中国における高度知的生産の発展戦略に関する研究(その3)
2016年10月24日
潘 健生:
上海交通大学材料科学・工程学院材料改質・数値シミュレーション研究所教授
中国工程院院士。主な研究テーマは、熱処理技術および設備の設計、ならびにそのコンピュータ・シミュレーション。
王 婧:上海交通大学材料科学・工程学院材料改質・数値シミュレーション研究所
顧 剣鋒:上海交通大学材料科学・工程学院材料改質・数値シミュレーション研究所
(その2よりつづき)
3. 高度知的生産の主な内容
3.1 高度知的生産の全体的なフレームワークおよび主な特徴
高度知的生産とは、製品設計、力学原理、材料学、機械製造技術(熱処理加工および冷間加工を含む)から製品の具体的な使用や故障に関する基礎知識までに関わる、全製造工程を網羅する学際的なシステム工学を指す。高度知的生産技術とは、設計と材料性質の知的制御のデジタル化を実現し、かつ、それらを相互に融合させた技術であり、機械の設計製造と材料性質の制御という異なる段階を連携させ、最適化を図ることで、高機能製品の開発を目指す。高度知的生産技術においては、既存の製造技術と違って使用性能またはサービス性能を最大の要求としており、性能主導型による製造業のデジタル化に関する新たな原理と方法の研究が行われている。
これまでの製造モデルは、機械の設計、材料性質制御技術の設計、加工・試験生産、および動作試験という単線型のモデルであったため、設計・製造プロセスが冗長なうえに、製造・試験の段階で生じた問題が設計部門に対して即座にフィードバックされないことから、設計と製造で食い違いが生じていた。特に、製品の機能設計と材料改質・性質制御に関する研究がわかれていたために、連携的な技術革新による高性能化の実現は難しかった。
高度知的生産においては、デジタル化技術がバックボーンとなっており、これには、製品パフォーマンスや製造工程、製造設備、製造システムのデジタル化が含まれる。製品パフォーマンスのデジタル化は製品性能に影響を及ぼし、製造工程のデジタル化は製品品質(幾何学的精度および物理的性質)を決定する。また、設備のデジタル化は、製造効率と精度に影響を及ぼす。つまり、高度知的生産においては、材料形状・性質制御の一体化ならびにデジタル環境における全製造工程の各段階に対する並行処理の実現を目指している[3]。
高度知的生産の全体的なフレームワークを図5に示す。
図5 高度知的生産システムの全体的なフレームワーク
Fig.5 General framework of high performance intelligent manufacturing
上記に基づき、高度知的生産について分析すると、その主な特徴は以下の5つであることがわかる。
1) 高度知的設計の理念は、機械設計と材料改質技術設計の融合にある。高度知的生産においては、機械設計ならびに部品内部の強度特性と内部応力設計の融合によって、現行の機械設計では許容応力を信頼性の判断基準とすることによる限界を克服し、半製品の内部構造強度、性能強度、残留応力強度とサービス応力強度を関連づけることによって、高度知的設計の新たな理念を提案する。
2) 現行のデジタル化された知的生産における情報化という死角をなくす。高度知的生産においては、材料改質・性質制御プロセスにおけるコンピュータ・シミュレーションレベルの向上を重視している。コンピュータ・試験機器・デジタル情報学の融合による高度かつ知的な材料改質・性質制御技術の進歩によって、設備製造業における情報化という死角を解消し、材料改質・性質制御に関するスマート・リモート・サービス・プラットフォームを構築することによって、全製造工程における並行処理と最適化の実現に資することを目標とする。
3) クラウドコンピューティングとクラウドサービスという成功路線に乗る。図5で示されている高度知的生産のもう一つの特徴とは、製品全体のライフサイクルが異なる段階においては、さまざまな分野の人材が連携する必要があり、クラウドコンピューティングおよびクラウドサービスの発展によって、高度知的生産の発展に有利な条件が構築されることである。
4) ビッグデータの応用。既存の知識マイニング技術では、高度知的生産における知識モデリングの必要をまだ満たすことはできない。ビッグデータ手法の導入こそ、高度知的生産で取るべき最良の選択である。
5) 高速コンピュータ、スーパーコンピュータおよびクラウドコンピューティングの応用。高度知的生産におけるアナログ・シミュレーションは、多次元な場のカップリングによるコンピューティングとかかわるため、スーパーコンピュータセンターまたはクラウドコンピューティングによる支援が必要である。
3.2 高度知的設計
高度知的設計は、知的設計を基盤として、機械設計においては強度の同等な材料使用を志向するために、残留応力を適切に利用できないという欠点を克服することに重点を置いている。製品機能設計および幾何学的パラメータの設計、材料性質制御技術の設計ならびに信頼性評価等の融合による、反復設計および最適化の手法を採用し、半製品の載荷応力強度、性能強度および残留応力強度のマッチングによる最適化設計プランを得ることを目的としてする。
高度知的設計プラットフォームの基本的なフレームワークと全製造工程における位置づけは、図6および図7のとおりである。
図6 高度知的設計プラットフォームの概要
Fig 6. Sketch of high performance intelligent design
図7 製造工程における高度知的設計プラットフォームの重要な役割
Fig 7. Important role and position of high performance intelligent design in manufacturing
高度知的設計の信頼性評価については、半製品の載荷応力および残留応力強度の代数の和によって実際の応力強度を導き、かつ、材料の性能強度と対比することによって、すべての点において、それぞれの点の強度が実際の応力より高く、かつ、十分な冗長度があることを信頼性評価の根拠とする。こうすれば、原材料の段階から、半製品使用の信頼性について保証を提供できる上に、残留応力を合理的に利用して軽量設計を実現することができる。
3.3 材料の知的改質・性能制御技術
材料の知的改質・性能制御技術には、知的熱処理ならびに成形製造における形状・性質制御の一体化に関する知的技術が含まれる。
1) 知的熱処理
熱処理とは、成形を目標とせず、材料内部の固体状態の相転移により、材料の性質を大幅に変更できる唯一の製造技術である。また、全製造工程を通じて、材料性質制御技術における重要な一段階となる。熱処理の技術レベルは、設備製造技術の先進性と市場競争力を決定づける中核となる要素である[4]。
知的熱処理技術におけるデジタル化の特徴とは、材料科学、機械科学およびその他の領域の基礎知識と科学技術成果を集約して、熱処理生産(表面改質を含む)に応用することである。この際、計算科学と正確な予測を基盤として、さまざまな次元の研究を集約することによって熱処理技術を最適化し、熱処理に関する新技術を開発することによって、従来の経験型技術から情報化・知的化の方向へと飛躍的に発展させることで、熱処理技術を高度知的生産における重要技術の一つとするのである。知的熱処理技術の主な内容を図8に示す。
図8 知的熱処理に関する主な研究内容
Fig.8 Major contents of intelligent heat treatment
コンピュータ・シミュレーション、試験機器、ビッグデータにおける知識モデリングの三者の緊密な結合によって、知的熱処理技術の中核プラットフォームは構成される。そして、これは、熱処理技術における疑似生産や、熱処理設備の知的設計、熱処理工程の知的制御、製品製造に関する全工程の品質制御、熱処理技術および製品設計の並行処理ならびに製品の全ライフサイクル情報の共有と連携・最適化や知的熱処理に関するリモートサービス等の応用技術の発展を支援するのに用いられる[5]。
2) 成形製造における材料形状・性質制御の一体化に関する知的技術
切削加工、鋳造、鍛造、溶接、付加製造等のいずれの加工段階においても、程度の違いはあれ、成形に加え、組織を改変することで、材料性能に影響を与える。このため、高度知的生産においては、デジタル化に基づく形状・性質制御の一体化に関する知的技術を重視している。この主な内容には、①鋳造成形における形状・性質制御の一体化に関する知的技術、②塑性成形における形状・性質制御の一体化に関する知的技術、③溶接における形状・性質制御の一体化に関する知的技術、④付加製造における形状・性質制御の一体化に関する知的技術、ならびに⑤材料の表面損傷を回避できる高度切削加工技術が含まれる。
各形状・性質制御の一体化に関する知的技術の特徴は、アナログ・シミュレーションおよびビッグデータにおける知識モデリングを知識取得・利用の手段として、成形工程における材料組織および欠陥の進行プロセスを把握し、これを基盤として加工技術の最適化を行い、形状・性質制御の一体化を実現することにある。形状制御と性質制御、ならびにこれらと知的熱処理との間は、デジタル化環境によって処理され、全製造工程の最適化を実現する。
3) デジタル化された知的な材料改質・形状制御技術
材料の内部組織の変化については、リアルタイムで測定し、センシングを行う方法がないために、現時点では、材料改質・形状制御が設備製造業の情報化における盲点となり、知的生産における死角となっている。そこで、アナログ・シミュレーションに基づく予報型インテリジェンス・ディシジョンの方法を採用し、最適化の方案を自動生成する改質制御技術およびプロセス偏差のランダム補償という遺伝的影響等の機能を有するデジタル化された知的改質・性質制御技術を発展させることが肝要である。コンピュータ・シミュレーションや試験研究、ビッグデータ等の研究手段を総合的に応用し、先進的な材料改質・性質制御技術および設備の研究開発を行い、熱処理および各成形段階における性質制御技術の緊密な結合を実現することによって、半製品の品質向上や、製品の耐用年数および信頼性の向上に向けて基礎を築くのである。
4. 高度知的生産の進歩に向けたいくつかの提案
1) 高度知的生産領域におけるエキスパート養成の重視:条件を備えた重点教育機関において、高度知的生産に関する学科を発展させる。機械学科と材料学科を主とし、情報、物理、力学等の関連分野の人材も関与する学際的な教授陣を組織することによって、高度知的生産に関する専門家養成を奨励する。
2) 高度知的生産に関する基礎研究の重視:高度知的設計および知的改質・性質制御技術プロジェクトに対して国が資金を援助し、将来性の高い基礎研究の実施を奨励する。また、高度知的生産に関する国家レベルの技術センターまたは重点研究室を設立し、高度知的生産に関する基礎研究および応用研究を持続的に行い、さらに発展させる。
3) 高度知的生産に関するソフトウェアおよびプラットフォームの発展:スーパーコンピュータおよびクラウドコンピューティングを高度知的生産に関するソフトウェアに応用できるような環境を創造する。高度知的設計に関する研究とリモートサービスプラットフォーム、ならびに知的改質・性質制御に関する重要技術の研究とリモートサービスプラットフォームを重点的に構築し、クラウドコンピューティングとその他の研究機関や企業とのダイナミックなコンビネーションによって、データシェアリングにおける正確な処理やコラボラティブ・イノベーションといった環境下での知的財産権保護モデルを模索し、科学技術が急速に発展している世界の現状に適応する。
4) ハイエンド重要部品の高度知的生産に関する重大プロジェクトの設置:産官学連携によって、中国の製造業界をとりまく基本的な問題を重点的に解決する。
(おわり)
参考文献:
[3] 路甬祥、グリーン生産(環境に優しい生産)および知的生産に向けて(三)――中国における製造業の発展の道[J]。中国機械工程、2010(6):14-19
[4] 潘健生、顧剣鋒、王婧、中国における熱処理技術の発展戦略に関する考察[J]。金属熱処理、2013, 38(1):4-14
Pan Jiansheng, Gu Jianfeng, Wang Jing. Discussion of heat treatment development strategy in China [J]. Heat Treatment of Metals, 2013, 38(1):4-14
[5] 顧剣鋒、潘健生、知的熱処理およびその発展の見通し[J]。金属熱処理、2013, 38(2):1-9
Gu Jianfeng, Pan Jiansheng, Intelligent heat treatment ant its development prospects [J]. Heat Treatment of Metals, 2013, 38(2):1-9
※本稿は潘健生,王婧,顧剣鋒「我国高性能化智能制造発展戦略研究」(『金属熱処理』第40巻第1期、2015年1月,pp.1-6)を『金属熱処理』編集部の許可を得て日本語訳・転載したものである。記事提供:同方知網(北京)技術有限公司