、自 然で迫真的な方式で操作者の感覚器官に直接作用を与え、ロボットの環境にいるかのような感覚を操作者に持たせ、環境を有効に感知し、ロボットを制御して複雑な任務を完了することを可能とする。テレプレゼンス( 臨場感)を備えた遠隔操作ロボットシステムは、人間参加型(human in the loop)の複雑なヒューマンロボット結合システムである[10]。
テレプレゼンス遠隔操作ロボットの実現は、ロボットの作業能力を大きく改善し、人々は、自らの知恵とロボットの適応能力を結合し、害のある環境または遠距離の環境における作業任務、例 えば宇宙探査や海洋開発、原子力利用、遠隔医療、遠隔実験、軍事・戦場、反テロ・安全保障などの分野での作業任務を遂行することができるようになった。
テレプレゼンス遠隔操作ロボット技術に重大な意義と応用の価値があるために、米国や日本、ドイツなどの先進国は、力覚フィードバック・触覚再現技術や3G立体視覚ディスプレイ技術、仮 想環境技術[11-13]など関連技術の研究と開発を先を争って進めている。1990年代からは、米国航空宇宙局(NASA)が、宇宙における遠隔操作ロボットのキー技術をめぐる研究を進め[14]、日本も、テ レプレゼンス遠隔操作ロボットシステムを実現するための8年間にわたる先進ロボット研究計画を制定した[15]。ドイツは、宇宙ロボットの応用をめぐって、テ レプレゼンス遠隔操作ロボットROTEX研究計画を展開した[16]。
中国の「863計画」は1993年、テレプレゼンス遠隔操作ロボットをカギとなる技術として研究項目に加えた。清華大学や東南大学、中国科学院合肥知能機械研究所、中国科学院瀋陽自動化研究所、北 京航空航天大学、ハルビン工業大学などの機関は1992年から、テレプレゼンス遠隔操作ロボット技術の研究活動の展開を相次いで開始した[17]。中国の有人宇宙飛行・月探査プロジェクトも2005年、テ レプレゼンス遠隔操作技術を宇宙ロボットのカギとなる技術として研究項目に加えた。中国空間技術研究院や上海宇航技術研究所、ハルビン工業大学、東南大学、清華大学などの機関は、中 国の宇宙探査任務のニーズをめぐって、ヒューマンロボットインタラクション宇宙遠隔操作ロボット技術の研究を積極的に展開した。
1 テレプレゼンス遠隔操作ロボットシステムの構成
テレプレゼンス概念の提出者の一人である日本の著名なロボット専門家の舘暲によると、テレプレゼンス遠隔操作ロボットシステムは、人型ロボットとそのモニタリングシステム、遠隔制御サブシステム、強 化センシングサブシステムなどいくつかの部分から構成される。舘は同時に、テレプレゼンス遠隔操作ロボットシステムに対してセンサ技術は極めて重要となると指摘している[18]。テ レプレゼンス遠隔操作ロボットシステムの実現にあたっては、次に挙げる技術の研究開発が必須となる。(1)人体の運動の計測技術。(2)人類の感覚器管に類似した機能とスケールを備えた視覚・聴覚・力覚・触 覚のセンサ技術の研究開発。(3)人型ロボットの制御技術。(4)ロボットの感覚を復元する感知再現技術。
テレプレゼンス遠隔操作ロボットシステムに対する舘の説明は、狭義のテレプレゼンスシステムに関するものである。広義のテレプレゼンスシステムには、操作者と環境が含まれる。テレプレゼンスシステムは、図 1に示すように、操作者とヒューマンロボット感知インタラクション設備(ヘルメット、データグローブ、データベスト、外骨格装置、ハンドコントローラーなど)、コンピューター、ロボット環境から構成される。
テレプレゼンスは主に、力覚テレプレゼンス(force telepresence)と視覚テレプレゼンス(visual telepresence)の2種類の形式に分けられる。
力覚テレプレゼンス遠隔操作ロボットシステムは一般的に、運動センサユニットやコントローラーユニット、力覚センサユニット、触覚センサユニット、力覚フィードバックユニット、触 覚再現ユニットなどの基本的な機能ユニットからなる。図2に示す通りである。
現在のロボットハードウェア技術によってこの機能構造を実現するには現在、次の2つの基本機能ユニットにおいてブレークスルーを実現する必要がある。(1)小型化された多次元力覚センサと、人 類の皮膚を真似た触覚センサレイの研究。(2)小型化された高精度な力覚フィードバック・触覚再現ヒューマンロボットインタラクション感知装置の研究[19]。
またヒューマンロボットインタラクションテレプレゼンス遠隔操作ロボットシステムにおいては、人とロボットとの間の距離が遠いと同時に、制御・感知信号の双方向の交流が大量に存在するが、通 信における信号の通信路容量には限りがあるため、人と遠隔地のロボットとの間の信号伝送には大きな時間遅れが生じる。例えば宇宙ステーションの遠隔操作ロボットと地上管制局との間の時間のずれは7秒に達し、水 中の遠隔操作ロボットと水上の操作者との間の通信時間のずれは10秒以上にも達することがある。
このように大きな通信時間の遅延は、力覚テレプレゼンス遠隔操作ロボットの不安定性や操作の難しさを生む。このため力覚感知や力覚フィードバック、大きな時間遅れにおける力覚制御は、ヒ ューマンロボットインタラクション力覚テレプレゼンス遠隔操作ロボットが直面する3つの難題となっている。力覚テレプレゼンス遠隔操作ロボット技術がかかわる範囲は広く、そ のうちセンシング技術と力覚フィードバック・触覚再現技術、大時間遅れ制御技術、大時間遅れ下の仮想予測環境モデリング技術は、力覚テレプレゼンス遠隔操作ロボットのカギを握る4つの大きな技術となる。
図1 テレプレゼンス遠隔操作ロボットシステムの構成
図2 力覚・触覚テレプレゼンスロボットシステムの機能ユニット
( その2へつづく)
参考文献
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[19]宋愛国.力覚臨場感的理論与実験研究[D].南京:東南大学,1996.
※本稿は宋愛国「人機交互力覚臨場感遥操作機器人技術研究」(『科技導報』第33巻第23期、2015年12月,pp.100-109)を『科技導報』編集部の許可を得て日本語訳・転載したものである。記 事提供:同方知網(北京)技術有限公司