中国沿岸海域の海水水質と海水淡水化利用の研究の進展(その1)
2016年11月25日
方宏達、陳錦芳、段金明、林錦美:
集美大学生物工程学院、集美大学水処理工程研究中心
徐珊、張珍玉: 集美大学生物工程学院
概要:
海水淡水化は、中国の水飢饉を解決する重要な手段であり、中国の水資源の重要な補充であり、戦略備蓄である。中国の渤海と黄海、 東シナ海、南シナ海の海域における、海水淡水化プロジェクトと密切な関係を持つ海水理化学的性質を詳述し、各地区の海水淡水化の工学技術条件と発展の現状を整理し、各海域の水質の特質をめぐって相応する海水淡水化の前処理技術を重点的に紹介した。最後に、海水の原水と生産水の水質標凖の制定、低エネルギー消費で低コストの高圧ポンプやエネルギー回収装置などの開発、海水淡水化を促進する政策管理メカニズムの実施、濃海水循環利用の経済体制の建設は、中国の海水淡水化産業の健全で急速な発展を促進する重要な措置となると指摘した。
【キーワード】海水淡水化、循環利用、前処理技術
世界的な淡水資源不足問題に対処するため、沿岸の多くの国・地域は、海水淡水化・総合利用技術の開発を積極的に展開している。イスラエルの飲用水の70%は、海水を淡水化した水である。オーストラリアの海水利用の中心は行政事業で、総生産能力の96%がこうした事業に用いられている。米国の海水利用も主に行政事業に用いられ、89.5%を占めている。サウジアラビアは世界最大の海水淡水化国であり、2010年の生産量は11億m3〔1-2〕に達した。
中国の淡水資源は欠乏状態にあり、一人あたりの淡水資源量は世界平均の4分の1にすぎない。人口が集中する沿岸地区では、淡水の需給矛盾がとりわけ際立っている。海水淡水化技術は、水資源の総量を増やし、中国の沿岸地区の淡水不足の矛盾を有効に緩和することができる。海水資源を見ると、中国は、渤海・黄海・東シナ海・南シナ海の四大海域を擁し、海岸線は1.8万kmを超え、水資源は非常に豊富である。だが海水淡水化の発展はほかの国よりも遅く、海水淡水化産業は「十一五」(第11次5カ年計画、2006-2010)期になって急成長をはじめた。統計によると、2011年末までに中国の海水淡水化能力は日産66万m3〔3〕に達している。海水淡水化に影響する要素としては現在、政策や技術、コストなどが挙げられる。中でも海水の水質は、淡水化技術の正常な応用とコストに影響する重要な要素となる。ある研究は、海水中の有機物汚染やSDI(シルト密度指数)、温度、濁度、塩度は、逆浸透膜の運用に影響する重要な指標であり、生産水の品質に影響することを発見した〔4〕。このため中国の海域の海水の理化学的性質や海水利用現状、研究進展を検討することは、沿岸水資源の構造の最適化や国家の水利用の安全保障、沿岸の経済社会の持続可能発展の促進に戦略的な意義を持っている。これに基づき、筆者は、海水の水質と海水の利用状况を初めて結びつけ、中国の渤海と黄海、東シナ海、南シナ海の4つの海域の海水淡水化に関連する水質状況を紹介し、各地区の海水利用の工学技術条件と発展の現状を整理し、形成原因と経験・教訓を分析した。そのねらいは、海水利用の発展の後れた沿岸地帯に支援を提供し、海水淡水化利用の良好な地区の発展とモデル転換の方向性に参考を提供し、中国の海水利用の発展に新たな思考の道筋を与えることにある。
1 渤海海域
1.1 渤海の水質の特徴
渤海は、海峡によって閉じられた内海であり、水温は、北方の大陸性気候の影響を受ける。2月の平均水温は0℃前後で、8月の平均水温は21℃である。大陸から淡水が注ぎこむ影響で、塩度はわずか30‰で、中国近海で最低となっている。1978年から2010年までの8月の観測資料結果からは、渤海の夏季の海水pHの年次変化の範囲は7.86~8.30であり、渤海の水温の年次変化と降水量(酸性雨)と黄河河口の月間平均流量の年次変化が、海水のpH変化に影響する主要な原因であることがわかっている〔5〕。
呉琳琳ら〔6〕の研究では、2012年4-7月の渤海湾の海水温は12.7~30.8℃、pHは7.30~8.55、海水CODMnは0.98~3.36mg/L、総溶解固形分(TDS)は30.7~32.1g/L、濁度は2.96~136NTU、Cl-は16.9~17.8g/L、電気伝導率は44800~49800μS/cmであることがわかった。総体的に言って、渤海の水質の濁度は変化の範囲が比較的広い。これは主に、渤海湾の海水の土砂含有量の影響を受けたもので、とりわけ潮流と波浪のある際に大幅に高まる。このほかさらに、海水温の高まりは作動圧力と脱塩率を下げることもわかった。これは主に、水温の上昇によって導致水の粘度が低下し、膜材料の浸透性が高まり、透過する塩分が増えるためである。郭興芳ら〔7〕は、天津渤海湾における海水の溶解性有機物の比率が比較的高いことを発見した。m(SCOD)/m(COD)は57.3%~97.1%で、ほとんどは65%を超えた。逆浸透法海水淡水化の前処理にあたっては、相対分子質量の低い溶解性有機物を有効に除去できる工学技術を選ぶ必要がある。全体として言えば、渤海湾の水質は、温度や濁度の面で変化が比較的大きく、有機物の含有量やSDIが比較的高く、塩度は比較的低い。
1.2 渤海の海水淡水化の現状
渤海の水質の特性に基づき、張大群ら〔8〕は、「強化凝集--O3/UV消毒」を海水淡水化蒸留法の前処理技術として採用し、原水の濁度やCODMn、UV254、細菌の除去率はそれぞれ96%、40%、19%、99.9%に達した。馬敬環ら〔9〕は、「凝集--傾斜板沈殿槽--砂ろ過」の新工法を通じて、渤海の海水を処理し、処理水の濁度を1NTU以下、鉄分を0.1mg/Lにまで下げることに成功した。この技術は、水質の変化の範囲の広い渤海の海水の処理に適している。
渤海湾沿岸では、天津市が、中国で比較的早期に海水淡水化の研究を展開した地区の一つである。同地域の海水淡水化技術は現在、中国をリードするレベルにある。天津市は2011年までに、「天津北疆発電所」「天津大港新泉海水淡水化有限公司」「天津開発区1万トン級海水淡水化モデルプロジェクト」「天津大港発電所」の4カ所に海水淡水化プラントを設けている。海水淡水化の総処理能力は21.6万m3/d、海水淡水化水の利用量は10万m3/dに達する。このうち天津北疆発電所は、都市行政の水道網に海水淡水化の生産水を大規模に利用する国内初のプロジェクトで、淡水化された海水の一日平均の供給量は6000m3前後に達し、90%以上が一般供給されている。技術的には、同プロジェクトは、低温多重効用海水淡水化技術を採用し、水質が比較的劣っている渤海湾の特性をターゲットとし、前処理技術には「高潮位採水--二次沈殿槽--微砂加速凝集沈殿槽--清水槽」を採用した〔10〕。天津大港新泉海水淡水化有限公司の総処理規模は15万m3/dで、逆浸透海水淡水化技術を採用している。
山東省は、全国で海水淡水化が最も幅広く応用されている省の一つであり、その淡水化技術は主に、逆浸透と低温多重効用蒸留を中心としている。2006年末までに山東省の海水直接利用量は20億m3を超え、完成した海水淡水化プロジェクトは17カ所を数え、一日の海水淡水化量は3.5万m3に達し、全国の生産水量の25%を占めている。同省の大型海水淡水化プロジェクトは現在、青島と煙台、威海の3都市に主に分布している。華能威海発電所は、威海市の主要な海水淡水化企業であり、年間海水淡水化量は237万m3に達する。渤海の海水の特性に基づき、同発電所は前処理技術として「海水採水→NaClO添加システム→PAC・PAM添加システム→マルチメディアフィルター→活性炭フィルター」を採用した。さらに冬季に水源が低温となる影響を克服するため、水源は主に、循環水とコンデンサー排水が利用されている〔11〕。煙台市は、長島県に5つの海水淡水化プラントを設立している。日産水量は1850m3に達し、直接利益を受ける人口は3万6千人に及ぶ。このほか煙台原子力発電所海水淡水化モデルプロジェクトも認可を獲得し、フィージビリティスタディの段階に入っている。プロジェクトの竣工後、海水淡水化の日産量は14.5万m3に達し、煙台の水資源不足の状况を大きく緩和する見通しだ〔12〕。
遼寧省は広大な内海域を持ち、海水資源の利用に有利な条件が整っている。同省がすでに建設を完了し、有效な稼働を行っている海水淡水化施設としては、華能営口発電所や紅沿河原子力発電所、葫芦島海水淡水化プロジェクトなどが挙げられる。このうち華能営口発電所の産水量は1万m3/dに達する。濁度が高く、温度が低いなどの渤海の水質の特徴に基づき、海水直流冷却水を原水とし、具体的な工法プロセスとしては、「海水冷却水--反応沈殿槽--ダブルチャンバーメディアフィルター--ダブルチャンバー細砂フィルター」を採用している。2010年、大連市の海水淡水化量は339万m3、海水の直接利用量は11.2億m3に達した。このうち大連長海県自来水(水道水)公司の海水淡水化プロジェクトの産水量は1200m3/dで、島内の住民の飲用に主に用いられている。大連庄河発電所は海水逆浸透技術を採用し、産水量は2万9000m3/dに達し、主に冷却水またはボイラー補給水として用いられている。
2 黄海海域
2.1 黄海の水質の理化学的特徴
黄海の海水の温度と塩度は地区によって差異が顕著であり、季節と日による変化も比較的大きく、明確な縁海の特性を示している。海域の南東部の表層の年平均温度は17℃で、塩度は通常32.0‰以上である。北部鴨緑江河口の表層の年平均温度は12℃未満で、塩度は一般的に28.0‰未満である。全体として、黄海の水温の年次変化は渤海よりも小さく、平均水温は15~24℃であり、海水の塩度は32‰、南から北、海域中央から沿岸に行くにつれ、温度と塩度はいずれも徐々に低下していく特徴がある。黄海の水温は主に、冬季の気温や黒潮現象などの影響を受ける。塩度は主に、黄海の暖流と渤海の熱流束、海域の冬季の大風、黄河の流量の変化の影響を受ける〔13〕。春季の南・北黄海の表層pHは中部でわずかに高く、沿岸で低い。夏季の表層pHは東西両側が低い。秋冬季の黄海の表層pHは均等性が高いが、朝鮮半島沿岸には値の低いエリアがある。黄海海域の濁度の分布には明らかな地域間の差異がある。北部の成山頭の近海域は高い値が出現するが、中部と南部の沖の水域は値の低いエリアとなる〔14〕。劉宗麗〔15〕は、膠州湾の表層海水中に3種の典型的な低分子有機酸、乳酸と酢酸、ギ酸を観測し、膠州湾の表層海水中のこの3者の総量の平均値は4月に比較的大きく、24.06μmol/Lであることを発見した。周斌ら〔16〕は、膠州湾の湾口部分の観測所におけるpH、DO、COD、Cu、Zn類、PO43--Pなどの指標がいずれも「二類海水水質標凖」に符合し、SSとTDSの含有量が比較的低いことを発見し、同海域の海水は淡水化の採水源とすることができるとし、ただ前処理プロセスにおいては、カルシウム、マグネシウム、鉄、マンガンの影響に注意しなければならないとした。全体的に言って、黄海の海水には、塩度と温度の年次変化が小さく、沿岸で有機物が高いという特性が見られる。
2.2 黄海の海水淡水化の現状
徐佳〔17〕は、膠州湾の海水を直接進入させるシステムと、海水に凝集剤を添加した後に進入させるシステムの2種類の技術を採用し、50nmチューブ式セラミック膜を海水淡水化の前処理技術とする実現可能性を初期的に検証した。蘇保衛ら〔18〕は、「砂ろ過―限外ろ過―ナノ濾過」などの前処理工法を採用することで、膠州湾の原水を有効に軟化し、ROの水回収率を高めることができることを発見した。
青島市は淡水資源が少なく、現在実施されている「引黄済青(黄河の水を青島に引く)プロジェクト」や「南水北調(南方の水を北方に送る)プロジェクト」、海水淡水化関連企業の事業はいずれも、海水淡水化技術を利用して飲用水の供給をはかるものである〔19〕。このうち大唐黄島発電所の海水淡水化量は一日平均で1万6000m3に達する。採用されている前処理技術は、「黄海原水―調節槽―傾斜管沈殿槽―ディスクフィルター―SVF限外ろ過」で、冬季の通水温度が低すぎるという問題を解決するため、コンデンサーの冷却海水を海水淡水化システムに引き込むという方式を取っている〔20〕。山東青島発電所の海水淡水化量は2万m3/dで、海水逆浸透淡水化技術を採用しており、その前処理技術は、「海水―横流式反応沈殿槽―海水清水槽―自動洗浄フィルター―限外ろ過膜ユニット―限外ろ過槽」である。江蘇省は海岸線が長いが、多くはシルト質海岸であり、利用の難度は高い。2006年から、多くのプロジェクトが竣工・稼働されてきた。塩城射陽港発電所の2・3期拡張プロジェクトは、海水冷却を採用し、海水の年利用量は3億5千万m3に達している。2007年には、連雲港田湾原子力発電所が正式に運用開始となった。1期プロジェクトの海水冷却利用量は25億m3/aに達する。これらのプロジェクトは、江蘇省における海水利用のさらなる発展に経験を蓄積させ、海水直接利用の全面的実施に受けてのモデル事業としての役割を果たしている〔21〕。
(その2へつづく)
参考文献
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※本稿は方宏達、陳錦芳、段金明、林錦美、徐珊、張珍玉「中国近岸海域海水水質及海水淡化利用的研究進展」(『工業水処理』第35巻第4期2015年4月,pp.5-10)を『工業水処理』編集部の許可を得て日本語訳・転載したものである。記事提供:同方知網(北京)技術有限公司