第122号
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中国製造業の核心的能力、役割の位置づけと発展戦略——「中国製造2025」への評論を兼ねて(その1)

2016年11月22日

黄 群慧:中国社会科学院工業経済研究所所長、研究員。博士課程指導教官

賀 俊:中国社会科学院工業経済研究所副研究員

概要:

 中国の製造業は、今後の発展に向けてより深い苦境や試練に直面するであろう。このため、中国の政府や企業は、先進工業国の工業化プロセスにおける共通の制度、政策設計や共通するイノベーションの取り組みを十分に吸収し、学ぶことが求められる。また、それ以上に、中国特有の産業基盤、人的資源、市場ニーズ、文化的特徴を踏まえて、独特の製造業の核心的能力を確立させ、たゆまず向上を図ることが必要になるだろう。比較研究や歴史の分析は、工業強国がいずれも模倣や拡散しにくい核心的な技術力を有していることを示している。このため後発国が工業強国へ躍進できるように促す制度設計は、必然的に、その国の製造業が有する核心的な技術力に見合った設計が求められる。核心的な技術力に見合った制度設計には、先進工業国の制度設計に共通する一般性のほか、更に道筋の違いや国に特有の能力によって決定づけられる特異性が備わっており、制度設計にこうした特異性が含まれてこそ、工業強国の組織力が構築される。そして、組織力と技術力の「戦略的補完」をなす変化のプロセスの中で、両者は相互に増強されるのである。しかし、現在は中国の製造業に備わる核心的能力の特異性が意識されていないため、中国国内の学術界において主流となっている制度観の研究では、複雑な実証分析の末に、各国に共通する制度設計を中国の工業強国化に向けた政策提言として示されることが多い。これでは、規範研究としての意義は当然ながら大きく損なわれてしまう。米、日、独、韓などの工業強国と比べ、中国の製造業の優位性は主としてモジュール構造の製品と、大型かつ複雑な設備の両分野に存在する。一方、製品構造の一体化、製造プロセス一体化の分野、あるいは一体的でかつ先端技術のサポートを要する中核部品の分野では、相対的に見て優位性に劣る。中国の製造業の核心的能力の強化が見込まれる方向性としては、以下が考えられる。第一に製品構造や標準規格のイノベーションによって、製品構造を一体的なものからモジュール化構造へシフトさせることによって、製品ライフサイクルの進み方を短縮または打破する。第二に、国外の技術と中国現地市場のニーズのミスマッチをチャンスとして捉え、中国の市場・製造面の優位性を十分に活かして、複雑な設備の構造ノベーションや集約能力の継続的向上を図ることである。このような学術的理解を評価基準とした場合、「中国製造(メード・イン・チャイナ)2025」は本質的には従来型の産業政策を強化したものに過ぎず、中国製造業が「どこへ向かうのか」や「どのように進むのか」という根本的な問に対する答えにはなっていないと考えられる。

キーワード:製造業、技術力、組織能力、産業政策

一.中国製造業がこれからの発展に向けて直面する根本的課題

 新たな産業革命やグローバルな産業競争モデルの転換に伴い、中国経済の発展段階も次第に工業化の後期に差し掛かり、経済増長は高度成長の段階から中高速の成長という「ニューノーマル(新常態)」へ移行しつつある。2013年、サービス業が第一次〜三次産業に占める比率は初めて工業を上回り、経済のサービス化の流れが絶えず強まりつつあり、「第13次五カ年計画」実施期間の中国における工業の役割は、大きく調整されるとみられる。このような背景において、従来の粗放型の工業発展モデルの中で蓄積されてきた深層の矛盾や問題は、これから、とりわけ「第13次五カ年計画」期間において更に集中的かつ深刻に顕在化するとみられる。本稿は多くのボトルネックや問題のうち、「行為」の側面から見た「技術獲得の難度」、「業績」という側面から見た「生産効率」、「環境」という側面から見た「外的ショック」という三要素を、中国の製造業がこれからの十年間において直面する最も根本的な課題であると認識している。

 (1)生産性の成長低下は、中国の製造業が現在及び今後の発展において直面する最も深刻な問題である。様々な手法を用いた実証研究はいずれも、中国の世界貿易機関(WTO)加盟後、とりわけ2003年以降、中国の製造業の全要素生産性の成長率が大きく低下したことを示している[1,2]。中国の製造業において全要素生産性の成長率が低下していることに対し、現在の学術界における主流の見方として、これまでの中国の製造業の発展プロセスにおいて政府による過度の行政的介入があったことが、要素の使用効率の低下に繋がったと指摘されている[1,3]。ただし、制度転換の過程において、「強い政府」という制度的な特徴が一貫しているものの、全体的に政府や産業政策の製造業に対する介入は、範囲においても程度においても縮小し続けている。このため本稿は、政府の介入による累積効果が製造業の生産効率にもたらす影響だけでなく、より多面的な視点や変動を合わせて考慮し、より広泛な分析の枠組みから、中国の製造業の効率に関する問題を思考するべきだと考える。第一に、経済の発展段階は、中国の製造業における生産率の変動の特徴を過不足なく理解するための重要な視点である。経済発展の初期段階において、中国の製造業の構造は不完全なものであり、所得増と消費の高度化が生産効率の高い新興セクターの登場と成長を促しやすかった。工業の産業構造が完成されるに従い、配分効率の向上における需要の牽引効果は薄れた。第二に、発展段階に関連して、中国の製造業における技術水準の向上が続き、先進工業国のレベルに近づくにつれ、技術導入の難度が絶えず増すとともに、後発者としての優位性が薄まり、独自の技術開発能力が十分に育っていない状況下において、自然の成り行きとして生産効率が下降した。第三に、世界の産業構造の調整という長期的なサイクルから見ると、1970〜1980年代、日本や韓国が高度成長を遂げたキャッチアップの過程は、自動車やエレクトロニクスなど新興産業の成長がピークに達した時期に重なった。一方、中国の製造業の場合は異なり、過去二十年余りの高度成長期において、世界的規模での新興産業の登場や成長は見られず、製造業の成長は、先進工業国からの製造業の移転に依存するところが大きかった。このような産業発展モデルは、必然的に製造業の技術効率の向上の余地を制約するものであった。中国の製造業の生産効率をめぐる課題について、もう一つ補足すべき点として、現在、国内の学術界や政府部門で広く支持されている観点として、生産効率の向上を促すためには、とりわけ企業による独自のイノベーション能力を強化する必要があると考えられている。本稿では、こうした生産効率の問題を単なる独自のイノベーションの不足に帰結させる観点には、著しい政策的ミスリードが潜んでいると考える。独自のイノベーションとは、主に技術面でリードしている企業におけるブレークスルーとなる技術革新である。一方、中国の製造業の生産効率の伸びが過去十年余りにわたって継続的に低下していることは、中国の製造業が全体としてシステミックな問題を抱えていることを示すものであり、個別分野における技術的ブレークスルーが不足していることが問題なのではないだろう。また単に技術的な側面から見たとしても、製造業全体の効率の低下の問題を解決するには、先端技術や新興技術におけるブレークスルーだけでなく、先行して適用した技術がより幅広い企業に普及し、採用されるよう促すことも必要となる。技術拡散の制約、とりわけ生産・運営分野におけるベストプラクティスを幅広い中小企業に広げて導入させる上での深層的な障害とは、果たして何であるか?また「製品技術の過度な拡散、プロセス技術の拡散不足」という状況は果たして存在するのか?これらこそ、学術界や政策部門が踏み込んで分析し思考すべき問題である。

 (2)技術獲得の難度が絶えず上昇している。後発国における産業の発展段階及び技術進歩のライフサイクルの特徴が、後発国による技術の獲得とキャッチアップを果たす際の難度を決める要因となる[4]。オーソドックスなAUモデル(Abernathy-Utterback model)の仮説によれば、成熟した市場経済において、産業の技術進歩は概ね相互に関係し合う3つのステップを経ていく。すなわち、流動性の段階、転換の段階、成熟の段階である[5]。但し、後発国の産業発展・技術進歩は常に産業や技術の移転を受け入れることで始まるため、後発国の技術進歩は「逆AUモデル」の特徴を呈する。つまり、技術進歩は成熟段階から始まり、生産設備の導入によって一応の生産力と技術力を獲得してから、改良型の製品・プロセスのイノベーションが行われ、最後に基礎研究能力やオリジナルイノベーションの蓄積により、キャッチアップを実現するのである[4]。要するに、成熟段階の産業の場合、後発国では国内の限られた資源が集中する大企業(日本や韓国の財閥、中国の国有企業)が大規模な投資を行うことで、経済のテイクオフ期特有の低コストの強みを生かし、技術の獲得とキャッチアップを急ピッチで進めることが容易である。ただし、後発国の技術進歩に伴い、技術獲得の難度も増していく。一方で、成熟産業においては、技術が先端レベルに近づくにつれて、個別の技術専門家の技術力ではなく組織レベルが、そして目に見える知識ではなく隠れた知識が、また応用開発能力ではなく基礎研究能力が、技術競争におけるキーポイントになってくる。これこそが、後発国の企業、とりわけ技術の蓄積に乏しい後発国企業の弱点である。もう一方で、新興産業の分野では、技術路線が多様であるとともに研究開発投資の不確定性が大きいため、後発国のような大企業主導型の産業構造は優位性を発揮しにくい。中小企業やベンチャー企業で構成されるイノベーションエコシステムを育成するには、制度・文化的制約を根底から克服していく必要があるため、長期的な進化や模索のプロセスが必要であり、これらが後発国において技術を獲得するコストや障害となっている。現在、中国の製造業技術は成熟段階のものを導入するばかりであり、従来産業の高度な生産設備や中核部品技術の分野では長らく受け身の立場に置かれ、技術の競争力ではまだ大きな遅れがある。新興の技術・産業分野において、グローバル競争における優位点が十分に獲得できていない。現在、急速に発展している工業用ロボット産業を挙げると、機械・制御、センシングの3つの部分からなる複雑な技術で構成されているが、中国企業が技術を掌握している分野はこのうち機械のハードウェア技術のみである。中国の先端技術・新興技術面の能力の遅れを招いた重要な原因として、長きにわたり企業が基礎研究に充分な投資をしてこなかったことが挙げられる。全社会、とりわけ企業セクターの継続的な基礎研究投資をいかに動機付けるかが、中国製造業がこれから成熟技術の優位性を先端技術や新興技術の優位性拡大につなげられるかどうかを決定づける要因となるだろう。

 (3)「第三次産業革命」は、中国が従来有する比較優位性の形成に、根本的なショックを与えるだろう。金融危機を受けて、米、日、独などの工業強国はもちろん、英、仏といった伝統的な工業強国まで、製造業の国民経済における戦略的役割を改めて見直し、より積極的な政策を打ち出して先進的製造業の発展を推し進めている。例えば、米政府は「製造業行動計画」、独工学アカデミーは「インダストリー4.0」プラン、EUは「Factories of the Future(未来の工場)」プランをそれぞれ打ち出し、英国政府もまた系統的な製造業技術の見通しに着手した。客観的にみて、これらはすべて「第三次産業革命」のプロセスを大きく加速するものである。「第三次産業革命」を背景とした生産・製造の自動化、スマート化によって単純労働が置き換えられ、中国がこれまで有してきた労動コストの比較優位に打撃をもたらす恐れがある。同時に、中国が比較優位から競争優位へと躍進する高度化の道が断たれる可能性もある[6,7]。同時に、イノベーション体系のエコシステム化が進む中、米国をはじめとする先進工業国は、各種のICT技術プラットフォームや産業プラットフォームを掌握することで、新興産業や従来産業におけるテクノロジー要素や産業資源の統合を強化し、中国をグローバルなイノベーション体系から締め出してしまいかねない。

その2へつづく)

参考文献


[1] 江飛涛, 武鵬, 李暁萍. 中国工業経済増長動力機制転換[J]. 中国工業経済, 2014,(5): 5-13.

[2] 蔡昉. 破解中国経済発展之謎[M]. 北京: 中国社会科学出版社, 2014.

[3] 伍暁鷹.“新常態”下中国経済的生産率問題[A].中国社会科学院経済学部.解読中国経済新常態[C].北京:社会科学文献出版社, 2015.

[4] Kim, Linsu. Imitation to Innovation: The Dynamics of Korea's Technological Learning [M].Cambridge: Harvard Business School Press, 1997.

[5] William, J. Abernathy, and James M. Utterback, Patterns of Innovation in Industry [J]. Technology Review, 1978,(June/July): 40-47.

[6] 黄群慧, 賀俊.“第三次工業革命”、製造的重新定義与中国制造業発展[J].工程研究,2013, (5)=184-193.

[7] 黄群慧, 賀俊.“第三次工業革命” 与中国経済発展戦略調整—技術経済範式転変的視角[j].中国工業経済,2013, (1):5-18.

 ※本稿は黄群慧,賀俊「中国製造業的核心能力、功能定位与発展戦略——兼評《中国製造2025》」(『中国工業経済』第6期2015年6月(総327期),pp.5-17)を『中国工業経済』編集部の許可を得て日本語訳・転載したものである。記事提供:同方知網(北京)技術有限公司