第125号
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深圳市発のエコカーメーカー

2017年2月2日 中川コージ(デジタルハリウッド大学大学院特任教授、経営学博士)

 エコノミーで(経済性に優れ)エコロジー(環境に優しい)。エコカーの時代がやってきた。世界的に注目が集まってきたエコカーと人工知能自動運転は、私たちの生活や産業効率をガラリと変えるインパクトを持っている。中国特有の強力な官民二人三脚体制を背景に成長する深圳市発のエコカーメーカーが五洲龍だ。

エコカーの時代がやってきた

 静かにさっそうと走る大型バス。その大きさにも関わらず、加速もよく制動にメリハリが効いていて、未来都市の一部を切り取ったかのような佇まいである。このバスは、電気を動力源にしたEVバス(電気バス)、エコ自動車の一種。深セン市にある五洲龍集団が開発・生産したものだ。

 1987年創業の同社は、中国政府のエコロジー社会推進政策が追い風となり、まさに「ノッている」企業といえるだろう。

 EV自動車は、車に搭載されている蓄電池にためた電力を動力源にしている。そのため、ガソリン自動車と比較して排気ガスを出さないという「エコ」な側面がある。実は、EV自動車そのものは決して新しい技術ではない。これまでも技術的にはつくることは十分に可能であったが、蓄電池性能が追いついていなかったため実用化に向いていなかった。エコロジーではあったが、エコノミーでなかったのだ。

 そして2000年代に入り、経済性に優れたリチウムイオン二次電池が開発され、EV自動車は実用的で一般的な乗り物へと進化していった(エコノミーにもなっていった)。五洲龍もちょうどその頃からEV自動車に本格投資を始め、次第に専門的なEVバスメーカーとなっていった。

地域行政体と民間企業の二人三脚レース

 一般家庭用EV自動車の普及とともに、世界各国の都市でEV路線バスの導入が相次いでいる。2010年韓国ヒュンダイ自動車のEVバスが、世界で最もはやく実用化され商業路線(ソウル市循環バス)で導入された。米国ではプロテラ社のEVバスがサウスカロライナ洲の路線バスに採用され、欧州ではボルボ社がスウェーデンのヨーテボリ市でEVバスの路線バス試験運用を開始している。また、日本国内では2015年あたりからトヨタが東京都内、東芝が川崎市内でEVバス実証実験をおこなっている。

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写真1 深圳五洲龍汽車集団 写真協力/深圳五洲龍汽車集団

 今回の取材でも、深セン市内において沢山のEV自動車やハイブリッド自動車に遭遇した。中国は次世代自動車消費の時代が一気に押し寄せているということだろう。注目すべきはEVバスの実用化が、EV充電ステーション(EV自動車版のガソリンスタンド)の普及を推進することだ。そしてこれは社会インフラとして一般家庭用EV自動車の普及にも貢献することになる。だから、EVバスを各国の行政体が積極的に導入していくことは、その国、その自治体のエコ社会化を推し進めることになる。前述の各国各都市のEVバス導入の動きもこのような政策意図がみえるだろう。行政組織と民間企業の二人三脚体制がエコ社会実現に必要なのだ。

 そのような世界各地の状況を凌駕するニュースが本稿取材中に飛び込んだ。深圳市政府当局は、2016年内に1万5000台のEVバスを路線バス導入し、2017年までにすべての路線バスをEVバス化することを決定したようだ。この動きは世界的にも非常に速く、中国のエコ社会にむけたスピード感は圧巻である(日本は自動車技術先進国であるが、行政の後押しがまだまだ遅いようだ)。

日本のお家芸を猛追する中国勢

 自動車産業は、日本のお家芸とよばれるほど日本経済の屋台骨になってきたことは語るまでもない。戦後日本の高度経済成長を強く支えたのは言うまでもなくトヨタ、日産を始めとした自動車メーカーであったといっても過言ではないだろう。自動車産業は裾野が非常に広範囲に広がっており、新興のICT産業のようにトップリーダー企業だけが関わる類の産業ではないことも重要なポイントだ。大手自動車メーカーには、下請け、孫請けなど沢山の企業が関連し、さらにそれらの企業と取引ある事業者も(零細の町工場なども)その産業全体の一翼を担っている。自動車産業とは、日本という土壌の上にドッシリと存在する、地に足の着いた大量の事業者が支える巨大な産業モンスターであることが想像できる。

 だからこそ、新興国が一朝一夕には自動車産業(サプライチェーン)を構築できないという特徴がある。これが自動車産業は今をもってもなお日本のお家芸とよばれる所以であるのだ。

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写真2 成建忠 深圳五洲龙汽车集団副総経理 写真協力/深圳五洲龍汽車集団

「世界の自動車メーカーとの提携も進めている」と語る。ドイツメーカーとの提携も進んでいるそうだ。某日本の大手自動車メーカーからの視察もあったとのこと。

 しかし近年は、行政のスピード感の違いによって、中国のほうが日本よりも素早いEVバス・EV自動車の社会実装に成功してきている。また、近年発展めざましい人工知能自動運転技術も行政体(による規制緩和)と民間企業の二人三脚体制が必要な領域でもある。これは人工知能をうまく活用するためには、大量の走行実験データが必要なためだ(道路交通関連の規制が緩和された上で走行データを集める必要がある)。

 EV自動車そして人工知能運転技術という「側面攻撃」から、日本のお家芸を猛追する中国の自動車産業が垣間見られた。深圳市ですれ違ったEV自動車は、未来のエコ社会に向けて加速しているようだ。


出典:『CKRM中国紀行』vol.05(2016年10月)「深圳市発のエコカーメーカー」(pp.36-37)