第120号
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ヒューマンロボットインタラクション力覚テレプレゼンス遠隔操作ロボット技術研究(その3)

2016年 9月14日

宋愛国:東南大学儀器科学・工程学院 教授

研究テーマ:ロボットインタラクションおよび遠隔操作ロボット技術

その2よりつづき)

4 力覚テレプレゼンス遠隔操作ロボットの遅延フィードバック制御技術

 人とロボットとの間の通信遅延は、力覚テレプレゼンス遠隔操作ロボットシステムに不安定性と操作の難しさをもたらす。遅延問題は、力覚テレプレゼンス遠隔操作ロボット制御が直面する最大の問題である。解決方法としては主に次の2つが考えられる。一つは、制御アルゴリズムを通じたシステムの安定性と高操作性の実現、もう一つは、仮想予測環境モデリング技術による大きな遅延の影響の克服である。

4.1 制御理論に基づく遅延力覚フィードバック制御技術

 1988年、Rajuがまず、2端子対回路理論による力覚フィードバック遠隔操作ロボットシステムの分析を打ち出し、システムの不安定につながる原因は、遅延によって通信段階の能動性が発生することにあると指摘した[36]。1989年にAndersonら[37]は、散乱演算子分析法を利用して、受動制御アルゴリズムによる伝送線の能動性の解決を提起し、小さな遅延の下でシステムの安定性を確保する方法を打ち出した。1991年、Niemeyerら[38]は、Wave Variableの概念を提唱し、エネルギーフロー理論を利用し、類似した受動制御アルゴリズムを発表した。1993年、Hannnaford[39]は、通信時間遅延の存在する遠隔操作ロボットシステムにおいて、上述の受動制御アルゴリズムを採用して実験研究を行った。その結果、2種類の受動制御アルゴリズムがいずれも、力覚フィードバック遠隔操作ロボットの大きな遅延下での安定性を確保できるが、この種の制御アルゴリズムは、力覚フィードバックの歪みをもたらし、遠隔操作ロボットの力覚テレプレゼンス性能を代価にするものだということが明らかにされた。1998年、NiemeyerとSlotineは、Wave Variableの受動制御アルゴリズムを改良し、「波積分」に基づく遅延受動制御アルゴリズムを提唱した[40]。1999年、米国ミシガン州立大学の席寧ら[41]は、大きな遅延のある力覚フィードバック遠隔操作ロボットの制御問題について、イベントベースの制御アルゴリズムを発表し、システムの安定性に対するランダムな遅延の影響の回避をはかった。2003年、Chopraら[42]は、周波数領域最適化技術を通じて、インピーダンス整合フィルタの設計を打ち出し、力覚フィードバック遠隔操作システムの受動性と透明性の確保をはかった。2008年、東南大学の李会軍と宋愛国は、操作対象の等価インピーダンスのオンラインでの認識と修正に基づく自己適応受動制御アルゴリズムを提起し、比較的大きな遅延下での力覚テレプレゼンスロボットの安定性の確保をはかり[43]、2012年にはさらに、この種のインピーダンス認識に基づく自己適応受動制御アルゴリズムを、力覚フィードバックリハビリテーション訓練ロボットの制御に応用した[44]

 以下では、いくつかの典型的な力覚フィードバック遠隔操作ロボットシステムの遅延制御方法を簡単に紹介する。

(1)受動性に基づく制御方法。受動理論は、送電ネットワーク理論から発展した、安定性保証のための理論である。受動システムは安定性が高く、多くの受動的システムの直列・並列・フィードバックによって得られるシステムも受動的なものである。受動理論は、エネルギー伝達の角度からシステムの安定性を判断し、応用範囲はすでに、送電ネットワークから制御システムへと拡大している。遅延力覚フィードバック遠隔操作ロボットの双方向制御システムにおいては、スレーブ側環境やスレーブロボット、マスターロボットがいずれも受動的で、操作者も受動的と考えられる。このため遠隔操作ロボットシステムの通信段階の受動性を保証できれば、システム全体の受動性を保ち、システムの安定性を保証することができる[45]。受動理論に基づく方法は現在、力覚テレプレゼンス遠隔操作ロボットの制御性能分析にとっての最有力のツールとなっている。

(2)時間に基づく制御方法。時間に基づく一般の遠隔操作ロボットシステムにおいては、制御パラメーターの角度から見ると、各部品の使用時間をパラメーターとして用いることがシステムの不安定を引き起こす主要な原因と考えられる。つまり制御・フィードバックシステムが時間軸に照らして計測を行うことがシステムの不安定をもたらしているということである。このため、各部品において時間をパラメーターとして使用しなければ、遅延のマイナスの影響を解消できる。従来の制御システムにおいては、システムの動力学方程式は、微分方程式によって表現され、パラメーターは時間変量のtであり、運動の軌跡も通常、時間の関数である。非時間パラメーターに基づく制御方法においては、非時間パラメーターの変量モデル化システムと運動軌跡を使用する。これらの非時間パラメーターは、運動パラメーターと呼ばれ、通常sで示され、時間に基づく運動パラメーターとも呼ばれる。時間に基づく制御方法原理は図15に示す通りである[46]

図16

図15 遅延力覚フィードバック遠隔操作ロボットの時間ベース制御方法

 図15における運動パラメーターモジュールは、時計の運行を模倣したもので、ロボットシステムの出力または状態yを因子sに反映させ、ロボットの計画または命令はsの関数として表現される。このパラメーターには通常、システムの物理的出力、例えば距離や位置などが取られる。イベントパラメーターも、いかなる物理量にも対応しない仮想値とすることができる。例えばシステムの執行制御循環の回数とすることができる。ロボットのコントローラーが安定している限り、イベントに基づく制御方法は、遅延のある力覚フィードバック遠隔操作ロボットシステムの安定性を保証することができる。だがこうした方法の下では、制御の性能は、採用されたイベントの参考変量と関係し、イベント参考変量の選出にはまだ一般的な方法が存在しないため、イベントに基づく制御方法には大きなランダム性と限界性がある。

(3)H∞制御理論に基づく制御方法。H∞制御理論を利用した遅延下での力覚フィードバック遠隔操作ロボットの制御は、予期した安定制御を実現できるだけでなく、遠隔操作システムに対する遅延の影響を最小化し、システムの性能要求を一定程度満足させることができると同時に、システムに存在するその他の面での妨害に対しても一定のロバスト性を持つ[47]

 1995年、Leungら[48]は、通信遅延をシステム妨害としてモデリングし、μ演算子に基づくコントローラーの総合設計によって遅延に対して遠隔操作ロボットシステムがロバスト性を持つようにし、同時にシステムにより良好な制御性能を持たせた。1996年、Yanら[49]は、力覚フィードバック双方向遠隔操作ロボットシステムに対し、統一的なH∞制御フレームワークを提起し、安定性と透明性との間の均衡をはかった。2008年、Raziら[50]は、遠隔操作システムにおける操作者と環境インピーダンスの不確定性に対し、非線形H∞制御方法を提唱した。この方法は、マスター・スレイブの力覚フィードバック遠隔操作ロボットの位置と力の誤差追跡関数のメトリック値を調節することができるが、任意の遅延の状況においてこの制御方法を利用するのは難しい。大きな遅延においては比較的手堅い結果が得られるが、小さな遅延においてはシステムの安定性を保証できない可能性がある。さらにH∞の設計問題においては、適切な偏微分方程式または不等式を解く必要があり、力覚フィードバック遠隔操作ロボットシステムにおいてこのような偏微分方程式または不等式を解くのは非常に難しい。

 遅延のある力覚フィードバック遠隔操作ロボットの制御アルゴリズムは絶え間ない改良と研究が進められているが、これらの制御アルゴリズムは、遠隔操作ロボットシステムにおける遅延の問題を完全に解決できるものとはなっておらず、大きな遅延(7秒以上)の状況においては問題が大きい。このため、最良の操作性能を持った制御アルゴリズムの研究を続けると同時に、力覚フィードバック遠隔操作ロボットシステムの性能に対する大きな遅延の影響を克服するその他の方法を探求する必要がある。

4.2 仮想予測環境モデリングに基づく遅延力覚フィードバック制御技術

 仮想現実(virtual reality、VR)技術は、大きな遅延のある力覚フィードバック遠隔操作の問題を解決する重要な手段となる。VR技術を利用して、力覚テレプレゼンスロボットとその環境の正確な仮想予測シミュレーショングラフィックを構築し、現実の力覚/触覚フィードバックを提供し、良好なヒューマンロボットインタフェース条件の下での遠隔操作を操作者に可能とし、力覚テレプレゼンスロボットの安定性と操作性に対する大きな遅延の影響を有効に解決することができる。

 米国NASAは、宇宙遠隔操作ロボットの仮想予測環境モデリングに対する研究と開発を深めている。ジェット推進研究所(JPL)は1990年、「シミュレーション遠隔操作ロボットシステム」[51]を設計し、遠隔地の作業現場における環境とロボットの運動の模擬予測を通じて、操作者にリアルタイムの視覚フィードバックを提供した。1991年、JPL実験室は、「遠隔操作ロボット環境シミュレーター(GLETS)」[52]を設計した。GLETSは、リアルタイムでインタラクション式の、シミュレーションされた、視覚調節の可能な、遠隔地ロボットの作業現場の仮想環境に操作者を置くものである。GLETSは、立体で陰影のあるカラーの図形によってロボットの現場環境を描き出し、偏光技術を利用して立体図像を提供する。操作者は、力覚フィードバックデータグローブ装置を通じて、マニピュレーターの動作を制御する。遠隔地の実際の環境と仮想環境との間の差が一定の範囲を超えた際には、フィードバックのセンシング情報を利用して調節を行う。1992年にドイツが開発した宇宙ロボットROTEXには、遅延の状況下でロボット状態を予測する能力を持った3G図像と立体ディスプレイを計算するアルゴリズムが含まれる。

 大きな遅延を持った遠隔操作ロボットへの仮想現実技術の利用の代表的な例の一つが、火星探査ロボット(図16)である[53]。1997年7月、仮想現実技術に基づいて制御された火星探査機「ボイジャー」が火星に着陸した。その図形インタフェースでは大量の操作指令が交信された。簡単なトラックボールを利用して4ポートの設備を作るだけで、仮想の作業現場と仮想のボイジャーの模型とを連接することができる。操作者の計画は、図形のプログラミングの方法で実現できる。結果が満足できるものであった場合には、制御コードを、宇宙空間の通信ネットワークを通じて火星のボイジャーのロボットに伝送する。

図16

(a)roverロボットの火星における実際の図像 (b)地上に構築されたroverロボットの仮想環境

図16 仮想環境モデリングに基づく遠隔操作火星ロボットシステム

 日本の国立宇宙開発事業集団(NASDA)は2002年から2007年まで、ETS-VII衛星において、仮想予測環境に基づく遠隔操作ロボットの実験任務を完了した(図17[28])。システム全体には、力覚フィードバック操縦杆、衛星ロボットとその作業環境、仮想衛星ロボットとその仮想作業環境によって構成される仮想予測環境、衛星通信部分が含まれる。仮想ロボットは、実際のロボットと同様、操作者の遠隔操作制御を同時に受け、仮想環境で産出された予測作用力は、力覚フィードバック操縦杆によってリアルタイムで操作者にフィードバックされる。遠隔地からフィードバックされた実際の図像を仮想図形上に重ね合わせ、遅延の状況に対する操作者の理解を助ける。

図17

図17 ETS-VIIの地上設備と予測仮想環境

 図18[46]は、東南大学が構築した宇宙単一自由度遠隔操作ロボットの仮想予測環境である。仮想現実技術を通じて、宇宙における機械アームと操作環境の3D仮想モデルを構築し、機械アームの動作を予測する。仮想予測環境においては、仮想のフィードバック力を衝突検出シミュレーションによって計算し、接触力の予測を実現し、仮想機械アームのワイヤーフレームモデルと現実の機械アーム図像とを重ね合わせることで、現実の予測の強化を実現した。未知の環境に対してオンラインのモデル修正を行い、実際の機械アームの運動と接触力の予測の正確性を高めた。大きな遅延を克服する仮想予測環境モデリング技術には、機械アームと作業環境に対する幾何学的・運動学的モデリングと、遠隔地のロボットのマルチセンサによるフィードバック情報を利用した機械アームの作業状態の正確な計算と予測が含まれる[54]

図18

図18 仮想予測図形と実際の図像の重ね合わせ

 仮想予測環境に基づく遠隔操作ロボット制御技術は、大きな遅延の問題を解決する有力な手段だが、大きな問題も存在する。ロボットの作業環境の未知性または不確定性により、環境の予測モデルを正確に構築するのは難しい。正確な環境予測モデルをオンラインでいかに構築するかは、研究を深めなければならない難題と言える。

(その4へつづく)

参考文献

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※本稿は宋愛国「人機交互力覚臨場感遥操作機器人技術研究」(『科技導報』第33巻第23期、2015年12月,pp.100-109)を『科技導報』編集部の許可を得て日本語訳・転載したものである。記 事提供:同方知網(北京)技術有限公司