Xバンドナビゲーションレーダーを用いた海洋表層流速計測方法(その1)
2016年11月29日 王立、呉雄斌、馬克涛、沈志奔(武漢大学電子信息学院)
概要:
本稿は、Xバンドナビゲーションレーダーによる海面反射のイメージングをめぐって、ドップラー偏移とブラッグ散乱を利用した海洋表層流の観測方法を研究したものである。幾何学的フィルタリングモデルと結合したXバンドレーダー海流インバース前処理アルゴリズムを提出した。このアルゴリズムは、既知の最大海流流速によってバンドパスフィルター処理を行う必要がなく、線形波動理論分散方程式と最小二乗アルゴリズムと結合することで、正確な海洋表層流速を得ることができる。従来のXバンドナビゲーションレーダーによる表層流観測方法と比べると、このアルゴリズムは簡単で効率が高く、資源の占有が少なく、陸上に設けられるXバンドナビゲーションレーダーに適用できるだけでなく、船上に搭載されるXバンドナビゲーションレーダーにも適用できる。付近の観測ポイントの高周波地表波レーダーの表層流データと比較実験すると、二者の結果は一致しており、本稿で提出した方法が実現可能であることが示されている。
【キーワード】Xバンドナビゲーションレーダー、海洋表層流速、幾何学フィルタリングモデル、線形波動理論、高周波地表波レーダー、最小二乗法
海流は「洋流」とも言い、海水が、熱放射や蒸発、降水、熱収縮などによって、密度の異なる水塊を形成し、さらに風応力やコリオリの力、起潮力などの作用を受けて形成される大規模で相対的に安定した流動を指す。海水の普遍的な運動形式の一つである。海流の運動は、海上の安全や海洋工事、海洋戦争などに密接に関係している。伝統的な海洋表層流の測定方法には、実地観測と立体摂影、レーダー観測がある。実地観測は、一定の時間内に狭い地域のデータを得るもので、観測される海域の実際の海況を全面的に反映することはできず、現場の設備のメンテナンスも難しい。立体摂影による海流情報取得方法は、計器を搭載するキャリアーや環境の制限を受け、夜間や霧・雲の多い状況では運用できず、立体摂影後の後処理の手続も複雑である。レーダーを利用した海洋情報の観測は、この二つの方法の短所を克服するものとなる。レーダーは、あらゆる天候において高解像度のデータを取得できるなどの優位性があり、海流情報の取得で現在、ますます世界の主流として定着しつつある。武漢大学が開発した高周波地表波レーダー「OSMARシリーズ」はすでに、中国の沿岸での業務運用が展開され、良好な効果を上げている。Xバンドナビゲーションレーダー海流計測システムの発展は、レーダー海洋観測手段の補充の役割を果たし、レーダー測定手段をより多様で正確なものとすることができる。
Xバンドナビゲーションレーダーは、海上交通管理や海上航行ナビゲーションに幅広く利用され、ここ30年で着々と、海洋環境モニタリングのための新手段となりつつある。Xバンド海流計測レーダーの電磁波が海面に入射すると、レーダーの波長に等しい、風によって起きたキャピラリー波はブラッグ散乱を産出し、後方散乱エコーがレーダーの受信機によって受信され、「海面反射」[1-2]を形成する。波長の長い重力波は、キャピラリー波の流体力学的変調や傾斜変調、シャドウ変調などの作用を通じて、海面反射のイメージ上に表現される[3]。このためXバンドナビゲーションレーダーのエコーイメージには、豊富な海洋動力学のパラメーター情報が含まれることとなる。レーダーのエコーイメージを分析すると、海洋表面の動力学的プロセス(風、波、流れ)に対応したスペクトル特性を見つけることができる。このことから海面の動力学的要素の値を取得・インバースすることが可能となる。Xバンドナビゲーションレーダーを利用した海洋モニタリングは、便利、信頼性が高い、経済的、リアルタイム、高解像度などの特性を持ち、すでに海洋学者らに幅広く重視され、海洋を有效にモニタリングするハイテク手段と考えられている。
世界には現在、Xバンドレーダーの海流観測を系統的に開発している企業が2社ある。一つはドイツのGKSS研究センター、もう一つはノルウェイのMiros社である。1980年代から、ドイツのGKSS実験室は、Xバンドレーダーに基づく海流モニタリングシステムの研究を展開した。十数年の実験開発を経て、1995年には、商業化された海流モニタリングシステム(wave monitoring system,WaMoS)の開発に成功した。現在、このシステムは多くの面で改良され、第2世代製品の「WaMoS II」を形成している。「WaMoS II」は、Xバンドレーダーの海面反射シーケンシングイメージの分析を通じて、波浪スペクトルと波浪パラメーター、表層流パラメーターを算出することができる。ノルウェイのMiros社も、類似した海流モニタリングシステム「WAVEX」を開発し、1996年には商業化に成功した。「WAVEX」も「WaMoS II」に類似した機能を持ち、波と流れのパラメーターを獲得することができる。このほか米国や日本、デンマーク、オランダ、イタリアなどの国も、Xバンドレーダーを利用した海洋モニタリングの研究に従事している。中国は、Xバンドレーダーを利用した海洋モニタリングの分野の研究ではスタートが比較的遅かった。「十五」(第10次5カ年計画、2001-2005)期間、総装備部と国家863計画海洋技術プロジェクトは、Xバンドレーダーの波浪場と表層流場の取得のキー技術でブレークスルーを実現したが、まだ商業化のレベルには到達していない。ここ数年、中国国内のいくつかの研究所や大学は自主開発の速度を高め、理論と実践の両面で研究活動を展開してきた。国家海洋技術センターや中国海洋大学、大連海事大学、哈爾濱(ハルビン)工程大学、武漢大学、中国科学院海洋研究所などが挙げられる[4]。
波浪パラメーターのインバース過程においてはまず、Xバンドレーダーが受信したエコーイメージシークエンスに対して立体高速フーリエ変換(FFT)を行って相対的波浪方向スペクトルを獲得する。その後、波浪方向スペクトルを利用して波浪の主要周期や主要方向などの情報を算出する。海流が存在することから、レーダーアンテナの方向に向かったエコーイメージのパワースペクトルはドップラー効果により、高周波部分へと移動する。その逆の場合は低周波部分へと移動する。このため流速の確定は、イメージのパワースペクトルを正確に計算するカギとなり、エコーイメージのパワースペクトルを利用した正確な波浪パラメーター情報のインバースにとって極めて重要となる[5]。Xバンドナビゲーションレーダーに基づく従来の海流インバースアルゴリズムは、加重最小二乗法に基づくもので、立体FFTを通じて変換されたスペクトルのすべての周波数が演算に加わる。干渉が存在することから海流データは不正確で、インバースされた波浪パラメーターも不正確となる。正確な海流情報を得るためには、レーダーのデータを前処理し、分散関係を満たす相対的に正確な周波数を選ぶ必要がある。現在、レーダーデータの前処理はいずれも、既知の最大海流流速を用いてバンドパスフィルタリングを行っているが[6]、観測海域の海流の最大可能流速が未知の場合や、舶載Xバンド海流計測レーダーに対しては、流速を用いたエコースペクトルの制限は効果を持たない。現在の前処理アルゴリズムの不便をターゲットとして、本稿は、新たなプレフィルタリングの研究を行った。
1 海流計測アルゴリズムの研究
1.1 幾何学モデルによるプレフィルタリング
Xバンド海流計測レーダーに基づく海洋エコーイメージに立体FFTを行うことで、kx-ky-ω空間波数周波数立体スペクトルを得ることができる。すべての方向において、立体スペクトルからk-ωの二次元スペクトルを得ることができる。理論的には、すべての方向のk-ωスペクトルにおいて、海洋学深水重力波の分散関係[7]を満たす1本の曲線を得ることができる。分散関係におけるすべての点は次式を満たす。
式中ωは海浪の角周波数、gは重力加速度、kは空間波数、kxは空間波数のX軸方向への投影、uxは海流のX軸方向への投影、kyは空間波数のY軸方向への投影、uyは海流のY軸方向への投影である。
水深の影響を考慮しないとすると、図1は、ある方向の空間波数と角周波数の幾何学的関係を示し、分散関係曲線上の任意の2点に対して次式を得ることができる。
式中、ω1、ω2は、分散曲線上の任意の2点に対応する角周波数、k1、k2は、分散曲線上の任意の2点に対応する空間波数、gは重力加速度、k1x、k2x、k1y、k2yはそれぞれk1とk2のX軸とY軸への投影、uxとuyはそれぞれ海流のX軸とY軸への投影である。
図1 空間波数と角周波数の幾何学的関係図
Fig.1 Geometric Relationship Between Spatial Wave Number and Radian Frequency in Random Directions
分散関係と相関幾何学関係(図1)からは次式が得られる。
式(4)からのさらなる変換で次式が得られる。
式(5)と幾何学モデルからわかるのは、すべての方向は一連のα値に対応しており、さらにこれは固定された値であるということである。これらの値に対してすべて上述の処理を行う。それぞれの方向のk-ω面に対し、式(5)を満たす一連の曲線族を生成することができる(図参照)。それぞれの曲線に対し、最近隣内挿法を利用して値を内挿し、同曲線上のすべての点において立体FFT変換後のエネルギー値を得る。
総体的に言って、上述の分散関係曲線の分布を満たすエコーポイントのエネルギーは、この分散関係から離れたエコーポイントのエネルギーよりも大きい。そのためそれぞれの方向のk-ω面上の近隣曲線を通過するエコーポイントのエネルギー値の大小を比較することで、この方向において分散関係を満たす曲線を見つけることができる。すべての方向に対して以上の処理プロセスを繰り返すことで、すべての方向上の分散関係曲線を得ることができる。
図2 関係式によって関係式を満たす一連の曲線族を確定
Fig.2 In a Certain Direction,a Series of Curves Satisfying the Relationship are Determined bythe Relationship
1.2 フィルタリングによって得られた分散関係曲線を利用して流速をインバース
得られたすべての方向の分散関係曲線と、曲線上のそれぞれの点に対応するエネルギーの大小を利用し、加重最小二乗法[8]を運用して、極小値原理に基づき、最適加重平方偏差は次式のようになる。
このうちωiはi番目の周波数の波浪に対応する理論周波数、ω(ki)は算出された曲線上のそれぞれの波数kiに対応する周波数、E(kxi,kyi,ω(ki))は算出された波数kiに対応する点のパワー値、E(kx,ky,ω)=|I(kx,ky,ω)|2;n0は算出された曲線上で要求を満たす点数である。
最良のux、uy値を見つけるには、まず偏差平方和の極小値を探し、uxとuyに対するQ2の偏微分をそれぞれ求め、結果をゼロとする必要がある。これによって次のような流速公式が得られる。
式中のuxとuyはそれぞれ流速の二成分、EはE(kxi,kyi,ω(ki))、その他の変数の定義は同上である。
(その2へつづく)
参考文献
[1]. Young I R,Rosenthal W,Zimmer F.A Three Dimensional Analysis of Marine Radar Images for Determination of Ocean Wave Directionality and Surface Currents[J].Journal of Geophysical Research,1985,90(C1):1 049-1 059
[2]. Tian Jiansheng,Wu Shicai,Yang Zijie,et al.NoiseResearched in HFGW Radar Sea Echo Processing[J].Chinese Journal of Radio Science,2002,17(4):396-400(田建生,呉世才,楊子傑.高頻地波雷達海洋回波処理中的噪声研究[J].電波科学学報,2002,17(4):396-400)
[3]. Senet C M,Seemann J,Flampouris S.Determination of Bathymetric and Current Maps by the Method DISC Based on the Analysis of Nautical X-BandRadar Image Sequences of the Sea Surface[J].IEEE Transactions on Geoscience and Remote Sensing,2008,46(8):2 267-2 279
[4]. Cui Limin.Study on Remote Sensing Mechanism and Retrial Method of Ocean Wave and Current withXBand Radar[D].Qingdao:Marine Research Institute of Chinese Academy of Sciences,2008(崔利民.X波段雷達海浪與海流遥感機理及信息提取方法研究[D].青島:中国科学院海洋研究所,2008)
[5]. Wu Y Q,Wu X B,Chen F,et al.Basic Analysis on the Extraction of Ocean Dynamic Parameterswith an X-band Radar[J].Journal of Remote Sensing,2007,11(6):817-825
[6]. Rune G.Ocean Current Estimated from X-Band Radar Sea Surface Images[J].IEEE Transactions onGeoscience and Remote Sensing,2002,40(4):783-792
[7]. Wen S C,Yu Z W.Wave Theory and Principle of Calculations[M]. Beijing: Science Press, 1984(文聖常,宇宙文.波浪理論及計算原理[M].北京:科学出版社,1984)
[8]. Seemann J, Senet C M, Dankert H, et al. Radar Image Sequence Analysis of Inhomogeneous Water Surfaces[C]. SPIE Conf. on Applications of Digital Image Processing XXII, Washington D C,1999
※本稿は王立、呉雄斌、馬克涛、沈志奔「利用X波段導航雷達探測海洋表面流速的方法」(『武漢大学学報· 信息科学版』第40巻第1期2015年1月,pp.90-95)を『武漢大学学報· 信息科学版』編集部の許可を得て日本語訳・転載したものである。記事提供:同方知網(北京)技術有限公司