第123号
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フルデプス潜水船の流体力学的研究に関する最新の状況(その2)

2016年12月 6日

姜 哲:上海海洋大学深淵科学技術研究センター、上海深淵科学エンジニアリング技術研究センター副研究員

海洋プラットフォームの全体設計および流体力学的性能に関する研究、潜水船の流体力学的性能に関する研究に従事。

崔 維成:上海海洋大学深淵科学技術研究センター、上海深淵科学エンジニアリング技術研究センター教授

構造疲労および極限強度、潜水船の全体設計に関する研究に従事。

その1よりつづき)

2. フルデプス潜水船に関する流体力学研究の進展

 従来型の潜水船と同様、フルデプス潜水船についても、機能的要求と全体的レイアウトの要求を満たすことを前提に、抵抗計算と形状最適化設計、安定性、操作上の制御ならびに上昇・下降速度、姿勢シミュレーション等をめぐって流体力学的設計が行われる。フルデプス環境での作業に適応する必要上、下降・上昇運動の速度および安定性の分析が流体力学的研究のポイントとなる。最新技術の動向は、以下のとおりである。すなわち、(1)革新的な上昇・下降方式のさらなる採用、(2)学際的協力による最適化効果の重視、最適な全体形状・局部形状の融合、(3)粘性減衰係数の計算、非対称外形の流体力学パラメータ予測、時変的下降・上昇運動ルートおよび操作上の制御技術、CFD技術、データプールならびにモデル試験技術に関する研究である。最初の2点に関する最新の研究成果について以下にまとめる。

2.1 無動力下降・上昇運動の設計

 超深海有人潜水船は、重量や体積上の制約から搭載可能な燃料に制限がある。このため、下降・上昇運動で搭載燃料を極力使用しないことが重要である。燃料を使用しないこのような運動のことを「無動力下降・上昇運動」という。実用段階の有人潜水船のほとんどは、バラスト放出可能またはバラスト調整可能なキャビンを採用して下降・上昇運動を実現している。その基本的な流れは、以下、複数の段階に及ぶ。すなわち、(1)バラスト水タンクへの注水段階、(2)安定的下降段階、(3)バラスト放出後の減速段階、(4)潜水船の海底到達段階、(5)バラスト放出後の加速上昇段階、(6)安定的上昇段階、(7)バラスト水タンクの排水段階である。次世代型フルデプス潜水船では、速度向上のためにさまざまな上昇・下降方法を採用している。これには、船体の流体力学的最適化や動力エネルギーを利用した下降、飛行または滑空原理、超空胞技術またはこれら複数を利用した組み合わせ等がある[10]

 フルデプス有人潜水船のうち、DEEPSEA CHALLENGEは依然として無動力下降・上昇の原理を利用しており、魚雷を模した船体によって速度を向上し、横断面積を極力小さく設計する一方で、全長を長くしている。このため、DSCのアスペクト比は従来の有人潜水船をはるかに上回っている。DSCの下降速度は4.5knで、海底接近時の下降速度は1.5knまで減少し、最後の100mでは推進器の制御によってゆっくりと下降する。上昇速度は5.7knで、水面接近時の速度は4.8knに減速し、最後の200mでは潜水船上のエアバッグにガスが充填されて400kgの浮力が提供され、潜水船の姿勢を横向きに調節して海面に浮き上がらせる。

 Deep Flight Challengerは水中翼の使用によって、飛行機に似た運動方式を実現している。静止時には、潜水船は固定の正浮力を呈する。これは主に安全面を考慮した設計であり、潜水船に故障が生じた際もスムーズに浮上できるため、乗員の安全を保証できる。また、運動時には、水中翼の反角によって生じる負浮力によって潜水船船体の正浮力とのバランスを取り、推進器によって急速な下降を実現できる[7]。このときの下降速度は107m/minに達し、従来型潜水船の下降速度をはるかに上回る。本潜水船は、水中翼を応用した初の有人潜水船となった。水中翼と船体間の相対夾角(以下、翼角という)の調整によって水中翼の迎角を変更し、下降中に水中翼に下方分力を生じさせることによって下降を加速することができる。他方、上昇時には、水中翼の迎角を正に調整し、水中翼に生じる上方分力によって、上昇を加速することができる。

 また、Deepsearchは、動力による下降、おもりの移動およびバラスト水という3つの要素の融合方式によって潜水船の姿勢を調節し、大きな縦傾斜角で下降する。重心位置の変更と動力の補助によって、下降速度は6knに達する。本潜水船の下降・上昇プロセスを図8に示す[15]

 上昇・下降方式の選択のほか、上昇・下降プロセスにおける軌跡と姿勢のシミュレーションならびにルートの最適化も、上昇・下降時間および運動の安定性を決める重要な要素である。ジャオロン号の開発過程においては、その無動力上昇・下降運動の軌跡および姿勢の予測に際し、MATLAB/Simulinkを採用して潜水船の下降・上昇運動に関するシミュレーションを行い[36-38]、さらにバラスト制御プログラムを開発し、海上作業の参考に資した[39]。AUVの設計においては、運動路線の最適化によって下降・上昇運動の合計時間を削減し、動力の消耗を減らすことができる[40]。Ataeiら(2015)はルート距離や安全な境界等の4つのターゲットについて、遺伝的アルゴリズムに基づくマルチターゲット最適化方法を採用することによって、Pareto最適による運動軌跡ルートを得た[41]。また、“SLOCUM Glider” AUVのルート計画に際しては、時間依存的な水流変化環境における最適化ルートの選択問題を考慮した[42]。このほか、潜水船の進水直後および回収段階も波浪の影響を受けるため、M.C Fangらは、水面下30m以内におけるAUVの下降・上昇運動に対する波浪の影響を分析し[43]、下降・上昇運動のシミュレーションプロセスを整備した。

図8

図8 Deepsearchの下降・上昇プロセスのイメージ[15]

2.2 船体の流体力学的最適化

 潜水船の船体の流体力学的最適化には全体形状および局部の付属構造の最適化が含まれるが、全体形状の最適化から着手するべきである。次世代型フルデプス潜水船は、迅速な上昇・下降作業の必要から外観も多様であり、流線形化がさらに進んでいる。CFD方式を採用するとシミュレーションコストが増えるため、試験設計の際には一般的に類似技術を融合させ、潜水船の主要寸法パラメータおよび主要係数をパラメータとして採用し、データ分析によって近似の数学モデルを構築するとともに、最適化アルゴリズムを採用してシングルターゲットまたはマルチターゲットにおける設計の最適化を行う。Alvarezdらは[44]、近海における平面航行の際のAUVの波浪抵抗に関するデータ予測方法を発表するとともに、疑似アニーリング法を用いてAUV外形の最適化を行った。李志偉ら(2013)は、Deepsea Challengeの6つの主要寸法パラメータを利用し、これら6つのパラメータの二次応答局面モデルに関して流体力学係数を構築することによって、最適化および改善の提案を行った[45]。Liら(2013)は、Deepsearchの抵抗性能に関する研究を行い、試験設計、応答局面モデルおよびCFD等の方法を採用し、潜水船の抵抗力係数と包絡線、体積と船体パラメータ間との関係を導き、さらに遺伝的アルゴリズムを採用して潜水船の船体設計を行った[46]。Vasudevらは、CADパラメータに基づくモデリングおよびCFD法に基づき、島モデル遺伝的アルゴリズムおよびマルチターゲット最適化を採用して、あるAUVの船体設計を行った[47]。この近似モデルはすでに航空、宇宙、自動車、船舶等の分野で広く応用され、高い成熟度を有する。近似モデルの精度は、計算・分析に用いるサンプル量とサンプル選択方法によって決まるが、往々にして大量のCFD計算と関わる。計算コストと近似モデルの精度のバランスをとるために、工業界では一般的に可変複合の近似モデルを採用する[48-49]。この方法も、船体の最適化に応用できる。

 潜水船の付属設備(ロボットアーム、サンプルバスケット等)も、大きな余分となる抵抗力をもたらしうる。船体全体の最適化を基盤として、局部または付属設備の外形についても最適化を図ることによって、抵抗力を削減し、流体力学性能指標を満たす必要がある[3]。例えば、ジャオロン号の設計においては、CFDシミュレーションおよびモデリング試験を融合させた方法によって、サンプルバスケット等の付属設備を含む付属構造の抵抗力について最適化設計を行い、良好な成果を得た。李鋼(2011)は、CFD法により、ある有人潜水船の付属構造がさまざまな位置に置かれた際の抵抗力を分析したうえで、拘束モデルによる検証を行った[50]。類似研究は他にも数多く存在するが、ここでは列挙しない。

3. 11000m級有人潜水船「彩虹魚号」の流体力学研究の基本構想

 2013年、上海海洋大学深淵科学技術研究センターは、フルデプス・超深海作業設備「彩虹魚号」の製造を発表した。これは、11000m級ランダー(Lander, 海底設置型超深海調査機器)3隻および11000m級複合型無人深海潜水船1隻、11000m級有人深海潜水船1隻によって構成され、超深海環境における移動型ラボラトリーの建設を目指している[10]。2015年には、1隻目のランダーと無人潜水船の組み立てを完了させ、無人潜水船については3000m級での海上試験を実施する予定である。また、有人潜水船についても、重要技術に関する研究を行っている。「彩虹魚号」の11000m級有人深海潜水船の基本プランには、全体設計・性能、構造、機械、電力、制御、水中音響ならびに救命の7つのサブシステムが含まれる[10]。このうち、全体性能には、流体力学的性能、全体レイアウトおよび外部設備が含まれる。最低4~6時間の海底作業時間を確保するためには、上昇・下降時間をそれぞれ1時間以内に抑えることが望ましい。これは、フルデプスにおいては上昇・下降速度が11km/h(約6kn)に達することを意味し、次世代型有人潜水船の2~3倍に相当する。このため、「彩虹魚号」の11000m級有人深海潜水船の設計においては、流体力学が非常に重要で大きな課題となる。特に、上昇・下降運動の速度、軌跡、姿勢が流体力学分野の重点となる。上記のフルデプス環境での流体力学的研究における最新技術に「彩虹魚号」の11000m級有人深海潜水船の設計目標を合わせると、その流体力学的研究における基本構想は、以下のとおりとなる。

  1. 上昇・下降方法の選択。限りある動力の節約を目指し、全体路線としてはやはり無動力下降方式を採用する。しかし、バラストおよび縦傾斜調節システムの利用、上昇・下降運動の向上に最も有利な重心位置、バラストの配置および潜行迎角等の選択・最適化を検討することもできる。全体レイアウトに影響しない前提で、船体設計においては流体力学的必要性を優先的に考慮し、水中翼については安定に加え、応用の可能性も検討する。
  2. 船体の最適化方法。彩虹魚号の船体設計においては、ジャオロン号に比べて全体的にさらに流線形化を進め、アスペクト比をさらに大きくするべきである。試験設計および類似技術の融合により、最適化された数学モデルを構築する。計算量と近似モデル精度のバランスを取るために、可変複合モデルを採用して近似モデルを構築し、マルチターゲット最適化を実施することによって、最適化された主要寸法パラメータまたはPareto最適化パラメータを構築し、全体設計においてエンジニアがバランスのとれた選択ができるよう貢献したい。最適化を経て全体形状が確定したのちは、付属構造の位置および船体の一定程度の最適化に関する研究を行う。
  3. 下降・上昇姿勢および安定性に関するシミュレーション。無動力上昇・下降に関する数学モデルの構築のために、シミュレーションソフトを利用して運動軌跡のシミュレーションを行い、分析を経て、安定翼と舵の設計を改善し、運動安定性を保証する。モデルにおいては依然としてバックグラウンドの海流を主な環境条件とし、さらに水深の浅い位置においては、波浪等の他の環境条件が潜水船の安定性に与える影響について検討する。
  4. 分析方法。経験式による推算を用い、基本プランの設計を行う。CFDデータ方法を主な分析手段として、プール試験データを融合させて数学モデルを修正する。従来型試験に比べ、より高い航行速度とレイノルズ数における下降・上昇運動試験を追加する必要がある。

4. おわりに

 スピーディかつ安定的な下降・上昇運動の実現は、フルデプス潜水船の研究開発・設計における核心作業の一つである。下降・上昇運動の速度および安定性は、下降・上昇方式、船体および付属構造の形状、水中姿勢および舵翼等の要素に関係し、これらの要素もさらに相互に関連性があるため、設計の際には総合的に考慮するべきである。

 本稿では、世界に現存するフルデプス有人潜水船3隻および超深海複合型無人潜水船1隻について論じたうえで、フルデプス潜水船の下降・上昇運動方式、船体の流体力学的最適化に関する研究の進展について重点的に分析し、さらに上海海洋大学深淵科学技術研究センターで開発中のフルデプス有人潜水船に関する流体力学的研究および設計について、基本構想を示した。

(おわり)

参考文献

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※本稿は姜哲、崔維成「全海深潜水器水動力学研究最新進展」(『中国造船』第56巻第4期,2015年12月,pp.188-199)を『中国造船』編集部の許可を得て日本語訳・転載したものである。記 事提供:同方知網(北京)技術有限公司